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4-31 CL(墜落暦)一二八日:九三.九三センチ

 CL(墜落暦)一二八日。ヨール王二三年四月二六日(水)。


 オレが寝ているうちに、最近は出番が少なかった顔のない小ニムエ達が頑張ってくれていた。昨晩のガラス繊維は織り上げられた上に樹脂を浸透させて、幅一センチ、長さ百メートルのテープに加工されていた。まだ白無地。αによると、測量の話が本格化するなら、両面に地球とカースンの長さ単位で距離表示を入れることにしたそうな。いいアイデアだ。百メートルのテープに使ったガラス繊維は約三百グラム。残ったガラスでまだ十本ほど作れてしまうことになるが、別の使い方もあるかもしれない。



 二の鐘でエンリ、ネリ、テンギが来た。テンギは昨日の続き。昨日の罠の成果の小エビたちは、それなりに流れのある場所で捕れたせいもあってか泥抜きナシでもおいしかったと。


 今日のオレは何もなければテンギの補助に回るつもりだったのだが、ネリ曰く、昨日提案した新池と南原の測量のことでネゲイに来て欲しいという。テンギの手伝いにはベティを残して、オレ、ネリ、エンリとクララでバギーに乗って領主館を目指す。



 ゴールの部屋で話をした。バースも同席。バースが言う


「マコト殿の提案は、地租を、地図で物納、という形になるかと考えているよ。出来上がったものの精度とか出来映えによるけど、マコト殿の船、四一二平方メートルだっけ?、まだ地租の単価も決めてないんだ。何が作れるかわかってないからね。元々収入になってなかった場所だからそのあたりは無視して、普通なら、地図は買い上げて普通に地租を払ってもらうところなんだけど、さっきも言ったように地租の単価を決める材料がないし、あの広さの地図はそれなりに費用もかさむ。何もないところでも使える場所と使えない場所を分けようと思ったら時間もかかるだろうからね。だから、試しということで、工房予定地を含むクボーの範囲を再測量してくれないかな。それを、マコト殿達の今年の地租としよう。」


 当然ながら「四一二平方メートル」はαによる換算と翻訳の結果だ。「虫」を何度も飛ばしているので、地形図だけならもうできていて、多分、提案されたクボーの範囲も全て入っている。「虫」が撮影した写真を使って立体化したモデルだ。土地の境界は入っていないが、農地を区切っている畦の位置はわかっている。あとは、これをどの程度の精度で納品するかだ。多分、金銭的価値にすればこの取引はネゲイ側に大幅に有利なはずだが、何事も最初はサンプルが必要だろう。


「クボーの範囲というのは、今わかるのでしょうか?。」


 ネリが羊皮紙をテーブルに広げた。四隅に拳ほどの大きさの丸石を置いて巻き戻らないように押さえる。文鎮だろう。この地図はこの数日領主館内のあちこちで広げられていたのだが、天井近くの「虫」からは細部が確認できなかったものだ。オレとクララが地図を見る。内容をαが確認する状況がインプラントの視界に重ねられる。幅一ミリ弱の黒線で示された区画の中に区画番号と面積が記されていた。各区画は黒細線で三角形に分割されていて、細線の小さい字で辺長などの情報が記入されている。元は青か何か、インクの色が違う細線で地形のスケッチが描かれているが、褪色していてわかりにくい。縮尺は五〇〇分の一くらい?。十二進数の国だから五七六分の一とかでもおかしくないが、多分精度は低いだろう。αは、「虫」による地形図と目の前のクボーの地図を照合して幾つかの相違点を発見しているようだ。これは誤差か誤記か、地図作成以降に地形が変わったのか?。


「クボーの地図は三枚組です。これはそのうちの一枚で、工房の区画を含んでいるものです。まずはこの範囲からお願いしたいと考えています。まずここで出来映えや正確さなどを確認して、以後、範囲を広げるとか、報酬とかの話にしたいのですが、どうでしょう?。」


 ネリが言った。


『この範囲ならデータはあるわ。明日にでも届けようと思えばできるけど、測量してるって姿も見せておきたいでしょ?。何日かけて、何に作図するか、検討事項はそんなものね。あと、ここまでやるなら、彼等の使ってる度量衡を正確にメートル法に換算できるようにしておきたいわ。』


