2-1 状況確認
新章です。まずやるべきことは現況の把握から。
墜落から二日目。
目覚めた。〇四一〇Z。体を起こし、タンクから出た。浴室へ行き、顔を洗い、少し水を飲んでから操縦室へ向かう。
「おはよう。α。」
「おはよう、マコト。」
「予定のとおりに起こされた、ということは、オレが寝てる間に追加で突発的とか緊急とかの事態はなかったということだな?。」
「ええ。あなたの睡眠を邪魔するほどの突発的なものはなかったわ。」「まず確認したい。次は、ガンマだよな?。ガンマの接近予想時刻までの残り時間は?。」
「四十分から五十分と見てるわ。軌道遷移のためのデルタVをいつやったか、で前後するから、精確な時刻はわからない。ベータやガンマに伝えるべき情報は、時々新しい内容を追加しながら、ずっとループで送信中。」
「帯域は?。」
「本当はレーザーかUHFぐらいの帯域を使いたいけど、こちらが谷底にいるみたいだから、あまり短い波長だと谷からの見通し線の範囲にしか電波が伝わらなくなって、よくないの。仕方がないから波長一〇〇〇メートルぐらいで送信してるけど、三〇〇キロヘルツだと電離層との相性で効率が悪いかもしれないし、最小限度の解像度でも写真一枚送るのに何秒もかかってしまう。βも反射がどうとか言ってたし。お互いの位置特定ができたらもっと帯域を上げて効率のいい通信ができるように調整するつもりよ。」
「なら、前回オレとβが会話したのも帯域の邪魔になってた?。」
「音声会話は意味が通じる範囲で間引きすれば大した情報量じゃないから本来は邪魔にならないの。通信が不安定な状態でデータと音声の通信と同時にやるのはあまり良くないけど。昨晩のβとの交信は、あなたが生きていることをβに確認させるためでもあったのよ。」
「なら、通信が安定するまでは、音声会話はあまりやらずにデータ交換に専念した方がいい?。」
「そうね。次のガンマとの交信はデータだけにしてもいい?。大きな内容は、その都度私がマコトに伝えるし、細かなところは後からログを見て貰ったらいいと思う。」
「わかった。これから何日かは、それで行こう。」
これから数日の通信方法は、これでβとγに提案することに決まった。続けて船内の状況を聞く。
「融合炉も主機も、温度が下がってからの打音検査では異常なし。でも両方とも、超音波探傷はやっておきたいわ。特に主機周りは熱かった時に変な音を出してるから。今やっと、そのあたりの超音波探傷を始めたところ。結果はまだよ。」
「小ニムエを一体潰すかもとか言ってたけど、どうなった?。」
「結局潰さずには済みそうだけど、最初に融合炉と主機に送った二機は高温環境が長かったから整備に回したわ。今、別の二機で分解中。」
「整備中はどの機体?。」
「六号と七号よ。」
「βのお気に入りの六号何か。後で何か言いそうだな。」
「あれはあの子の冗談だから。七号にしても『たった一週間で膝の衰えが改善!』とか、健康食品の広告みたいなことを言い出すと思うわ。」
「βなら言いそうだな。それから、資材は?」
「この状況で新たに必要になりそうなものがわかってないから通常点検しかしてないけど、まだ問題はなさそう。」
聞いた点検状況について少し考える。
「報告にないから問題ないのかもしれないけど、『主機で変な音』の続き、気密はどう?。」
「『主機で変な音』が出ていた間は変な隙間もできていた可能性はあるけど、まだ高度が高くて船内の方が気圧が高かったから、外気が入ってきてても少量よ。それに外気は入ってきていても摂氏三〇〇度程になってた細い隙間を通ってるから、有害な細菌とかがあっても死滅してると思う。一応、念のため、昨晩は熱すぎてマコトが近づけなかった動力区は、少しは温度が下がったから今は酸化メチレンで燻蒸中。だからまだ、フォース・クォータには熱いのと中毒があるから近づかない方がいいわ。」
「酸化メチレン?。あれはどのくらいの温度で使えたっけ?。」
「上限は摂氏で一五〇度よ。まだちょっとそれより高いけど、材料は酸素と水素と炭素だから、冷却剤兼用で流し込んでる。あ、ガンマが通信圏内に入ってきた。〇四五二Z。」
「OK。しばらく通信に専念してくれ。」
それから数分間、通信ログがスクロールしてゆくのを眺めて過ごした。文字は、かろうじて読み取れる速度で次々と流れてゆく。通信しながらαが編集したのか、重要情報は色を変えてあるので、そこを集中して読む。
モニタは左右に分割されていて、それぞれこちらからループ送信している内容とγとのやりとりに分かれている。ループの内容は既にαから聞いていたものの繰り返しになるから今詳しく読む必要はなさそう。多分、ガンマが通信圏内を通過中の時間の長さを想定してそれより少し短い時間でループが完結するよう編集されているのだと思う。γとのやりとりはこんな感じ。
「コースに微修正して、βが前回交信時に推定したアルファの墜落地点上空を通過するよう接近中。今の帯域では位置特定が困難。航行灯などで信号を送れないか?。」
「周辺状況未確認のため不可。」
「次回のこの近辺の周回は〇八〇五Z頃のベータで詳細写真も撮影予定。」
「次回〇八〇五Z。了解。今後のこの地域の通過時刻の計画はどうか?。」
