5-16 巡察使(2)
皆でゾロゾロとヨークの店に移動する。太陽の角度で測る現地時刻はまだ一七〇〇Mの少し前だが、五月も末なので地球的に考えれば十八時を過ぎている。貸し切りにされている部屋に着くと、領主館に贈呈していた泡ワインの瓶も運び込まれてきた。ヨークの店にも氷室があって、今日の午後に預けられていたとのこと。バースが挨拶する。
「今日は巡察使のノール殿を迎えて有意義な時間を過ごせたよ。最初の酒はマコト殿が持ってきてくれた『ポン』から始めよう。この『ポン』の作り方も、そのうちに教えてもらいたいと思ってるけど、領主が酒のことばかり考えてるヤツだって評判が巡察使殿の耳に入ったら困ったことになりそうだから我慢してる。マコト殿、儂の横で『ポン』の封を切ってくれないか?。」
呼ばれたからには仕方がない。バースの横に移動する。なじみの薄い顔も混ざっているので名乗っておく。
「マコト・ナガキ・ヤムーグだ。長ければマコトでいい。」
「それはもう知ってる。」
バースはまだ飲んでないのに上機嫌だ。なんだろう?。
「バース様の指名により、『ポン』の封を切らせていただこう。」
オレは瓶の先のワイヤを解き、テーブルの料理にぶつからないような方向を見定めてコルクを飛ばした。店の給仕が瓶を受け取り、出席者が持っている空の酒杯に少しずつ泡ワインを注いでゆく。持ち込まれていた瓶は一本。足りないかな?とか思いながら見ていたが、宴席給仕のプロの仕事は丁度全員に泡ワインを注ぎ終えたところで瓶を空にした。またバースが言う。
「では、ノール殿との友誼が続きますように、食事を始めよう。」
一同が酒杯を空け、食事を始める。給仕達がワインを配り始めた。
食事中は大した事件もなく、それでもアルコールが回る前にと予定の確認や幾つかの約束もした。ノールは明日午前中に工房と池を見たいらしい。池ではマーリン7を外から眺めるのと、まだ始まったばかりの漁業を見るという。その翌日三十日は休日なので報告書。明けて二日間ほどはネゲイ領内の各地を巡り、また一日を報告書に充てて六月四日にカースンへの帰途に着く予定だった。池での視察の話にはテンギも呼ばれて、今やっていること、明日の作業予定などを話している。オレとバースが近いうちにカースンへいくことになりそうだという話が出ると、テンギも近いうちにエンリ達何人かの漁業幹部候補生達とモルへ行って数日間見学とか実習に充てられないか検討中だと言った。テンギはモルまで一緒にとか言い出したが、オレとバースがバギーで移動するつもりだと教えると残念そうに引き下がった。
ヨール王二三年五月二九日(土)。
一の鐘からさほど遅れずに工房に到着。移動の途中でまたテンギ達とすれ違う。今日は、フルメンバーだな。今までに見たことのあるテンギ組の人間がほとんど揃っているようだ。ルーナとエンリも並んで歩いていた。
「テンギ殿。今日は、もしかしてみんな来てる?。多いな。」
「ええ。ネゲイの建物の中で網とかをやってるばかりだと、自分が作ったものの使われ方がわからないでしょう?。ちょうどいい機会だと思って連れて来ましたよ。」
「みんな揃うとこんな数になるのか。」
「集めてみて私もちょっと驚いてます。これだけの人数を養うだけの収入とか考えると、早く収穫や販売の形を整えたいですね。」
ノルンは昨晩少し飲み過ぎたようで、疲れた顔をしていた。宴席の後半、ノールに「初代様は大事にしなければ」と酒を注がれ続けていたらしい。
「ノール様の出身地のヨーベでは、初代領主のヨーベ・ヨーベ様という方があまりにも立派だったものだから『一家を興した初代が一番偉い』『二代目以降は大したことがない』という見方をするそうです。私が初代になろうかと考えてるのは、私が立派なんじゃなくて商売上の都合、成り行きだけなんですけどね。」
