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4-30 CL(墜落暦)一二七日:ネゲイ新池とネゲイ南原

 CL(墜落暦)一二七日。ヨール王二三年四月二五日(火)。


 日曜の次は火曜。そのうちに慣れるだろうが、違和感はある。


 テンギは今日も朝から池と周辺の調査に来た。生物学や水辺周辺の技術の勉強としてとてもいい経験になるので動向する。対岸で、泥炭の積み出しに便利そうな場所も見つけたので杭を打っておいた。第二港の建設に要した時間は五分ほど。だが、杭を打った場所を含めて泥炭層の上なので、本格的な切り出しを始めたら杭は移動させなければならないだろう。



 三の鐘を過ぎてエンリとネリが来た。工房その他、逆茂木の外での農業以外の活動が活発化してきたので、今まで放置していた池と町の間の地名につい、てバースの裁可を受けてきたとのこと。バースの執務室内での経緯はオレも「虫」経由でもう知っていたが。


「今工房を作ってるところは畑の台帳と地図があって、最初にあのあたりを開墾した人の名前を採って『クボー』の何番とかって整理されてました。六十年以上前のことですけどね。工房としてはもう十二年以上も空き地になってたクボーの二四番地、二五番地が使われることになります。まあ、ここは単に領主としては自分の空き地を自分の好きに使うだけなんですけど。」


 カースンでは土地は全て公有で、利用価値(話を聞いていると地価と呼んでもよさそう)と面積に応じた地租(話を聞いていると賃貸料と呼んでもいいような気もする)を支払うことで利用権を得ることができる。この利用権は売買または相続されるとのこと。法的な思想はともかく、オレの感覚に従えば「賃貸」は「所有」にほぼ近いので、もう「所有」と呼んでしまおう。


 家や農地はそれなりに「所有」されているが、個人では管理しきれない山地などを「所有」する者は稀だ。そのような場所からの産物はいつかヒーチャンが言っていたように「誰のものでもない土地の木は、倒したヤツのものになる」という扱いになる。その産物で商売をすればまた別の税制による課税対象になるが。


 利用権を持つ者が移転したとか一族が死に絶えたとかで誰も使わなくなった土地は、領主への賃料が途絶える。そんな土地はまた領主の管理下に戻される。とはいえ、公道のような場所でなければ手入れもなしに放置されるだけで、手続き的にも土地の課税台帳にその旨が記載されるだけだが。


「で、新しい池と町の間で誰も使ってなかったところ、クボーの範囲から外れた部分を『ネゲイ新池』『ネゲイ南原』と呼びます。町からここまでの道は『新池街道』となりました。マコト殿の名前を入れた案を作ってはみたんですが、父には反対されてしまいました。あそこ全部をマコト殿に領有させるみたいな印象を与えてしまうからよくないって。」

「オレもそう思うよ。私の名前を使うのは、やり過ぎだ。」


 説明は続く。


「マコト殿が使う土地の範囲ですが、ネゲイでは池や川みたいにいつも水がある場所を個人に貸し出したことはないみたいで、地租も決めかねています。まだ面積を測ったこともありませんし。」


 地租計算に必要なこの場所の「地価」も、つい先日まではゼロに近かったのだろうからそうだろう。「地租」は、それなりに長い言葉で表現されていたが、αはオレの知っている概念に翻訳した。


「そこでマコト殿に提案なのですが、あの船を一度上陸させていただけないでしょうか。大きさだけでも測っておいて、地租を決める参考にしたいのです。元々使ってなかった場所なので、大きな場所を使っても地租はたいしたものにはならないでしょうけど。」


 マーリン7は全幅二十メートル。全長は四十メートルのデルタ形状だから、占有面積は四百平方程度メートルになる。着陸脚の配置の都合もあって、池に隣接した区域には、マーリン7を長期間安定させた状態で置いておける乾いた土地はない。地租を払うことは、まあこの場所を拠点にするなら許容すべきだろう。


「ここで暮らすなら、地租も払うべき何だろうな。この話が終わったら上陸はさせよう。」

「ありがとうございます。で、最終的にはこのあたりの地図を作りたいと考えていますが、地面がよくないので、仮にマコト殿以外からの地租があったとしても地図の費用が出てきません。だから仮地図で、マコト殿には船の大きさ分だけの地租をお願いしたいのですが、どうでしょうか?。」

「了解した。このあたりで見た大きめの畑一枚分ぐらいの広さになると思う。あと、提案だが、地図を私が作ったら、例えば地租を何年か免除とかはできないだろうか?」

「それは父に確認してみます。それから、マコト殿の場所を仮に『ネゲイ新池一番地』として登録します。人頭税は、『ネゲイの客人』であるうちは免除します。マコト殿のところには、アンさんのほか、全部で五人ほど手伝いの方も免除です。」


 ネリは近くで待機しているアンを見ながら言う。アンは人間ではないし、船内にはまだ顔を付けていない小ニムエも五体が稼働中だが……。


「善き住人としては、アン達を含めて払ってもいいんだが、免除いただけるなら甘えさせてもらうか。今日は税金の話も多いな。前に少しだけ聞いたけど、税金の概要を教えてもらえるかな。」


