4-20 CL(墜落暦)一一七日(2):材木と蠟
マーリン7の船内で荷物の片付けをしているとαから報告があった。
「マコト、デルタを出した時にムラウーの隊商を避けるようにコースを変えたのを憶えてるでしょ?。あの隊商が、ネゲイに着いたわ。」
「ヤダのちょっと上にいたヤツだな。ネゲイに来る前にヤダでも情報を仕入れてるだろうな。」
「おそらくね。隊商は昨日ヤダに着いて、一泊してから今朝ヤダを出てる。ヤダでの会話は拾えてない。村の広場で店開きしてたから、『虫』はあまり近づけなかったの。」
「夜にソルあたりと話をしたりはしてなかった?。」
「日が落ちたら、隊商はヤダの中で一つだけ使ってなかった大きな建物に泊まったわ。あれは外部からの来訪者用の建物だったのね。そこに滞在中の来客はなし。滞在中の会話は、訛りというか、ヤダやネゲイの話し方と違ってたから翻訳できてない。」
「さっきネゲイに着いたなら、この何日かにオレ達が動いたことの噂ぐらいは、今日中には耳に入るだろうな。そしたら、ここへも、挨拶だか偵察だかが来そうだ。バースやゴールはどんな反応をするかな?。」
「隊商の所属がネゲイかカースンの中か外かで変わるでしょうね。ヤダに泊まった時の会話の訛りからすると、少なくともネゲイじゃないわ。」
「ムラウーだとしたら、ゴール達なら、オレと隊商の接触は避ける方向に動きそう、ということだな。」
「ええ。それで今の私たちとネゲイの関係を見る限りでは、これはゴール達の方針に従った方がいいと思うわ。」
「そうだろうな。こちらとしても、ネゲイの外に直接手を出すのは、ここでの活動が安定してからの方がいい。ネゲイで売った何かが外に出て行くのは『徐々に浸透』という意味で正解だと思ってるんだが。ああ。午後はベンやミナルから情報収集しようと思ってたんだけどなあ。邪魔が入るか。」
「隊商の動きにもよるわ。領主館が隊商の到着を知る前にこちらに動き出すか、知られてから動き出すか。」
「領主館が動き出す前に隊商がこちらにむけて動き出したら、わかる?。」
「隊商のメンバーの誰かがこちらに移動を始めたら『虫』でわかるけど、隊商がネゲイの誰かに使者になることを頼んだりしたらわからないわ。」
「ゴール達はもう隊商のことを知ってる?。」
「『虫』で見てる限りは、まだよ。」
「さっきオレが入ってきたとき、外にいたのは、ベンとミナルの二人だけだったけど、増えた?。」
「そのままね。近づいてくる人も、垂直尾翼のカメラでは見えてないわ。」
「こうしよう。外の二人には『邪魔が入らなきゃ午後はおしゃべりタイム』って言っちゃってるから、出る。領主館の人間以外の誰かが近づいてくるようなら、アンか誰かが、『船の中で見てもらいたいものがある』とか何とか言ってオレを引き戻して離岸する。領主館からの使者の場合はそのままベン達と話を続ける。」
「わかったわ。どんな理由であなたを呼び戻しましょうかしらね。」
オレが外に出て、ミナルとベンの二人と話し始めてすぐ、αが連絡してきた。
『隊商の情報がゴールの所に伝わったわ。』
『どう動いてる?。』
『接触阻止みたいね。私達に知られないように接触を止めるために、ネゲイからこの場所に来る道の、逆茂木があるあたりに三~四人兵士を送れって言ってる。』
『隊商は?。』
『まだ一団のままで町の中を移動中よ。この前の蚤の市あたりみたいな決まった場所で店を広げるか、ひとまず宿屋とかに行くんじゃないかしら。あ、ゴールも動くみたい。隊商の所へ行くとか言ってるわ。ネリが反対してる。ネゲイの町が私達を特別に優遇しようとしていることを、こっちから行って知らせたら余計に向こうは接触したくなるだろうって。……。ゴールも折れたみたいね。ゴールも町外れで待機する兵士達に合流することになりそう。』
『わかった。オレもマーリン7に戻った方がよさそうだ。さっきの手筈どおり、船の中から誰か寄越してをオレを呼び戻してくれ。』
すぐにベティが船から降りてきた。蠟板をオレに見せる。オレは蠟板に何か重要な事柄が書いてあったかのような表情を作ってベンとミナルの二人に言った。
「折角色々教えてもらっているところに悪いが、ちょっと用ができた。船で、調子の悪いところがあるらしい。戻って確認したい。」
ベンとミナルが頷く。オレは続ける。
「この椅子とテーブルは、船を動かすのに邪魔にならないところへ運ぼう。今日は使ってもらっていい。ベティ!、椅子とテーブルを運ぶから手伝ってくれ!。船を動かせるようになったら池の中央へ!。オレはバギーで船に戻る。」
