4-28 CL(墜落暦)一二五日:テンギ
CL(墜落暦)一二五日。ヨール王二三年四月二三日(土)。
モルの職人は昨夕にネゲイに着いていたらしい。今朝の二の鐘でヨーサの所へ挨拶に行って、ネリとエンリを案内係に池に向かって出発したとαから聞かされた。目的は桟橋と船と漁業用の作業小屋だったか。或いはマーリン7の監視小屋兼用?。ムカデに牽かせた荷車には小舟も一艘積んであるとか。荷車は、池の近く、道がどんどん悪くなってくるあたりでも使えるものかな?。「虫」から送られてくる映像を見る。荷車は、長物用らしい六輪だった。小回りは利かないが路面が多少凹凸していても耐えられそう。長さ三メートルほどの手漕ぎ舟を二艘重ねて積んである。最大で四人ぐらいなら乗れるか。その他にオール、杭、ロープなど。
今日は下見と挨拶程度かと思っていたら、ブングとヒーチャン、その手伝いらしい人影が二人ほども池に向かって来ている。ネリ達に遅れること数分の距離だ。「早い時期に既成事実を」という昨日の方針に沿って手配されたらしい。荷車の方が遅いのでヒーチャン達はやがて追いつく。ヒーチャン達は車輪に足を踏まれないような場所を選んで荷車の進行を補助している。
一行が直接目視できる範囲に入ってきたのでバギーで岸に向かう。今日の当番は、セルーと、ええと、初めまして、エラス君?。普段は領主館で事務やってるのか。どうぞよろしく。いえ、こちらこそ。
ネリに引き合わされてモルの職人と挨拶する。職人はテンギ・サルンという名で、一年半ほど前まではモルの船着場管理の大工頭をやっていたらしい。今は後進に道を譲って漁師で生計を立てているとのこと。いい人選だな。
「ここに桟橋と小屋を作って欲しいと頼まれてまして、まずは少し歩き回らせてもらいます。」
「手伝いは要るかい?。」
「いえ、領主館の人たちやネゲイの職人も来てますし、もし足りなかったらお願いするかもしれませんが。」
テンギは初めてここを訪れた人が一様に浮かべる驚きの表情などの一連の過程を経た後は周辺を歩き、時折、杭を地面に刺しては地盤の固さなどを調べている。その間に小舟も荷車から降ろされた。テンギは小舟に乗り、岸との距離をロープで測りながら深さを調べている。竿のようなもので池底を突いて底面の様子も調べている。手の空いた者はテンギのやりかたを真似てもう一艘の小舟で交替しながら操船の練習をしていた。多分、この小舟を一番よく使うことになるだろうエンリもちゃんと前に進めている。小一時間ほどしただろうか。正午頃にテンギが言った。
「どこも、柔らかすぎますね。元々湿原だったところですからね。小屋は、作ってもしばらくしたら傾くでしょう。桟橋も、杭が固定しにくい。それから、岸からすぐに深くなってて建てにくい。」
オレは聞く。
「どういうやりかたがあると思う?。」
「桟橋の代わりに、小舟を入れられる大きさで岸を掘ります。杭とロープがあれば流されずに済むでしょう。そのやりかたなら小舟を岸に揚げやすい。水に浸けっぱなしも木に悪いですしね。」
「ヒーチャン、ここを小舟の大きさで掘るのにどのくらいかかる?。」
「半日あればできるだろうよ。今日は道具がないから、明日やろう。で、テンギ殿、小屋はどうする?。」
テンギは少し悩んで答えた。
「ずっと使えるものを作るには下が柔らかすぎて。二とおりの方法が考えられます。一つは、もっと大きな舟を作ってその上に小屋を乗せてしまう方法。もう一つは、モルでも時々あるんですが大水の時に三~四人で分解して動かせるような造りがあって、これなら傾いても上を軽くしてやれば直しやすいです。隙間が多いから冬には向いてないんですが。」
「傾いたら直す、の方が、早いし安そうだな。狭いかもしれんが。雪のことを考えたら、その季節は小舟まで含めて全部ネゲイまで避難させた方がいいかもしれないな。」
「そうですね。広さは二.七メートル四方ほどです。材料の加工図とかはネゲイまで持ってきた荷物にありますから、ネゲイでも二~三日あれば用意できるんじゃないでしょうか。」
二.七メートル四方。日系のオレの頭の中ではαの翻訳を更に「四畳半」と変換する。
「そのくらいの大きさの小屋を作れる材料の在庫はあるよ。あとは『水に強いヤツがいい』とか気を付けるべきことを教えて貰ったら準備できる。マコト殿がここに来てから、できるだけ水に強い木の在庫を増やそうと思って、特に注文がなければ水に弱いヤツから先に吐き出してたんだ。ネゲイに帰ろう。テンギ殿に加工図を見せてもらって見積を作りたい。ヒーチャンもそうだろ?。」
