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6-1 モルへ

 ヨール王二三年六月十六日(金)。


 同行する小ニムエはアン。念のため、メンテナンスキットとオレが使う精密作業用の義肢もバギーに積んだ。マーリン7との通信を確保するため、「虫」もバギーの裏に予備を含めて三十匹貼り付けてある。ヤダの谷からネゲイまでは距離は大したことはないものの、地形は複雑で中継点を多く用意しなければならなかった。しかしここから下流では平原部に入ってゆくので、中継点の密度は下げられる。「虫」達はネゲイを出発して暗くなったら車体の裏から後面に移動させる。「虫」達を貼り付けたままでは斥力場で浮上移動することができないからだ。そして地形や距離を確認しながら、人目を惹かないタイミングで一匹ずつ出してゆくつもり。帰途では回収しながら帰る。「虫」をカースンに残して情報を集めたいとも思ったが、バッテリーが保たない。それから準備の一つとして、通信に関しては、バギーから定点軌道のガンマを経由させる方法が使えることも確認した。だがこの方法は通信遅延も起こってしまうので、予備だ。あと、マーリン7との完全な通信途絶に備えてアンとバギー、オレが携行する通信用「虫」の予備領域には日常会話レベルの言語データベースその他、使いそうなものをできるだけ入れておいた。


 挨拶のための献上品として、蠟板と万年筆と紙を工房製のコンテナに入れた。それぞれ二四組だ。紙は二四枚を一組にした。初めての場所への旅なので、オレ用に方位磁針を首から下げられるようにしている。これも請われれば渡せるよう複数用意した。その他、「庶民的なお土産」として販売用よりも小さなサイズで作った石鹸も多数。「ネゲイ式の新製法で作られた石鹸」という文字が入った石鹸用の型枠は小ニムエが用意した。実用品以外に刀剣を用意する案もあったが、話題がその方面に進んで手合わせや演武を求められるのを避けるため、これはやめておいた。α曰く「多少でも通信に不安がある状態でそんな動きをさせたくないわ。」とのこと。だが、オレの「虫」の記憶域には護身術のデータベースも追加された。


 護身、武装といえば、オレ自身は山刀を提げた剣帯を常用しているが、四五口径のM一九一一レプリカは手荷物に移し、携行用はもっと小型の二二口径リボルバーに戻した。これから人口の多い地域に移動するから、オオムカデと喧嘩する機会は更に減るだろうからだ。あと、リボルバーは剣帯に取り付けたホルスターではなく、足首用のホルスターに移してある。ちょっとした思いつきだが、高位者と会う際には剣を預けるとかの手続きに対する保険でもある。


 五の鐘の少し前、一七〇五M。領主館に到着。バースと、同行するミナルも荷造りを終えていた。全部の荷物をバギーの荷台に載せ、伸縮性のネットを掛ける。うっかりしていた。ゴム系の素材もここでは知られていなかった。また「どうやって作るのか」「ここで作れるのか」の話が始まり、「材料があればここでも作れる」「材料が手に入るかどうかわからない」などのやりとりが繰り返された。ウーダベーでゴムは用意できるかもしれない。これも実験リストに加えよう。カースンから帰ってきてからになるが。


 あと、出発前の領主館でやるべきこと、バギーのボンネットに掛けられた布覆いを外すと、下からネゲイの紋章とオレの紋章が現れた。これは防犯と宣伝のために、バースの了解を得た上で今朝早くに描いたものだ。蓄光性の塗料を使っているので、夜暗くなってもしばらくは見えやすい。斥力場を使うと剥がれてしまうが、襲撃でも受けない限りは斥力場を使うことはないだろうし、アンなら再描画もできる。ボンネットから外した覆いは荷台のネットの上に張り直す。


「いい感じだね。ネゲイがマコト殿と一緒に何か新しいことを始めたって、よくわかる。今回のカースン行きの間だけではあるけど、儂もバギーの持ち主みたいな顔ができるしねえ。」

「領主様の旅に使うものですから、喜んでいただければ提案した私も嬉しいですよ。」

「帰ってきたら消す約束ではあるけど、仕方がないか。これを扱うのは、ああ、ネリにはこれ使い方を教えてくれる約束だったよね?。あの話はどうなってるんだい?。」

「まだ準備中ですよ。中の仕組みをある程度知ってないと危ないですから、そういうことを教えてからになります。」


 今は単純に禁止事項だけがわかるようになっているが、なぜそれが禁止事項であるかを理解させてからでなければ、機器の操作はさせられない。バギーにしても実際に動かさせる前、数時間の座学は必要だと思っている。オレの左腕が偽物なのは、そう言う事柄に対する理解の甘さも原因の一つなのだ。