「戻って確認」と宣言してから十五分後、船内で、昼食用にと思っていた今朝の朝食の残りを食べながらαに状況を聞き直している。「三の鐘」もさっき鳴らしておいた。外でベン達と会話しながら集めた情報と、付随する地図その他の情報がモニタに表示されている。マーリン7は「不調」の偽装のため、バラストアームを水中に伸ばして少し傾いた状態にしてあった。
「ゴール達は移動中。隊商は、『定食銅貨六枚』のヨークの店に着いたわ。あと、領主館の近くを通った時に、隊商から一人抜け出して領主館に行ってる。目的はあなたも一度行ってる商業担当の窓口みたいね。大きな町に来たときの定例的なものか、私達の噂を聞いて情報を集めに来たのかは不明。」
モニタの一つには、領主館内で隊商から来た男が窓口で何か話している様子が見えているが、会話の内容はわからない。
「彼、蠟板に気づいたわね。聞こえてないけど、『それは何?』とか言ってる感じよ。」
「そうだな。ヤダに残してきた物的証拠というとワインのコルクぐらいのもんだが、オレに由来する商売ネタになりそうなものを見つけたわけだ。これで確実に隊商の連中も動くな。」
領主館を出た隊商の男はしばらく「虫」がカバーしている範囲から出ていたが、大した寄り道もしなかったようで、程なくヨークの店に入っていく様子が別の「虫」で確認できた。隊商はヨークの店を拠点に市内のあちこちへ荷物を届けたり受けとって来たりしている模様。
町外れには既にゴールが到着していた。あと、池に向かう道にはネリの姿も。彼女が今回の使者のようだ。
一二五〇M。ネリが到着。岸からの呼びかけに答える形で上部エアロックから外に出た。バギーに乗って岸を目指す。
「ショー殿。どうした?。」
「マコト殿、ネゲイにムラウーの隊商が来ました。町でマコト殿の噂を聞けば、隊商の誰かがここに来るでしょう。会いますか?。」
「ショー殿やゴール殿はどっちがいいと思ってる?。私は『ネゲイの客人』として、少なくともここにいる間は、ネゲイの利にならない行動は避けるべきだと思ってる。私はカースンやネゲイとムラウーの関係に詳しくないから、会う会わないの判断は任せたい。あと、会ったとしても、売り物になる蠟板の在庫も今はないから、挨拶だけしかできないと思う。」
「わかりました。ゴールや両親とも話していますが、蠟板を含めてマコト殿から提案いただいているものは、当面の間はネゲイだけで作ってネゲイだけで売るようにしたいんです。隊商に蠟板を売るにしても、ハパーの店を通したい。もし、ムラウーの隊商と会うことになっても、そういう筋書きで通していただけますか?。」
「ああ。ヤダ村の奥の谷からここへ移るきっかけになったのも、ゴール殿が『あの場所では来客が増えすぎてオレが対応できなくなる』と言ったことだし、そういう捌きをやってもらえるのはこちらとしても助かる。」
「それから、ムラウーの隊商と会うことになっても、最初はネゲイの誰かが同席させていただきたいと思っています。了承いただけますか?。」
「当然、そうするべきだろう。婚約予定者が困らないようにするためにもね。」
「ありがとうございます。戻ってゴールにもそう伝えます。」
ネリはベンとミナルにも隊商とオレを会わせないようすることを念押しした。オレにもそういう場合は池の中央に船を出して姿を現さないように伝え、滞在時間十分に満たないほどでネゲイに引き返す。オレも「船の調子が直ってない」と断ってマーリン7へ戻る。丁度その頃、ゴール達は町外れの逆茂木のところで、隊商から送られてきた交渉役と話をしていた。「通せ」「イヤダメだ」「なぜだ?」そんな感じだろう。ここも数分のやりとりで、隊商の男は町へ帰っていく。
逆茂木には隊商の男と入れ替わりで、ハイカクがやってきた。ゴールと少し話してからマーリン7に向かって歩き始めている。ゴールは逆茂木に兵士を残したまま領主館へ戻るようだ。
ハイカクが岸に着いたタイミングで、またオレもバギーで岸に移動する。お茶セットのコンテナとベティも同伴している。
「マコト殿。蠟のことで相談したい。」
「どんな?。」
「まず最初、ゴール様から試作を頼まれて、ちょっと小さい大きさで作ってみて、何度か蠟を作り直していい具合の固さにはできたんだ。」
ハイカクは物入れから「ちょっと小さい」蠟板を取り出した。
「これで使えると思ってたんだが、同じ蠟で、頼まれた一四四組と同じ大きさに作ろうとすると、こんな感じだ。」
ハイカクが納品サイズの蠟板を取り出す。蠟が割れている。面積が大きくなったので、冷やす時に収縮してしまったのだろう。
「蠟の作り方か、冷やし方のどっちかが悪いんだと思うが、これをうまく調整しようとしたら二十日の期限にちょっと自信がない。それでだ。蠟の部分をマコト殿に任せるか、マコト殿の蠟を譲ってもらうか、こっちで作った蠟でマコト殿に仕上げてもらうか、そのあたりを考えてるんだが、どうだろう?。」