 思い出した。彼等の「一クーイ」が一ヤードに近いことは知っていたし、ヒーチャンやブングの店では長さを測るための定規も目にしていて、一応、ミリ単位での換算はできるようになっている。しかしそれらの定規は、小ニムエ達の目測によると、おそらく五〇〇分の一程度の誤差があるようだった。数百メートルの距離を測るなら換算表をもっと正確にしておきたい。あとでハイカクの店に行ってみよう。


「この範囲を測り直すとして、面積はこの地図にあるものとは変わってくるでしょう。地租とかにも影響しませんか?。」

「これは開墾のすぐ後でクボーが作ったものでねえ、多分、自分の仕事を大きく見せたかったんじゃないかと思うんだけど、実際よりも広い面積の数字が書かれてるみたいでねえ、今ここで畑をやってる連中からは不評なんだ。だから、領としての収入は減るけど領主の評判を上げておこうかってことでもあるんだよ。ネゲイ全体で見たら小さい話だし、他の土地は大抵現地の方が大きい。マコト殿のやり方が蠟板の作り方みたいにネゲイでも取り入れられるなら何かの役に立ちそうだしねえ。」

「私のやり方は、ここでも同じにやれるかどうかわかりませんが、この場所に詳しい案内人を付けていただけるなら、地図を引き受けましょう。境界が畦のどこにあるのか、上なのか下なのか、境界の目印になにがあるのか、そんなことを知ってる人が必要です。あと、この地図の写しはありますか?。」


 本当は、写しは必要ない。αはもうオレとクララの視覚情報から地図の内容を数値化してしまっている。


「マコト殿が引き受けてくれるなら写しを作るつもりでした。この一枚だけなら数日中に用意します。」


 瞬時にデータを記憶できる能力があることを悟らせないために地図の写しを求めたが、急がせると写し間違いなども出てくるだろう。


「まだなら、この場で作ってもいいですか?。ゴール殿の部屋でなくても、場所を借りることができればダイアナにやらせます。今から始めれば三の鐘までには終わるでしょう。」

「それならこの部屋でやってもらっていいが、そんなに早くできるものなのか?。」


 ゴールが言う。


「皆さんの予想よりずっと早いと思いますよ。で、クララが写しを作っている間に、測量に使えそうな道具を幾つか、ハパーの道具屋まで見に行きたいと思っていたのですが。」

「工房や組合の話も含めてマコト殿と細かい話をする時間が作れると思ったんだが。」

「領主館にあるものを貸し出してもいいね。七二クーイの鉄鎖もあったと思うよ。あんな長いもの、ハパーに言っても注文生産になるから時間がかかるだろうからね。あとで倉庫を見に行けばいい。」


 バースも付け加えた。


「なら、そうしましょう。クララ、バギーに絵図用の板とか積んでただろ?。使いそうな物を取ってきてくれ。」



 その後はバース、ゴールとオレで、工房と組合の話になった。クララは地図の写し。ネリは地図一枚分の再測量と引き替えに地租を免除する契約書の作成。エンリはオレ達の話のメモ係。


 やはり職人の確保が問題らしい。作ったものが売れて知名度が高まれば職人も集まってくるだろうが、今はまだそこまで至っていない。オレが最初にこの話を聞いた時に時期尚早だと指摘したとおりだ。工房の責任者として必要な能力を持っている者は既にそれぞれが店を構えているか、どこかの店の重要な地位に就いている。オレ自身は、技術顧問的な立場になることには問題はないが、商習慣などの知識に欠けていて、責任者を務めるには適当ではない、ということになっている。ニムエ達の助力があればそのあたりはクリアできそうではあるのだが、どこまで能力を示すかは、さじ加減のむつかしい問題でもある。


 色々話をしたが、工房の初代責任者の地位を拝命することになってしまった。位階五位だ。五位の中でも上の方になる。今のエンリ(位階五位の最下位近い)にはオレに足りていない商習慣的な知識を身につけさせるべく「研修」期間中だし、工房が動き始めてからエンリが使えるようになるまでは、出資者でもある領主館から補助人員を出すと言われた。商務専任でやってきている誰かか、オールラウンドプレイヤーとしての教育を受けているネリ(位階五位の中の上あたり)になると。


