4-18 CL(墜落暦)一一六日(3):晩餐
ミナルと侍女達を部屋に残し、集団でバギーに戻った。バギーの周囲を一周したバースが笑いながら言う。
「ゴール、おまえさっきこれに、儂より早く乗っていたな。見たぞ。儂より早かった罰は、マコト殿、何がいいと思う?。」
「ゴール殿には世話になっておりますので、そんなことで私は罰は考えたくないですよ。バース殿を乗せても大丈夫か、先に安全を確認した、ということで、差し引きなしではどうでしょう。」
「そうか。ゴール、褒めて遣わす。」
「ありがたき幸せ。」
ゴールも笑いながら答える。
バギーのお披露目なのだから、少し動かして見せた方がいいだろう。
「バース殿を乗せて領主館の敷地を一周ぐらいは簡単ですよ。どうでしょう?。」
「セルーから聞いた。馬より早いらしいじゃないか。領主館の中だけではそこまで早くできないだろう。これで外へ出てみたい。」
これにはネリが反発した。
「お父様だけはずるいです。私も乗ってみたいです。私も娘として、お父様がこれに乗っても大丈夫か確認する義務があります。」
バギーの座席は四人分。シートベルトを考えなければ荷台にもう一人か二人は乗れるか。この場の主要人物は、バース、ヨーサ、タタン、ドーラ、ネリ、ゴール、オレとアン。アンを除外しても七人。交替で乗せるか。まさか、馬車をつなげとも言われまい。バースが言った。
「最初は儂、ヨーサ、タタン。次にドーラとネリ。イヤ、ネリはずっとマコト殿の隣で、後が儂とタタン、次にヨーサとドーラ。ゴールは、儂より早かった罰で今回はナシ、だ。」
領主館を二周した。大した距離でもなく、スピードも上げられないので一周二分もかからない。皆領主館内の光景は見慣れているので、景色よりもオレの操作する手順ばかり見ているようだった。解説してやりたい気もしたが、おそらく今後これを自分で動かす機会がある可能性を持つのはネリだけだし、時間も短く、運転中なので自重する。
領主館内を回った後、バースは「次は町の中を」と言い出した。町中を移動すると人が集まってしまうので交通整理の人員が必要であることを、ゴールが指摘する。しかし、ネゲイの人達にとってバギーが見慣れたものになれば交通整理の必要性も小さくなるので、町に出ることを了解した。まだ応接室を出て十分ほど。一六〇〇Mにもなってない。夕食には時間がある。見世物になるのが嫌でなければ、バースと、あと二人ほど乗せて、三十分か一時間ほど町を巡ろうか。
兵士数名が呼ばれて先導にあたった。メンバーはオレ、ネリ、バースとタタンになった。ネリはバースの指名。タタンは自らの希望だ。領主館を出て徒歩五分ほどしかない距離を、安全運転で進むのに五分ほどかかった。歩車道の分離もされていない街路だから仕方がないとは思うが、セルーの報告で「馬より速い」と聞いているバースは面白くなかったようで、町を出て船を見に行きたいと言い出した。
「新しい池の所だろう?。次を左だ。」
「この『バギー』でどのくらいかかりますか?。」
と、ネリ。
「あまりスピードを上げると揺れますから抑えますけど、それでも夕食までには領主館に戻れますよ。ああ、でも戻る途中、町中に入ってから領主館までに時間がかかるかもしれませんが。」
行き先が船に変わったので、町を出たところで一旦止まり、シートベルトを着けさせる。兵士達には帰路の交通整理のためこの場所での待機が命じられた。その後船までは、スピードのテストもしてみたかったが、「馬より速い」程度に抑えた。それでも乗客全員にとっては初体験のスピードだったはずだ。αによるとこの時刻になって数名いた見物人は全員池から離れ始めているという。人にはぶつからないようにしよう。
通行人の傍では減速しながら進む。動き出してすぐは「わあ凄い」などと言っていた三人だったが、町を出てから四~五分ほど、船の形が判別できるほどの距離になった頃から無口になった。船の感想を思いつけないか、車酔いか。「馬並み」程度まで減速する。自ら乗車を希望したタタンもつらそうな顔をしている。
一度停車する。三半規管のリセットが必要だろう。降りて、歩き回ることを提案する。三人はシートベルトを、すぐに外せなかったのでオレは一人ずつ順にバックルを抜いてやった。
「これは車酔いだな。慣れたらマシになるかもしれんが。」
「ええ。早くて便利って最初思ったんですけど、慣れないといけませんね。」