「ハイカク殿の言うとおり、蠟の作り方か、冷やし方のどちらかだろうな。冷やし方だとすると、私の蠟を使っても同じかもしれない。季節がもっと暖かくなったら勝手に解決するかもしれないけど『六月頃しか作れない』というのも困るだろうな。で、手持ちの蠟が少なくなりそうだったから材料を探してたんだから、私の蠟、というものもない。ハイカク殿が用意した蠟で、私が仕上げる、というのがよさそうな気がするな。」
「受けてもらえるだろうか?。蠟の配合と冷やし方はこれからも色々試すつもりだが、最初の一四四枚だけでも。」
「誰にでも作れそうと思ったから、最初は権利料なんか要らないと言ったんだが、ハイカク殿、これは蠟の貼り方だけで意外に儲かりそうな話だな。ちょっと試したい。この一枚を、貸してもらえるか?。船で、試させる。」
ハイカクが頷き、蠟板をオレに差し出す。オレは受け取った蠟板をベティに渡した。
「台の板の材質の熱膨張率とかがよくわからないから温度を上げすぎないように、ちょっと試してきてくれ。」
ベティはバギーで船に戻った。
「あのお嬢さんも『バギー』を動かせるんだな。アタシもあんなの作ってみたいが、むつかしそうだな。まあ、蠟板が先だが。マコト殿、いつかあれも教えてもらえるかな?。」
「言ったかもしれないが、ここで手に入らない材料とかもあるから、あのままじゃあ作れないぞ。」
「そうだろうな。それで、今試してる蠟板が上手くいったら、アタシは台板と蠟をマコト殿に預けて、マコト殿には銀一枚、一四四組二八八枚だから銀二八八枚でいいだろうか?。金貨なら二四枚だ。権利料の銅一枚は別で。」
「ハイカク殿が損してなければ、それでいい。あと、ハイカク殿のところで蠟を上手く固めるための配合の調整や冷やし方の工夫とかも、手伝ってみたいな。」
「それこそ自分で試してみたいところなんだが、マコト殿と話す機会が増えるのは面白そうだ。いつでも来てくれ。」
「ああ。ここに籠もっていても退屈するしな。それから、今朝は話がややこしくなりそうだったんで話さなかったが、蠟に混ぜ物をして色を付けるのも面白くないか?。」
「ゴール様の嘆きがよくわかるよ。マコト殿の持ち込む話は何でも大きくなる。色の話は蠟板一四四組の後にしよう。箱とかペンとか、順番を考えるのに困ってしまう。」
ハイカクと蠟に着色する材料について話をしているとベティが戻ってきた。
「うまくできたようです。これでどうでしょう。」
ベティが差し出した蠟板はひび割れもなく均一の仕上がりになっていた。
「いいねえ。これはどうやって?。」
「冷やし方に工夫があるんです。ハイカク様、この下地の木の板などはもう作り始めているのでしょうか?。」
「いや。この試作は店にあった板で、今日ここに来る前にブングの所へ注文してきたところだ。」
「それもこれと同じ種類の木ですか?。」
「ああ、言いたいことは木の種類によって温まり方や冷め方が違うってことだな?。」
「そうです。あと、木目の部分と木目の間の白いところでも冷め方が違ってきます。」
「注文したのは、できるだけ堅い木の薄板ってことで探してもらってる。木目は、多分堅い木なら密になってると思う。」
「私達もここの材料で作ったことがないのでわかりませんが、木の種類より木目の方が重要かもしれません。冷え方が違ってくるので、出来上がったときに木目の模様が表面に出てしまうかもしれません。それはそれで、きれいかもしれませんが。」
今からでもネゲイに行きたいな、と思う。ブングの店で材料を見るのと、ハイカクの店で台板の組み立てを見るのと。だが、バギーで行けば隊商にバレる。時刻は……、まだ三の鐘の前。徒歩でも、日没までに往復だけならできる。
「ハイカク殿。今からネゲイに行こう。ちょっと今バギーは使えないんだが、ブング殿の店とハイカク殿の店に行って、歩いても日暮れまでにはここへ戻れる。ベティも一緒に頼む。」
ベンとミナルに予定を告げると、それじゃあ私も同行します、とベンが言う。隊商の人間が池の方へ続く道を見張っているかもしれない。領主館所属のバッジを着けた誰かがいれば牽制になるか。知る人は、オレが時々若い女の従者を連れて歩いていることを知っているから、ベティが一緒なのも隊商に気づかれる原因になるかもしれないのだが、小ニムエの視覚センサー(人間の眼よりも広い帯域を感知できる)と指先(超音波探査機能つき)は適切な木材を探すのに捨てがたい。オレ、ハイカク、ベティ、ベンの四人はネゲイに向かって歩き始めた。




