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4-17 CL(墜落暦)一一六日(2):バース・ネゲイ

 領主館での話に聞き耳を立てているαの要約によると、


「ヤダの奥のピカピカのことね。もう雪融けたから、また誰か行ってみたんでしょ。細かいことがわかってなかったから、カースンでも結局その話はあんまりしてないんだよ。『奥で何かあったかもしれないけど雪があってまだ詳しくは』程度にしかねえ

「そんなヤツがいたの。で、蠟板?。あ、これ使えるねえ。

「街道沿いかぁ。ムラウーの人も通るしよくないかもねえ。え?、あの新しい池に?。それはそれで不味くない?。

「そこまで言うなら池に行ってみるけどさぁ。

「グレンとも話ができそうなヤツか。頭はいいんだな。

「インクの要らないペン?、で、でっかいピカピカの船。書くものが好きだねえ。でも、ネゲイで色々作れそうなものも、知ってるかもねえ。一度会っておいてもいいかな。

「セルー、お前一瞬で負けたって?。そんなに弱いヤツじゃないと思ってたけどなあ。

「繋ぎでコビンか。商売ネタがありそうだから悪くないとは思うけど、ゴールの籍に入れてからって?。何かあったら、ゴールにも飛び火があるよ。

「ネリまでも?!。


 で、一度紛糾し、セルーがバギーの報告をして落ち着かせている。バギーを欲しがられても譲れないが、派生技術なら何かここで使えるものあるだろう。独立懸架とか。


 セルーもここまでの流れは知った上でオレを迎えに出てきているのだろうが、回りに人が多いので詳しい話はしてくれていない。オレも、セルーが領主への報告に同席していたことを「なぜそんなことを知ってる?」と聞かれると困るので話さない。



 交通整理をしながら進んでいるようなものなので、町の中心地である領主館に近づくほどペースは遅くなり、門に着いたら一四四五Mになっていた。春分を過ぎているから、正午と日没の中間の時刻である四の鐘は一五〇〇Mより少し遅いはず。だから待ち時間は一五分よりも長い。暗算しにくいが、遅れるよりはマシか。


『人と会う約束をすることも多くなるでしょうから、M時刻の計算を、ここの「日の出南中日没」方式に変えましょうか?。』

『この経度で?。』

『ええ。別の時刻計算をやってる地域に移動するまでは。ネゲイとかカースン国内にいる間は、その地点の経度基準、日の出南中日没時刻でM時刻を算定するの。』


 今は、南中時刻だけを基準に現地時刻を計算していて、ベンジーが時刻計算に組み入れている日の出日没は考慮されていない。このため夏至や冬至近くでは二~三時間のずれが生じることになる。「日の出」の定義とか細かな誤差要因はあるが、紐が燃える長さで計るよりは正確だろう。毎日「日の出は〇六〇〇M」と憶えておけるのも楽だ。


『明日から、当面の間、そのやり方での計算にしてくれ。時間経過の感覚とずれが大きすぎるようなら、また考えよう。』



 門で、守衛に到着を告げる。その前に、異形の「荷車」とその取り巻きは守衛の目に入っており、本館に報せは走っていたが。


 徐行で車回しに入り、玄関前に停車。建物からゴールが出てきた。運転席に駆け寄ってくる。


「これが『バギー』か。セルーから聞いた時はびっくりしたが、我が主がネリの結婚話で怒り出した時はこれの話でなだめることができた。マコト殿のやることは、いいんだか悪いんだか。気が休まらない。」

「あの池に来た時から準備してて、昨日やっと出せるようになったんだ。船よりは、小さい。あまり心配はしないでくれ。」

「色々言いたいことはあるが、今は主も落ち着いて、奥だ。この、バギー、ここに置きっ放しもよくない。馬車荷車置場がある。案内するから、儂も乗せろ。」


 こういう正直者は、好きだよ。


 後部座席にゴールは乗って「右だ」「左だ」と指示を出すが領主館の敷地内なので、徐行で進んでも一分も経たず、先日の宿泊時にオレも見たことがある馬車荷車置場に着いた。途中、ガラスのない窓から見える顔の表情は、まあ、予想どおり。着いた車置場は玄関から見ると建物の裏で、厨房の出入り口にも近い。ゴールにコンテナの一つを指さす。


