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4-25 CL(墜落暦)一一九日(2):建築学・招待

 領主館を出て、バギーでヒーチャンところへ向かう。また、案内にネリが付いた。「エンリが来たから来週からしばらくはマコト殿と一緒になる時間が作りにくいので」とは彼女の弁だ。「領主館の長屋には同じ年の女の子がいなかったから、嬉しいです」とも。


「ヒーチャン親方。来たよ。私の知恵、という話だが、もうあなた方が知っていることなら教えて意味がない。だから、普段の建物作りで使ってる方法を教えて貰いたいんだ。あまり詳しくなくてもいい。適当な絵図とか、そんなのはあるかな?。」


 ヒーチャンが出してきた絵図(木の板や羊皮紙などで大きさもバラバラだった)を見ながら説明を聞く。説明された情報はニムエ達によってライブラリと照合され、改良できる点がないか検討される。断熱壁の構造は先日ブングのところで聞いていた。ここで手に入る材料という条件付きではあんな感じだろうと思う。合板の技術はまだないようだが、それなりの設備が必要だから今すぐ紹介できるものではない。耐震のための斜材は、知られていない模様。この地での地震の頻度を知らないので聞いてみたが、ネリもヒーチャンも「そういうことがあるとは聞いたことがあるが体験したことはない」とのことだった。一応、候補に入れておく。ドアはドア。引き戸という形式はここでは見たことがない。引き戸には蝶番が要らないことと、開閉時に面積を取らないことがメリットか。候補その二とする。底面に車が必要だが。


 積雪の多い地域であるためか屋根の角度は急で、背も高くなる。融雪のための仕掛けを考えたがエネルギーコストは良くないので保留。窓だ。ガラスが欲しい。だが領主館でも窓にガラスは見ていない。保留。耐震で斜材を入れると窓の位置に制約も出てくる。他に何かないか?。避雷針!。これは入れよう。旗竿と兼用にしてもいい。旗と旗竿は、領主館でも見た。


 斜材は、やはり窓の位置に制約が出ることでヒーチャンは嫌がったが、強度の話をすると乗り気になった。


「屋根の雪が少々残ってもいいなら屋根が低くできる。なら、大風で屋根が飛ばされることも少なくなるな。あれをやられると片付けるのが大変なんだよ。」


 ネリも付け加える。


「二年くらい前にあったわね。それと、十年くらい前?。十年前のことは私も小さかったから細かく覚えてないけど、二年前は私も片付けを手伝いに行ったわ。『こんなに遠くまで飛ばされるの?。』って、びっくりした。」

「そうだな。ネゲイの町中だけで五~六年に一回ぐらいあるな。古い建物は古いってだけで、強くなっていくヤツと弱くなっていくヤツがあるからな。屋根が低くていいなら、換気窓も開け閉めしやすい。ちょっと煙が籠もりやすいかもしれないが。」


 大風で家が飛ばされるのが五~六年に一回とは、結構な頻度だと思う。だがそれでも風を受けやすい高い屋根が廃れないのは、それだけ雪の量が多いということだろう。屋根を低くすると建物容積は小さくなる。暖房効率も上がる。しかし煙か。天井板というものが少なくて、大抵の建物は梁がむき出しなのはそういう理由だったか。煙が上に流れやすいようにしてあったらしい。オレとしては「虫」が隠れやすい構造で都合がいいが。


「斜材の入れ方は、材質や雪の量でも変わるだろうから、確認してみるよ。木の丈夫さを見たいから、端材でもなんでもいい。こういうところで使いそうな木のサンプルはないかな?。」

「ブングの所に行けば大抵あるよ。端材ならブングも焚き付けにするだけだからタダで貰えるんじゃないか?。マコト殿なら、なおさらタダだ。」


 タダの端材を集めて「紙」を作る構想もあるんだが、これもまだ先の話だな。蚤の市では古着や衣類の補修用と思われる端切れを見たこともある。こういうものも、紙には使えるだろう。機会があればサンプルを購入しておこう。「紙」といえば、水も大量に必要になるが、井戸を増やせば対応できるだろうか?。汲み上げすぎて地盤沈下を起こすのも困るし。


 斜材の話は、ブングのところで木材の現物を入手し、オレが強度試験をした結果に応じて標準図に手を加えることになった。経験則でしか材料強度について考えてきていないネゲイでは初の方法だろう。絵図はオレが見るのと同時にニムエ達にも転送されているが、形だけでも、蠟板に概要を写し取る姿をヒーチャンに見せておく。


 避雷針も採用された。電磁気学が全く知られていないネゲイでは、原理についてはちょっと説明できない。しかし構造は簡単なのでヒーチャンも受け入れた。あれ、雷といえば、マーリン7の垂直尾翼は……。


『ヤダにいた頃は危なくなってきたら斥力場で絶縁してたわ。ネゲイでは、あなたが外に出ている時にそれをやってしまうと通信が切れて会話できなくなるから気を付けないといけないわね。観測精度を上げて絶縁の時間を短くするか、どこかにレーザー中継点を設けるかね。船体をカバーできる避雷針を作るというのも、垂直尾翼が高すぎて今は無理。こういう場合にバルーンで電極を揚げた例もあるみたいだけど、ここじゃあ雷雨と風もセットだから使えない。仮にそんな時だけデルタを呼び戻したとしても、雷雲の近くで中継しようと思ったらやっぱり絶縁はしなくちゃいけないし。』


 結構重要な情報が出てきた。雷が鳴るとオレは会話ができなくなる。


『気を付けよう。観測精度の方も頼むよ。』



 次はエリスとネリも乗せたバギーでブングの店へ。各種端材を譲り受け、ついでにこのあたりで使われる建材の断面形状などの規格も聞き取る。釘や膠などの接合材料も各種少量ずつ購入。絵図の清書に使える木の板も数十枚仕入れた。次はハイカクの店で蠟板の進捗確認か。



