4-12 CL(墜落暦)一一四日:エンリ
CL(墜落暦)一一四日。ヨール王二三年四月十二日(火)。
〇六五〇M。
テコーが届けてくれた材料で作った朝食を摂りながら、αと昨晩の実験について話す。
a)「微量物質」が体内に一定量以上存在していて、
b)脳が特定の活動状態にあり、
c)言葉で「火」と発音すること、が必要であるらしい。また
d)火が点くときは、風が吹く。
a)はヤーラ359-1で暮らす限りは避けられない。c)も誰かと会話すれば起こりうる。ここの人達の使う文法、いうか、変に遠回りした婉曲話法は、c)を避けるための工夫だと考えていいと思う。c)的な話し方を、「神様に叱られる」として忌避してるのだから。d)は、火が点くように何かを集めているのか?。集まってきているものを、分析するのはどんな方法があるだろう?。
オレの場合は、少なくとも当面は、インプラントでb)を操作すれば事故は避けられそうだ。これは安全に関することなので昨晩数回確かめている。脳が「特定状態」ではないときは、「火」は発動しなかった。
c)については、声量に関わらず、小ニムエに口と舌を押さえられて正しい発音ができない状態でも、発声器官に「火」と発音させる意思だけで発動はできた。何かの間違いで官憲に追われるような羽目になっても、相手に火傷ぐらいはさせられる、ということだ。
a)は連続発動回数とかにも関わっている部分だと思うが、昨晩の試験前後の血液中における「微量物質」濃度、或いは総量、体内での分布状態など、まだデータが少なくて限界値がわからない。
「『マーリン』も『ニムエ』も、魔法使いの名前だけど、あなたも魔法使いになったわね。おめでとう。マコト。」
「まだ『魔法使いの弟子』だよ。秘密の薬を作り損ねて師匠に叱られないようにしなきゃな。」
外で実験の続きもしたかったが、食事一回ではまだ「微量物質」は溜まっていないだろうし、六の倍数日の休日ということもあってか、今までにない規模で、おそらく第一陣だけで五十人以上の見物人も近づいてきているらしい。変に接触してもゴールに嫌がられるだろう。何をしよう?。昨日の見張はグースという男だった。マーリン7の垂直尾翼カメラで見ると、今近づきつつある見物人より少し先行して、そのグースと、昨日の朝の「試合」で相手をしたセルーが歩いている。今日の見張当番か?。呼びかけられるまでは、放置でいいか。
「虫」の情報。昨日ハイカクのところへ行ったゴールは、ライセンスの話をネリの案のとおり進めているらしい。また別の「虫」の情報で、ソルは昨日ゴールとヨーサの訪問を受けた後で、エンリとルーナの放牧地へ行っている。そこでのやりとりの内容は拾えていない。そして今、ソルは、エンリと二人でネゲイに向かって街道を下っているという。昨晩のうちにエンリとルーナの間でも話はしているだろうが、洞穴である夏小屋内部の会話を拾うには中継機が不足していた。ソルとエンリは、まっすぐここへ向かえば、午前中には到着するだろう。ゴールか誰かのところに寄り道しても、正午を少し過ぎた頃だ。休日だと聞いていたのに、多分オレのせいだとは思うが、誰もが動きすぎだ。もう、何も考えずにグースやセルーと型稽古でもしてやろうか。だが来訪の可能性がある誰かに対して、対応策を考えていく方が有意義だろう。休日だと聞いていたのに。
休日か。休日は、普通の店は閉まっている、と昨日聞いた。だが、休日だからこそ開いている所もあるんじゃないだろうか?。食堂とか。多分、ベンジーも年中無休のような気がする。ネゲイからここまで来た人も多いが、こちらからネゲイにいくのもいいかもしれない。エンリとソルの動きは、位置だけは上空から追尾中だから、二人の目的地がここだとしても入れ違いにはならない。オレが歩き回れば情報はすぐに領主館にも伝わるだろう。町中を歩き回れなくとも、領主館に行けば、ゴールもオレに話すことがあるはずだ。
「α、ネゲイの休日を、見てくる。接岸してくれ。」
ネゲイまでの道をグースと歩く。クララが随伴している。今日は接待を受けたとしてもお茶レベルだろうから、小ニムエを連れていても問題ないだろう。セルーは先触れのため走って帰っていった。セルーの脇腹は昨日の朝オレに打たれてまだ痛みもあると思っていたが、治ったのだろうか?。見物人の半分ほどはオレ達の後ろから付いてきている。エンリとソルは先ほど領主館に着いて、すぐにゴールとヨーサを加えた四人で出ていった。「虫」が拾った会話によると、町のどこかにある食堂だか喫茶店のような場所を目指しているらしい。領主館に置いていた「虫」を使ってゴール達を追わせたいが、明るすぎる。これはやめておこう。
