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5-11 案内の続き

 しばらくエンリのことはアンとベティに預けることになったので自室であるルームAに戻った。エンリの「磨き上げ」は、先週エンリがマーリン7を出て以降の変化の確認と、前回は手が回らなかった細かい部分の手入れも兼ねているという。男女ともに美人の定義は時代と場所で異なるものだが、ニムエ達はネゲイ的な美人の定義を見つけているのだろうか?。そんな思考が漏れたのか、αが言った。


「自分の子孫を残すためには自分と同じ種族の異性を見つける必要があって、確実に同じ種族であることを見分けるために、人間は自分の周囲の異性の姿形の平均値に近い姿形を好むようになる。聞いたことはあるでしょ。」

「知ってる。でも、完全に平均になってしまったら、何の特徴もない、周囲と見分けがつかない、って、そうならないかとも、思ってた。」

「完全に平均値である、というのは、滅多にいないわよ。それに、人それぞれにとって周囲の人間関係は違うから、例えばゴールにとっての『平均』とバースにとっての『平均』は違うし、どちらの『平均』に対しても、それぞれに完全に合致する風貌の持ち主と出会うことも滅多にない。あと、出会えたとしても、相手から見た『平均』が自分の風貌と同じである確率は、計算する?。」

「一ミリ単位で合わせる必要もないだろ?。ある程度の幅はある。多分、『全体は平均に近いけど何か特徴がある』とかが、その人にとっての『美人』なんじゃないか、とも思ってるよ。男女ともにね。」

「『平均に近い』のが判断基準になっているのはまず間違いなくて、それ以外の要素はもともとその個人が持っていた資質と、その人独自の経験に左右されてるから、解析のための変数を集めきれないのよ。」

「まあ、『誰から見ても完全な美人』が目標じゃあないしね。見た目に関しては、実用上、というか、仕事でも私的な部分でも、会う人の過半数、できれば八割以上ぐらいの人が、不快感を感じないような仕上がりでいいんだと思うよ。」

「あと、マコト、あの二人に関しては、あなたの好みも反映させておいた方がいいとは思ってますよ。でもマコトの好みって、あまり話したことはなかったわね。」


 αを筆頭に仕事上の有力なチームになってるニムエ達だが、AIだし、仕事上で必要な情報交換を優先するがために、そういう話はあまりしてなかったな。AIの仕事の一つとしては、オレの精神的な部分を含む健康維持もあるので、そういう情報も明らかにしておいた方がいいのかもしれないが、うーん、オレの好みの風貌?。イヤなヤツのことを思い出した。


「オレの好み、について、風貌は、昔、本当に、風貌だけはいい感じで、好きになれそうな、歳もオレに近い、そんな女性と知り合ったことはあるんだけど、彼女の仕事ぶりも、それなりに有能でもあったんだけど、彼女は、オレが機構に採用される前、『事故』関係の裁判の時の、相手側の弁護士助手だったんだ。」

「好みの女性と知り合ったと思ったけど敵だった、ってこと?。」

「そういうことだな。ライブラリにはオレの個人履歴も入ってるだろ?。そこに彼女の写真まで入っているかどうかは知らないけど、彼女を含むチームに手酷くやられてしまって今に至ったオレ、だから、もう女性の風貌には極力興味を持たないように努力しているオレ、女性の好みとしては健康で清潔でオレに対する嫌悪感がなければOK、と、言葉にすると全然『好み』というものがないみたいな感じだな、これは。」

「エンリもネリも、あなたに対して嫌悪感はないみたい、とは分析してるわ。単純に清潔感だけの話かもしれないけど。」

「オレも、そのように感じてはいるよ。悪いことじゃない。」

「エンリもネリも、ああ、数字で出すのも変な話だけど、体格風貌ともに、ネゲイでもヤダでも地球文化圏でも、平均の範囲に収まってると思うわ。個人識別に必要だから、体格や顔面における目鼻の位置の比率とかは全部数値化してある。エンリやネリのスコアを正規分布グラフででも表示できるわよ。その評価の上で、AIの総意としては、マコトの結婚相手とするのに、彼女たち二人とも、体格風貌での問題はない、と判断しています。どう?。」

