4-29 CL(墜落暦)一二六日:穴掘りが好きそうな
CL(墜落暦)一二六日。ヨール王二三年四月二四日(日)。
テンギと一緒にやってきたのは、ヤダに君臨する悪逆なるローマ皇帝のスーラだった。名前が似ているだけで実物は純朴なる田舎の青年でしかないのだが。
工房予定地の様子も見ておきたいし、バギーで上陸する。
「スーラ!。久しぶりだねえ。今日はここで穴掘りって聞いてたけど、スーラがやるの?。」
「マコト様、イヤちょっと、ヒーチャン親方酷いんですよ。聞いて下さいよ。ゆうべ知り合いとネゲイで一杯飲んでたら親方が来てですね、『スーラ!、穴掘りが好きそうな顔してるな!。明日ちょっと頼まれてくれねえか?。日当は割増するし、ここの飲み代も出すからよお』って感じでね。最初は断ったんですけどマコト様関係だって言うし、それなら仕方ないかって思ったんで引き受けたんですけど、『穴掘りが好きそうな顔』ってのが納得できないんですよ。俺そんな風に見えます?。」
「ヒーチャンか。『穴掘りが好きなヤツを』とか言ってたな。私はそんな顔を見分ける自信はないけど、なんかしらんが穴掘りの合格おめでとう。」
「マコト様まで、あまり嬉しくないなあ。」
スーラはテンギの補助で測量から始めるようだ。工房予定地に行ってみようか。今日は、エリスの順番だったか。一緒に上陸すればよかった。一旦戻ろう。
二の鐘が聞こえる頃に町外れの逆茂木近く、工房建設予定地に到着。ヒーチャンを筆頭に五~六人の職人と、ネリ、エンリ組が座って談笑していた。少し離れて、二人ほど動いている。あれは、井戸掘りか?。
「親方、準備はどうだい?。」
「小僧どもが張り切っててな、草刈りも整地も終わってて、来てみたら材料が届くまでほとんどやることがなかった。改めて礎石を置いて、交替で井戸だけ先に手を付けたところだ。ブングの店には材料を早くしてくれって一人送った。」
「暇そうにしてると思ったらそうだったのか。池にはさっきスーラが着いたよ。なんか、ゆうべ親方に捕まって色々あったとか、ぼやいていたよ。」
「スーラか。池の仕事は予定してなかったんで、丁度いいところに見つけたから押しつけてやった。無理強いしたのはわかってるから、色はつけてやったつもりだ。」
「聞いてるよ。親方もスーラも、今ここに来てる人たちも、ちょっと落ち着いたら皆で一杯やりたいなとか思ってる。ハイカクにもそんな話をしてるんだ。」
「そりゃいいな。みんな喜ぶよ。まだやることは山ほどあるけど楽しみにしてるよ。」
スーラといえば、エンリにも話をしておこう。
「エンリ、さっきも話に出たけどスーラが池に来てる。会ったかい?。」
「ええ。ルーナの様子も聞きました。羊組の新しい親分だとか言って元気にしてるみたいです。」
「今日は元々休みのはずなのに仕事させてて悪いけど、私としてはエンリに時間ができた時にルーナに会いに行くぐらいのことは、全然構わないと思ってるからね。」
「羊の仕事は、休み関係なかったですよ。今までも交替で休んでましたから。でも、次の休みぐらいには、ゴール様にも許しをいただければ、一度ヤダに行ってみようかとも思ってます。」
「しばらくヤダを離れてから帰ってみたら、また新鮮な気分にもなれるよ。ゴール殿にも、言っておこう。」
「ええ。ありがとうございます。」
あと、ネリにも。
「ショー殿も、休みは適当に取ってほしい。先週もその前も、働いてなかったか?。」
「先週とその前?。どっちもお茶と食事だけじゃないですか。一応仕事扱いですけど、休憩にもなってる仕事ですから、気にしないで下さい。領主の一族ってそんなもんですよ。羊の世話もそんな感じらしいですけど。その意味じゃ『休日』の意味がわかってない羊が相手の方が大変かもしれないとか、思い始めてるところです。エンリと話すのも、刺激になりますね。面白いです。」
「仲良くやってくれれば私も安心だよ。」