下級役人クラスと歩くのは初めてなので世間話で情報収集をしてみよう。グースはオレが初めて領主館を訪れたときの守衛の一人で、到着後すぐに本館の方へ伝令に走った方だ。槍を持っていた守衛が剣の練習もしている理由を聞くと、門前で長時間立ったままの時は槍の方が杖代わりにもなって楽なのだと教えられた。今日のような休日に仕事をしているのは、兵士兼警官のような仕事なので「概ね六日に一度」としか休日は決まっていないのだという。これはジルのような領主家の私的な使用人達も同じだと。まあ、そうだろうな。
池を出発するとき、今日のネゲイ訪問の目的は単純に「休みの日の町の様子を見てみたい。」というものだった。適当に歩き回って、こんな日だからこそ開いている店に入ってみる、とか何とか。セルーとグースもそれを聞いて「こんな日に自分達のような若い男連中がよく行く店もあるから案内しましょう。」などと言ってくれていたのだが、市街地にさしかかる前にセルーが走って戻ってきた。ヨーサとゴールはソルとエンリを連れて外に出ているのだから、セルーが言い出すことも、大体、予想はつく。
「マコト殿。ヨーサ様が、お茶に招待したいと。領主館ではなくて、別の場所で。ゴール様も一緒だと聞いております。案内しますので来ていただけますか?。」
オレの承諾の返事を受けたセルーはまた走って去って行く。案内人は、領主館の近くで交替した。先日の夕食の時にも顔は見たが、名前は知らない侍女の一人だ。セルーは目的地の店の場所をきちんと憶えていなかったので、彼女に交替するよう頼んでいたらしい。グースもここでお別れ。オレとクララは新しい案内人の後ろを歩いて、ちょっとお高い雰囲気のあるオープンテラスの店に着いた。一一二五M。
屋外だが、寒いというほどではない。四人用らしいテーブルを二つ並べて八人席にしている。そこにはヨーサ、ドーラ、ゴール、ソル、エンリとネリが着席していた。場違いを感じているのだろう、ソルとエンリの表情は固い。テーブルから少し離れて、邪魔にならないところに領主館の侍女であるゾーラが控えている。
「マコト殿。待ってましたわ。そちらの椅子にお座りくださいな。ジョー、連れてきてくれてありがとう。」
ヨーサが言った。侍女の名前はジョーか。ジョーはゾーラに歩み寄って何か話す。ゾーラはこちらを向いて一礼し、「ジョーと交代させていただきます。」と告げて去って行った。ゾーラが控えていた場所にはジョーが立ち、オレと一緒に来たクララもその横に並ぶ。
ヨーサはクララにも声をかける。
「そちらのお嬢さんもこちらへいらしたら?。」
「私はマコトの手伝いをするだけの者ですからここで結構です。」
「手伝いをする方なら、近くで話を聞いていた方がいいと思うわよ。」
ヨーサは譲らず、固辞しすぎるのもどうかというタイミングで、クララは折れてこちらに歩いてきてオレの隣の席に座った。
店員がオレとクララにメニューらしい板を見せながら「新しいお客様には何を用意させていただきましょう?。」と聞いた。
メニューの文字は無理矢理にでも読めるが、どれがどのお茶なのかはわからない。「皆と同じもの」と答えようとして、おや、皆それぞれ好きなものを選んでいるようだ。
「ゴール殿、あなたは何を頼んでる?。」
「メニューの一番上、カリガンだ。なじみのない店に来たら、メニューの一番上が大抵間違いがない。」
ゴールは笑みを浮かべながら言う。「一番上」は地球文化圏でも使える法則だ。値段は上がるが。
「じゃあ、それ、カリガンを。」
「そちらのお嬢様は?。」
「私も同じもので。」
店員が去ると、ネリが自分の物入れから木簡と金属板を出しながら言った。
「マコト殿。本題の前に事務的な用件を二つ。まず一つ目。ハイカク達との打ち合わせのこと、十五日の二の鐘の頃に領主館で。二つ目。営業免許が出来上がってます。これをお渡ししておきますのでこちらに受領の印をお願いします。」
仕事が早いな。だが、まだ指輪が出来上がってない。
「ショー殿ありがとう。だがまだ指輪がない。署名でもいいかな?。」
