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1-6 不時着

 また、地上の灯火の場所を詳しく調べることについて考えている。オレがここに送り込まれたのは、最終的には移民までを想定した計画の、遠隔探査に次ぐステップ二だ。「可住惑星調査における文化汚染対策の指針」でも、まずは相手の状況を知ることが求められている。現在の軌道高度からの観察は精度が足りない。最終的には地表に降下して「文明」と接触するのだろうが、その前にもっと観察はしておきたい。軌道上のマーリンのうち一機、或いは二機、または全機、軌道を下げるか。下げたら面積的な処理効率は低下する。一機だけ、は、現在の北極南極で定期的にデータ交換というリズムが崩れる。設定によっては数日間もデータ交換ができない可能性もある。


「α、文明らしいものの詳細調査で、軌道を下げようと思う。前にも話が出たけど、大気上層に引っかからずにどこまで下げられる?」

「一標準年以内の短期なら、地表から一一〇キロメートルまで可能です。但し、大気上層の擾乱対策として表面斥力場を起動しておく必要がありそうです。この場合、電波観測はできません。」

「今の状況なら電波は省略してもいいかもね。一一〇キロメートルの時、カメラの分解能は?。」

「大気の状態次第ですが、最も安定した状態で十センチ程度、通常は二十センチ程度と予測しています。ちなみに、現在の高度では安定状態で一五センチが限界です。」

「空気抵抗でコースがそれる可能性がある上に性能はそれほど上がらない、か。」


 そんな会話をしている最中に、警告音が響いた。船体が揺れる。慣性中和していればありえない状況だ。何が起きている?。


「異常を検知。外部カメラで撮影された内容から推測して軌道を外れています。降下中。原因は未確認。」


 慣性中和は状況に応じて自動調整されるが、今のような場合は最大一Gまでは船内も揺れるようになる。注意喚起モード。乗員に異常事態を知らせるにはこれが一番簡単だからだ。しかし何?。落ちている?。外部モニタで見る359-1は、明らかに何か動きが違う。大気に触れ始めたらしく、表面斥力場のない外殻から低い音が聞こえ始めている。シートベルトを引っ張り出して身体を固定する。


「船体全面の斥力場を展開。姿勢を安定させて!。主機の起動は間に合うか?!。」

「表面斥力場展開中。姿勢、大気圏内航行に備えローリング一八十度。マコト、私は主機を叩き起こすから、機体のコントロールを預けます!。」


 操縦席の左右両肘掛け先端の蓋が開き、操縦桿とスロットルレバーが出てきた。これを使うのはシミュレータ以来だが、大丈夫か?。操縦桿を握って、αが操船したローリングが終わり……機体前方モニタは宇宙しか見えていなくて、「MKT HV CTRL」(マコト・ハブ・コントロール)の文字が重ねられている。船体姿勢の表示は……仰角が大きい。操縦桿を握る手に力を入れる。前に押してピッチング調整……前方窓にヤーラ359-1の地表が見えた。月明かりだけだが起伏はわかる。雪原と、遠くに山が見えた。星は、わからない。曇っているのか?。今はまだ雲より上のはず?。船体は現在水平より数度下向き。で、この状態から大気上層で安定させるか軌道に戻すには……。


「表面斥力場展開完了。主機は起動操作中……緊急手順ですがあと二分程度。機体位置、降下中。常時毎秒百メートル程度の下向き加速を受けている模様。」


 表面斥力場が働き始めて外殻から伝わる風切り音が消える。意味のわからない言葉が出てきた。常時下向きに加速?。毎秒百メートル?。十Gで?。何かが押しつけられているのか?。だが機体を安定させねば。操縦桿を操作するが機体の姿勢は変わってもコースが変わる気配がない。主機関がまだ動いていないのでスロットルレバーには反応がない。軌道での前進速度そのまま、下向きのベクトルだけ追加されて、そのまま落ちている?。原因は?、考える暇もない。


「高度表示!。」


 HUDに大きな数字とメーターを模した図形で高度が表示される。高度表示の横にある略号は……機体底のレーザー測距儀か。余計なことが気になって一秒ほど損した。高度は、五十キロメートルを切っている。数字は下がり続ける。操縦桿を操作しても姿勢以外変わらない。高度二十キロメートル。αの声。


