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4-19 CL(墜落暦)一一七日:新しい契約

 CL(墜落暦)一一七日。ヨール王二三年四月十五日(金)。


 一の鐘、今日から〇六〇〇Mと設定された日の出から数分後、アンが自分の分とあわせて二人分の朝食を運んできて起こされた。まだ少し眠い。


 昨晩のアンは長屋にある侍女達との相部屋に泊まったとのこと。夕食からサウナを経て就寝に至るまで、ずっとオレ達の出自についての質問攻めに遭っていたらしいが、これまでにオレが明かした情報を全て記憶しているαによって制禦されているアンが、知られて困る情報を漏らすことはない。


 アンは朝から厨房を少しだけ手伝ったところでオレの部屋に送り出されたらしい。本来アンには朝食は不要だが、人間ではないことを強調する気もないし、素直に受け取ってきたとのこと。初見の材料が使われているわけでもなかったので、一人分は滅菌済のサンプル回収箱に収めた。今日のオレの昼食用になるか。



 朝食後は前回訪問時に約束していたとおり、ゴール達が型稽古をしている中庭でしばらく身体を動かした。今朝はバースとタタンも加わっている。先日のような「試合」は行われなかったが、バースの所望でセルーとの「試合」をゆっくりとした動きで再現することは行われた。それを見たバースが言う。


「マコト殿は盾を使わんのだな。ウチの連中は左は盾を持つ腕と思い込んでるから、マコト殿の左の使い方に負けたということかな。」


 彼等の「型」を教えてもらいながら聞いた説明でも、「型」の多くが、左腕で盾を保持していることを前提にとした動きになっているとされていた。防御力は増すが、動きは遅くなる。


「バース様。セルー殿との手合わせの時は、盾のことを知らなかったし、二人とも盾は持っていませんでした。盾があれば、結果は違っていたでしょう。」

「盾があるときの癖が出たのはわかるんだけどねえ、そういうことも考えておくべきだっただろうねえ。実際、邪魔になるから普段は盾なんか持ち歩いてないし。マコト殿もここで時々一緒に身体を動かすことになってる、と聞いてるから、マコト殿の動きも教えてやって欲しい。」

「それはまあ、毎日というわけにもいかないでしょうが。少しぐらいなら、とは思っていますよ。」


 その後は彼等の「型」を丁寧に辿ることに専念する。一セットこなすと、全身の筋肉を全て、最低一回は使っていたことがわかる心地よい疲れが残った。もうすぐ、蠟板の権利料を決める会議が始まる。頭を、そっち方面に切り換えよう。



 二の鐘まで十五分ほどかという頃にアンも一緒にゴールの執務室に入った。そっちのテーブルで待っててくれ、という指示に従って着席する。アンはオレの背後に控える。程なく、ネリが今日の会合の残りのメンバーであるハイカクとハパーを連れて入ってきた。


「ゴール。皆揃ったわ。始めましょうか。」


 ハパーは既に契約原案を用意していた。曰く


・蠟板はオレかハイカクが製造し、全量をハパーへ卸す。

・オレもハイカクも、製造を下請けに回してもいいが、その場合はハパーの了承を必要とする。

・ハパーは蠟板一枚の仕入れについて銅貨一枚をオレに支払う。

・基本サイズはオレが持ち込んだ蠟板(十七×二四センチ)とし、蠟板のサイズによって金額は変更する。

・ハパーからオレへの支払いは四半期毎に行う。

・以上は、契約締結から一年間でオレかハイカクが製造した蠟板に対して適用する。


 蠟板に関してはゴールにも最初に話していたが模倣も簡単にできるので、オレやαはノベルティのような扱いで考えていたのだが、ここでの商習慣を知るいい機会となったので質問しておく。


「蠟板は真似しやすい。私やハイカク殿以外の誰かが作って、ハパー殿以外の誰かが売ったらこの契約は意味がないんじゃないのか?。」


 これにはゴールが答えた。


「マコト殿、ハイカク、ハパーの契約の他に、ハイカクとハパーに製造販売の独占を認める許可を出す。ネゲイの中だけしか通用しないがな。だが、今後一年間はマコト殿には定期収入ができるからその心配はしなくていい。」

「誰かがネゲイの外で作り始めたら?。」

「だから一年間だ。それと、領主館で一四四組発注しようと思ってる。ここで使い切れなくても領内で配る。マコト殿の知ってる範囲で言うとヤダのソルとかベンジーとかだな。字を使う連中は皆喜ぶだろうし、余れば子供の字の練習用に回してもいい。領主としては出費になるが、字を覚える子供も増えるし、木簡の書き損じの量も減る。便利なのがわかったら、追加でハパーの所に買いに来るだろう。」