「そうだな。ゴール様にも急げって言われたし、明日から工房にも手を付けるつもりだったしな。今日は、これからネゲイに戻ってブングのところでテンギ殿の説明を聞こうか。マコト殿はどうする?。来るか?。」
職人三人と手伝い二人、エンリとネリ。バギーで移動するには人数が多すぎる。
「あとで合流するよ。今からなら、ブング殿の店に着くのは三の鐘の少し前ぐらいか?」
「そのくらいだろうな。じゃあ、じゃ帰ろう。マコト殿、また後で。」
「虫」で一行の進み方を観察。ブングの店には一行より数分遅れになるようなタイミングを見計らい、ダイアナを連れてバギーで出発した。
途中でテンギは小屋の加工図を宿まで取りに行くため一行と別れたという。オレの到着より数分遅れてヒーチャンがテンギを連れてきた。ネリとエンリも遅れている。途中で領主館に寄って進捗を報告しているらしい。
テンギは完成図と加工図、部材一覧表を荷物から取り出してテーブルに並べる。部材一覧は少し書き加えればそのまま見積書になりそうな書式だった。ヒーチャンとブングはそれを見ながらテンギに幾つか質問などをしている。
ネリとエンリも到着した。今日中に見積が出来上がりそうだから、バース、ヨーサ、ゴールの誰か一人は残っていて欲しいと頼んできたとのこと。
やがて納得したヒーチャンとブングは見積の清書に取りかかった。オレも単価×数量程度の計算ならα経由で即答できるので、見積を作っているブングの横で「そこは銀二と銅六」などと口を挟む。ダイアナもヒーチャンの横で同じことをしている。
「マコト殿も、お付きのお嬢さんも、計算がとんでもなく早いな。助かるよ。」
「そうだろ。お付きのお嬢さんを息子の嫁にくれとか、ウチの娘をマコト殿の嫁にとか言ったことはあるんだが、全部断られてしまった。」
ヒーチャンが笑いながら言った
「材料費と工賃で、合計金貨二〇八枚ちょっとか。端数を切って、二〇四枚?。あと、テンギ殿への支払いをここに乗せればいいのか?。」
元請けになるヒーチャンが言う。端数を切った二〇四枚は大金貨十七枚丁度となる。翻訳で聞いていると端数?、と一瞬混乱する。テンギが言った。
「私の分はこれとは別に領主館からいただけることになっていますので、お二人がよければそれで領主館に提案しましょう。イヤ、領主館に行くのは明日になるかと思ってましたが、マコト殿は大変な人ですね。」
「ちょっと計算が早いだけだよ。決まったなら、領主館へ行こう。ゴール殿も早いほうがいいらしいし。」
町中なので、ヒーチャン達を歩かせても時間差は大きくならない。エンリとネリ、ダイアナを乗せてバギーで領主館へ移動。エンリは、バギーが初めてだった。表情が嬉しそうだ。
領主館では、オレにとっては初めての、会議室のような部屋へ通された。オレとエンリ、ネリ、ダイアナ、少し遅れてテンギ、ヒーチャン、ブング。そこまで揃ったところでネリがネゲイの首脳陣を呼びに行く。すぐに、バース、ヨーサ、ゴールの三人が現れた。テンギが代表して報告する。
「現地を見て来まして、さきほど材料と工賃の見積も作ってもらいました。桟橋はちょっとむつかしそうなので……。」
「概要はさっき聞かせてもらったよ。下が悪いから桟橋の代わりに掘るのと、動かせる小屋だったね。どんなだい?。」
バースが説明を遮った。テンギは完成図を取り出す。
「ああ、これか。下流の方で見たことがあるね。広さが……、二.七メートル四方。あとで動かしたりすることを考えたらこのくらいが限界かあ。ヨーサ、お前はこういう建物に入ったことがあるかい?。」
「子供の頃に入ったことはありますわ。まあ、子供の感覚ですから狭いとは思わなかった気がしてますけど。普段は二人か三人ぐらいまでで休んだり道具の手入れをしてる小屋よね。足りなかったら、二つぐらい用意してもよさそう。これ一つで、見積はどのくらいかしら?。」
ヒーチャンが答えた。
「小舟の乗り降り場所を掘っておくの含めて金二〇八枚ちょっと。それを端数切りで二〇四枚としておりますので、追加も二〇四枚いただければと思います。あとちょっと心配しておりますのは、これからマコト殿の仕事が増えてきたら材料も職人も足りなくなって値上がりしまうんじゃないかと。だから、二~三年先に『もう一つ』ってなっても、同じ値段では作れないかもしれません。」