「ゴール殿。この箱は、今夜のための『ポン』だ。まだ、試してなかったろ?。厨房に運んでおいてもいいかな?。」


 オレは別に構わないが、主賓が玄関ではなく厨房から建物に入ろうとしている事に気づいたゴールは、「あ、イヤ、待て」と、厨房の方へ走っていって扉を開き、手伝いを呼んだ。


 厨房の扉から出てきたジルにコンテナの中身を見せ、氷が入っているから蓋は閉めたまま置いておくこと、宴席になったらコンテナごと運び込むことを頼んだ。領主との話がこじれて宴席が流れる可能性もゼロではないが、その時はその時考えよう。


 ここでも小さな失敗が発覚。角氷は珍しいらしい。言われてみれば、氷といえば雪か冬に勝手に凍った水しかない場所で、あの大きさに揃った氷が箱の隙間に詰められているのは初めて目にするものかもしれない。


 色々言いたそうなジルとゴールを「領主様を待たせるのも悪い」と黙らせ、アンに蠟板のコンテナを抱えさせて改めて玄関に回り、ゴールの先導で先日の夕食会の場所でもあった応接室に着いた。



 物語では、領主とか王様は、主人公よりもあとから入室することが多いが、部屋では既に領主のバース・ネゲイは着席していた。そういう習慣なのか、車置場まで遠回りしたせいで順序が狂ったのか、そこまではわからない。片側四人ずつ合計八人が座れる長テーブル。オレから見て右列奥から空席・ヨーサ・バース・ドーラ。反対の左列は奥からタタン・ネリ・空席・知らない男。


 ヨーサが立ち上がる。


「マコト・ナガキ・ヤムーグ殿。お待ちしてました。」

「本日は領主様ともお目通りさせていただけると聞いて参りました。マコト・ナガキ・ヤムーグです。」


 オレがしゃべっている間にゴールはヨーサの隣にあった空席に移動した。やはり、オレ用の席は領主の正面か。


 ドーラは続ける。


「今日は主人、ネゲイ領主のバース・ネゲイも帰ってきましたので、改めて、お引き合わせしようと思いまして、マコト殿をお呼びしました。主人を含め、マコト殿とは初対面の者もいますので、紹介いたしますわ。まず、ミナル・ドーン、立って。挨拶を。」


 知らない男が立ち上がった。


「ミナル・ドーンです。ネゲイ様一家の使用人頭をさせていただいております。本来、私はあちら……」


 と、壁際に数人立っている侍女を指さす。


「あちらに立っているべき者ですが、本日は今後ネゲイ領主家と今後私的な交流も多くなられる方がいらっしゃるということで、ここに座らせていただいております。マコト・ナガキ・ヤムーグ様、よろしくお願いいたします。」


「ミナル・ドーン殿。こちらこそ、よろしく頼む。」


「次は、タタン、あなたよ。」


 ヨーサに促されて立ち上がったのは、九歳と聞いている少年、領主嫡子のタタン。まだ旅の疲れが抜けていないのか、ネリの結婚話を聞いて動揺しているのか、ちょっと不機嫌な表情をしている。立ち上がって挨拶をする。


「タタン・ネゲイ。父と共に今日、カースンから帰って来ました。よろしくお願いします。」


 短い言葉で着席。


「マコト・ナガキ・ヤムーグです。よろしくお願いします。」


 オレも短く返す。


「そして、バース、お願いします。あなた。」

「マコト・ナガキ・ヤムーグ殿。バース・ネゲイだよ。正直、ちょっと話について行けてないところがあってねえ。帰っていきなり娘の婚約を言われたんでね。だが妻二人と補佐のトップと娘本人がこうすべき、と言ってるからには、私も領主であり父として、君の人柄は知っておかねばならんだろうな。立ったままでもいかん。掛けてくれ。」


 バースは自分の前の空席を示した。


「領主バース・ネゲイ様。マコト・ナガキ・ヤムーグです。私も、あなた方を知り、あなた方に知っていただきたいと思う者です。機会を設けて下さりありがとうございます。ゆっくり、お話しさせて下さい。」