 領主館での荷物の準備点検と挨拶は小一時間ほど。あわせて、軽食も済ませた。一八〇〇M、五の鐘を合図にバギーは出発。すぐに暗くなるだろうから、街道を進む人やオオムカデの荷車も少ないだろう。



 町を出ると初めての道だがバギーは順調に進んでいる。可視光線以外の情報を含む前方監視状況もインプラントの視界に重ねられていて、速度を上げていないから音源の推測位置まで表示されている。最初の運転はアンだ。アンならば前照灯ナシでも運転はできるが、バース達からすれば見えていないのに前に進むことができるのは不自然だし、道案内役のミナルが周囲を見ることができなければ案内にならないから前方は照らしてある。ちなみに、オレも短時間なら肉眼の情報をインプラントで増光処理できるが、長時間続けるのは目が痛くなるのでやらない。


 暗くなって「虫」を車体後面に移動させたから斥力場による浮上は可能になった。だがバギー自体が見慣れない形をしている上に、宙に浮いて進んでいることを見る人に気付かれるのも面倒そうだからまだタイヤを使っている。だがタイヤの場合、路面が悪いので速度を上げすぎたら振動もある。とはいえ、明け方にモル近傍に着くにはもう少しスピードも上げたい。今は時速で十キロを少し超えるぐらい、普通の馬車よりは少し速いという程度だ。目立たせないことと、光に寄せられる夜行性の生物を避けるため、前照灯も輝度を抑えめにしている。まだヤダの谷にいた頃は寒かったこともあってか光に集まる虫などに気付いたことはなかったが、暖かくなってからの新池周辺ではそういう虫や小エビも確認していた。相変わらずムカデの亜種のような長虫ばかりで、空を飛ぶ虫の姿は見ていないが。


 ネゲイ市街地を出てしばらくは東に進む。コースはこれから徐々に南向きに変わってゆくはずだ。街道からはどこかの村に通じるのか小径があちこちで分岐しているが、迷うようなものでもなかった。石の道標もあったし、明らかに太さや石畳のような舗装のレベルが違っていたからだ。案内役のミナルも「ここは右」とか「この先は左」という指示だけでは間が保たないので、「さっきの道は旧道で、昔崖崩れがあって道がこっちに変わったんです。」など、ネゲイ領内の情報を色々教えててくれた。バースは肩から毛布をかけ、明日に備えていつでも眠れる体勢はとっているが、バギーの旅という珍しい体験の真っ最中でもあり、なかなか眠れずにいて、ミナルによる説明に加わった。どこに何村があって、そこでは何が多く作られているか、新しい情報が入ってくるのはオレも歓迎だ。


 五キロ弱ほどで、街道筋の最初の集落に近づいた。ここも逆茂木で囲まれているが、まだ門は開いていた。門の横には篝火があり、その隣ではバギーを見て驚いているらしい男が立っている。


「そろそろ門を閉める準備ですかね。まだネゲイ領内ですから領主紋が入った御座車は通れますよ。一応、門番に言っておきますから、私を降ろして貰えますか?。」


 ミナルの言葉に従ってアンはバギーを停めた。ミナルはバギーを降りて門番らしい男に歩み寄り、言葉を交わして戻ってきた。


「反対側の門もまだ開いているから、閉じる前に通り抜けて欲しいということです。行きましょう。」


 門を通る時、バースも門番に手を振った。領主の顔を知っていたらしい門番は、バースに気付いて深く頭を下げた。


 集落の規模はヤダとそれほど変わらなかったので、反対側の門へもすぐに着いた。ここでもミナルが同じように門番に一言断ってから通過する。


「次の村の頃には、もう門は閉まってるでしょうから、開けさせて通るか、迂回するかですけど、どっちがいいでしょうね?。」

「次は迂回してみようよ。この『バギー』は道じゃなくても通れるからね。」


 ミナルの問いにバースが答えた。



 一時間を目安に小休止を挟んで、オレとアンは運転を交替しながら進む。二一〇一M、耳には感じなかったが、どこかで鳴らされた六の鐘の方角が視界に重ねられた。後部是席を見るとバースは既に寝入っている。眠っているバースに遠慮してミナルの説明も少なくなっていた。そろそろ、速度を上げよう。斥力場での浮上モードにして最高速度は時速で六十ほどにまで上げる。ミナルは最初怖がっていたが、十分ほどで慣れたのか普通に案内ができるようになった。浮上モードで揺れも少なくなっているので、車酔いもしていないようだ。