「でも気に入ってもらえたならいいんじゃないか?。三位宰相の補佐官殿だぞ。十二年か二四年もすれば宰相かもしれない。」
「そんな頃には忘れられてますよ。仮に覚えていて下さっていても、田舎の工房主です。マコト殿の方が私より大きな仕事をやりますよ。」
「そういう期待は苦しいんだよ。今はまだなんとかなってるけど、重なってくると怖くなる。」
「そういうこともあるんでしょうね。あ、ザースが来ました。ノール様が来てからの説明の順番とか、ダイアナさんも含めて四人で確認しておきましょう。」
巡察の一行は二の鐘の少し前に到着した。ノールと随行の少年一人(昨日も見たが紹介されなかったので名前は知らない)と、ゴール、ヨーサ、あと護衛にシークだ。ヨーサは「自分が提案した漁業の進捗を自分でも見たいから」と言った。
ザースが蠟板用に板を切っている横で、ノルンが緊張した顔で製作工程を説明している。今日は膠とか蠟とか、火を使う作業はナシとなるよう工程を調整してあった。鍋の中がいい具合なのに、説明することに気を取られて温度管理を間違えたくなかったのだ。
蠟板の次は同じ第一棟で作っている折り畳みコンテナの工程を説明。蠟板と同じようにザースが実作業を行っている横でノルンが説明する。
その次は第二棟。紙工場だ。ダイアナが紙漉き作業をしている横でオレが説明する。
「木や金属で何かを作るのはさっきも見たし今までも何度も見たことがありますが、これは何ですか?。水に何かを混ぜ込んでいるんですよね。」
「元は主に木や草ですよ。蚤の市で見つけた古布も入ってます。古布も元は草と言えるかもしれませんが。集めた材料を、蒸したり灰で煮込んだり、いろいろやるんです。配合は、まだ研究中です。季節によって入ってくる材料の質が変わるでしょうから、それぞれの材料の癖みたいものを掴みたいと思っています。」
簀から剥がし取られた紙を乾燥させ、端を切り落として一定の大きさに揃える工程も、ひととおりは説明した。
「最初の材料を混ぜ合わせるところ以外は、カースンのどこででもできそうですけどねえ。特に乾燥させるところなんかは、もっと南の方がいいかもしれません。」
「乾かすのを急ぎすぎたら変な歪みが出たりもするんですよ。でも水の中に手を入れて仕事をするから、冬なんかはもっと南の方で仕事をしたくなるかもしれません。」
ノールは完成品のストックを見ながら言った。
「ここまで来ればもう売りに出せそうな気もしますが、いつ頃から売り始めるつもりです?。」
「領主館の他何ヶ所かに見本を渡して試してもらっています。今のところ、設備がこの部屋にしかないのと、誰に作らせるかが決まってないので、配合を変えた作り方を試し続けているだけみたいな状態ですね。職人のことはノルンやゴール殿とも相談してますが。」
「昨日は資金や材料の話もしてましたが、手を動かす人も足りないということですか?。」
ゴールが話に入った。
「ネゲイの中で、職人志望の農家の三男とかを探し始めたところだ。マコト殿の他の仕事のことも合わせてな。しかし時期が悪くてな。見習いとかで働き始めるのは大抵十五歳の一月からだろう?。それまでに働き始める子供もいるけど、そういうのは家の仕事の手伝いがほとんどだし。何人かは集められたが、実はまだ足りない。木工職人の息子が別の木工職人のところに行くとかなら時期も関係なくやってるみたいだが、『紙』は前例がないから『紹介者』となる者もいない。あと、ベンジーにも話を持っていったんだが、あそこも人手が足りてなくて。余所じゃあ孤児が余ってたりするけど、幸か不幸か今ネゲイのベンジーの孤児は最年長が十六歳で、その次が九歳を筆頭に五人ほどだそうだ。その十六歳の娘はそのままベンジーで働き続けることを望んでるらしい。本人に聞いたわけではないが、その娘を引き抜いたら残った孤児の世話とか困るだろうから、それ以上は言えなかった。」
