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5-14 収支の確認

 ヨール王二三年五月二八日(金)。


 二の鐘に少し遅れてネリが工房にやってきた。用件はわかっている。前夜に、巡察使の先触れが領主館に到着していたのだ。巡察使は今日の昼頃到着する見込みだと、領主館には伝わっている。


「おはよう。ショー殿。あれから体調とか、気分とか、変わったことはない?。」


 インプラントの状況は常時監視しているが、本人の口からも聞いておくべきだ。


「マコト殿。おはようございます。体におかしな点は、多分ないです。気分も、普通ですね。」

「よかった。本当に時々だけど、調子を崩す人もいるんでね。で、今日は朝から何かな?。」

「今日の昼頃にカースンからの巡察の方がネゲイに到着すると報せがありました。」

「じゃあ、私は呼ばれたらすぐに動けるように、領主館の近くにいた方がいい、ということかな?。」

「そうですね。今日は三の鐘でベンジーですよね?。」

「そのつもりだったよ。前にもこんな流れの日があった気がするな。ベンジーの後で領主館に来ていた誰かと会って欲しいって頼まれるのは。」

「ええ。なんかそんな日があった気がします。」


 ネリも笑いながら答える。


「ここに来る前にも領主館で同じことを言われましたよ。で、今日もそんな日と同じような流れで、ベンジーからの帰りに領主館に寄っていただくか、ベンジーに誰かを迎えに行かせるので少し早めにベンジーでのお話しを終えていただくか、そういう動き方にしたいのですが。」

「わかったよ。ベンジーに着いたら最初にそう言っておく。」

「それから、夕食は関係者皆でヨークの店って、そういう話になりかけてます。店を予約できなかったらお知らせしますので。」


 領主館といえば、石鹸の具合も聞いておかねば。カタログスペックでは大丈夫と判断できても、高温多湿な環境になる浴室や脱衣所に「虫」を長時間置きたくなかったので、使用直後の感想は集められていない。


「あと、先週のどこかだったかな?。石鹸とか、領主館で使ってもらってるけど、ショー殿でも他の人でも、感想とか、あまり聞くことができてないんだ。どう?。ショー殿も使ってみた?。」

「悪い感想は聞いてませんね。私やエンリは最初に船で洗ってもらってますからちょっと違う感覚なのかもしれませんが、『風の向きがわかるようになった』とかみんな言ってます。私もそれは感じてます。」

「暖炉の灰を使うよりはちょっと単価が高くなるから、評判が悪くないだけじゃあ売れないかもしれない。けど、評判がいいならそれなりのお値段でも買ってくれる人がいるかもしれない。」

「お忘れですか?。石鹸のことが始まったのはエンリがびっくりするほど綺麗になっちゃったからですよ。あれを目指せるなら、そうですね、エンティ王妃の一四四分の一ぐらいなら、贅沢も許されるでしょ?。」


 またオレの知らないエンティ王妃だ。人気者だな。


「エンティ王妃の一四四分の一?。知らないんだ。教えてくれないか?。」

「エンティ王妃は我が儘で贅沢だったっていう話ですよ。贅沢しすぎるのはよくないけど、エンティ王妃の一四四分の一ぐらいなら、って。」

「エンティ王妃の話はいつかまとめて聞きたいとは思ってるんだけど、時間がなかなか作れなくてね。」

「そうですね。私も聞いた話ばかりで、全部は知らないんです。」


 記録媒体が木簡か羊皮紙への手書きで印刷技術も普及していないのだから、人の知識の大部分が口伝になるのは仕方がない。


「そういう状況なら、石鹸の話はマリスの店と契約してもよさそうだな。最終判断は領主館だけど。どうせ今日行くから、聞いてみよう。聞く前に言われるかもしれないけどね。」


 ついでに、まだ話す機会がなかったこと、鏡の製造は炉や銀の貼り付けにかかる初期投資が問題だという点も。巡察使にも石鹸の件は多分伝わるだろうから、午後に巡察使と会う席で話題に出ても問題はない。だが鏡の件は、巡察使がいない場所で話した方がいいだろう。