 〇三〇〇M。八の鐘。意識して聞いたのは初めてだ。モル市街地を囲む壁から距離にして一キロ半ほど。街道脇の空き地にバギーは停車した。まだ暗いうちにまとめて十匹ほど「虫」を市内に送り出す。門が開くまで、仮眠の時間だ。




 ヨール王二三年六月十七日(土)。


 一の鐘、日の出に合わせて門が開く。バギーはこの日の一番乗りで門を通った。門衛はバギーに描かれたネゲイの紋と、バースによる「ネゲイ領主バース・ネゲイとその一行だよ」という言葉でオレ達を通す。セキュリティは、とても甘いと思う。


 バース達がモルに立ち寄る際はヨーサの実家を定宿にしている。人目を惹きやすいバギーなので、人通りの少ないうちそこまで移動したかったのだ。バースとミナルの案内でバギーは進み、門から十分弱でヨーサの実家であるモルホス家に到着した。


 まだ朝の早い時間帯でもあったが、今日のホルホス家訪問の目的はバギーを駐めておく場所、それからオレ達が小休止する場所の確保だけだ。玄関先で到着を告げると侍女の一人が取り次ぎのために奥へ小走りで去っていった。アンはミナルの案内でバギーを馬車置き場に駐めにゆく。間もなく、取り次ぎの侍女が玄関に戻ってきた。オレとバースは侍女の先導により、モルホスの当主でヨーサの兄、オーキムの一家が朝食を摂っている食堂へ通された。バースが声を掛ける。


「オーキム殿。こんな時間で申し訳ないがカースンへ行く途中、また立ち寄らせていただいたよ。」


 オーキムは立ち上がって答えた。


「バース殿ならばいつでも歓迎だ。ヨーサからも頼りは届いている。何日か前にジンが持ってきてくれた。彼も忙しいね。バース殿達の予定をカースンにも伝えるとかで、顔見せだけして行ってしまったね。今回は、結構な強行軍だと聞いたよ。で、そちらの方がヨーサの便りにもあったヤムーグ様ですか?。」


 オレも一歩前に出ていつもの挨拶をする。


「マコト・ナガキ・ヤムーグだ。長ければマコトでいい。」

「オーキム・モルホスです。三つの名前を持つ方を我が家に迎えることができて光栄です。蠟板は、私もヨーサに贈ってもらって使ってます。あれは便利です。ヨーサを困らせてくれていると聞きましたよ。知恵がありすぎてどこから手を着けていいかわからないとか。」


 ネゲイでは慣れられてしまったが、久々に「三つの名前」に敬意を表明されてしまった。


「『三つの名前』は気にしないで下さい。縁あって、ネゲイに迎えられました。嬉しいことに、ヨーサ様にも気に掛けていただいております。」

「ヨーサの善き友人は我が家の善き友人でもあります。ああ、そうだ。立ったままでは食べられない。我が家の朝食はあのテーブルで好きなものを適当に皿に載せてこっちで食べることになってます。皆さんも、適当に何か食べていって下さい。」



 挨拶の間にミナルとアンも食堂に到着していた。オーキムが「皆さんも」と言ったように、主従で別々に朝食を摂るのではないようだった。しかしオレは昨晩の移動で生活リズムがずれてしまっているので、今は食欲がない。ミナルも同様のようだ。アンは元々食物を必要としない。それでも折角の厚意に失礼のないよう、オレ達はそれぞれ適当なものを少量皿に盛ってテーブルに着いた。バースだけは食欲も正常のようだった。オレ達が食べ始める頃にオーキムは自分の食事を終えてバースの隣の席に移動する。


