4-24 CL(墜落暦)一一九日:予定地・養子
CL(墜落暦)一一九日。ヨール王二三年四月十七日。
エリスと一緒にバギーで「工房」候補地に到着すると、ヒーチャンはもう来ていた。手伝いらしい少年二人も一緒だ。〇七五〇M。ヒーチャンが言った。
「逆茂木はあとで組み直すらしいから、まずはこのあたりで、と思ってるんだがどうかな?。水もあるし、井戸も掘れると思う。」
地形は、ネゲイの町から少し下がって農地または草原、湿原、池となっている。農地または草原と町の間には逆茂木が並べられていて、池に通じる道は単に歩きやすそうなところが直線で踏み固められただけの雰囲気。両側は適当に区画割りされた農地になっているが、中には何年も耕作されていない雰囲気の元「畑」、現在は草原となっている区画もある。表層は礫分の少ない耕土だが今は雑草に覆われていた。ヒーチャンが言う「水」は、ネゲイの町外れから湿原に流れる小川で、農地への給排水用だろう。「道」からは二十メートルほど離れている。
「このあたりでは、井戸はどのくらいの深さになるんだい?。」
「ここはネゲイの町よりちょっと低いから、地面から四メートルも行かないと思う。」
ヒーチャンは「四メートル」とは言っていないはずだが、αはオレにわかる単位で翻訳してくれた。
「井戸は、欲しいな。建物は、必要に応じて増築できるような配置がいいと思ってるんだが、親方はどう思う?。」
「土地がちょっと傾いてるから、階段みたいに整地して、そこに建物を並べる感じかな。マコト殿の言うとおり、最初は一棟、あと、足りなくなったら池の方へ向かって階段で建物を増やしていくような作り方がいいんじゃないかと思う。まあ、ゴール様とかにも聞いとかないと決められないがな。」
「階段状で増築、という案に賛成だ。地形を見ればゴール殿やバース様も賛成してくれるんじゃないかな。」
「ああ。そう願うよ。じゃあ、ちょっと建物の形に、印を付けてみようか。」
ヒーチャンは道から五メートルほど離れた所を示し、手伝いの少年に杭を打つよう命じた。杭が立つと、手伝いの少年二人と一緒に輪になったロープを持つ。ロープには印が付けられていて、それぞれの印を持って引っ張ると直角三角形ができるようになっていた。ヒーチャンは杭の位置から少年二人に指示を出し、道とほぼ平行な辺を決める。直角三角形がわかっているので、数分で四.五メートル×九メートルほどの長方形が作られた。この範囲なら、土地の起伏は無視できるだろう。簡単な整地だけで済みそうだ。
「最初の一棟はこんな感じでどうかな」
「いいんじゃないか?。」
オレは出来上がりを想像しながら答える。
「玄関はここに作って、裏口はあのあたり。便所は、外に作る。あのあたりかな。」
ヒーチャンが指さしながら説明する。井戸の配置、部屋の中の作業台の位置、物置、暖炉兼釜戸の場所、休憩用スペースなど。おそらく、このサイズに応じた標準的な配置というものもあるだろうし、説明された内容に不満はない。オレが同意すると、ヒーチャンは一棟目と直線の位置に並ぶように二棟目の位置の四隅に杭を立てた。
「あとは、職人が住むところだな。」
ヒーチャンは手伝いの少年達に指示を出しながら、道を挟んで攻防の反対側にも同じように杭を立ててゆく。二の鐘が聞こえた。
「最初は工房二棟と長屋一棟、長屋は四家族分で、多分これで行けそうな気がする。あとは、ここを使うハイカクとか、金を出してくれる領主様の検分でちょっと直しが入るくらいか。」
「ああ。そんなところだろうな。ところで、さっき二の鐘が聞こえていたけど、領主館から誰も来ないな。」
「ああ。『二の鐘のちょっと前から』って昨日言っておいたのに、ゴール様らしくもない。小僧どもに草刈りでもやらしておいて、マコト殿と領主館に行ってみるか。」
「それもいいかもな。」
何か困ったことが起こっていれば「虫」でわかるはずなのだが、αから何も言ってこない。仮杭を入れたことを領主館に伝えるべくヒーチャンをバギーに誘おうとしていたところで、ゴールの姿が見えた。ネリと、おや、ソルとエンリも一緒だ。遂にエンリも移ってきたか。αが黙っていた理由がわかった。オレをビックリさせたかったようだ。五日ぶりぐらい?。確かそのはず。
「マコト殿、ヒーチャン。遅れた。ちょっと朝から来客があってな。」
笑いながらゴールが言う。
「こんな来客ならちょっと遅れるのも仕方ない。エンリ、よく来てくれた。片付けとか、急な話で大変だったろう。」
「そんなことはなかったです。私一人分の荷物ですから私一人で運べる量ですし、今日は半分ソルが持ってくれたので全然疲れてませんし。」
「マコト様、私も今日は後見人として一緒に参りました。エンリがこれから暮らす場所も見ておきたかったですし。この土地、区画割は、これからエンリが働く場所になるのでしょうか?。」
「ああ。まだ正式ではないけど、ゴール殿や領主のバース様あたりに確認してもらわないといけない。ヒーチャン親方、ゴール殿にさっきの杭を説明してくれないか?。」
「勿論です。ええと、道からこのくらいまで離してですねえ……。」
ヒーチャンからひととおりの説明を聞いたゴールは頷いた。
「いいんじゃないか?。見積を出してくれ。妥当な値段だと思ったら契約しよう。」