 ネリが帰ってから小一時間ほど、一〇〇〇Mの少し前、αから連絡が入った。


『マコト、領主館でちょっと動いてる。』

『どうした?。』

『まだ五月の末で四半期決算はやってないけど、とにかく今日まで私達の関係で動いた金額を急遽まとめることになったみたい。バースが言い出して、ゴールが慌ててるわ。』

『急だな。領主館が契約した分はわかっても、ハパーの店で蠟板が何組出たとか、まだ報告が出てないんじゃないのか?。』

『そうよ。ハパーの店にも聞きに行くようにとか言ってるし、ここにも誰か送ってくるみたいよ。』

『急だな。今までのオレ達に関する金銭の動きは記録してあるんだろ?。』

『見た分はね。計算は何か動きがあるたびに更新してるわ。契約木簡はマーリン7よ。』

『あと、ノルンが預かってる木簡も幾つかあったよな。』

『それも見た分は記録して集計してる。私達の知らないところで動いた分までは集計できてないけど。』

『急だな。その集計を巡察使が到着する前にやろうっていうのか?。』

『全部は無理だってことはバースもわかってるけど、概算だけでも知っておきたいんじゃない?。少なくとも、まだ資金回収はできてないけど、いつ頃回収できるかは巡察使に答えられるようにしておきたいみたい。』

『急だな。領主館の収支は推定できる?。』

『まだ持ち出しばかりよ。工房と漁師小屋、私達から買った蠟板と万年筆の累計で、少なくとも大金貨換算二三〇枚くらいは出してる。ほかに、テンギ達にかかった経費とか、ノルン達の人件費は別でね。そんなことを考えたら大金貨で二五〇枚くらいになってるかも。クレディにして七二〇〇万。そこに街道補修の分を足したら、一億クレディね。街道の金額は推定だけど。』

『大金貨二五〇と街道補修の分か。。蠟板一組で工房に入ってくるのは銀四弱ぐらいだったろう?。材料代と人件費を除いて一組あたりの利益が銀二か三として……。』

『蠟板だけなら一五〇〇〇組ぐらいは欲しいわね。コンテナの収入もあるけど。』

『元を取るのに二~三年と考えたら一五〇〇〇は妥当かもしれないけど、この数だと多分ネゲイだけじゃ余ってしまうな。ネゲイの外への販売も考えてるのだろうけど。』

『輸出はもちろん考えてるでしょう。そうでなかったら、隊商に見せたりしないわ。』


 そんなことを話しているうちに、工房へダラスがやってきた。一〇二八M。領主館では商務担当をやっている男だ。ダラスはまず第一棟でノルンを捕まえて経緯を説明し、作りかけでいいから収支報告などを持って今すぐ領主館に来て欲しいと頼んでいる。オレも偶然な雰囲気を漂わせつつ第二棟を出て第一棟に顔を出した。


「あ、マコト殿、いいところへ。ちょっとお願いがあってここに来ました。」

「聞こえてたよ。ここに入ろうとしたら中から声が聞こえてきたから、大体のところはわかった。私の持ってる契約木簡とかは船なんだ。取りに行ってもいいかな?。」

「あー、多分、必要なのは工房関係だけだと思ってますが、マコト殿の船にも工房関係の契約木簡があるんですか?。」

「工房関係の契約は基本的にノルンが管理してたと思うけど、何か間違って紛れ込んでる可能性はある。それから、私がここで雇われてるって木簡は船だな。持って帰った憶えがある。」

「じゃあ、お願いします。で、領主館の、私がいつも座ってるところに来ていただいて、それからどこか小部屋に籠もって数字をまとめてしまいたいんです。」

「それで、いつ頃までにまとめるんだ?。」

「できてもできなくても、四の鐘の頃にまとまってる内容で一旦〆としたいです。」

「わかった。」


 急な話だが、行動開始だ。



 クララを残してバギーでマーリン7に戻り、契約木簡の入った箱を受け取る。その他、使うことがありそうな新品の木簡などもだ。クララはノルンを手伝って工房にある木簡を整理しているはず。マーリン7を出るとき、バギーにはダイアナとエリスも乗せた。数字の集計をするのに、小ニムエ達の力を借りない選択肢はない。ヨークの店での夕食会では壁際に立つ随行員扱いになるが、それでも軽食ぐらいは勧められる。格好だけ、一体だけ同行させよう。