「主機接続できたわ!。」


 機首を引き上げてスロットルレバーを動かす。姿勢の急激な変化に追従できなかった高度計の数字が跳ね上がり、元に戻ってゆく。船体姿勢と主機の作動状態を示す数字は地表に対して仰角で五十G加速を示しているが機体は降下をやめない。高度十キロメートルを切っている。軟着陸するか?。スロットルレバーを戻し、水平飛行で周囲を、見たいが夜なのでわからない、と焦ったところでHUDが増光表示に切り替わった。ここで操縦桿の操作でコースも変えられるようになっていることに気づく。高度が下がったことでマーリン7を捕まえていた何かの作用範囲から外れたか?。既に高度五キロメートル。再度の上昇を試みて機首を上げ、推力を加える。高度計の数字が増え始める。更に機首を上げて推力を……高度一五キロまで戻したところでまた制禦がおかしくなった。船体は地表に対して三十度ほどの仰角で、そのままの姿勢で水平に、後へ、元来た方向に引かれている?。何かおかしい。明らかに外部からマーリン7を弄んでいる力が働いている気がする。


「これを見て!。」


 αが叫ぶとHUDが拡張して新たな画像が加わる。マーリン7のの三面図が表示され、表面斥力場の負荷分布がそこに加わる。この形は?と思っている間に新たな図形が追加された。マーリン7を掴んでいる、見えない「手」だ。何が起きているのか?。子供の頃に見た古いSF映画でこんなシーンがあったことを思い出す。が、映画の題名を思い出せないことに悩んでいる暇はない。


 マーリン7はそのままの姿勢で後方、南へ、「手」に掴まれたまま運ばれているようだ。南?。方位は合っているのか?斥力場を起動している今は方位磁針が使えない。慣性中和はINSの機能も代行していて、しかしこんな機動をして誤差は?。それは後!。逆進すれば、デルタ形状のマーリン7は抜けられるか?。カナードが引っかかる?。逆進推力はそこまで力を出せるのか?。なら正攻法で上に抜ける力比べ?。イヤ、推力を切ったら?。スロットルレバーを戻す。摩擦のない表面斥力場に包まれたマーリン7は下から「手」に押しつけられていた力を失い、後尾を下にしたまま落下を始めた。水平に戻したいが、後ろ向きに落ちている最中なので、操縦翼面は思うような効果を作れていない。


「船首上あたりの表面斥力場を突き出したら水平になる?!。」


 αは音声で返しはしなかったが、機体はすぐに反応した。さっき「手」を見たモニタでは機首上方パネル附近だけ負荷が大きくなっていて、すぐに負荷の表示も消え、オレは推力を戻す。水平飛行。次は?。軌道に戻る安全なコース、イヤ、軌道が安全なら今ここにはいないはず。大雪原の上空。高度、あ、一万フィートだ。「敵」はおそらく南方のどこか。北に行きたいが結構高そうな山地になっている。上昇しすぎるとまた「ヤツ」に見つかる可能性がある。南に低空飛行で進入する?。知らずに「ヤツ」の近くを通ったりしたらまたアクロバットだ。αが思考に割り込んで来る。


「緊急手順で主機を起動したため、そろそろ稼働限界です。」


 主機に供給される水素は航行中にラムスクープで集められ、吸着樹脂に貯め込まれたものだが、吸着樹脂から水素を抜き出すには適当な温度まで加熱しなければならない。この加熱が間に合わず、燃料切れになっている。「急激な加熱で大量に」と思わなくもないが、それをやると爆発だ。数分に及ぶ「戦闘機動」だから、不具合もあるだろう。宇宙空間での緊急起動なら、稼働限界まで燃料を使う前に必要な速度を得られていただろうに、謎の「手」は何だったんだ?。変な機動を強制させられて、機体は不調のまま未知の惑星の大気圏内を滑空中。そして問題は、これからどうするか?。


「融合炉の温度上昇率が設計時の安全基準ギリギリだったから点検したいの!。小ニムエ一体を潰すつもりで炉の点検をさせるわ。融合炉ナシ、主機ナシで、表面斥力場と最小限の慣性中和、船内環境維持で、バッテリーの電力では標準時換算で……五ヶ月。今は滑空で旋回して時間を作って!。小ニムエを炉と主機の点検に行かせるから!。」