 新商品を最初は無料で配り、使い勝手の良さが浸透したら売れるようになる、と、見たことのある販売方法だ。領主の許可で製造と販売を限定するのは変な官民癒着のような気がしなくもなかったが、ハイカクの「組合」でも定例的な方式らしい。そういう習慣であるなら従おう。元々これで収入は期待していなかったし。


 オレが了承すると、やはり「字が一番きれい」という理由でネリが契約木簡を清書した。オレとハパー、ハパーとハイカクの間で交わされる二種類の契約木簡が出来上がり、それぞれ交換しあいながら署名と指輪だ。三人の署名が終わると、証人としてネリとゴールも署名と指輪を加えた。次いで、ゴールは別の木簡を三枚取り出し、内容を改めて読み直す。空欄になっていた何ヶ所かを埋め、署名と指輪を押すとハパーとハイカク、オレに渡した。


「蠟板の製造と販売の独占許可だ。」

「ありがとうございます。」


 三人で答える。ゴールが言う。


「で、さっき言った一四四組だが、マコト殿とハイカクと、どっちでやる?。半分ずつでもいいぞ。ハイカク、『このあたりの蠟は固すぎて』とか言ってたが、作れるようになったか?。」

「ああ。マコト殿のヤツと比べたらちょっと色は悪いが、なんとか使えそうな固さの配合を見つけたよ。で、マコト殿のきれいな蠟のヤツが売値で金一枚、こっちのちょっと色の悪い方のヤツは銀四か五枚って話だったな?。ハパーのへの卸は銀三で、まあそんなところだろうと思うが、マコト殿とオレの受け持ちは半分の七二組ずつでどうだい?。」

「ハイカク殿。私がハパー殿の店に行ったのは、もっと蠟板の注文が来そうだったから材料を探しに行ったんだ。ここで仕入れた材料を使ったら、私の作った蠟板も色は変わるだろう。だからどっちも、ハパー殿の店での売値は同じでいいと思ってる。出来上がりを揃えようと思ったら、ハイカク殿が一四四組全部を引き受けてもらっても、私は構わない。」


 蠟の固さは、マーリン7の設備を使えば、かなりオリジナルを再現できると思っているが、まだ材料を入手しておらず、品質も調べていないので断言できない。蠟の色といえば、意図的に赤や青の色を付けても面白いんじゃないかと思ったことがあるが、今は話を混乱させそうなので黙っておく。


 ハイカクは一四四組全量の提案についてちょっと考え、


「注文はありがたいが、期日も決めないと、一四四を作れるかどうかわからない。正直、ちょっと手が足りないかとも思ってるんだ。ゴール様、これ、受けたとして、どのくらいの時間をもらえる?。」

「誰か一人専任させて、半月もあれば作れるんじゃないか?。余裕をみて二十日でどうだ?。」

「二十日……。よし。マコト殿がいいなら、一四四を受けよう。マコト殿、それでいいかな?。」

「構わないよ。この件はハイカク殿に任せる。」


「なら、ハイカクに蠟板一四四組の注文をしよう。銀三の一四四で……。」


 ゴールが言いかけたところでハイカクが言った。


「ゴール様、ウチの店には製造の許可はもらったが、販売の許可がない。注文は、ハパーにしてもらわないと。」

「あ、そうだったな。ハパー、お前、話には口挟んでないのに、丸儲けだな。」

「ゴール様。普通に店売りするなら一組銀四~五枚くらいということでしたが、銀三で卸してもらえるなら、この一四四組については一組銀三と銅二にしておきますよ。口挟んでなかったですからね。マコト殿に支払う銅一を除けば、ウチの取り分は銅一です。」


 方針が決まって、皆にこやかな顔になった。ネリは領主館とハパーの間で交わされる蠟板一四四組の契約書を書き始めた。


「蠟板はこれで。次の話をしよう。」

「ペンの話ですかい?。」


 と、ハイカク。


「私も見ました。あれは欲しいです。」


 と、ハパー。ゴールは答えて言った。


「ペンの話もあるが、あれは細かい細工が多くて作れるようになるまでに時間がかかりそうだから、マコト殿、昨日大騒ぎになった『箱』を出してくれないか。」


 アンが背嚢からコンテナを取り出して組み立てた。


「これも面白い。」


 ハイカクとハパーが口を揃える。


「触ってみてもいいかな?。」


 ハイカクの問いでアンはコンテナをハイカクに渡した。ハイカクは眺める方向を変えながら何度かコンテナの組み立てて畳み、コンテナをハパーに渡した。ハパーも同じようにコンテナの仕組みを調べる。