 また急いでネゲイに戻る。ノルンとクララはもう工房を出発していた。この調子なら、ほぼ同時刻に領主館に着けるだろう。



 一一〇二M。領主館を取り囲む長屋の一室に集まっているのはオレとノルンの工房組、ダラスとヨークの文官組、それからオレが連れてきたクララ、ダイアナ。ヨークは木簡の山を分別している最中だった。エリスには、ベンジーに行ってもらっている。今日の訪問をキャンセルすることを伝えるためだ。


「マコト殿達に関係しているもの、蠟板や工房に関係するものを、こっちへより分けてます。工房の分は最初から分けてあったんですが、蠟板の契約が領主館で使う薪や契約木簡みたいな消耗品の山に紛れてまして。」


 ヨークは手を止めず状況を説明した。ダイアナが聞く。


「差し支えなければ私達もその分別を手伝いましょうか?。私達が見ても構わないような内容のものばかりなら。」


 ヨークは一瞬手を止めてから答えた。


「秘密のものはないはずなんで、お願いします。」


 作業スペースの都合上、ダイアナだけがヨークの作業に加わった。別のテーブルではノルンとクララが工房から持ってきた木簡の整理を始める。オレはダラスに聞いた。


「集計のための書式とかを教えてくれないか?。私も自分の持ってきたものを確認したら集計を始めるから。」


 ダラスはヨークの席の隣の椅子に置いてあった木簡を取り上げて言った。


「こんな感じです。これは去年の年末に集計したときのものです。」


 オレは示された木簡を見る。書式は単純なものだ。日付順に出入りした金額と内容が記され、最下段に合計。


『把握したわ。木簡を日付順に並べ直す作業が終わったら新しい木簡に転記します。』


 途中でエリスも戻って来た。バギーはいつもの場所。巡察使の馬や馬車もあの場所を使うだろうから、馬丁のエビーに手伝ってもらって全体にカバーを掛けてきているとのこと。そして、持ち込まれた木簡を分類してそれぞれの山を日付順に並べ直し終えたのは一一五三M。続いて領主館と工房の双方が持っておくべき木簡が揃っているか確認している最中に、巡察使到着の報せが来た。侍女のジョーだ。


「まず荷物を片付けて、バース様の案内で浴室の方へ行っていただきます。こちらの進捗はどうですか?。」


 ダラスが答える。


「ここにある木簡だけなら、バース様に頼まれた四の鐘には間に合うと思う。」


 エリスが付け加えた。


「ジョー殿、バギーを、いつもの馬車置き場に駐めています。一応、布を掛けて一見しただけでは何かわからないようにはしてありますけど、不都合があれば言って下さい。」

「エビーから聞いて、私も見ました。あれでいいと思います。」



 程なく、三の鐘が聞こえた。オレとノルンの木簡は一つの山にまとめられ、クララとダイアナが集計用の木簡にそれぞれの木簡の内容を転記してゆく。最初はボールペンを使っていたが木目や油でうまく書けないところがあって、得物は途中から領主館のペンとインクに切り替えられた。ヨークが言う。


「お二人とも書くのが早いし字も綺麗で、まっすぐだ。私が書いたら、なかなかここまで綺麗に仕上げられない。」


 オレも木簡を見てみた。なんと、クララとダイアナで筆跡が変えてある。小芝居がうまいなあ。


 筆写作業と合計の記入は十五分ほどで終わった。これも人間がやるとその二倍以上の時間がかかっていただろう。ダラス達は筆写の状況をダイアナ達の横で見ていたので書き写しに誤りがないことは確認している。書き終わったばかりの木簡を受け取ったダラスとヨークは、木簡の横に算盤と算木を出して検算を始める。


「ダイアナ殿もクララ殿も、書き写しが終わってそのまま一番下に合計を書き込んでたけど、どうやって?。」

「書き写しながら頭の中で計算してましたよ。」

「それは真似できないなあ。」

「しゃべりながら検算してたら間違うぞ。」


 そんな会話も挟みながら、木簡に記された契約金額の集計が終わる。一二五五M。ダラスとヨークはダイアナ達の計算間違いを発見できなかった。オレにとっては驚く結果ではなかったが、また「オレの嫁に」云々の話が始まり、ダイアナもエリスも固辞した。計算された支出総額とαの推計には誤差もあったが、一番大きな誤差要因は池の関連で、テンギを招聘したり小屋を作ったりした費用は領主館の集計にしか含まれていなかった。このあたりは追求しない。


