4-22 CL(墜落暦)一一八日:ハイカク
CL(墜落暦)一一八日。ヨール王二三年四月十六日(土)。
土曜日なのに六の倍数ではないから休日でも休前日でもないことに違和感がある。「曜」の表示を外そうかとも思ったら、消えた。
CL(墜落暦)一一八日。ヨール王二三年四月十六日。
便利だが、オレにプライベートな思考は、ないのかもしれない。
今朝までに、顔のある小ニムエ達は全て、固形物摂取用のキットを組み込んで食事が可能になっていた。ついでに、皮膚も全身に貼ってある。仕上がりは見せられたが、目のやり場に困るような出来映えだった。もうすぐ結婚しようという男が、あまりそういうことでうろたえては、いけない。
領主館での晩餐に出された「カニ」の組織分析の途中経過も聞いた。外観としては地球の「カニ」に近いものの、塩基配列は地球産とは異なっているという。
「ヤーラ359-1で発生、進化してるわね。で、あなたが聞いてた『魚』、脊椎動物のことだけど、現時点ではミッシングリンクよ。ヨーサが言ってた『エンリに魚の仕事』にしても、水生生物の話だから『魚』って翻訳してたけど、『エビの仕事』とかの方が正しいかもしれないわ。例外はあるでしょうけど、今まで見てきたことだけで考えると、動物は、一定の大きさを超えたら節足動物ばかりになってるみたいね。」
播種仮説。これも誰が、いつ、どうやって?、という問題になるので信じにくいのだが。
αの言う「一定の大きさを超えたら」も、陸上なら体を支える骨格や乾燥対策もあって軟体動物は生きにくい。海へ行けば様子も変わるだろう。脊椎動物がミッシングリンク。播種以外の可能性はあるのだろうか?。
今日はハイカクの店に行ってからベンジーを経由してムラウーの隊商と会う。ゴールは警戒していたから、夕食まで一緒にというような流れにはならないだろう。
朝食を終え、ダイアナを連れてバギーで上陸。池のそばに「当番」としてシークとセルーが来ていた。二人によるとムラウーの隊商の件は予定のとおりで、ハイカクの店でネリが合流し、ベンジーを経てヨークの店に行くことななっているとのこと。ネリは連絡係として適宜離脱する。シーク達に礼を言ってから改めてネゲイに向かう。出発してすぐ、背負い籠姿のナーブ・テコーが歩いて来るのを発見した。今日だったのか。バギーを出しているから食料の引き渡しのためにはマーリン7を接岸させなければならない。あと、受け取りの指輪もオレしか持っていない。ハイカクだ。小ニムエ達の指輪を注文しよう。昨日の金貨十二枚もある。バギーを停め、驚くナーブを後部座席に乗せてマーリン7まで戻る。エアロックにはエリスを待機させておいた。ナーブの背負い籠の食料をエリスが持ってきていたコンテナに移し、ナーブが差し出す木版に指輪を押しつける。前回頼んでいたお茶セットと「美味しい淹れ方」木簡もあった。再びバギーをネゲイに向け、ナーブを乗せたまま走り出す。
町外れの逆茂木には誰もいなかった。昨日が特別体制だったということだろう。町中に入ると徐行。ナーブは注目されるのが恥ずかしいと言って、町に入って早々にバギーを降りた。町の人も、少しは慣れてくれたかな?。危険なほどにバギーに近寄ってくる人はいない。ハイカクの店でバギーを降りた。見張りをしてくれる兵士はいないが、盗難警戒装置は最小レベルで作動させておいた。ちょっと触る程度ならともかく、ある程度以上の外力が加わると大きな音がする。ハイカクの店にいる間に誰かが触るかもしれないが、何回か音が出れば学習するだろう。
「ハイカク殿。来たぞ。」
正直なところ、昨日の「見学」前は、蠟板の出来映えが悪くなるようなら、今日にでも治具を渡すとか、そういうお節介を出すつもりだったのだが、その心配はなくなっていた。
「仕事ぶりも見せてもらいたいし、作ってもらいたいものもあるんだ。」
「またマコト殿がアタシの仕事を増やそうとしてる。」
「イヤ、オレ関係ではあるけど、ハイカク殿も慣れてる仕事だ。指輪だよ。」
「ああ、連れのお嬢さんの分か。前にも話したことがあった気がするな。で、今日の連れは、昨日とは別の人か。何人いるんだい?。お嬢と婚約してる人がまた。悪いことしてないだろうねえ。」
「してないよ。指輪五人分で五個。五個なら出来上がりは二五日かい?。」
「型が固まるのに時間がかかるだけで、五個をいっぺんに作り始めたら七日ぐらいで出来るよ。普通は。」
「普通は?。」
「最近妙に忙しくなってねえ。」
心当たりは、あるな。
「まあ、注文は受けるし仕事もするよ。意匠は?。この前のマコト殿の時の原案もまだ残ってるけど、全く同じじゃないんだろう?。」
「ああ。文字の部分は違うな。木簡をくれないか?。ダイアナに描かせる。」