 ネリに聞いた話を要約するとこんな感じになった。エンリも横で蠟板にメモを取りながら聞いている。


 人頭税は年に金貨一枚。資産のない雇われ人はこれだけ。乳幼児死亡率のこともあるから課税は十二歳以上。アン達の外見年齢は、これよりもう少し上だから、本来は免税されない。


 営業免許を取得した自営業者は、免許維持のためにも年に金貨一枚。その他、売り上げ総額の十二分の一。これはオレも課税される。仕入れや人件費の控除はしない。


 以前にネリが言っていた「二の鐘以降に商売をしたら税率が」の場合は三分の二。抜き打ちで巡回しているが摘発数は少ないとのこと。


 農業生産物に対する課税は地租による。土地の生産能力の六分の一。物納も可。布など手工業製品の一部も物納指定を受けることがある。蠟板もここに加えられるかもしれない。このほか、労働力の動員が命じられることもある。などなど。


 個々人に対してそれぞれに税額の計算を行うのは煩瑣なので、似た業種で集まって「組合」を作ることもある。組合経由では領主側の徴税事務が一部軽減されることもあって、税率が軽減される。ハイカクが言っていた「組合」の由来もこのあたりにある。



 一連の説明を受けた後、マーリン7を上陸させて大きさを測る。一定間隔で結び目を付けた細紐で何ヶ所かの長さを測り、エンリが蠟板で計算した面積をネリが検算した。読み上げた数字はαが換算してオレに知らせる。四一二平方メートル。まあ、そんなもんだろう。



 四の鐘過ぎ、ネリとエンリがそろそろ帰ろうかなどと話しているところで、テンギが昨日の罠の成果が入った籠を抱え、マーリン7を上陸させている空き地に戻ってきた。「今の季節ならこんなもんでしょう」「今夜『泥抜き』ナシのものを試食してみます」などと状況を聞く。昨晩考えたとおり、「実験」用に数匹の小エビを分けてもらった。


 テンギも「明るいうちに今日調べたことを清書しておきたいから帰る」というので、皆をバギーで逆茂木まで送る。工房の進み具合も見ておきたかったし、オレにも都合がいい。逆茂木まで来ると、工房は、下から壁を作り始めていた。材料の運搬が遅れ気味らしいが工期には間に合わせるとのこと。



 その夜の実験の続きは、「どっちの方向から集めるか」「どのくらいの範囲から集めているか」などの検証に変わった。ある程度制禦はできているようだ。「生物の体内からは集めない」とかの制限は、適当な生物サンプルが手に入ってからにしよう。テンギに、食用のエビでも分けてもらおうか。生きたままでも水分を抜くことができれば乾燥エビ、「生き物からは抜かない」、あるいは、「動物からは」という制約が可能なら、安心してセメントを作れることになる。逆に、「生き物からだけ」と「あの方向からだけ」を組み合わせることができれば、イナゴ害のような現象に対してとても有効な対策となり得る。


 セメントの粉を出せたのだから、その夜の「実験」では「紙」に挑戦してみたが上手くいかなかった。材料を抽出できる植物は周囲に大量にある。未確認だが仮に「生体内からは抽出できない」という制約があったとしても、昨年までに成長し終えて今は湿った枯れ草として地表に堆積している植物繊維はこの湿原だけで数万トンもあるだろうに。


 そのあたりの植物から水を抽出する、というやりかたを、条件を変えながらやってみた。まず「生体内からは抽出しない」という条件は、成功したように見えた。逆に「生体内からも抽出」や「生体内からのみ抽出」も。


「そこに生きた草が生えている」と意識しながらだが。このあたりは周辺状況をどこまで意識できるか、ということも条件に入ってくるかもしれない。


 「鉄」では純鉄の粉末ができたが、瞬時に赤錆に変わっている。「砂鉄」は黒い粒の山になった。マクスウェルの悪魔説が正しければ、周囲の土壌中の砂鉄を原料にして純粋な鉄だけを単離して取り出しているか、砂鉄をそのまま集めていることか。セメントは、土壌からカルシウムや水酸基などを単離した上で合成し直しているはず。鉄よりは少し複雑な過程を経ている。紙の場合は植物繊維を適当なバインダーとあわせて整形しなければならない。整形することが問題なのか?。植物繊維自体が結構複雑な化合物で、セメントはもっと簡単だ。素材は作れても構造が複雑なものは無理ということだろうか?。それは練習すればできるようになることか、原理的に無理なのか、その点もまだ不明だ。調べるべきことは多い。


 以前に珪砂や石英は集めることができたので、最後にガラスを試すことにした。測量の話が出ていたから、ガラス繊維で巻尺を作れないかと思ったからだ。これは上手くいった。池の岸に転がっていた流木を芯に巻いていって、一本の途切れない三キログラムほどのガラス繊維を生産できた。途中で気づいたが、これだけ作れるのなら一〇〇グラムの糸巻き三十個の方が後で加工しやすかっただろう。次からは、そうしよう。


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