 ハイカクの店に着いたが店先には誰もいなかった。奥の作業場を除くと、メレンが外枠用の板の切り出しをやっている。ハイカクは蠟の調合中。少しだけ緑の混じった青。ネリが言っていた「空の色」だ。


「綺麗な色。」


 ネリが呟く。


「色を着けたらってマコト殿との話の中で出てきたから試してみたんだが、固さが変わるんだよな。なかなか、思うようにはいかないもんだ。配合は研究の余地ありだ。」


 そんな会話をしていると店に新たな来訪者があった。店の入り口に立っていたのは、エンリとダールだった。


「あ、ダール。久しぶりだな。そのお嬢さんは?。」

「今日、私の養女になったばかりのエンリというの。エンリ、こちらは細工師のハイカクよ。」


 二人は互いに頭を下げ合う。


「養女?。」

「ええ。この娘、ヤダの生まれなんだけど、ヤダンが引き取ることになったのよ。私も今朝から色々話をしてるけど、ヤダンが気に入るのもわかる。とても賢い娘よ。」


 ダールはオレ達に向き直る。


「マコト殿とネリ様も来ていらしたのね。蠟板のお話?。」

「ええ。この店には色々やってもらってますから。」

「そうですか。ハイカクは私の子供の頃からの知り合いなの。言うことを聞かなかったら、私にも言って下さいね。で、ハイカク、私の用件は、私の新しい娘に新しい指輪を作って欲しいのよ。『エンリ・ゴール』の名前でね。」

「新しい指輪ですか。ええと、普通なら五日いただくんですが……。」


 ハイカクが言い淀んだ理由は多分、オレが昨日五個頼んだ指輪だろう。注文が重なりすぎている。


「ハイカク殿。昨日の私の注文は後回しにしてもらっていい。エンリの指輪を先に仕上げてやってくれ。」

「マコト殿もこのお嬢さんをご存知で?、あ、あの話か。わかったよ。」

「いえ、ハイカク、それはよくないわ。先に注文を受けた方から仕上げるべきよ。」

「ダール殿。いいんだ。エンリのための仕事は私のための仕事でもあるし。私の注文が少し遅れてもそんなに困らないけど、エンリの注文の方が急ぎのような気がするから。」


 オレとネリの話と、コビンの話はある程度流れているのだろう。ハイカクは仕上げの順序を入れ替えることを承諾した。あとは定型の流れ。意匠と指の太さの確認から契約書の作成、前金。「契約者が自分で取りに来るんだよ」の注意。


 手続きを済ませたダールが言った。


「マコト殿の注文を後回しにさせてしまって、それで困ったりはしませんの?。」

「すぐには困らないから、お気遣いなく。」

「ならいいんですが。で、ここで会えて丁度よかった。さっきヨークの店に行ってきたんですけど、明日の三の鐘の頃に、エンリが来てくれたことのお披露目の食事会をしようと思いまして、予約を入れてきました。勝手ながら、マコト殿とネリ様も、人数に入れて考えています。来て下さいますか?。」


 エンリが気疲れでへとへとにならない限りは、オレに断る理由はない。


「明日の昼ですね。私は約束も入っていませんし、喜んで伺わせていただきますよ。」


 ネリが聞いた。


「お披露目ということは、ほかにどんな人に声をかけてるの?。」

「ウチの家族は勿論全員。バース様ヨーサ様ドーラ様。このお三方はネリ様がマコト殿の所に嫁いだあと、コビンの縁で、エンリの、義理の義理の親?、あれ、もう一つ『義理の』?、まあ、縁続きになるから声をかけて、皆さんに了承いただいています。タタン様もです。これからのエンリにとって縁戚になる人達ね。」


 ダールは「義理の」の数に悩みながらも笑みを浮かべて答えた。確かに、家系図風に描くと形が複雑だ。


「それなら私も行かせていただきます。三の鐘ですよね。」

「ええ。今夜は家族の歓迎会だし、明日はそんなお披露目会だし、ホント、忙しい。でもなんか嬉しいからいいんですけどね。じゃあ、私達はこれで帰りますね。」


 エンリ達が去ったあと、気になっていたことを聞いた。


「明日の昼だけど、こういう場合のお祝いの品とか、そういうのはどうしよう?。」


「そりゃあ、手ぶらじゃ不味いだろう。」

「私も考えてますけど、両親も何か用意するでしょうし、ちょっと摺り合わせをしておいた方がいいかなと、思ってます。」

「私の生まれた所では、こういう場合は品物か現金だったんだ。きれいに包んでね。ここではどっちがいいと思う?。」


 オレには、今現在、手持ちの現金が少し不足しているのではないか?という不安もあった。大金貨で二枚以上はあるのだが、それでもオレの知るクレディに換算して六十万ほど。蠟板関連の仕入れとか、これからどのくらい必要なのかも試算していないし、銀行のような仕組みについての情報もない。今朝の金貨十二枚は少し張り込みすぎたか?。マーリン7に積んである「贈り物」から選ぶという方法もあるが。


「どっちもありだな。」


 と、ハイカク。


「私は両親と話をしてから決めます。」


 と、ネリ。


「こういう場合に別々の人が同じものを贈ってしまって、とかいう話も聞いたことはあるけど、マコト殿なら『同じもの』にならないようなものを用意できそうな気がするよ。」


 なるほど。それなら、先日用意はしたが使わなかった万年筆もある。


「わかった。ありがとう。今日船に帰ったら探してみるよ。」


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