 端的に状況を告げられ、オレは高度計に注意しながら旋回操作を始めた。あわせて不時着に備えて周囲に何があるか、着陸できそうな平原がどこにあるか、探し始める。


 北は結構大きな山地だ。雪も積もっているらしい。主機が使えるようになったとして、ここを超えて北に逃れるのは、「敵」の力が及ぶ範囲に戻ってしまう可能性もある。低空のままで移動できそうな南へ行くのは……、さっきの思考を繰り返しているぞ。高度は……地表から二五〇〇メートルまで下がった。やはり徐々に下降している。増光されたHUDで前方の地表に大穴が見えた。さっき、上昇しようとして五十Gで斥力場を展開した痕跡か?。真上からではなく斜めに力が加わったので楕円形になっている。巻き上がっていた土砂などが表面斥力場にぶつかって、斥力場の負荷状態を表示する機体の三面図に赤い点が幾つも明滅する。この一帯に大災害をもたらせてしまったようだ。もしかすると、例の「火」を使っていた集落の一つでも吹き飛ばしてしまっているかもしれない。今は確認できないが。


「手順をだいぶ省略してまだ全部終わってないけど主機の点検結果。やっぱり出力の急上昇で不均衡な加熱があったみたい。緊急手順で奇数番目の発生機だけ接続させたんだけど、偶数番目との接続部で何かおかしくなってる。あんな機動だったから、設計時の想定を超えた負荷があったんでしょうね。冷やせば直るのか、本当に壊れているのか、まだわからないの。予備部品は、在庫リストにはあるけど現物はまだ確認してない。」

「今すぐには手を付けられないということか?」

「まだ熱すぎてダメ。それに外からの作業になるかも。打音検査で変な音がしたからわかったの。もっと冷めたら、他の所も点検しないと。」

「融合炉の方は?。」

「まだ小ニムエがハンマーで検査中。超音波探傷もやりたいけど炉壁の温度が高すぎて検査機を接触させられない。」

「主機も融合炉もしばらく使えない、ということか。」

「ええ。今は私も着陸できそうな所を探してるところ。」

「コースを逸れてなかったら、あと何分かで北極でβγとデータ交換する予定だったよな。アルファ行方不明の場合はベータが来るんだったか?。」

「標準手順だと、アルファが行方不明の場合、ベータがその航跡を辿ってくることになってるわ。前回の南極で渡したデータで私たちが北上してきたコースはわかるはずだから、これから北極で『アルファ遭難』と判定したら、βもγも南極までの間に捜索プランを考えて、南極で互いのプランを摺り合わせて最適化したら、ベータが私たちの航跡を追ってくる。はずよ。」


 オレとαは地表の状況を探り、離着陸できそうな地形の場所を探すが、雪原というだけで下に何が埋まっているかもわからない。高度は一五〇〇。雪のために地盤強度もわからない。不意に、


「マコト、操縦貰うわよ!。」


 αが操縦権の引き継ぎを宣言し、オレの握る操縦桿から手応えが消えた。αは少し左に旋回してから右に向け直し、北方の谷筋の一つを目指す。谷に入ってから右に急旋回して機首上げ、と、急激な機首上げで失速した機体は、斜面とほぼ平行な姿勢で落下した。底面の斥力場のため摩擦のないまま、後部を下に滑り落ちてゆく。そのまま谷底に達し、止まって、少し右に傾き、停止したらしい。


「推進用の斥力場を起動できたらそのまま宇宙まで飛び出せそうな姿勢、で止めたわ。どう?。」


 α姉さんは本当に性格が変わった。姐さんと呼ぶべきだ。と思ったところで姐さんも予期していなかった事態になった。雪崩が、折角安定したと思っていたマーリン7を押し流したのだ。


 マーリン7は十秒ほどの間、雪崩の中で上下左右と前後にも揺さぶられながら押し流されて止まった。


「α、生きているから良し、としよう。」

「そうね。観測情報が足りなかったとはいえ、ちょっと悔しいけどマコトが生きているなら失敗じゃない、と思うことにするわ。」

「状況の確認だけど現地時刻で夜八時前、というあたり。明るくなるまで多分十か十一時間ぐらいありそう。光学センサー類は多分朝まで役に立たない。斥力場を展開中だから電波は使えない、と、こんな感じかな?。」

「光学センサーを確認中……垂直尾翼の先端は雪から出てるみたいよ。船全体の姿勢も、一応底部を下にしてはいるみたい。慣性中和は……今のままがいいわね。十度近く傾いているみたいだから、切ったらマコトや小ニムエ達が動きにくくなりそう。」