「道も悪い。凸凹を均さないとな。石畳かあ。池だけにしか続いてない道で石畳というのも……、マコト殿、残りの区間は、もうちょっとゆっくり進んでくれるかい?。」
「わかりました。気分が戻ったら、席に着いて下さい。」
そこからは酔わない程度、馬より少し遅い程度で進む。徒歩よりは早いが。
十分ほどで岸まで着き、そのまま止まらずに斥力場を展開して水上を進み、マーリン7の横で主斥力を止める。惰性で動いていたバギーは水の抵抗ですぐに止まった。タタンは口を大きく開けたり閉じたり。感情表現か、単なる深呼吸だろうか?。バースが感想を漏らす。
「遠くからでも傍からでも、すごいものだな。マコト殿、銅なのか?凄い量だ。ネゲイが町ごと買えてしまうぞ。」
「買う気はありませんよ。アレを売ったら動けなくなってしまいます。」
「中には入れないのかい?。」
「ゴール殿にも話していますが、中には触ると危ないものもありますので。ネリ・ショー殿にはそのうちに覚えてもらわないといけないんでしょうけど。」
「見たことないものがいっぱいありそうで、覚えられるか、自分でも心配です。」
「まあ、それはやってみるしかないかな。」
そろそろかな。
上部エアロックが開き、ダイアナが出てきた。小芝居の時間だ。内容は移動中に打ち合わせを終えている。基本プロットはβ。アイツはこういうのが好きだな。
「今日はお泊まりの予定ではありませんでしたか?。」
「イヤ、客人を案内する途中で寄っただけだ。こっちで何か変わったことは?。」
「特別なことは、ありません。」
「ダイアナ。ショー殿は会ったことがあるだろう。あと、今日は初めての方、ネゲイ領主のバース様とご子息のタタン様をお連れしている。」
バースとタタンはそれぞれ手を挙げた。
「高いところから失礼をしております。マコトの手伝いをしているダイアナと申します。よろしくお願いいたします。」
頭を下げるダイアナにバースが言う。
「色々見せてもらっているところだよ。マコト殿は、いいものといい知恵を持ってるから、こちらこそよろしく頼むよ。」
「ダイアナ、こっちはこんな感じだ。詳しくは明日ここに戻ってから話す。じゃあ、もうネゲイに戻るよ。」
「わかりました。お気を付けて。」
再び水上を進み、マーリン7を一周してから陸に戻る。
「ゆっくり帰るならそろそろネゲイに向けて出発しないと夕食に遅れます。揺らさないように気を付けますので、出ましょうか。」
帰る途中でバースが言う。
「もしかして、うまくつなぐことができたら、これで馬車も牽けないかい?。」
「力はありますが、見てのとおり、馬とは大きさが違う。ちゃんとした牽き具がないと、うまくつなげないでしょう。無理につないで移動中に外れたりしたら危ない。仮に牽き具があったとして、今の馬車はこの速さで走らせても大丈夫なものですか?。」
馬車の接続についてはバギーを使い始めることを決めた時にαとも話していた。馬車の強度や防振も問題だろうし、速度上限は大きく制限される。斥力場を使った浮上走行もできない。主推力が後部につないだ馬車を吹き飛ばしてしまうだろう。今ある馬車の揺れ具合をを思い出した様子のバースは
「乗り心地も悪いだろうな。やめておくか。」
と、あきらめた。
ネゲイまでの帰路はあまり速度も出さず。町外れで兵士達と合流して市街地に入る。自分たちを含め、夕食の時刻が近づきつつあるためか、出発時よりは通行人も減っていた。
領主館に残していたアンは宴席の準備を手伝うと称して厨房に入り、時折質問も挟みながら文字どおり、レシピを「見て盗んで」いる。ゴール達の動向観察を優先して厨房には「虫」を置いていなかったので、テコーから仕入れた食料の上手な調理方法は試行錯誤の最中だったのだ。そして、アンからの情報のおかげで、応接室の準備が整う数分前に領主館に帰り着くよう、時間調整もできていた。
応接室へ戻ると外出組以外は着席していた。アンは侍女達やミナルに混じって壁際組に入っている。昼と同じテーブルだが配席は変えられている。一番奥、バースが座るであろう「主人の席」も含めて空席が四つ。ヨーサが立ち上がってバギーに乗っていた四人に誰がどの席か説明する。
「奥にバース、そちらにマコト殿、ネリ。タタンはこっちへ。」
左右をバースとネリに挟まれた。正面にはドーラ。ネリとその両親に囲まれる形だ。婚約者、文書化されていないから婚約予定者?は隣同士に、ということだな。
着席するとゴールが言った。