 背嚢を下ろし、ネリとミナルの間の席に座った。アンもオレの背後に移動する。侍女達が動き始めお茶の石椀が配られる。さて次は、誰が何の話題を振るのかな?。話題の品である蠟板の契約の話をしてもいいんだが……。


「マコト殿、そちらのお嬢さんに預けてあるのは、蠟板かな?。」


 口火を切ったのはゴールだった。さっきバギーを降りた時、蠟板のコンテナを「儂が運んでやろう」「イヤこれは契約の品だから納品まではこちらで運ぶ」などのやりとりがあって、入室後に話題が詰まりそうならゴールから話を向けてくれるよう頼んでいたのだ。わざとらしいが、流れとしては上々。


「ええ、先日こちらに伺った際に契約させていただいた蠟板二四組を、本日お持ちしています。」


 オレがしゃべっている間にアンはオレの横に移動し、コンテナから蠟板を出してテーブルに積み上げ始めた。緩衝用に入れていた藁の切れ端も一緒にテーブルの上に散らばるが、それはオレが集めてコンテナに戻す。蠟板を見たヨーサも自分の物入れを探り、契約木簡と代金を入れているらしい小袋を取り出す。


「蠟板二四組。確認しました。代金は金二四ということでしたが、使い勝手を考えたらこっちの方がいいかと思いまして、金貨十二と大金貨一で用意してます。よろしかったですか?。」


 ヨーサの前には初めて見る大金貨一枚と、見たことのある金貨十二枚が並べられていた。大金貨は金貨十二枚分ということもあってかなり大きい。携帯性と使いやすさを考えれば、いい組み合わせにしてくれたと思う。仮に両替屋に手数料を支払う羽目になったとしても、ここの社会を知る機会だ。


「ありがとうございます。金貨十二と、大金貨一で、この蠟板二四組をお引き渡しいたしましょう。」

「じゃあ、木簡の裏を。」


 オレとヨーサは互いの木簡を交換し、裏に自分の指輪を押し当てるとまた相手に返した。そしてそれぞれ自分が用意した金貨と蠟板をテーブルの上で相手の方に押し出す。蠟板の山は少しバランスを崩しかけたが、横からネリがさっと手を出して支えた。


「ありがとう。」

「まあ、ネリ、もうマコト殿を支えてるの?。」

「いやこんなの誰でもするでしょ。」


 侍女達を含んで一同は笑みを浮かべ、空気が和らいだ。いい感じだ。


 ヨーサは受け取ったばかりの蠟板から三組を取り上げ、


「後で使いそうな人にも渡すけど、とりあえずこの席でまだ蠟板を受け取ってない人に一つずつ渡しておくわ。バース、タタン、ミナル。」


 ヨーサの左隣のバースと右斜め前のタタンには手が届いたが、対面で間に一人を挟むミナルには手が届いていない。オレはミナル用に差し出された蠟板をヨーサから取り上げ、ミナルに渡した。


「ありがとうございます。」

「こんなの誰でもすることですよ。」

「まあ、マコト殿、ネリと同じ事おっしゃって。」


 また侍女達を含んで一同は……、という流れ。オレもちょっと恥ずかしい。お見合いオバサン、改め、繰り返し芸人め。ヨークより手強いぞ。


 ヨーサはタタンに字の練習を兼ねてここで話される内容を蠟板に書き留めるよう命じた。それを聞いたミナルも、じゃあ私も練習のために同じようにやってみましょう、などと言う。


 オレは受け取った代金をアンに預け、アンはそれをまた小袋に入れて自分の背嚢へ納めた。次にアンは足下に置かれたままだったコンテナ持ち上げ、侍女の一人のところへ行って「この藁を捨てたいのですが」などと言っている。問われた侍女は「それならここに」とコンテナから藁を一掴み取り出してすぐ横の暖炉に捨て、それを見たアンもコンテナに残った藁を暖炉に払い落とした。


 アンは掌に残った藁くずも暖炉に払い落とし、定位置であるオレの背後に戻るべく歩きながらコンテナを畳んで、バースが「その箱を見せてくれ!」と立ち上がった。



 アンはバースの目の前で「ここを押し込んでこう持ち上げると」などと説明しながらコンテナを組み立てたり畳んだりしている。バースも「ちょっとやらせてくれ」と自分で試す。タタンも参戦した。ゴールは「またか」という表情だ。


