5-19 巡察使との再協議
ヨール王二三年六月三日(木)。
クララと一緒に工房に向かう途中、テンギ達とすれ違っていつものように少しだけ情報交換する中で、テンギがオレに言った。
「今日の三の鐘の頃に、マコト殿には領主館に来て欲しいそうですよ。」
「わかった。巡察の関係だろうな。」
「私もそう思います。」
「こっちからも報告事項が幾つかあって、丁度いい。三の鐘だね。教えてくれてありがとう。」
「頼まれた伝言を伝えただけですよ。」
これで午後の予定は決まったな。それまでは、報告、相談内容、話の順序を考えるか。工房に着くと、ノルンからも同じ話を伝えられた。ノルンも呼ばれている。工房の責任者の一人だし、巡察使のノールにも気に入られている。領主館での話の進め方を考えるのには、ノルンにもつきあって貰おう。
領主館には予定のとおり到着。一一四五M。三の鐘の呼び出しに対して丁度いい到着時刻だと、オレは思っている。「虫」によるといつもの応接室で丁度休憩に入った所のようだ。先触れのためにクララを応接室に向かわせる。と、ネリが応接室の方から歩いてきた。
「そろそろかと思って出てみたら、ぴったりでしたね。クララさんには先に行ってもらってます。いつもの部屋です。」
「ありがとう。じゃあ、いつものようにあの部屋へ行こうか。」
先に行った、というクララはしかし部屋の前で待っていた。オレ達の到着に合わせてクララがドアを開く。オレは部屋に一歩入った場所から声をかける。
「皆さんお待たせしました。マコト・ナガキ・ヤムーグ到着しました。」
「マコト殿、そこの席で。」
ゴールが空いている席を示す。オレは着席してクララはその背後。ネリも午前中に使っていたであろう自分の席に座った。蠟板数組と試作の紙も数枚。どれもメモだらけになっている。バースが言った。
「マコト殿。一区切りついて休憩中だよ。次なる話題は、カースンにいつ行くか、だ。これはマコト殿の都合も確認しておかないとね。」
「そういう話じゃないかとは思ってました。休憩が終わったら、私はいつでもいいですよ。それと、石鹸のことで報告しておきたいこととかもありますし、カースンの話の後でもお時間をいただけたら。」
「石鹸の話は長くなるかしら?。」
ヨーサが言った。
「昨日までの進み具合を説明させていただいて、これからの方向を決めたいと思ってます。」
「あなた、バース、殿方はもう少し休んでいただいていてもいいわ。私は石鹸の話も詰めたい。ドーラも一緒に。」
「あー、それは儂も聞いておくべき話だと思うから、休めないねえ。どうしようかな。」
ゴールが言った。
「巡察使殿は明日カースンに向けて出発することになってるから、今まで、報告のまとめ方とかを話してた。やはり、明日出発の人の用事を優先すべきでは?。」
巡察使のノールも言う。
「だいぶ疲れてきてるし、できたら私がいなければ決めにくいことを優先していただくとありがたい。そうすれば荷物の片付けも始められるし。」
バースが言った。
「そうだね。ノール殿には早く休んで貰えるようにしよう。休憩も終わりだね。元々、『マコト殿が来るまで休憩』って言ってたからね。」
バースの宣言で一同は背筋を伸ばして座り直した。」
「でだ、マコト殿。カースンに行く話だけど、『仕事の手が空いたら』とか言ってたらいつまでも動けなさそうな気がしてね。早い時期でそうする案を考えてみた。」
「早い時期とは、いつ頃ですか?。明日とかじゃないでしょうね。」
「そんなことをしたらノール殿より早くカースンに着いてしまうよ。もう少しゆっくりしたプランだね。ネリ、さっきの案をマコト殿に見せてやってくれ。」
ネリは目の前に散らばっている蠟板と紙の中から紙の一枚を選び出したオレの方に差し出した。
「ありがとう。」
礼を言って受け取る。
・ノールは明日(四日)にネゲイを出てカースン帰着が十四日頃。
・その後数日でバースとオレの訪問について各所に根回し。
・オレとバースは仕事量を調整して十八日の休日にはカースンに着くよう準備。
・バギーで移動に二晩必要。
・十六日夕にネゲイを出て翌朝モル。
・モルで挨拶回りなどしてから十七日夕にモルを出て、翌十八日朝にカースン到着。
・休み明けの十九日から数日カースンで過ごす。
・帰途のモルでは状況次第で滞在時間を延長。
・ネゲイ帰着は二四日か二五日頃。
・総勢四人で、領主館からはバースとミナルが同行。
内容はオレが理解するよりも早くαも把握しているが、形としてクララにもメモを回して読ませる。
「クララ、問題ないと思うけどどうだ?。」
「十六日の夕方にバギーで出発で、バース様、ミナル様が同行。ですね。バギーは私達かマコトが動かすとして、『ここは右』とか、道のわかりにくいところは、バース様かミナル様に案内をお願いしていいんでしょうか?。」