今は材料待ちでここでの動きはない。建物の柱が立つ位置に礎石となる石が置かれ、草は刈られている。ブングの店に行ってみるべきか?。行っても世間話しかできないが。今は工房の材料積み込みと、小屋の材料の切り出しを始めている頃だ。邪魔するのもよくない。「虫」。ブングの店の様子がわかるような場所には、今はいないな。戻ろうか。バギーよりも小舟の方が、視線位置が低いから水の中の様子がわかりやすそうだ。昨日テンギが言っていた『小さいの』を探してみるのもいい。捕まえられたら、分析してみよう。
池に戻った。小舟二艘が並べられるほどの区画に杭が立てられて、スーラがその中を掘っている。下の方まで根が絡まった層が続いていて、中々掘りにくいようだ。テンギは小舟でこちらに向かって来ている。対岸の山裾の方へ行っていたようだ。小舟が届くまで、あのあたりは誰も行ってなかったんじゃないかと思う。
「マコト殿。あの山の、色が違ってるところは、ここの土が吹き飛ばされたものが積もってるということでしたよね。」
「そう聞いてるよ。」
「昨日もちょっと思って、今日掘り始めたら根が多くてやりにくそうで、さっき小舟であっちまで行ってみたんですけど、まあ、こんなのがありまして。」
差し出されたのは乾いた泥炭だった。肥料にもなるし、燃料にもなる。今まで調べてなかったな。
「これは、燃料とか肥料とかになるヤツだな。名前は……。」
「ノトドです。今スーラに掘ってもらってるところもこれが詰まってます。まだ新しくて水気もあって根が丈夫なんでやりにくそうですけど。でも、あっちの山に積もっている分は、もっと古くて水も抜けてる。適当にほぐされてて手でも集めやすい。」
「何に使えるかな。燃やしたら普通の薪よりも煙が多かった気がする。」
「これの煙で魚を干したりもしますよ。魚の仕事も頼まれてましたから、いい材料があったと思ってた所です。」
ここでは燻製に使うのか。いい情報だ。植物の、繊維質部分以外のほとんどが微生物などにより分解されたもの。紙にも使えるかもしれない。漂白はどうしよう?。考えることが増える。
「山の泥炭を掘り尽くしてしまったら、この湿原でも掘れるかな?。」
「そういう場所はあるでしょうね。まず手頃な材料としてはあの山で採ってきて、湿原の方はゆっくり探せばいいと思います。多分ネゲイでも誰か、これが掘りやすい場所とか知ってるんじゃないでしょうか。」
「そうかもしれないな。すぐ近くに使えるものがあること、わかってよかったよ。」
「他にも使えそうなもの、今池にいる魚の種類とか、そんなのも調べておきます。」
「色々知ってる人が来てくれて嬉しい。引き続きよろしく頼む。」
泥炭で燻製。市場調査とかもしたほうがいいだろうか。手を広げすぎか?。細工物の職人も足りなさそうなのに。イヤ、「魚の仕事」はオレの存在が知られる前からの計画だ。細工物の職人を探す方が遠慮すべきなのかもしれない。どちらも、もう止めにくいレベルで動き始めているが。
繊維の多い土に苦労しているスーラに、「贈り物」の中からスコップを一丁貸してやった。こっちの方が先端が薄いから、根が切りやすいだろう。オレが貸したスコップを使い始めたスーラは、「なんだこれ?。刃が簡単に入る。わあ。」などと言いながら、多分それまでの倍に近いペースで仕事を進めていった。一一三五M。新港完成。名前だ。このあたりの地名を、ネリに考えさせるとか、ゴールが言ってなかったっけ?。素案とか、できてるのだろうか。
漁業に詳しい人材が池周辺を調べているのだから、邪魔にならない範囲で同行しよう。調査に同行したい旨を伝えると、喜んで許可を出してくれた。まずは池の周囲を歩き回って草の間に潜む虫などを探す。色や大きさは異なるが、ほとんどがムカデのように長く連なった体型をしている。繭もあった。地球の昆虫のようにサナギの時期を繭の中で過ごすのではなく、越冬のために繭にくるまっているらしい。繭から出てきてもムカデ型の体型は変わらない。そういえば、鳥、羽虫、そんな飛行する生物をみたことがなかった。惑星全体で同じなのか、この地域とか緯度の特徴なのかはわからない。視認されにくい夜にはそういう生物が動いているのかもしれないが。