「マコト殿。またか。明日は蠟板の話だったが、また新しいのを増やしたな。ペンの話も進めたいのに。」

「ゴール殿、蠟板二四組を運ぶのに都合のいい入れ物を探していたらあれがあっただけだ。売り込むつもりもなかった。今の領主様を見てちょっと気が変わったが。」


 「領主様」という単語に反応したのだろう。バースがこっちを向いて立ち上がった。


「『売り込むつもりもなかった』ものがこれほどのものとはねえ。ネリ、十八まで待たずに今日からコビンとしてマコト殿のところへ行ってもいいぞ。全部、憶えて来い。教えてもらえ。全く。急に現れた変なヤツにいつの間にか嫁入りの話なんか始まってて腹も立てたが、お前達の判断は正しいな。マコト殿、娘を預けよう。タタン、そうだ。タタンも預けていい。勉強させやってくれ。それからゴール……。」


「あなた!」


 ヨーサがバースの演説をやめさせた。


「落ち着いて下さい。一つずつ、進めましょ。いくらあなたがその気になっても、今日はダメです。準備が全然できてません。駆け落ちじゃないんですから。一つずつ、ですよ。落ち着いて、その新しい蠟板に、やることを一つずつ、書き出していったらどうですか?。」

「わかった。すまん。落ち着こう。」



 顔合わせの挨拶をして、オレの紹介の一端でもある蠟板の話題から始めただけ。本題であるネリとの話が始まる前、前座である蠟板の話題を終える最後の何気ない片付けで、話が決まってしまった。四の鐘は過ぎていたが、ここまで、入室から三十分も経っていない。



 「今日からコビン」は当然立ち消えになった。バースもネリに謝っていた。


 万年筆の話は、「箱の方が先だ」とゴールに一蹴された。作りやすそうなものを優先したいとのこと。確かにインク内蔵式のペンは、折りたたみのコンテナに比べれば部品の大きさからしても細かい作業が多い。作りやすいものを量産して、職人の腕が上がってからの方がいいかもしれない。ネリは明日の会合に「箱」のための職人を加えるべきと主張し、ゴールは明日はハパーも来るからハパーに現物を見せてからこれを作れそうな職人を探させようと答える。


 この流れでは今日のお土産にと思って用意した万年筆も出しにくい。ミナルの分を用意していなかったから、まあいいか。


 細かい作業といえば、拡大鏡もこのあたりでは普及していないと思われる。ガラス製品を全然見ない。ペンの前にガラス、ルーペ、眼鏡と進むべきなのかも。イヤ、ガラスの技術が必要な琺瑯はハパーの店で見た。鍛冶場もあるから炉もある。材料が採れないのか?。陶器類も、あまり見ない。今目の前に出されているお茶も、製法不明な石椀に入っている。土が悪いということか?。技術の進展が、オレの知る地球のものとは異なる順序で進んでいるようだ。そのあたりはこれからの人脈で情報を得なければ。


 「機構」がオレを送り出した目的は?。ネゲイの地域殖産でないことは確かだが、交易や移住に至る前にオレを受け入れてもらうことは必要で、そのための過程の一つとして産業の示唆は有用だ。ニムエ達も、オレの目的が地域殖産だけならサポートはしてくれない。


 思考は回る。室内の話題も移り変わる。テーブルは一つだが、話題はあちらとこちらで常に二~三種類が同時進行している。メモ係に任命されたタタンと、自らメモ係に立候補したミナルもこの状態では仕事ができてない。


 バースの宣言で話題が錯綜し始めてから十分ほど経った。バースはオレのボールペンで、薪にすべく暖炉脇に積んであった不要の木簡に試し書きをしている。ヨーサがまた立ち上がった。この部屋の中の最上位者はバースだが、ある程度冷静な人間の中では彼女が最上位だ。


「さて皆さん、ネリの話はまとまりそうだし、マコト殿の協力もいただけます。この部屋は、夕食の準備をしたいので、そうね、マコト殿の荷車を見に行って、その間にお料理とか、並べておきたいのだけどいい?。私たちが出ている間に、ミナル、この部屋の準備をお願い。」

「そうだ。それも見たかった。面白い箱で忘れてた。行こう。ミナル、後を頼む。」


 バースは楽しげだ。


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