次はゴールが問う。
「あの場所は多分一~二年に一回ぐらいは水に沈むと思う。待避が間に合わなかったら、流されてしまったりはしないか?。」
これにはテンギが答えた。
「下流でも時々間に合わないことはあります。あの池では人も少ないので、ネゲイからの人手の往復だけでも時間がかかりすぎるでしょう。でも水には浮きますし、杭か重石とロープでつないでおけば、川の傍でもありませんし、流されて遠くに行ってしまうことはないでしょう。勿論中の物は水浸しになるので、濡れて困る物や大事な物だけは持ち出しておいた方がいいと思います。元々漁師の作業小屋ですから、建物自体は濡れて困るようなものではありません。水が引いたら、バラして部材を洗いながら、また改めて建て直せばいいのです。掃除の手間を除いて、大人三~四人で一日あれば足りるでしょう。」
バースが言った。
「一つで留めるか、二つ行くか、これが問題だねえ。今すぐ、っていうのは、池の『当番』だろ?。魚の仕事が始まったら、多分もう一つ。テンギ、あそこで魚は捕れると思うかい?。」
「今朝小舟で少し見てましたけど、小さいヤツはいましたよ。今の季節ならあんなもんでしょうね。場合によっては、下流から生きた魚か卵を運んで来て流せばいいんです。そうしたら増えますよ。」
魚をあの距離で運ぶのは大変だと指摘しようとしたが、彼等の言う「魚」は甲殻類が主体だと思い出して言うのをやめた。オレの知る甲殻類なら、数日の距離であれば最小限度の水があれば運べそうだ。
「じゃあ、二つ頼もう。もし使えなかったらネゲイに運んで物置にでもすればいい。契約するぞ。」
バースが決定した。そこからはヒーチャンが用意していた定型文の契約木簡の空欄を品目や金額などの情報で埋め、改めて内容を読み上げて一同が頷くと署名の儀となる。バースはオレが納めた万年筆を使った。元請けとして契約の「乙」欄に署名することになるヒーチャンにも「使ってみろ」と勧める。ヒーチャンは万年筆で署名すると、「これもマコト殿の品か。面白いけど職人はこれから大変だ」と言いながら万年筆をバースに返した。
署名を見届けたゴールが言った。
「新しい契約も始まったが、この前契約した工房の準備はどうなっている?。」
ヒーチャンが答える。
「工房の話は、ブングには、明日から建て始めるつもりで材料の準備を進めてもらってる。休みだけど急ぎって話だから無理してもらった。ブング、明日から材料が届くんだよな?。」
「ああ。明日、ヒーチャンが地均しを終わるかどうかって頃、一応、三の鐘の頃から、下の方の材料から順に届き始めるように準備してる。さっきの新しい契約は、これも急ぎだから明日から材料の切り出しにかかれるように、今日中に材料の選別をしておくよ。ヒーチャン、この後またウチの店に来てくれ。材料納入の契約を作るから。」
「わかった。この後行くよ。契約しないとアンタも材料を切り出せないからな。あと、新しい契約の話で、小舟の乗り降りをするための穴掘りは、テンギ殿が場所を決めてくれたら明日にでも一人行かせようと思ってる。」
「私はさっきの契約の、最初の小屋が出来上がるまではネゲイにいるつもりです。明日なら、まあ休みですけど何もしないのも退屈ですし、二の鐘頃に始められるようにお願いしましょうか。」
「二の鐘だな。わかった。穴掘りが好きそうなヤツを選んでおくよ。」
その夜の「実験」でαが言った。
「今日の話で『地盤が弱いから建物が傾く』って話をしてたでしょ?。」
「あったな。」
「こういう時、地盤が強くなるようにセメントの粉を混ぜ込むとか、知ってる?。」
「聞いたことはあるけど、セメントの粉なんかないぞ。」
「実験よ。分子構造はライブラリにある。それをインプラントに送るから、『水』とかと同じように集められないか試してみたいの。」
「それは面白そうだな。上手くいったら透明なガラスに使う珪砂や石英とか、あと、鉄だ!。鉄も集めてみたい。」
実験は、上手くいってしまった。鉄はキラキラ光る粉として集められ、掌に落ちる前に赤錆の粉に変わった。熱い。酸化してしまったのだ。砂鉄で試すと黒い粉の山、石英はきれいな白砂の山になった。セメントは灰色の粉。水を混ぜて練ってみないとわからないが、多分ライブラリにあったとおりのポルトランドセメントだろう。材料の、一大革命が起きてしまったようだ。便利だが、同時に危険すぎる。封印する気はないが、扱いは、本当によく考えなければ。