 話をしている間にクララは地図の筆写を終え(早さと正確さにオレ以外の全員が驚いた)、ネリは幾つかの空欄を残して契約木簡を書き上げていた。全員で空欄に入れるべき数字などを確認し合ってオレとバースが署名する。その後は領主館の倉庫で測量に使えそうな道具の確認。バースが言っていた「七二クーイの鉄鎖」のほか、グレンに見せられたアストラーベを単純化して水平使いにしたようなものものもあった。「横コント」と呼ばれている。以前ベンジーで見たアストラーベは「縦コント」だった。望遠鏡ナシの原始的なバージョンのセオドライトだ。天体観測部分は省略されて角度測定だけの機能しかない。長らく使われていなかったらしく潤滑油が固着してしまっていた。あとは消耗品の木杭。木杭は本来薪として納入されたものの一部の先を削って備蓄しているだけとのこと。ゴールが「詳しい使い方は知らんのだ」といいながらも「横コント」を台と仮組みしてくれたので、水平出しなどの仕組みもだいたいわかった。


 αによると、「横コント」は船内で同じものに副尺を加えたもっと高精度な物を作り始めたとのこと。木杭は幾ら合っても困らないだろうから有償でも入手すべし。七二クーイの鉄鎖は初日だけでも借りて度量衡データベースを更新しておくべき。大体、オレの感触と同様だ。


「鉄鎖は借りたい。杭も使いたい。あと、「横コント」と台も。横コントは、掃除して油を差しておくよ。現地の境界がわかる人の手配ができたら、明日からでも始められる。途中で私が動けない日があっても、ダイアナ達の誰かが代わりに仕事を続けられると思う。」

「クボーで何かやってる農夫なら今日の帰りにでも声をかけておきましょう。いなくても、今日中に何人かは捕まえられるはずです。」


 ネリが言った。あと、考えておくべき事は……。


「あと、グレン殿だ。私がこんな事を始めたと知ったら見に来たがるだろう。伝えておいてもいいかな?。『暇な時間だけでも』とかでいい。」

「グレン師ですね。あの人もなかなか忙しいんですが、マコト殿のやり方、特に何かの計算が必要な仕事については、グレン師にも声をかけておいた方がいいだろうって話にはなってたんです。エンリに行かせます。エンリの話し方、ヤダ訛りというんですか、あれが古い文書を読む手助けになったとかで、気に入られているんですよ。ほか、物覚えの良さとかもあって『ヨースの嫁に』とか言ってましたが、マコト殿のコビンになる予定と聞いて残念がってました。」


 中央から離れて地方部に行くほど昔の言葉が残っているとか、聞いたことはある。翻訳ではわからなかったが、ここでも同じような現象はあるのか。ヤダとネゲイの距離でそれがあるのも意外だが、何にでも興味を持つ爺さんだな。



 バギーに鉄鎖と杭、横コントを積み、エンリとネリも一緒にクボーまで戻った。工房の進捗についてヒーチャンと少し話してから近くの畑にいた農夫に声をかける。名はボマー。最初にここを開墾したクボーの子孫の一人だとか。再測量の話をすると「帳簿面積の方が大きい」という現状にはボマーも不満があったようで、明日までに近隣の畑を使っている農夫達にもにも声をかけておいてくれることになった。「ご先祖様は広さで功績を大きく見せたかったんだろうけどねえ」と、バースと同じことを言っている。仕事がやりやすくていい。これが逆なら猛反対を受けるところだ。測量予定区域外の農夫に来てもらったら無駄足になりかねないので、写してきたばかりの地図を見せておく。



 手順を整理するとかの準備があるからと言い残し、エンリ達と別れてクララと池に戻った。借りてきた鉄鎖をバギーから降ろす。七二クーイ。結構重い。これを真っ直ぐに伸ばせる直線は……新池街道にしかなさそうか。


 テンギは、池のそばで焚火をして捕れた小エビを当番の二人と試食していた。昨日捕れたものは池にヤダ川が流れ込む上流側のもので、今回試食中のものは池の水がヤダ川に流れ出る下流側のものだと。