「状況に流されて決まった結婚相手ではあるけど、体格風貌ともに、オレの基準に照らして問題なし、とは思ってる。外見から簡易的に判断できる健康状態はOK、ということでしかないかもしれないし、風貌は極力評価対象から外そうとはしてるけどね。それと、資質の方は対話と観察で確かめるしかないしね。」

「そうね。エンリはネリと比べたら基礎教育の蓄積に弱いところはあるみたいだけど、インプラントを使いこなせるようになったら二人の違いはほとんどゼロになるわ。」

「インプラントについては二人とも性格が変わるほどの影響はナシにしたいんだが、どの程度の知識を与えるかは、オレには判断しにくいな。でも、何か考えてはいるんだろ?。」

「今後の二人の活動の中で、必要だと判断できたら知っていることは送り込みます。」

「まあ、そうなるんだろうけどね。あー、話を戻して、エンリもネリも、ネゲイでも悪評を受けるような風貌ではないけど、『磨き上げ』で好評価を得られるようにする、ネゲイでそういう評価を得られるような数値範囲はもう把握している、そういうあたりで、いいかな?。」

「文書化する時はもう少し細かい内容も入れるけど、要約したらそんな感じになると思うわ。」

「そんなことまで文書化するの?。」

「機構に提出する報告書用よ。」



 αと話をしているうちにエンリの「磨き上げ」は終わり、昼兼用の軽食にするらしい。昼食の場所は、セカンド・クォータの談話室兼食堂を指定された。正直なところ、マーリン7に乗り込んでからこの部屋は全然使っていない。点検で足を踏み入れただけだ。一緒に食事しながら談話する相手となる人間の乗組員はいなかったし、食品の合成調理器もルームAを始めとする上級船員用の部屋には備え付けられていたからだ。ネリやエンリを招くようになったから、これからはこんな機会も増えるのだろう。食堂に入るとエンリはベティから合成調理器の使い方を教わっている最中だった。難しいものではない。カースンの言葉による音声コマンドも使えるようにしてある。それでも初心者のエンリは時間がかかっていて、苦労しながらトレイの上にパンと水を呼び出した。


「どう、使い方はわかった?。」

「書いてあることだけではどんなものが出てくるかわからなくて、こんなメニューになっちゃいました。」


 料理名は、翻訳できていないものも沢山ある。結局エンリに選べたのはパンと水だった。これは少々さみしい。ちょっと手伝おうか。合成調理器に呼びかける


「さっきエンリが頼んだのと同じものを私にも。それから追加でバター二個と温野菜サラダ二皿」


 取り出し口に指定の品物が並んだ。


「マコト様に先に頼んでもらって、その後から『同じものを』って言えばよかったですね。」

「初日から何でも上手くいくことはないよ。そのうちに慣れる。ショー殿にも、次かその次ぐらいに教えてやってくれ。」


 オレはバターとサラダをエンリのトレイに移しながら答えた。


 この部屋のテーブルは四人用が基本だ。テーブルの天面には何種類かの模様が描かれている。向かい合って座ると、チェス、将棋、バックギャモン、その他、「盤上で駒を動かす」ゲームができるようになっていて、それぞれの模様に応じた駒も天板の裏の抽出に入っている。だがこれを説明し始めると、場合によっては一種類で何時間もかかってしまう。質問が出なければ説明は後日だ。


 テーブルに移動して、食べ終わって、食器を洗浄機に戻す。そのあたりまでは記録に残すほどのことは何も起こらない。別のテーブルではアンとベティも何か飲んでいる。多分、水か白湯だろう。オレはさっきまで自分たちが使っていたテーブルの上を濡れ布巾で一度拭いた。食事の後で一度拭くのは、昔からの習慣だな。


「次はどうしよう。ショー殿が目覚めるにはまだ少し時間があるから、話の続きでもいいし、船の中の案内でもいい。」

「案内をお願いしたいです。まだ見せていただいていないところは、沢山ありますよね。」


 順序は、考えてある。稼働中の小ニムエ達のうち、アンからエリスに至る五体以外、まだ顔面が素体のままの機体は、今は全て最後尾のフォース・クォータに押し込めてある。これを紹介するのはまだ早いと思っている。小ニムエ達の正体やオレの出自、船の機器を使いこなせるように、というあたりは、インプラントが完全に使えるようになってからだ。今日、エンリを案内するのは、船首から、順に。多分ネリの時も同じ方法と順序になるだろうと考えている。