「それと一つお願いがありまして。」
「なんだ。」
「ハイカクの所にはマコト殿の知恵による小物の仕事が色々入ると聞いております。私もマコト殿の知恵による建物を作ってみたい。マコト殿の知恵を、この建物にお借りできるなら、普通に出す見積よりも、一声安くさせていただこうかと思いますがいかがでしょう?。」
「マコト殿、聞いたか?。ヒーチャンにも知恵を頼む。建物が安くなれば、家賃も下がるぞ。」
ゴールは楽しげに答えた。
ヒーチャンは工房建設予定地附近の草刈りを手伝いの少年達に命じると、見積と絵図を作ると言って先に町に帰っていった。
昨日の時点では工房の話もエンリの来訪も予定になかったから、今日のオレはハイカクの店かベンジーにでも顔を出そうかと思ってはいたのだが、予定は変わっている。建築費割引のためにヒーチャンの相談に乗らねばならないし、エンリ達も放置できない。バギーは、多少窮屈だが、荷台も使えば俺以外に六~七人ぐらいまで乗れるか。シートベルトはないから変な運転をしたら乗客が転落しそうだが、大した距離でもないから速度も上げないようにしよう。
今日の主役としてエンリを助手席に、後部座席にはゴールとソルを、荷台にはネリとエリスを乗せた。移動しながら今日の予定を確認する。エンリとソルは二の鐘の少し前に領主館に到着し、丁度出発しようとしていたゴール達に会ったらしい。エンリのこれからの活動拠点になりそうな場所を見に行くと聞いて、二人は荷物のうち大きなものをゴールの執務室に置いて町外れまでやってきたのだとか。これから領主館に戻って養子縁組の手続きを行い、午後は生活用に足りないものの買い出しや市内の案内のため、ゴールの妻ダール、つまりエンリの新しい養母が、エンリをあちこち連れ回す予定だと聞いた。
予定にはなかったが、話の流れで養子縁組の手続きにはオレも同席することになった。制度上、オレが同席する必要はない。しかし発端は自分のことでもあるし、そういう手続きを目の前で見ることはここの社会制度を知る事にもつながるので了承する。
領主館に到着した。玄関前の車回しにバギーを停め、エリスにはバギーを裏の馬車置き場に回すよう頼む。オレ達はゴールの執務室へ移動すして、ネリは「用意した養子縁組用の木簡を取ってくる」と言って自分の仕事部屋に向かった。
ゴールの執務室では来客用の四人掛けのテーブルに、ゴール、エンリ、ソルが着席した。今のオレは手続きとは直接の関係がない見届け人なので立ったままだ。エリスも合流してオレの横に立つ。やがて、ネリが数枚の木簡と、ゴールの妻ダールを連れて入室した。ダールが四人目の席に就く。
「揃ったな。では、始めようか。」
ゴールが言う。
「今日はヤダで生まれたエンリを儂の養女とするために集まってもらった。今から手続きの確認を行い、異議がなければ署名をしてもらう。まず、養父たる儂、養母たるダール、そして養女のエンリ、エンリの側の証人のソル、そして、そこまで署名が揃ったら儂の側の証人としてバース様の署名をもらいにいくつもりだ。ここまではいいかな?。」
一同が頷く。
「では、ネリ、用意してもらっている内容を説明してくれ」
ネリは用意していた木簡の内容を読み上げてゆく。「新たに親子となることに同意する」「互いに親として、子としての立場を尊重し合う」などなど。定型文の中には幾つか空白部分もあった。相続権に関する箇所などだ。ネゲイでは、養子の相続権は嫡子の半分とするのが定例らしい。確認を求められたエンリはソルに相談し、その場で定例のとおりの比率に同意した。ネリが木簡にそのとおり書き加える。内容の読み上げ、確認など、三十分ほど経っただろうか。全員が内容に合意して木簡に署名してゆく。最後に、ゴールは木簡の束を手に取り、「バース様の署名を貰ってくる」と言い残して部屋を出て行った。
署名を終えたエンリはまだ緊張した表情のままだ。ソルは何度かこの部屋にも来ているせいか、エンリほどには固くはないが、それでも変な待ち時間に何をすべきか?、という表情。これからエンリの養母となるダール、同僚となるネリはエンリの緊張をほぐすべく「好きな食べ物は?」とか「ヤダではどんな暮らしをしていた?」とか話しかけ、エンリもそれにぽつぽつと答えてゆく。
十分と経たずにゴールが帰って来た。
「証人としてバース様の署名をいただいた。ヤダのエンリは、今日からネゲイのエンリ・ゴールだ。エンリ、歓迎する。ダール、今日はエンリの部屋とか荷物とか、手伝ってやってくれ。」
養子縁組の手続きは終わり、解散となった。エンリがゴールの養子となったのはオレの「コビン」としての箔付けのためだ。心中は複雑なんだろうと思う。オレも彼女が悲しいとか寂しいとか感じることが少なくて済むよう努力をしなければならない。状況に流されてるとも思うが。
エンリには長屋の中の一室が与えられるらしい。とはいえ、彼女がそこを使うのは寝る時だけで、食事などはゴールの家族としてゴール達と一緒に摂る。エンリとソルはダールに連れられて、エンリの新しい部屋に荷物を置くために出ていった。別れ際に、エンリとソルの両方にそれぞれ金貨六枚づつを押しつける。色々出費や気遣いをさせているから、その程度のことははしておくべきだろう。