「流されないようにするためか、連中はちょっとずつ川を登っていく習性があるんですよ。下流側の方が、罠では一杯捕れましたね。池に入ってしまうと流れがほとんどなくなるから、分散してしまうんでしょうか。マコト殿とそちらのお嬢さんもいかがですか?。泥抜きも要らなかったです。」


 当番(今日はシークとエラス)も「捕れたばかりのヤツはこんなに美味しいんですか」「干したやつしか食べたことなかったですよ」などと嬉しそうに殻をそのあたりに撒き散らしている。「殻飛ばし競争ではベティさんに負けました」とも。ベティよ。何を競っているんだ?。肺がないアンドロイドにそんなことができるとは思わなかった。


 オレとクララも一匹ずつ受け取って食べてみた。殻を剥いて少し塩を付けて、うん、いける。


「このままでも売れそうだけど、長い距離を運ぶとかはむつかしいのかな?。」


 テンギが答える。


「浅い桶とかで水に浸けておけば何日かは生きてますからモルからネゲイくらいまでは運べますけど、運び賃が高くなってしまいます。普段の食事には向かないでしょう。」

「だからヨーサ様はここで捕れるようにしたいとか、そういうことなんだな。でも昨日今日でこれだけ捕れてるのに、今まで誰も捕ってこなかったのは不思議だな。」


 これにはエラスが答えた。


「このあたり、歩きにくくて、川までは近づきにくかったんですよ。池ができて、マコト様が来るまでは滅多に人が来なかったところですから。私としては、町から池までの道のうち池近くのぬかるみの多い四分の一か三分の一かのあたり、もう少し歩きやすくしてやれば、川や池で何かをやるのもやりやすくなると思ってます。」

「それはバース様あたりも考えてたよ。『石畳は高いし』とかね。」

「私のような下っ端の考えることは上の方もお見通しですね。」

「まあ、こんなことは上も下もないと思うけどね。」



 試食会を続ける三人を置いて、ベティに、鉄鎖を道の上に真っ直ぐ曳かせてみた。オレが曳いたらもっと歪んでしまうだろう。伸ばされた鎖は、上から見れば直線だが、路面の起伏もあって三次元的には直線になっていなかった。「虫」測量で検出した凹凸を、クララが掘ったり盛ったりして補正する。地面を少し修正しては鎖の両端にいるオレかベティが鎖を引いて直線を作ろうとする。距離が長すぎてクララだけでは不足かな?。五センチほど削らねばならない区間が二十メートル以上あるようだ。バギーでマーリン7に戻って待機中のアン、ダイアナ、エリスも連れて来て補正の手伝いをさせることにした。テンギ達もオレ達が何を始めたのかと興味を持って覗きに来た。


「バース様にこのあたりの地図を作るよう頼まれてね。ただ、私が生まれた所では長さを『クーイ』じゃ測ってなかったんで、借りてきた七二クーイの鎖が私の知ってる『メートル』でどのくらいの長さになるか、確認したいんだ。」

「で、できるだけ真っ直ぐになるように伸ばしてるんですね。」

「そうだよ。掘ったところは後で埋めておくから、今は見るだけにしておいて欲しい。」

「わかりました。邪魔しないようにしますよ。」


 顔のある小ニムエ達総動員で約二十分、やっと鉄鎖は直線になった。結果的に勾配は〇.二パーセントほど。ほぼ水平だ。完全に水平にする必要はない。鎖の端近く、ゼロを示す印が入った鎖の位置にアンが立ち、レーザー測距儀を覗く。反対側の七二の印に立つエリスの目までの距離を測れば、七二クーイをメートルで知ることができる。途中、十八、三六、五四クーイの印にもベティ、クララ、ダイアナを立たせて同じことをした。αが読み上げる数字を即座にαが検算する。


『一クーイはメートル法で九三.九三センチと登録したわ。それから、多分、五四クーイの印は鎖一つ分だけ間違った位置に入ってる。三六クーイの側にずれてるみたい』


 αが言った。五四のことは返却するときに伝えておこう。一連の作業を横で見ていたテンギ達は、アンが変わった形の筒を覗くだけで距離を測っているらしいことに気づいて不思議がっている。