ネリは「忘れてた!」という表情を浮かべたが、それでも落ち着いた表情に戻って「ではインクとペンを借りてきます」と、立ち上がろうとする。
「イヤ、書くものならある。クララ、その鞄に入ってただろう。」
オレの言葉を待たずにクララは自分のポケットからボールペンを取り出していた。ペンを受け取りながらテーブルに載せられた金属板と木簡を引き寄せる。
金属板は、字体が古いのか鋳型が悪いのか読みにくかったが、何かの許可書であることはわかった。刻印された日付は昨日。オレの署名をなぞり取ったように刻まれた鏨の線と、ここの文字で「マコト・ナガキ・ヤムーグ」。そこまで確認して、木簡の裏にボールペンで署名した。
「マコト殿。そのペンも、インク壺要らずか。欲しいな。蠟板のように、作り方を教えてもらえるのでもいい。」
ゴールが言う。使ったボールペンは無重力でも使えるガス封入式。この機能はネゲイの日常生活で使うには省略してもいいと思うが、それでもボールペンは先端加工が高度すぎる。ここでも作れそうなもの、とすればボールペンの前の時代に使われていた万年筆か。ライブラリを漁れば図解もあるだろう。
「ゴール殿。これと全く同じもの多分作れない。だが、これと似たもの、毎回インク壺を用意しなくてもいいペンは知っている。でも今、その話を始めてもいいいのかな?。」
木簡をネリに返しながら答えると、ゴールも本題があることを思い出して
「そうだな。ペンの話はまた後日にしよう。ヨーサ様、本題に入りましょうか。」
と、言った。
「ネリが『ちょっとだけ』って言うから、私も早いほうがいいと思ったから、免許の話を挟んでいいって言ったんだけど、マコト殿が絡むとなんでも話が逸れていってしまうものね。」
ヨーサが笑いながら言った。にこやかなまま言葉を続ける。
「マコト殿は別の場所からいきなりここへ来た、連れてこられた?と、聞いてますけど、結婚はされてるのかしら?。」
これは爆弾を投げ込まれてしまった。話の流れは想像しやすい。領内のトップは不在だが、それ以外の首脳陣が座るテーブルに、寒村の羊飼の娘が同席している。不釣り合いな顔ぶれだとは感じていたし、エンリとソルも同じように感じていることはその表情から見て取れていたが、そこでこの話題。オレとの連絡係の話から羊飼の交換という方向に進みつつあったのは知っていたが、現代地球的な常識から千年か二千年前の社会形態での思考からこんな方向に話が進むとは、オレもAIも勉強が全然足りてない。どう答えるべきか。一つのウソは、整合のためにその後で万のウソを必要とする。
「そういう縁がなかったので、独身です。」
年齢は、答えなかった。聞かれるだろうが。マーリン7で冬眠していた期間などをを省いた主観時間では……。『二五よ』OK、α。
「それで、年齢はおいくつ?。」
もう、ヨーサは完全に「お見合いオバサン」になってしまっている。「ネゲイの休日の様子を」とか、思うんじゃなかった。
「二五です。しかしこの顔ぶれでそんな話が出てくるのは……。」
ゴールがオレの言葉を遮る。
「マコト殿の想像は多分当たっているぞ。ちゃんと話を進めるのは領主のバース様が戻ってからになるが、そこのエンリを、儂の養女にした上でマコト殿の『コビン』にしたい。」
「コビン」。ネリの母と同じく、側室だ。
「いやしかし、エンリはヤダで羊の世話をしてる。その仕事はどうする?。それにエンリと私が初めて会ってからまだ一ヶ月も経ってない。」
時間の話は貴族階級を相手に悪手だった。ヨーサが言う。
「私も、婚礼の時に初めて主人と会いましたよ。」
ソルもヨーサ派についていた。
「マコト様。羊の仕事は、エンリが抜けてもヤダの大人達が手伝えばルーナにもできるようになるでしょう。それに村の中でもう一人羊の世話に回そうかと話をしていたところでもあるんです。エンリも十七です。そろそろそういう話があってもおかしくないし、村の若い男衆の誰をあてがうか、私も考えていた、あ、エンリの親は去年死んでおりまして、そういう話は私も考えねばなりませんで、そこにゴール様からのこの話がありました。私としては、マコト様は、エンリにとってもよい縁ではないかと思っております。」
ああもう。オレやエンリの考えは抜きにしても、酷い状況だ。エンリに聞こう。聞き方を間違えたらこの社会でどんな答えが返ってくるか、予想もできるが。
「エンリ、周りのことは考えずに答えてくれ。この話を、エンリはどう感じてる?。考えてるかじゃなくて、感じてるか、だ。」