 食堂のあるセカンド・クォータからエアロックを抜けてヘッド・クォータへ。操縦室を迂回して前方へ進む。まずは船首観測室。前方観測窓だ。


 オレ自身も船首観測室は久しぶりだ。宇宙空間を航行中、特に亜光速以上の速度が出ている時、この部屋からの眺めは見ていて飽きない。そこまでの速度が出ていない時でも、航行状況のチェックにはこの部屋からの観測も欠かせなかったのだが、惑星地表に降りている今、ここは単に「外の様子が見える部屋」でしかなかった。面白みはない、とは思っていたが、エンリはここもお気に召したらしい。


「ここは水の中も見えるんですね。」


 エンリは足下を見ていた。斥力場で水と船体は直接触れてはいないが、水は斥力場の形状に押し下げられている。波がある自然の水面から見ることと比べたら、水中の様子はとてもわかりやすい。池の底までは見えてはいないが、小エビが泳いでいるのはわかった。


「ここは一番前の尖ったところですよね?。外から見たときは、中がこんなになってるとはわかりませんでした。」


 透明なガラスがほとんど存在していないネゲイ周辺では、想像しにくかったのかもしれない。


「私もここに来たのは久しぶりだな。池に来たら下がこんな風に見えていたのか。自分でもちょっと驚いたよ。」

「水の中がこんなにはっきり見えるのは、初めてです。これは、魚の仕事にも使えると思いまか?。」

「見たいところまで船を動かさないといけないから、ちょっと面倒かも。でも、これができる道具、小舟の上から水の中をきれいに見るための道具とかなら、作れると思うよ。」

「試してみたいです。そういうものがあれば、テンギ様も喜ぶと思います。」


 別に複雑なものを考えているわけではない。ガラスでもなんでもいいから、透明な材質で床板を作った桶があればいい。材料の在庫さえ確認できれば、実作業は一時間ほどだろう。自分では「大したものはない」と感じていた今の船首観測室だが、別の人間の目で見れば、大したものも、あるものだな。


 それからは観測室内にある器具類の説明など。角度の測定器具はエンリも測量の手伝いをしたことがあるので、ここにそれがある理由もすぐにわかってくれた。十進数表記なので、今の彼女には使えなかったが。



 前方観測室の次はマーリン7が上陸したときに出入口として使っている外部昇降スロープに通じるエアロックを見せ、続いて操縦室に入ろうとしたが、エンリは部屋の入り口で立ち止まった。


「ここは、触ってはダメなものだらけですね。」


 彼女の視界はインプラントが重ねた赤表示に埋め尽くされているのだろう。


「入ってもいいんですか?。何か、間違って触ってしまいそうです。」

「心配なら、やめておこうか。練習してもらったら、触っていい部分も増えるとは思うけどね。」

「ええ。書かれてる文字も、道具のおかげで私でも読めはするんですが、読んでも意味がわかりません。」


『α、エンリに見せてるのと同じようにオレの視界にも赤を重ねてくれ。』


 すぐにオレの視界に赤い縁取りが重ねられた。これは確かに。エンリが萎縮するのもわかる。ちょっと過剰なんじゃないか?、とは思ったが、明らかに触っても安全な室内照明などは「赤」から除外されている。「赤」になっていても今触って大丈夫そうなものは……、ダメだな。確かに。


「ここは船を動かすための部屋で、確かに触ったら、船が動いてしまうとか、動くだけならまだしも、岸に作った小屋にぶつかるとか、ちょっと、触って欲しくないものが多いな。エンリ、この部屋は、今日はそこから眺めるだけにしておこうか。そのうちに、ここで何かをやること、そのための練習の仕方とか、考えておくよ。」


 何かを間違えて触っても音声コマンドでキャンセルすることはできるが、無意識で触ったりしたらキャンセルのタイミングも遅れかねない。ほとんどの操作は音声コマンドでも代行できるが、減圧事故など、音声コマンドが使えない状況も発生し得るので、操作パネルは廃止できない。「婚約者を信用している」という姿勢を示すためにも、重要であることがわかりやすいこの部屋の説明はしておきたかったのだが。


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