「あの筒で距離が測れるのですか?」

「ああ。あれは距離を測る道具だ。外で使うには便利そうだろ?。風があっても関係ない。雨の日とかは使えないけどね。」

「またバース様達が欲しがりそうなものを……。もしバース様達がこれを買うとしたら、大金貨ですかね?。」

「売る気はないよ。手入れをしないと使えないし、ここには手入れの道具がない。船には手入れの道具があるけどそれを売ったら私が困ってしまう。それに、距離は私の生まれた場所の文字で書かれてるから、バース様に売っても読めない。」

「手入れの道具は、作れるもんですかね?。」

「その道具を作るための道具から、もしかしたらその前の道具から作り始めないといけないだろうな。夕食を作るには包丁が要る。包丁を作るには鍛冶道具が要る。鍛冶道具を作るには、さて、最初の鍛冶道具って、いつ誰がどうやって作ったんだろうね?。これ、よく私が悩んでることの一つなんだよ。」

「今の鍛冶道具でもっといい細工道具を作って、その細工道具で別の細工道具を作れないとダメってことですね。」

「そんな感じだろうね。あと、火はどうして燃えるか、雷はなんで光るのか、冬に雪が降る理由は、そんなことの知識の積み重ねも必要なんだ。」

「マコト様はそれをご存知で?。」

「ある程度はね。あの距離を測る道具は、私よりもそういうことに詳しい人達がお互いの知識と道具を出し合って作ったものの一つだから、なかなかネゲイで作れるのもじゃないよ。ネゲイでも作れそうってものだったら、売るけどね。今はまだ無理だ。」

「でも測量を頼まれたとか。あれがあれば仕事も早いでしょうね。」

「頼まれてる測量には、アレを使う気はないよ。ネゲイでも作れる道具、ネゲイでも使える方法だけでやるつもりだよ。バース様も、私のやり方がネゲイで取り入れることができるなら学ばせたい、とかおっしゃってたから、今までに測量をやったことがある人ならわかる程度の方法にするつもりだ。」

「便利すぎる道具でも不便なんですね。」



 船内に戻って新しい「横コント」と巻尺の準備状況を見る。巻き尺はさっき長さの基準を確認したばかりなのでまだ作業中だった。


 「横コント」の主要部分は既に出来上がっている。材料は「贈り物」にあったインゴット数種類を使った真鍮。直径はベンジーで見たもの、今日借りてきたものとほぼ同じだが、円周の刻みは倍精度の十秒にして副尺も付けた。副尺のスケールは十二分の十一。オレにはちょっと不便なスケールだが、主な使用者が十二進数に慣れているカースンの住人になるなら適切だろうと思う。これで全体精度は従来品の二十倍以上になるはず。ネゲイの技術では十秒の目盛は刻めないかもしれないが、副尺は作れるだろう。文字盤は、ここの文字(六度間隔)とアラビア数字(五度間隔)の二段で刻んである。十進数と十二進数なので表示の位置はずれているが、その配置もなんだか綺麗に見える。


 借りてきた横コントのセットは、さっき外で鉄鎖の長さを確認している間に掃除を終えて潤滑油も注してあった。新品同様に磨き上げることもできたが、そこまではやっていない。それなりにツヤは出ているが。


 借り物の横コントを仮組みして改造できる点がないか考える。横コントの中心から錘を下げて測点との位置合わせを行うのは昔の地球と同じ。水平出しは、台の下に置いた水盆に錘を垂らす。三脚上の台を回転させても錘と水面の距離が変わらなければ水平。この部分の効率が悪そうに思える。気泡式の水準器があればもっと簡単なのだが、ガラスがない。今あるのは繊維になったものだけだ。昨晩作っておけばよかった。船内でやると、船体を構成する物質の中からガラスを取り出してしまう可能性があるので外に出たい。が、まだテンギ達がいる。夜まで待とう。上手くいかないようなら従来方式でやればいい。新しい横コントを既存の台に乗せられるように部品を加工するのは、水準器の可否次第だな。


 αと話して改造点を確認したら、借りてきた横コント一式をまた外に持ち出して据え付けのテストを行った。オレのような不器用な者がやるには面倒な作業だが、「虫」と連動した小ニムエ達にかかれば一分もかからない。


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