「今日はマコト殿が持ってきてくれている『ポン』という酒がある。それから始めよう。」
「変わった名前だな。マコト殿の酒か。どんな味かな?。」
と、バース。
「まあ、こういのは、飲んでみればわかります。飲まないと、わかりません。」
オレも返す。話している間にアンがコンテナをオレとバースの間に運んできて床に置き、蓋を開いた。オレは一本を取り出す。黒っぽい曇り止め加工された瓶の表面を伝って氷水が床に零れた。バースはコンテナを覗き込む。
「入れ物も見たことがない。ガラスか?。こんなものを作れるのか。それと、氷か?。よくもこんなに切ったものだな。」
「冷やしておいた方がいいんです。」
皆を待たせているので氷がこのあたりでは見ない形であることには触れずに機能だけを説明する「冷やしておいた方が美味しいから冷やしておきました」。バースもそのあたりはわかっているので今はそこまでしか話を進めない。
オレが持ち上げている酒瓶の周囲に着いていた水滴をアンが拭き取る。
「では一本目。」
オレは留め金を外し、当たると困るようなものがない方向、タタンを飛び越えて背後に落ちるような角度でコルクを飛ばした。
コルクは予想したとおりタタンが拾ってきてテーブルの隅に載せた。こういう場での主人役は、ネリよりもバースの方が慣れていて、バースは大皿からオレの更にカニの足のようなものと温野菜少々を取り分けてくれた。この「カニ」は、カースンで仕入れたのだとか。水揚げ、解体されたものを干しておき、食べるときには塩水で茹でるという。海際のカースンでは、ネゲイよりも海産物はよく食べられているらしい。
王様のところを訪問してきたばかりのバースにはカースン全体の政治情勢なども聞いてみたかったのだが、これは、はぐらかされた。多分、バースも意図的に避けているのだろう。用心はわかる。しつこく聞くのも警戒されそうだから別の機会を探そう。
カースン往復の途中で何を見た、こんなことがあった、というバースの話を聞く。ドーラもカースンの生まれなので、あそこにはこんなものがある、あんなものもあると補足した。ネリは話題がネゲイの外の話ばかりになって会話に参加できずにいる。退屈させるのも悪いので「普段はこんな『カニ』は食べてないんだろうけど、これは普段の食べ物より好き?。」などと話を向けてやる。
一時間強、五の鐘の少し前で閉会となった。泡ワインは二本が空けられた。残った四本は置いて帰る。領主館には氷室があってまだ数ヶ月は冷やしたまま保管できると聞いたし、それだからこそ、二本目の開栓はオレが説明しながらバースに抜かせている。これからテーブルの上は少し片付けられ、残った料理は使用人達の夕食になる。バースは、「お裾分けだよ」と言って泡ワインの一本をミナルに預けた。今日の二回もミナル達は見ていたし、アンも同席するから開栓はできるだろう。飲み終わったあとの空瓶も、バースの「珍しいものコレクション」に加えられると聞いた。
部屋は前回と同じと聞いていた。大した距離でもなく背嚢一つなので、自分の荷物を持って一人で客室へ行こうとしたが、荷物持ち兼案内係としてジョーがついてきた。部屋のテーブルに荷物を置いてもらって、夕食に行くよう促す。一礼してジョーは部屋から出ていく。誰かが来るまでは、αと情報を整理するか。アンに何か変わったことがあればαを経由して知らせてくるだろう。さっきジョーに聞いた。今の時刻、大浴場、つまりサウナはまだ暖まっていないかもしれないが、混んではいないだろうという。アン達が夕食を済ませる前に行っておくか。
サウナでは特に何も起きず部屋に戻った。一人で落ち着いたのでαとの情報整理を再開したが、その中で出てきた疑問が一つ。
夕食の席で「カニ」についてバースが「これはセバヤンで採れたものでねえ」などと説明している時に聞いてみたのだが、食用になっている海生動物はカニのような節足動物ばかりのようだった。試しに蠟板に魚の絵を描いてみたら「そんなの見たことがない」という。思い返してみると、ヤダ川でも魚は見ていない。水棲の虫、あるいはエビのような生き物ばかりだった。海に脊椎動物がいないのに地上に人間や家畜の哺乳類がいるのは、地球的な生物の進化樹を考えれば変だ。播種説がまた一つ強化された気がする。使用人達の晩餐ではアンも「カニ」を「食べる」だろうから、組織サンプルが手に入る。明日マーリン7に帰ってから分析だな。