 操縦室壁面のパネルに、増光された垂直尾翼先端からの映像が表示された。


「小さいアンテナしか入ってないけど、垂直尾翼の斥力場を解除して、電波でβとγに呼びかけることを提案します。」

「今はそれがベストかな。βかγが次にここに来そうな時刻は?。」

「落ちる前に話していたとおりにβとγが行動して、軌道高度そのままなら、あと八十分ほど。軌道遷移でロスする時間が読めないけど。軌道高度を変えていたら。もっと早くなるけど大気上層の観測データがまだ不足してるからその可能性は低いわね。一番遅くて、十一時-二三時軌道を少しずらしてこのあたりを飛ぶパターンだけど、βの性格でそれはないと思うわ。」

「了解。電波を出して連絡できるようにしよう。あと、船内でできる総点検だな。オレもやるし、小ニムエも総動員で。」



 総点検に入りはしたものの、現時点で一番確認しておきたい区画である融合炉と主機の近辺に、オレは近づけなかった。まだ熱すぎた。仕方がないのでそれ以外の区画に回ったが、小ニムエ総動員のおかげでオレが見ることができる区画の点検はすぐに終わってしまった。融合炉と主機の点検はまだ続いているが、総動員された小ニムエ達全機が入れるだけのスペースはなく、まだ時間はかかるだろう。


 点検途中で、また機体の姿勢が変わったようだ。熱くなっていた船体尾部からの廃熱で雪が融けたためらしい。斥力場で保護していない垂直尾翼が何かに接触して壊れたら?と少し心配する。周辺の地形などを、早く知りたい。



「βです。アルファ聞こえますか?」

「来てくれたか!。」


 点検の漏れがないかと船内をうろうろしている最中にインプラント経由でアタマの中に声が響いた。


「前回の北極でγとしか会えなかったので、手順書を読み返しました。こちらのコースはアルファの航跡を辿った線に乗っているはずです。状況は、α姉さんがループ送信してくれていたものを受信中。帯域が狭いのでまだ全部受け取ってないですが。詳細は後で読みます。谷ですかねぇ。電波が反射してノイズが乗っててちょっと解読に手間がかかりそうです。それで、詳しいことはわからないですが、多分、現在位置とか周辺の状況とかを知りたいんですよね。」

「あぁ。こんな状況になったのが日没直後だったから北緯四五、東経四五ぐらいしかわからない。明るくなってから位置測定とか色々頼みたい。」

「こういう状況で予想できる内容でおおむね了解しました。夜間なんで画像解析ができるような撮影は待ってください。γにも伝えます。この附近を集中的に観測できるよう、軌道の変更をしてもいいですか?。」

「ベータとガンマの軌道の変更は必要だと思っていたからプランを出してくれ。多分、αも何か考えていると思う」

「二機のうち一機をこの附近を常時観測できる準天頂か定点軌道へ、残りの一機をどんな周期でこの近辺の周回にあたらせるか、条件の吟味には周辺状況の情報が足りない、と考えていたわ。情報が足りないから言ってなかったけど。」


 会話に割り込んできたαの意見は、オレが何となくイメージしていたものと同じだった。

「さすが姉さん。私と同じ意見です。」

「オレが考えていたのも同じだ。ただ、現在位置がわからないと軌道変更に必要なデータが出てこないだろうから、どうしよう。明日、明るくなってこのあたりの附近の撮影ができるのはガンマとベータのどっちだ?。」

「今の軌道を維持する前提なら……。」


 βの言葉は途中で切れた。通信圏外に出てしまったらしい。


「α、こっちの意図は伝わったかな?。」

「おそらく。それから、明日、明るくなってから、というのは多分ベータよ。ガンマが三時-十五時の軌道を保持していたら、明るくなる前、三時のタイミングで通信できる。その時までにβとγで合計したら一時間ほどは連絡し合えるから、次にガンマがこの近くに来るまで、あと、船内時間では八時間ぐらい?、点検と今後の方針の検討ね。あと、さっきまでの会話には入ってなかったけど、一応、救難信号も出してるみたい。FTL情報伝達局まで四十年ぐらいかかるから気休めだけど。」