 工房の建設費は領主館から一括で支払われているが、材料の仕入れなどの運転資金はノルンに預けられている。これらを合計すると、今までの契約済総計は大金貨にして二〇〇枚に乗りそうだ。数字を見ながらヨークが言う。


「出て行く分はわかりましたけど、ハパーとか市内の何軒かの店に昨日までの分でいいから蠟板とコンテナの売り上げ集計を頼んでるんですが、届いてないから結局何がどうなってるか、わかりにくいですね。」


 ダラスが付け加えた。


「こっちの集計が終わるくらいの時間が経ってるから、そろそろ何軒かの店の報告が届いているとは思うんですが……。もしかしたら私やヨークの机に届いてるかもしれないから、見てきます。」


 長屋に戻ってきたダラスは数枚の木簡を携えていた。


「届いてました。バタバタしすぎて私がここに籠もってることを言い忘れてたようです。集計は、数が少ないので、私が蠟板でやります。そのあとダイアナ殿にでも検算してもらえたら。」

「わかりました。」


 ダラスが蠟板に内容を転記してゆくのをダイアナが横で見ている。合計を計算しようとしてダラスが算木に手を伸ばしかけたところでダイアナが言った。


「ハパーの店で蠟板は、最初の一四四組を除いて合計で五〇四組ほど出ていますから、工房の収入は一組銀三ですので銀一五一二。大金貨で十枚半ですね。工房ができてからは八六四の注文を受けていますから、八六四で計算したら大金貨十八枚です。最初の一四四組と、大口の八六四の前にも小口の注文が幾つかあって、これは工房を通してませんけど、ここに加えますか?。」


 大きな数字に変な端数があるのは十二進数をベースに交わされる会話が翻訳されているからだ。ダラスは少し考えて答えた。


「マコト殿が最初に売った二四組以外は全部含めよう。一四四組の銀三で……。」

「一四四以外にもありますけど一四四なら銀四三二。大金貨で丁度三枚ですね。」

「ああ、細かいのを全部積むのは面倒だな。十八枚と三か四枚で、全部で、仮に大金貨二四枚としておこう。折り畳みの箱の方は、こっちの束か。同じようにやるぞ。」


 またダラスとダイアナが先ほどと同じように集計を始めた。こちらは銀二で卸している。ダイアナが言う。


「こちらも確か八六四の注文を受けていてまだ全部を作りきっていなかったと思いますが、ハパーの店ので販売数はまだ一五〇ほどにしかなってませんね。工房の取り分にして銀三〇〇。大金貨で二枚ちょっとですか。注文分の八六四で計算すると大金貨十二枚です。」


 蠟板は仕事で文字を書く必要のある人間が一斉に飛びついたからで、新規需要が落ち着けば売り上げは落ちてゆくだろう。折り畳みコンテナの方は、配達などの必要がある業種で今使っている箱が壊れたとかで買い換える時にしか出ないし、強度が従来品よりもやや弱いので市場を独占するようなことはない。だが、長期的に見れば蠟板よりも累積の売り上げは伸びるだろうと思っている。


 ダラスがまとめた。


「この一ヶ月ほどで、工房は大金貨三六枚ぐらい儲けてる。実際に売られて使われてる数だとその半分ぐらいだけど。売り上げはそのうち鈍るだろうから、ネゲイの町の外にも売らないとダメだろうけど、この調子なら一年ほどで元は取れそうか。いい報告ができそうでよかった。ヨーク、この蠟板の清書を頼む。マコト殿、巡察使殿とバース様が今何をやってるか見て来ますよ。しばらくここで休んでて下さい。」


 一三四三M。「虫」報告によると、巡察使のエンゾ・ノール殿はサウナですっきりさせた顔で、バース達ネゲイの首脳陣と巡視の行程などを話している最中だ。


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