ハイカクは一旦店の奥に入り、新しい契約木簡を五枚出してきた。ダイアナはそれぞれの裏側に自分のペンで円を描き、中に指輪五個分の意匠を描いてゆく。円形の下半分に三角形を組み合わせたマーリン7。上の余白に「アン・ニムエ」から「エリス・ニムエ」まで。
「お嬢さん、全部同じに描けるのか。器用だねえ。」
感心しながらもハイカクは図案を確認して「これならそのままいける」と言った。あとの流れは前回のオレの指輪の時の契約とほぼ同じ。指の太さは全部ダイアナのサイズで作ってもらう。
「一応、ここに来る前に測ってきたんだ。全部この大きさで大丈夫だよ」。
指の太さが同じなのは、全部同じ規格で製造されているからだ。改造用の予備部品もあるが、芯の部分の長さは変えられても太さは変わらない。太さを変えると関節まで変えることになってしまう。本当に太さを変えたいときは、詰め物の量を調整することになる。
前回の流れと違っていたのは日数と、「契約者はマコト殿だから、受領もマコト殿だな。」という注意点ぐらいのものだった。指輪五個分の前金として金貨三枚を渡し、木簡を割ってハイカクとオレはそれぞれの木簡を物入れに収める。
一応、作業状況の検分という名目でもあるので奥の工房へ入る。工房ではもうメレンが作業を始めていた。まだ、全部で二八八枚必要な背板の切り出し作業中だ。
「ブングの所に頼んだ材料は今朝全部届いた。今日は背板だけで終わるかもな。アタシはさっき頼まれたばかりの指輪の準備をやるよ。好きに見ててくれ。」
指輪を作るハイカクの作業は、細かいものが多かったので見ていてもよくわからない。その一方でメレンがやっている板の切り出しは眺めていても飽きない。そうして三十分ほども過ぎた頃、外で大きな音がした。誰かがバギーに乗るか何かしようとしたらしい。店の外に出てみる炉、ネリが驚いた顔で立ちすくんでいた。
「不用心な置き方をしてると思って触ってみたら。マコト殿。言っておいて下さいよ。ビックリしたじゃないですか。」
「誰も触ってなかったのに、泥棒よけの仕掛けに引っかかった最初がショー殿か。」
オレは笑いながら答える。
「泥棒よけですか。似たようなものは見たことがありますけど、あの音は出せないですね。また新しいものを知ってしまいました。」
「説明は出来るけど、作れるかはわからないな。蠟板の次の次の次ぐらいに提案してみようか。」
店に戻った。
「三の鐘にはちょっと早いですけど、来ました。ハイカク殿、順調ですか?。」
「お嬢、よく来た。苦情を申し立てるぞ。領主館から紹介された客が、この忙しいのに指輪の追加注文まで持ってきた。」
「指輪ですか。誰の?。」
ハイカクはダイアナを指さしながら答える。
「新しいお客が日替わりで連れ歩いてるお嬢さん方五人分だよ。」
「そういえば、マコト殿のところに手伝いの女性が何人かいるのは知ってましたが、五人もいたのですか。ちゃんと紹介いただいたこともなかったですね。」
オレも会話に加わる。
「優秀すぎるからあまり人に教えたくなかったんだ。この前領主館に持って行った蠟板も、オレ一人ならもっと時間がかかってたと思うよ。」
「この前領主館に泊まったアンさんでしたっけ。何でも一度見せて聞いたらちゃんとできるようになってたって、ミナルも褒めてましたよ。あと、クララさんは悪戯好きのようだとか。」
βのおかげでクララの評判が下がってしまった。
ハイカクが言う。
「まあ、苦情は冗談なんだが、今日の指輪の注文もあって思ったんだけど、昨日だったか、コンテナの組合の話が出てただろ?。コンテナだけじゃなくて、『マコト組合』みたいな形にした方がいいんじゃないかと思ったんだ。名前は今思いついた適当だよ。ペンの話もあるし。色々手を出したいが職人も足りない。で、町中だけじゃなくて、ネゲイ全部から職人になりたいヤツとか集めるんだ。ゴール様や領主様にも話を通しておかなきゃダメだろうけどな。」
ネリは考え込んだ。
「大きな話ですねえ。確かに、父にも言っておいた方がよさそうです。でも、どこまでこの話大きくなるんでしょう?。今日、ついさっきも泥棒よけの音が出る仕掛けを見せてもらいましたし、今、町中にいる職人だけでは足りないだろうというのはわかります。マコト殿にも、あと幾つぐらい新しいものがあるかなんてわからないでしょうし。」
確かにそうだ。「指針」におけるこのあたりの手順、友好関係を築く段階でやるべきことを要約すると「相手のレベルに応じて選んだニンジンをぶら下げろ」というものになる。いいニンジンは、相手によって変わる。文字以前の文明レベルならを蠟板なんか見向きもされない。だが蠟板は、ちょっと手先が器用なら作れてしまうので、単に「珍しいお土産で気を惹く」程度のもの、これでオレが有利になるとは思っていなかった。しかし、ここの人々は特許権に近い概念を理解していて、それがオレに経済力を与えつつある。