 物体を光速以上の速度で送り出す技術は斥力場で実現されているが、単純な通信だけを光速以上の速度で伝達する方法はまだ発明されていない。現状を地球に報告するには、FTL情報伝達局まで四十年がかりで電波を送り、そこからまた数年を必要とする地球宛定期船に情報を預けるか、ガンマかベータのどちらかを単独で地球に送り返すしか方法はない。どちらの方法も、短所だらけだ。


 あと、気になっているのは……。


「例の『手』の手がかりになりそうな情報がどこかのログに残ってたりしない?。」

「AIとして最初に異常を検知したのはカメラ画像の角度変化なんだけど、その直前に慣性中和機が負荷状況の変動を検知して補正しようとしてたみたい。」


 慣性中和機も、常時船体各部の構造材に加わる荷重を監視しながら出力の調整を行っている。αは慣性中和機のログをモニタに出した。また、マーリン7の三面図の上に負荷分布を重ねたヤツだ。


「時間的順序で並べて、最初に船首、右翼先端、垂直尾翼の順で力が加わって、その後前と上からの力が急激に増えてる。で、ここのあたりで自動的に百パーセント中和から注意喚起モードに移行。一秒後には表面斥力場の展開が始まって、慣性中和機が監視してる船体構造材へのストレスは小さくなり始めて、ここからは斥力場の負荷ログも重ねた方がわかりやすそうね。」


 モニタの中ではその十数秒の負荷の変動記録がアニメーションで繰り返された。


「それからはライブラリにあった異常想定の中から類似の負荷変動パターンを探して、例の『手』にたどり着いたのよ。」


 隣のモニタにαが参照した「類似の負荷変動」のパターンが表示された。「巨大生物による干渉」と、要するに宇宙怪獣じゃないか。


「誰がこんな想定をライブラリに入れたのか知らないけど、気づけて、生き残れて。よかったよ。」

「それからの機動や高度、負荷の記録を総合して考えたら、夜空を通り過ぎていく明るい点に気づいた誰かが『あれはなんだろう?』って手元に引き寄せようとした、と仮定したら理屈は一応収まるんだけど、そんな超能力や魔法みたいなことはライブラリの中でも御伽話にしか出てこないわ。まだ気づけていない別の理由か、まだ私たちが知らない力学的な作用か、そのあたりはもっと情報を集めないと。」


 マーリン7の通過に気づいた何かが、それを引き寄せようとした。それはマーリン7よりも南から、マーリン7を牽引した。マーリン7の高度が低くなって、山影か地平線か、それの視界からマーリン7が外れたら機体のコントロールが戻った。符合はするが、正体がわからない。


「墜落の原因調査と対策や今後の生存方針も、情報がないと立てにくいな。」

「点検は小ニムエ達に動いて貰うから、マコト、あなたはガンマが来るまで少し休んだら?。」


 船内時計を見る。もうすぐ二一〇〇Z。ガンマの接近予想時刻は明日の早朝。アタマは興奮状態だが、その時間まで保つとも思えない。


「そうさせて貰おう。あ、地上の誰か、何かがマーリン7に気づいて、という仮説を考えたら、七-十九時軌道は使用禁止。宵の口で地上は夜になってるのに機体にだけ光が当たってる状況は危ない気がする。八-二十軌道に変更しよう。」

「わかったわ。八-二十のことは次の通信で伝達します。」


 明暗境界線から経度にして十五度も離れたら地上も軌道もヤーラ359からの光は直接届かないが、大気中で屈折とか地形効果で反射した光がアルファに届いた可能性は否定できない。そしてマーリン各機の機体表面は、表面斥力場のおかげで汚れ一つない無垢の金属光沢に覆われている。ピカピカで目立つのだ。


「じゃ、インプラントで強制睡眠する。ガンマが来るか、予定の三十分前に起こしてくれ。」



 食事を摂って浴室で体を洗い、タンクに入る。視界にインプラントのメニューモニタを重ね、メニューツリーを二段ほど進んで「睡眠」を凝視。インプラントからの受諾メッセージが表示されかけたところで、意識が絶えた。


 目標惑星の地表まで到着しました。次回から新章です。更新ペースも少し落とします。


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― 新着の感想 ―
慌てて主機を起動させたのはまずかったかもね。 斥力場があるからとりあえず流されてみて、その後ゆっくりと主機を正常に起動させた方が良かったかも知れない。 なう(2025/07/15 22:59:26)
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