衛星写真で地図は作っているが、完全に一本道でもないのに案内ナシで間違いもなく目的地に行けるのは不自然だ。ミナルが言った。
「一応、私がその役をしようかと思っています。出発の日、十六日は明るいうちにたっぷりと寝ておきますよ。道が枝分かれしているところには『左モル』とかの道標もありますけど、夜だとわかりにくいでしょうから。」
「モルまで行ったら、指輪を注文することはできますか?。ネゲイには『三つの名前用の型がないから』ということで作れなかった分です。」
ヨーサが答えた。
「バース、またモルホスに寄るでしょう?。その時に店の場所を聞けばいいわ。上手くすれば行きで注文して帰りに受け取って帰れそうな行程じゃない?。」
「そうだね。行きのモルと帰りのモルで、短くても間が四~五日空いてたね。クララ殿、行きのモルのところに『指輪』って書き足しておいてくれないか。」
クララはボールペンでメモに指輪のことを書き足し、改めて全文を読み直す仕草を見せる。
「それなら、よろしくお願いいたします。マコト、十六日出発に会わせて準備しますよ。」
クララはメモをオレに戻しながら言った。オレも自分の蠟板を取り出して「十六日出発」と書いてメモをネリに返す。
「わかった。バース様、この案で、十六日夕方か夜に出発できるよう準備します。」
ノールが言った。
「じゃあ、カースンに行くことについてはその予定で。で、石鹸の話をしたいということだったね。私も概要だけは聞いて、その後は客室に戻って報告まとめの仕上げと荷物の整理に入るよ。若い方のショー殿。その、色々書いた『紙』を預かろう。」
紙と蠟板の両方が使われていたのは、ノールがカースンで報告をするときの現物添付用でもあったらしい。現物と使用例をカースンに持ち込んだら技術か資金の提携話に進んでしまいそうだが、バースは容認の方向か?。
ネリから受け取った紙にざっと目を通し、順番を揃えながらノールが言った。
「木簡ほどには嵩張らすに、これはいいです。マコト殿の知恵の中には、職人が足りなくて手を着けてないものがあると聞いていますが、なんとかしたいですね。」
カースン行きの話が一段落したら、次は石鹸に話題を変えよう。
「カースンへ行く予定も大体決まりましたし、さっきノール殿も言ってくれた石鹸の話に移ってよろしいでしょうか?。」
「ええ。お願いします。マリスの店で試作とかしてたんでしょ?。」
議長は今からヨーサだ。
試作の結果は順調であったこと、ハイカクが提案した容器のこと、ライセンス管理の方法(鍋一回に触媒をスプーン一杯)について話した。ハイカクの試作品はテーブルに置かれている。話の流れに合わせてクララが取り出したものだ。
「液体の方は、多分こういう入れ物をこれから作る事になりますが、普及するまでは固形、塊の方を優先して作ればいいと思っています。」
「『ランプ』はどうも大袈裟な気がしてたんだよ。たまたま使える物だから使ってたけど、こういう簡素なものでいいと思うね。」
バースが感想を挟んだ。ヨーサが答える。
「ええ。マコト殿の言うように、最初は塊の方を優先で売り始めて、蠟板の手が空き始める頃に液体の方も出す、そんな感じなら職人も回しやすそうだわ。あと、この器、石鹸以外でも使えるんじゃないかしら?。」
ヨーサは気付いたようだ。
「ええ。例えば塩。中身が出る口をもっと小さくしておけば、食事中に塩をかけるとか、そんな使い方もできるでしょう。どこかで一度使えば、塩以外でも、そういう使い方を思いつく人は多いと思いますよ。最終的には一つの家に、『塩用』『石鹸用』『仕事で使うナントカ用』みたいに大きさや注ぎ口の形も含めて少しずつ違ってるものが何種類か、というところまで行くでしょうね。」
「マコト殿。また職人の数が足りなくなりそうな話だねえ。」
「バース様、これは明日から急に、ということでもないですから。二~三年もあればネゲイの町の中の分はなんとかなりますよね。この程度なら、自分で作る人も出てくるでしょう。」
「その間にまた別のものを始まったりするからねえ。」
「あなた。ノール殿にも聞かせてるのは、職人不足をわかっていただくためでもあるんでしょ?。昨日とか、移動しながらそんな話をしてたじゃない。」
「ああ。そういう話もしたね。でも明日や明後日にその方向で進み始めるわけでもないしね。上手い方向で進み始めるまではちょっと心配でね。」
今すぐ結論を出しにくい方向に考え始めたバースを放置してヨーサがオレイン尋ねる。
「マコト殿。確認ですけど、材料の一部は必ずマコト殿から買う形でないと、これと同じものは作れない。それから、塊なら作り始められる。液体の方は、器の話もあるからうゆっくり進める、そういう方向でいいのよね。」