「βと協議して二時-十四時軌道と八時-二十時軌道に移行することを提案。」
αが声を出す。
「マコト、私が考えていた案の一つと同じよ。承認していい?。」
これはオレの想定の一つでもある。八-二十時軌道は昨晩のオレもオレも指示を出していた。ガンマは軌道変更するが、ベータは昨晩変更した捜索用軌道のまま変更なし。ヤーラ359-1での一日を四等分した形になる
「了解。二時-一四時、八時-二十時を承認。あと、通信継続時間をもっと長くできるように、その軌道で高度をあげられないか?。」
αとγが同時にしゃべりかけて、αは声を止め、γから
「検討中の事項です。アルファの現在位置情報と周辺状況の精度が上がってからの実施を提案します。」
続いてα。
「γの意見に同意よ。」
賢いAI達はオレの考えを先回りしているな。
「高度の件は了解。続けてくれ。」
ガンマが去った後で、ログを読み直す。今、決めておくべき事、追加情報がなければ決められないこと、オレが思いつくような事項は網羅されている。おそらく今、唯一外部の確認ができる垂直尾翼先端からの光学画像を確認するが、まだ暗くてよくわからない。十二月の北緯四五度なら、まだ日の出には早い。イヤ、これは地球的な感覚か?。地軸の傾きがまだよくわかっていない359-1ではどうなんだろう?。まぁ、あと何時間かすればわかるだろう。
ベータが来るまで三時間弱。そろそろ、何か食べておくか。
「朝食に行ってくる。」
αに告げて操縦室を出た。
朝食と、船内の簡単な見回りを終えて操縦室に戻ったのは〇七〇〇Zの少し前。
「外が明るくなってきてるわ。」
「OK。これでベータに見つけて貰いやすくなったな。」
「βへの指示事項とかはある?。」
「イヤ、撮影して、その後の周回中に画像解析して、ガンマが情報を引き継いで、こちらに位置情報とか通信帯域の提案とかしてくるまでは特にないと思う。」
「そうね。私はベータ接近時に送る情報の編集を続けるわ。」
「あと、明るくなってきたから見える範囲の連続監視も頼む。特に、動くものがあったら知っておきたい。」
「まだ暗いけど、もうそれは始めてる。まだ何も報告するようなものは見つけてないけど。」
「了解。何かあったら教えてくれ。」
オレは、昨晩の異常発生直前から今までのログを読み直し始めた。
「アルファからの信号を受信」
「信号はループされている状況報告であることを確認」
「状況報告の受信を継続しつつ、近辺の画像取得を優先。」
などと表示されたに続いて、数秒毎に
「緯度○○経度○○を撮影」
という文字がゆっくり追加されてゆく。撮影されたに内容に対するコメントはない。βはとにかく大量に写真を撮って、あとでゆっくり解析するつもりらしい。以前のβからすると遊びのない生真面目な印象だ。しかしここで口を挟むのも邪魔になりそうなので黙っておく。やがて、
「信号強度低下。まもなくアルファとの通信圏を離脱。これにて今回の通信を終了。」
ベータは去って行った。次は、船内時間で六時間強。γはオレ達の位置情報を掴んでくれているだろうか?。
また待ち時間ができてしまったので、今度は明るくなってきた外部を観察することにする。昨晩はこの地方始まって以来の大音響が鳴り響いていたはずで、もし、近くに知的生命がいたら、原因を探しに来るかもしれない。雪が多いから春まで待とうと思うかもしれない。日が昇って気温が上がれば、マーリンの上下を挟んでいる雪が融けて姿勢が変わるかもしれない。かもしれない。かもしれない。かもしれない。考えることは幾らでもあって、できることは思いつかず焦る。
垂直尾翼先端前縁カメラにアクセス。仰角をゼロにしてズームは最大広角、カメラをゆっくり左右を振る。レーザー測距で気になった所を幾つか測定。マーリン7の上面はほぼ雪崩に埋まっているようで、船体を埋めている雪の塊は、見えている範囲だけで最大二メートル×二メートル×一メートルほどの大きさ。これは昨晩の推測のとおり。マーリンはやはり谷底に鎮座しているようで、左右とも、斜面。斜面の傾斜は三十度から四十度程。樹木らしいものも見えている。これは将来発見者の名前をとって「マコト松」とか呼ばれたりするのだろうか?。右の斜面は機体の正面に回り込んで続いている。おそらく十時の方向ぐらいに谷の出口がありそうだ。空は、一応、晴れ。イヤ、雲の方が多いか。右、すなわち、多分東側が山であるためか、まだヤーラ359は見えず。小雪が舞っている。
次いで後端カメラも同じく仰角ゼロ、ズームは最大広角。前縁カメラの画像と似たような雪塊で埋まっている。谷の奥を見ているようで、正面は山。カメラの仰角を調整すると、今の機体姿勢から二十度ほど上げれば山は飛び越えられそう。船首方向が逆だが。
ここまで見てきて、動くものは雲だけ。この雪崩跡の雪塊だらけの場所を歩いて移動するのは難しいだろうし、当面は接近してくる動物も人?も、ないだろうと思う。鳥でもいたら、見つけられるかと思ったが、カメラの視界の中でそういうものも今は見つけられなかった。次いで、赤外線で同じように広角の画像をチェック。前後カメラとも、熱源は感知できず。新しい情報はなかなか集まらない。もっと広域で情報を集めているガンマやベータが来るまで、少し休もうか。