危なすぎて教えられないもの、材料がなくて教えても作れないもの、ペンみたいに『ちょっと待て』のものもあるし、印刷とか製紙とか、まだ話してないものもある。窯業も地球人類史に比べる発達の具合が歪な感じがする。オレも言う。
「まだ話してないものは、ある。話すつもりがなくても、折り畳みの箱みたいに欲しがられてしまうものもあると思う。一度には無理だろう。私が一度にそう言うものを出してしまっても困ると思う。一つずつ、しか進められないだろうな。」
ハイカクが言った。
「本来、この店も工房も、掌に載るような大きさのものの店だ。蠟板ぐらいなら作れるが、それより大きなものを扱うには手狭で、だからこそ『ノルンあたりに』とか言ったんだが、バギーみたいなものを見せられると、ノルンでも無理だ。いっそのこと、町外れ、あの池へ行く道の横にでも新しい工房か何かを作ってもいいくらいの話じゃないかと思う。」
話が、大きくなりすぎている。
「待ってくれ、ハイカク殿。そこまで話が大きくなると私も責任を持てない。急ぎすぎだ。」
「手が足りないことはわかってる。場所もな。なら、場所を作って人を集めればいい。」
「だがそれには資金も要る。誰が出すんだ?。何を作るか決めないと必要な道具や広さはわからない。ショー殿達には話してるが、私もずっとここにいるわけじゃあないしな。」
「え?。お嬢を嫁にしようって人ならずっとここにいるもんだと思ってたよ。お嬢。それでいいのかい?。」
「私の役目は、マコト殿をできるだけネゲイに長くいてもらって、その知恵でネゲイをよくする事よ。マコト殿は知恵がある。その上で人柄も悪くない。なら、領主の娘が目指す方向は限られるわ。私も義務感だけで動いてるわけじゃないし。」
「ネゲイを良くしたいんなら、マコト組合ってのも、悪くないだろう?。アタシは儲けはそこそこあればいい。作りたいものを作りたいし、作ったことがないものを作りたい。作ったもので喜んでもらえたらアタシも嬉しい。マコト殿が教えてくれたものはまだ少ないけど、今のところはハズレがない。面白い。なら、そこに乗りたいんだよ。でもこの店じゃ手狭だ。なら、みんなで金出して、金勘定が信用できるヤツをアタマにして組合を作れば、いいと思わないかい?。」
「私はずっとネゲイにいるわけじゃないんだぞ。」
「それならなおさら、急がなくちゃ。マコト殿の知恵を、マコト殿がここにいる間に、できるだけ沢山、知りたいんだ。」
状況に流されて忘れそうになるが、オレを送り出した可住惑星調査機構の目的は、交易と、地球の過剰な人口の一部でも、移民させるだけの環境がある場所を探すこと。衛星軌道からの観測で、ヤーラ359-1には、億人単位で移住者を受け入れることが可能な未利用地は確認済みだ。地下資源は、もっと長期間にわたる軌道からの観測結果によって鉱山や油田の候補地を探し、実際に現地に降りて確認するはずだったのだが、謎の「手」による墜落で軌道からの観測が遅れている。ヤーラ359-1のように既存文明が存在している場合はその既存文明との共存の可能性も条件に加わる。今のオレが悩んでいるのはその「既存文明との共存」のための進め方だ。結婚は承諾した。これでエンリとネリ、二人に近い人物が優遇されることは確定する。それ以外の人々に対してどう接するか。大昔の奴隷貿易時代のようなやりかたは禁じられているし、個人的な好き嫌いだけの基準でもそれはイヤだ。
また、思考が暴走しかけている。論点は、新工場か。
ネリが言った。
「なんとなく感じてたことではあるけど、言葉にするとそうなるんですね。ゴールも、そうかもしれません。今決めることじゃあないですが、ゴールや、父に、話してみます。」
また、案件が増えた。
今日は三の鐘でベンジーを再訪し、四の鐘で隊商と面会する予定だ。隊商と会うのはヨークの店。店の場所はαが記録しているので迷わずたどり着けるし、店の裏にはバギーを駐めることができる場所があることも確認している。が、公式には、オレはヨークの店のことを、名前しか知らない、ということになっているので、案内人が必要だ。
昨日の時点では、ネリはハイカクの店でオレ達と合流した後は、ベンジーを経てヨークの店までオレ達に同行する予定だった。しかし、ハイカクの提案で状況が変わった。ネリは、四の鐘で隊商との会合が始まる前に、ハイカクの提案をゴールやバース達に説明しておきたいと言う。
「マコト殿。領主館に寄り道していただけますか?。私の代わりになる案内を誰か見つけますから。」
午後の同行者はヨークになった。領主自ら「自分の部下の中でヨークの店への案内人として最も優秀な者」に認定したこともあるらしい。自分の生まれ育った家だからな。ともあれ、領主館でバギー後部座席の乗客はネリからヨークへ交替し、オレはバギーでベンジーへ向かう。