テンギは「これは食べられるんですよ。まだ小さいから捕りませんけどね」などと言いながら、時折虫や野草を自分の腰に付けた袋に放り込んでいる。どうやって食べるのかと聞いたら、数日水以外のものは与えずに糞を全部出させてから茹でるとか乾かすとか説明してくれた。地球でも虫食に関して似たような話は聞いたことがある。魚についても「川の魚はいいんですが、池の魚は、もしかしたら泥臭いかもしれないですね。」と言っていた。ここで言う「魚」はエビやカニのような、虫と同じく外骨格の水中生物だが、これも地球で似た話は聞いたことがある。まだ今の季節は食べられるほどには育っていないので、お試しはこれからになるが。
歩きながら、ヤダ川が池に流れ込んでいる所まで来た。
「流れの早いところと、池のようにほとんど流れがないところでは魚も、水草の種類も変わります。私も普段はモルにいますので、ネゲイみたいな上流で捕れる魚には詳しくないかもしれません。大きい網を持ってくればよかったですね。嵩張るから今日は宿に置きっ放しです。うーん。明日でも、■■を置いてみようかな。」
α、多分「罠」とか「仕掛け」とか言ってるんだと思うよ。
「私も、このあたりの生き物、食べられる食べられない関係なく、草でも木でも魚でも虫でも、何でも知っておきたいと思ってるんだ。手伝うよ。まだ三の鐘から時間は経ってない。今からバギーでネゲイに戻ったら、四の鐘までにここへ戻れるよ。」
「あれに乗せていただけるんですか。面白そうだとは思ってましたがちょっと遠慮してました。四の鐘までにここへ帰ってこれるなら、明るいうちに罠を仕掛けて、明日の朝か昼頃にでも何が採れるかわかりそうです。」
バギーでネゲイまで往復。町中では減速しなければならないが、三十分強でヤダ川の流入地点まで戻ってきた。罠一式は網だけでなくロープや色々と加工された材木類から成っている。フロートや支柱なのだと思う。テンギがダウンしないよう、バギーの操作はαに任せて揺れは極力小さく。それでも生まれて初めての速度にテンギは大興奮していた。
途中では工房の横も通る。もう礎石の水平出しを終えて柱を立て始めている。井戸の横には掘り出された土が小山になっていた。井戸組にはオレが貸したスコップを持ったスーラも合流していた。港を掘り終えたスーラには「スコップだけ貸してやってくれ」と言っておいたのだが、アイツは、人の頼みを断れないタイプのヤツだな。
エンリとネリの姿は見えない。領主館に帰ったのかもしれない。これから始める罠設置の作業は見ているだけでもエンリの勉強になるとは思ったのだが、これからも機会はあるだろう。オレが見ていれば、イヤ、「虫」で遠望しているだけでも基本的な手順は記録され、αがアレンジできるようになる。
作業時間は十五分ほどか。テンギはアンカーとなる土嚢を投げ込み、慣れた手付きで部材を組み合わせ、結びつけ、定位置網を完成させる。
「これで明日の今頃に見てみましょう。今日の残り時間は、小舟で池のあちこちを見て回りましょうか。」
その夜までの実験で、謎物質の消費量は、発生する現象の大きさではなく、現象を発生させる回数に依存していることがわかった。大きな仕事で大量に消費するのではなく、規模に関係なく一回一グラムとか、そんな感じだ。
最初にこの現象に出会った「火」の場合は、対象物が炎を上げたところで、意識は「火が点いたから念じるのはおしまい」となる。多分エンリも明確には意識していないだろうが、そういう思考の流れなのだろうと思う。
「水」然り。「セメント」然り。今までは、現象が発生さえすれば、次は条件を変えて別の実験を、とやっていた。条件を変えて回数をこなそうとしていたのもある。
だが、昨晩のポルトランドセメントで欲が出た。どれだけ作れるか試そうとしたら、なかなか止まらなかったのだ。二十リットルバケツ一杯半で、入れる容器がないと思って中断したのだ。
バケツを見ながら考える。これは、オレの周囲、この謎能力の影響範囲にあった土壌中のカルシウムを、全部集めてしまったということだろうか?。それはそれでまずい。生物がいたとしたら死んでしまう。
『影響範囲を確認しないとまずいわね。実験の手順を練り直してみるわ。今日はもう打ち止めに近いはずだから、明日からね。』
αが言った。




