4-26 CL(墜落暦)一二〇日から:エンリのお披露目とそれからの数日
CL(墜落暦)一二〇日。ヨール王二三年四月十八日(日)。
ここにも六種類の「曜日」に相当する言葉があるから、曜日の表示は復活させた。休日は日曜。平日は、月曜を省略して全部で六種類とした。「○○神の日」とか、由来は違っているのだろうけど一対一で対応できていればあとはαの翻訳にお任せだ。
今日の随伴はアン。バギーで一一四〇Mにヨークの店に到着。ほぼ同時に、領主館からの一行もゾロゾロと店に到着した。ネリに小声で聞く。
「祝いの品は用意したけど、いつ渡せばいい?。」
「説明してませんでしたか。途中で、そういう時間がありますよ。食べ始めてすぐの頃です。マコト殿は、ウチの父の次あたりの順番になるかと思います。」
「ありがとう。しゃべる内容を考えておくよ。」
二の鐘はまだだったが、一同が着席するとすぐにゴールが立ち上がって挨拶をした。
「今日は我が家に新しい娘が増えたことを祝う席に、集まっていただき、ありがとうございます。改めて紹介します。エンリ・ゴールです。」
今度はエンリが立ち上がった。
「エンリ・ゴールです。このたび、縁あってゴール様の、いえ、ゴールの家の養女となりました。田舎の生まれで何も知らない私ですが、皆様よろしくお願いいたします。」
こういう場の流れは、どこでも同じなんだろうな。
ゴールが引き継ぐ。
「では、酒も食べるものもありますし、エンリ、始めよう。主役から、始めるんだ。」
エンリは緊張した面持ちで酒杯を掲げる。
「では皆様、よろしくお願いいたします。」
エンリは酒杯に口を付け、一同が続く。子供達、タタンとネスルも酒か?。よくわからないが。二人とも不味そうな顔をしている。酒だったらしい。
一同が食事を始めたところでバースが立ち上がった。
「ゴール、祝いの品だよ。とは言っても、お前の所には今までも色々贈っていて、ヨーサ達も『それはナントカの祝いで贈ったのと同じだ』とか、なかなかいいものが思いつかん。だから金封としたよ。受け取ってくれ。」
「ありがとうございます。エンリのために、大事に使わせていただきます。」
ゴールが革袋を受け取る。ネリが目線を送ってきた。オレの番だ。立ち上がる。
「ゴール殿。私からもお祝いを述べさせていただく。新しい家族が増えたこと。おめでとうございます。お祝いの品も用意しました。こちらです。」
アンが四つの小箱を乗せた盆を持ってゴール一家が座る区画に歩いて行く。彼女は小箱をテーブルに並べ、一つの蓋を開いた。
「これは、インクの要らないペンだな。」
「要らない、というわけではありません。補充は必要です。アン、使い方を説明して差し上げて。」
アンはポケットからインク瓶を出してテーブルに載せる。壺ではなく、瓶だ。瓶の蓋を開け、ペンの一本を取り上げるとこれも蓋を外して先端を瓶に浸し、シリンダーにインクを吸い上げる。インク瓶に蓋をすると、別のポケットから四つ折りにした紙を取り出して、そこに線を描いて見せた。
「ご家族様、一人に一本ずつ、ご用意させていただきました。使い方は、ここに書いてありますので、あとでごゆっくり、お読み下さい。」
アンは試し書きをした紙を開く。インクの吸い上げ方などが図解付で示されている。
ゴールは手渡された万年筆をしげしげと見ている。軸に刻印された自分の名前にも気づいたようだ。
「マコト殿。素晴らしい。こんな贈り物は初めてだ。大事に使わせていただこう。ありがとう。」
「ゴール殿には色々世話になっているからこそのお礼でもある。長く使ってくれれば嬉しい。あと、ネスル殿の分もあるが、渡すのはもう少し大きくなってからの方がいい。今だと、多分壊してしまうと思う。」
四歳児に万年筆は、まあそういうことなるだろう。「お父さん何それ見せて見せて」とすり寄るネスルを見ながら皆笑顔になる。アンはダールとエンリの万年筆にもインクを入れる。軸は、全て色違いにしてある。太さも、男用と女用で二種類。アンはインクが入った万年筆と説明の紙をそれぞれに手渡して、中身が半分以上残っているインク瓶と万年筆を残し、空の盆を脇の下に抱えてオレの背後の定位置に戻った。ゴールは説明の紙と万年筆を持ってバースの席へ行く。バースの席でも試し書き。エンリとダールも試し書き。釘を刺しておくか。
「皆さん、今日の主役は、ペンではないから、ゴール殿の新しい家族を祝いましょう。先ほどの品の、詳しい話はまたいつでもさせていただきます。今日の主役は、エンリですよ。」
また小さな失敗があった。ペンを刺しておく適当なポケットが誰の服にもなかった。
「マコト殿の服もいいな。儂も、そういうポケットを付けよう。」
ゴールが楽しそうに言った。
CL(墜落暦)一二一日。ヨール王二三年四月十九日(火)。
また朝一番でテコーの店からの配達を受け取る。前回届いたお茶セットの成分分析の結果を踏まえ、「カリガンというのがやっぱり気に入ったよ」と伝えておいた。今後の配達に入ってくるお茶はカリガンがメインになるだろう。
αによると、カリガンを含め幾つかの食用植物の組織は、地球のものとは構造が違うという。まだヤダにいたころに調べたことのあるとおりだ。播種説が正しいなら、謎の微量物質はヤーラ359-1土着の生物が作っている成分かもしれない。
領主館では、エンリの出勤初日だったので、「虫」経由で自己紹介の挨拶だけは見ておく。ネリがエンリをあちこちの部署に連れ回して紹介しているようだ。初日は、どこでもこんな感じだろうな。
ハイカクの店に任せた蠟板も順調そうなので、そう毎日邪魔しなくてもいい。ブングの店で調達した材料の強度も確認できたので、図面も加筆した。α曰く「どれもあまり強い木材じゃないわね」と。
ヒーチャンの店へ行く。ヒーチャンは不在だった。朝一番でどこかの現場に出てしまっているという。留守番の少年に加筆した絵図を記した木簡を預け、ベンジーに行ってみた。が、グレンは子供達を相手に読み書きを教えているようだった。子供達の注意がバギーに逸れてしまっても迷惑だろうから退散する。前回訪問時に確認しておくべきだったのだが、グレンの時間がある日も聞いておいた。毎「週」の「美神の日」午後がいいという。前回の訪問と同じ日、旧前々日、オレのカレンダーでは金曜に相当する。何かとオレも忙しくなっているから次の金曜に訪問できるかは確約できないが、今後ベンジーに来るならその時間帯を狙うことを約束して別れた。
久しぶりに、何もしない日になった。「火」や「水」の実験も、外でなければやりにくく、今日も外には「当番」が二人来ているので日中は実験ができない。ああ、夕方の少し前、四の鐘の頃から雨だな。連中に「雨だから帰れ」とか言って実験をやってみるか。
CL(墜落暦)一二二日。ヨール王二三年四月二十日(水)。
雨で誰も来ない。「当番」もだ。バギーも、まだ幌を付けていないから外に出る気にもならない。この二十日ほどはとても忙しかったのに、突然、やること、やれることがなくなって、呆然としている。ナントカ症候群とか、こういう精神状態に名付けられた名前があったような気がする。