「私としては、進めるならそういうやりかたがいいと思っています。まあ、試作で作った分もありますから、明日から製造開始とかにはなりませんが。」
「ドーラ、マリスの店にはあなたも行ったんでしょ?。『知恵の代金』の契約、というか、細かい部分の確認はお願いできるかしら。なんだか、今までに聞いたことのある『知恵の代金』とは流れがちょっと違って簡単になってるみたいだけど。」
「いいですよ。私が言い始めた話で、マリスの店も、私の紹介だから動いてくれてるところもあるでしょうし。この場の流れ次第ですけど今日の夕方か明日にでも。」
「じゃあ、お願い。マコト殿。石鹸の話、今の流れで進めて下さる?。と言っても、マリスの店に材料を出せるようにしてもらうことと、器関係を始められるように職人に声を掛けておいてもらうくらいだと思いますけど。」
「そうですね。私の仕事として急に忙しくなるものでもないですし、マリスの店に出す材料は準備します。職人の方は、私もほぼ毎日ノルンと話してる話題ですし、今日か明日にでも伝えておきますよ。」
四の鐘にはまだ余裕のある時刻で話は一旦落ち着いた。ノールは明日の準備もあるので部屋に戻る。オレはマリスの店に行く用もあるし、先ほどドーラもマリスの店には行く、と行っていたところだ。
「ドーラ様、マリスの店、どうしますか?。『材料』の話もあって、これから行こうかと思っているところなんですけど。」
「そうね。ご一緒するわ。」
マリスの店の原価計算と販売価格、こちらから卸す使い捨て触媒の価格の擦り合わせだ。αが細かな計算結果を随時伝えてくれるので、マリスの店が納得できる適正価格も計算しやすいだろう。近いうちにカースンへ行くことが決まってしまったので、その前にやっておくべきことを整理しておきたい。石鹸関係はこの数日中で方針を決めて、あとはマリスの店に任せてしまおう。
交渉はドーラが同席していたこともあってかスムーズに進んだ。先日の試作で使った触媒は性能が高すぎて、そのままでは単価設定ができないことを伝え、もっとお手軽価格に単価設定できるようにした劣化板「使い捨て」触媒を提案する。マリスの店は、石鹸一個あたりの単価が銅貨一枚分の半分程度となるよう調整した触媒を使って改めて試作することを了解した。これで数日以内に石鹸は片付く。オレ達の仕事は工房を窓口として触媒を販売するだけとなる。
マリスの店での商談を終え、ドーラと随行していたジョーをバギーで領主館に送り届けてマーリン7に戻る。水酸化ナトリウムのことばかり考えていたオレにはαと検討してみたい案件を思いついていた。
「石鹸のために水酸化ナトリウムを作れるような触媒を作ったけど、あれは紙にも使えるかな。」
「植物から繊維分を取り出す前処理?。石鹸なら製品の主成分になるけど、製紙であれを使うと変な廃液が出ない?。」
「もちろん量には気を付けるとして、前処理工程は簡略化できそうな気がする。廃液は、オレが『ウーダベー』で処理できないかな。」
「属人性を気にしてた人にしては結構な方針転換ね。」
「石鹸のために触媒の卸をやることになって、気分も変わったよ。」
「水酸化ナトリウムが残ってる状態で手漉きはダメよ。人の手が触れないように、機械化しないといけなくなるわ。」
「じゃあその直前で『ウーダベー』を使う。」
「廃液処理は実験してみればいいけど、どうせそこまでやるなら材料の山からセルロースだけを取り出せばいいんじゃないの?。ガラス繊維ではそうしたでしょ?。」
「あれ?。そうだな。そっちの方が簡単そうな気がする。セメントの時も、周囲から必要な原子を集めてきて、欲しい形の分子として結合させたんだよな。」
「ええ。『紙』は、繊維の絡み合いとか、多分内部構造の再現が今のマコトの『ウーダベー』には扱い切れていないところみたいだけど、繊維だけを取り出す、或いは、繊維以外を取り出して残った繊維を使う、繊維に必要な成分を摂りだして合成してしまう、このあたりなら今でもできそうな気がするわ。セルロースは炭素と酸素と水素だから、こんな湿原にいたら手に入れるのは簡単よ。出来上がりの品質が一番いいのは『繊維だけ合成』で何種類かの繊維を作って、適当な比率でブレンドすることでしょうね。」
「ここの人達にもできる方法をベースに考えてたから今まで手を着けてなかったけど、簡単だな。」
「でも『ウーダベー』を使う部分は秘密にしないとダメ。この方法は幾らでも悪用できる。」
「前にも話したことがある『神様に叱られる』だな。使い方を間違えたら簡単に人が死ぬし、暗殺にも使える。」
「この方法でどこまで進めるかは、『ウーダベー』を使える人の情報をもっと集めてから判断したいわね。基礎実験だけはやりたいけど。」
「そうだな。繊維の関係をこれからの『実験』の計画に組み込んでおいてくれ。」