「そういう事情なら、話をネゲイの外に広げてもすぐにはむつかしそうですね。興味を持ってもらっても、距離が遠くなる。これから何ヶ月かは勧誘が主体になりますか。」
「ああ。そろそろ売りに出してもいい質の物はできはじめてるから、売ることで宣伝と勧誘になればとか、そんなことを考えている。」
工房の次は新池。オレは世間話兼情報収集のために巡察の一行と一緒に歩く。ダイアナにバギーで池に先行してもらった。巡察団が移動を始めたことをテンギ達に知らせるためだ。
新池に浮いているマーリン7を見たノールの反応は大凡予想のとおり。海近くで生まれ育っているノールは自ら小舟を操ってマーリン7を一周した。小舟を使うのは慣れているのだろう。結構速い。時々斥力場に触ったりしている。岸に戻ってきたノールは小舟の係留索をテンギに預けながら言った。
「船には、触れないんですね。」
「泥棒よけですよ。」
「今までに泥棒が来たことは?。」
「来ても夜中だろうから、気付いてないよ。」
実際は、一度は気付いているが、「赤外線でずっと見てます」などとは説明しにくい。
「船を見るのは外からだけ」と事前に説明もしてあった。ノールは船の見物はここまでとして、次にテンギの仕事ぶりをみることにしたようだ。
「ではテンギ殿。生け簀をあちこちに作ってるとか、昨晩教えてもらってる。一つはそこにあるけど、他の場所は?。」
「歩いては行けない場所にもあるので、小舟で回るのがいいでしょうね。岸辺で、竿を立ててある場所が生け簀ですよ。」
テンギ達とノールは小舟二艘に分乗して出発した。岸に残った者達は竈の準備をしている。一行が戻ったらエビの試食をさせるのだそうだ。昨日のうちに泥抜き用の生け簀に移しておいたエビがあるらしい。それなら、マーリン7からもテーブルや椅子を貸し出してもいい。ダイアナ達にも手伝ってもらおう。
ノール達が戻ってきてから試食会。ネゲイにおける漁業の総元締めであるヨーサは、「水揚げしてすぐに焼いて、というのは本当に久しぶりで美味しいわ。」と、一番喜んでいた。前回(いつだったかな?)ベティが優勝した殻飛ばし競争は、行われなかった。
試食会が終わる頃、ヨーサから伝えられた。
「マコト殿。ガラスと鏡の話、どんなものを作れる職人が必要かしら?。集められるかどうかはまだわからないけど、必要なものだけでもまとめておいてくれないかしら。」
「『作り始める』ということですか?。」
「まずは試すところから。昨日聞いた収支なら、資金だけならなんとかなりそうって、バースとも話をしてます。」
「わかりました。工房もちょっと手狭になってしまうかもしれませんが、そのあたりの話も含めて、何をやるべきか考えてみます。」
新しいことを始めるなら、そろそろ紙も誰かに任せてしまわなければ。万年筆も、全然手が付けられない。ガラスと鏡。もう少し大きな炉が欲しい。炉は石かレンガのようなもので形を作って土で隙間を埋める。レンガ。これも見ないな。多分ハイカクの店にあった炉は石で組まれているのだろう。レンガ用の炉?。新池南の山の斜面を見る。適当な角度があるからあそこに連房式の、所謂「登り窯」?。また話が膨らみすぎているぞ。なにしろ、材料採取ができる場所で、ここの人達だけで材料を集められるかだ。採取可能な候補地は、もっと探しておこう。午後はまたバギーで動き回るか。