「で、バース殿、今日のこの後の予定は?。」

「一休みさせていただいたら、マコト殿をデージョー神殿に案内しようかと思ってるよ。あと、指輪を作れる店にも寄りたい。」

「指輪?。」

「マコト殿は『三つの名前』だけどネゲイじゃ指輪が作れなかったんでね。」

「なるほどね。『三つの名前』は特別だとか、聞いたことがある。でも『三つの名前』でその指輪を持ってないって、珍しいね。確か店じゃあ注文できないよ。デージョーにお布施を渡してお願いするんだ。」

「そういう仕組みだったのか。知らなかったよ。作ったことなかったからね。デージョーに行ったら聞いてみよう。」

「だが忙しそうだな。一晩中動いてたんだろ?。休める部屋もあるぞ。」

「そうだね。夕方モルを出てまた夜のうちに移動するつもりだから、少し眠らせて貰うかもしれない。だけどそれは、デージョーから戻ってからだね。それと、ああ、こちらのお嬢さんはマコト殿の手伝いのアン殿でね、アン殿、ここで渡そうって相談してた『お土産』は持ってきてくれてる?。」

「はい。少々お待ち下さい。」


 アンは飲み物のカップを置き、物入れから万年筆を二本取り出してテーブルに置いた。


「何にしようかと思ったんだけど、蠟板はヨーサがもう贈ったって聞いたから、まだあまり外に出してないものにしたよ。これはインク壺なしでも長々と字が書けるペンでね、マコト殿の知恵の一つだ。私も使ってる。外で使うのに便利だよ。使い方は、箱の中に説明が入ってるからそれを読んでもらえばいい。」

「インク壺なし、で、持ち歩くのにもいい、か。嬉しいね。使い方は中だって?。こんな小さい箱の中に?。」

「開けて貰えばわかるよ。」

「では見せて貰おう。」


 話をしている間に食事を終えたオーキムの家族達も集まってきた。オーキムは箱を開く。


「この箱も、木じゃないな。で、中に説明、これか。これも、いやこれがヨーサの便りにあった『紙』か。ええと、最初は普通にインク壺からインクを入れるのか。誰か!。インク壺を持ってきてくれないか。」


 壁際で控えていた侍女の一人がすぐに戸棚からインクを取り出して持ってきてくれた。バースが言う。


「説明もあるけど、折角だから最初の一本は、マコト殿かアン殿に皆に見えるようにやってもらえないかな?。」


 座っている席の都合上、これはオレがやった方がよさそうだ。


「いいですよ。貸して下さい。」


 オレはオーキムから万年筆を受け取り、動作の一つ一つを説明しながら万年筆にインクを入れた。説明書の余白に線を引き、ここでのABCに相当する何文字かを記す。


「インクが少なくなってきたら、また補充すれば書けるようになって、一回の補充で木簡何枚かは書き続けられるよ。」


 バースが補足した。オーキムが言う。


「一本は私が使わせて貰おう。もう一本は、字を書くことが多い誰か……、カグルだな。あとで渡そう。使ってみて便利そうなら、これも注文すれば買えるのかな?。蠟板も、もっと欲しい。ヨーサによると蠟の配合がちょっとむつかしいとかで、ここで真似させるか、ネゲイに注文をを出すか……。」

「蠟板はそのうちにどこででも真似されるようになると思ってるよ。モルにも木工と蠟の職人はいるだろうから、試させればいい。それと、注文も受けるよ。それから、ネゲイで蠟を作った職人はマコト殿の知恵を使って別のものも作ってる。これは多分、蠟板と違ってすぐには真似できない。アン殿。そうだな、三つぐらい、今、あるかな?」


 バースに応じてアンが物入れを探る。


「これですね。」

「オーキム殿、それからご家族衆も。マコト殿の知恵で改良した石鹸でね、例えば今の食事で使った皿でも、人の顔や頭でも、今までの石鹸よりずっとよく油が落とせる。これもネゲイだけではもったいないから、これから売っていこうと思ってるんだよ。」


 オーキム自身はそれほど石鹸に興味を示さなかったが、皿を洗う話で侍女の一人が言った。


「それならば旦那様、厨房に一ついただいてもよろしいでしょうか?。あと、ここの共同浴室にも。」

「そうだな。三つあるから、二つはそうしてくれ。残りは、予備にしよう。さて、朝食も、皆終わったようだな。休む部屋は用意すると言ったけど、バース殿、いつもの部屋だ。場所はわかってるだろうから、マコト殿達も一緒に、案内を頼むよ。」


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