「面白い。これぐらいはウチでなくても、木工職人の弟子あたりに丁度いい感じだ。ハパー、これ幾らで売れると思う?。」

「一番使われている中箱の大きさで銀一枚ですが、そこから考えて、私なら銀一枚半ぐらいですかねえ。最初は二枚でもいいかもしれません。」

「そんな感じだろうな。ゴール様、これも蠟板と同じ扱いで?。」

「これもマコト殿に一つあたり銅何枚とかにしたいと思っているんだが、ハイカク、作れるか?。」

「作るだけなら作れるが、さっきの蠟板の話もあるし、中箱ぐらいの大きさだとウチの工房じゃあちょっと手狭かも。独立した弟子の誰か、工房の広いヤツ、ああ、ノルンあたりに任せてしまいたいな。徒弟も何人かいるし。」


 ハパーも付け加える。


「ノルン殿には私も色々作ってもらってます。いいと思いますよ。あと、先ほど蠟板の契約をいただいておりますが、これも私の店の専売にしてしまうと、ちょっと欲張り過ぎとの評判をもらいかねません。ノルン殿あたりを代表にした『コンテナ製造組合』みたいなのを作って、販売先を含めてそこに任せるのもいいかもしれません。」

「マコト殿。昨日言ったとおりだ。マコト殿が絡んだ話はすぐに大きくなる。提案は嬉しいが、もっと小出しにしてもらわないと。」

「ゴール殿。今言っても遅いが、コンテナはそういうつもりじゃあなかった。ペンの話も一緒だが、これからしばらく蠟板の話でハイカク殿やハパー殿と会う機会も増えて、私がネゲイに来ることも増えるだろう。さっきハパー殿から提案があった『組合』も含め、コンテナの具体的な話は蠟板の次にしてはどうかな。職人の誰にその仕事を任せるか、一番いいやりかたを考える時間も必要だろう?。」


 ゴールは昨日、オレの提案するものに対して必要な職人の数が足りなくなる可能性や制度上の不備を指摘している。だからオレの「先送り」提案には乗った。


「ハイカク、ハパー。まず蠟板からだ。次の話は、蠟板が順調に動き始めてからにしよう。マコト殿の提案は利はあるが、正直なところ、ネゲイだけで捌ききれないものがある。一つづつ進めたい。さっき名前が出たノルンだったか?。儂も一度会っておこう。これから、また仕事は増えるものとして、色々考えておいてくれ。まず、蠟板からだ。これからも頼む。」



 会合を終え、バギーで池に戻る。助手席にはアン、後部座席にはミナルが乗っている。ミナル曰く、


「バース様より『旅の疲れを取る意味も兼ねて、池の番で一日ゆっくりしてこい』と命じられておりまして。」


 と。バースの私生活部分をよく知る側近なので、情報収集の相手としても申し分ない。明るい間だけだが、色々話を聞いてみようと思う。



 ミナルから話を聞こうと決めたので、バギーがまだ池に着く前にマーリン7を上陸させ、船体の下に屋外テーブルと椅子を用意させた。今日の当番としてベンが先に来ている。今日の残りの時間の当番はベンとミナルの二人態勢となる。出迎えたベンが不思議そうに言う。


「船が動き出したのでそろそろかとは思ってたんですが、いいタイミングですねえ。この時間に戻るって、伝えてあったんですか?。」


 「電波というものがあって」などと説明もできないので、その通りだと答える。


「『二の鐘丁度』とか約束してても、なかなかそのとおりにならないのに。ヨークから聞いています。マコト殿は時刻も測ってるとか。私も『鐘』と腹具合以外で時刻を知れたら、便利そうだと思います。」

「晴れた日にしか使えないけど日時計なら、作れるだろう?。」

「ええ。だからここを囲む杭の一本にそういう印を付けようかとも思ったんですが、丁度いい場所がなくて。」


 杭は、杭を立てられるギリギリのところ、湿地の水際に立てられていて、影が落ちる杭の北側では、追加の杭を立てられる場所は多くない。


「ここでも時刻は測ってるからこの場所だけで、時鐘を鳴らすこともできるけど、そうしようか?。次の鐘は、三の鐘か?。その時からでも。」


 適当な鐘の音はライブラリにあるだろうし、タイマーで外部スピーカを鳴らすだけの簡単な仕掛けだ。


「それはいいですね。お願いできるものなら、お願いします。」

「じゃあ、『鐘』の準備もしたいし、昨日の荷物も片付けたいから一旦船の中に戻るよ。片付けたら、また出てくる。見物人がいなければ、あのテーブルで世間話もしよう。ネゲイで色々商売をすることになりそうだから、何が売れるかとか、聞いてみたいし。」


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