翻訳が、うまくいってますように。
「感じてる、っていうと、さっき初めてこの話を聞いて、どうしていいかわからないから不安、です。それは、奥様、ヨーサ様とドーラ様にも話しました。でもお二方とも、『私もそうだった』って、色々お話をしてくださって、ちょっとだけ、不安は小さくなりました。」
「さっき初めて?」
「そうです。羊の場所のことは前からルーナと話してましたし、ソルにも相談してました。それで昨日、羊の場所のことでソルから『明日ネゲイに行こう』って言われて、来てみたらマコト様のところへ嫁入りする話になってて……。」
「ゴール殿。」
抗議しようとしたが、翻訳されなかった。
『α、ちゃんとオレの口を動かせ!。』
『マコト、落ち着いて。ここは地球じゃなくてヤーラ359-1よ。』
『エンリをマーリン7に入れることになるんだぞ。』
『ここで何年も暮らせば、そういう状況は来るものだとして、基礎教育も含めてシミュレーションはしてたわ。』
深呼吸して、次に言うべきことを考える。地球人類の文明レベルが今目にしているネゲイと同程度だった時代は千年以上も昔だが、それでも現代地球で政略結婚は存在している。それは、遺伝子のみならず経済力も含めた生存のための戦略であって、コンバットプルーフされた正解の一つだ。自分の「ナガキ・ヤムーグ」という家名にしても、何世代も前にナガキ名義の特許権とヤムーグ名義の特許権の両方を保護しやすいように作られた家名だと聞いている。これも、経済力の保全を目的とした一種の政略結婚だ。その子孫であるマコト・ナガキ・ヤムーグ個人が否定しても、それは個人の感傷でしかない。
「ゴール殿。」
「どうした?。」
「ゴール殿。話が突然すぎてエンリも私も追いつけていない。ここで返事はできない。」
話の流れを読まず、ここでオレとクララが頼んでいたカリガンが到着した。一口飲む。ゴールが答える。
「もちろん、今日はそういう答えから始まるとは思ってる。儂も昔同じ事を言ったしな。だが、エンリは聡いぞ。儂も親として、まだ息子は四歳だが、歳さえ釣り合っていればエンリは息子の嫁にしてもいい娘だと思ってる。マコト殿。もしも世の中の女を全部並べて嫁にできるできないで分ければ、エンリは『できる』方に入っていないか?。」
酷い聞き方だ。しかしそういう基準でみればエンリは上位で「できる」方に入るだろう。そして、この聞き方を「酷い」と感じるのはオレの地球的な価値観であって、ここではそうでもない、というのは同席する女性陣の表情からも窺える。
「わたしはいつかこの地を去るつもりの人間だということは、今まで何度も言ってきている。エンリが私のコビンとなれば、エンリは私と共に去ってここに帰らない、帰れなくなる、そういうことになりかねない。それを、エンリを含めた皆さんは受け入れるのか?。」
「マコト殿、質問に答えてないぞ。エンリは嫁にできる、できないで言えば、どっちだ?。」
「エンリは、できる。が、そうすることはエンリのためにならない、と言っている。」
ドーラが言った。
「マコト殿。バースも、私をここに呼ぶことを決める前、さっきのあなたと同じように『私のためにならないかも』とか言ってました。でもそれは、自分を知らない若者の考え方ですよ。実際にコビンである私はネゲイに来てから一度もカースンに戻ってませんが、正妻のヨーサ様もそれは同じです。そして二人とも、バース、領主様によって、領内の暮らしぶりを少しずつでも良くしていくための仕事を割り当てられていて、二人ともそれに満足しています。」
ヨーサもこれに加える。
「私はモルで、今のネリみたいに役所の雑用をやってたわ。ドーラはカースンで侍女見習いだったの。多分、やってた仕事の中身の変わり方からして、ここに来てから新しい仕事に慣れるまでの苦労が多かったのはドーラの方だったと思う。でも、ドーラは新しい仕事ができてるし、それを見たらエンリも羊以外の仕事はできる、と思うわよ。」
ヨーサの話は続く。
「昨日はね、ゴールがマコト殿との連絡係を探すためにヤダへ行くって聞いて、私も久しぶりに馬とか乗ってみたかったから一緒に行ったのよ。移動中って、誰にも聞かれない内緒話に便利でしょ。そうやってした相談ならエンティ王妃みたいな失敗もないわ。でもエンリ達はいなくて、ソルとだけ羊飼の交換の話をしたんだけど、帰る途中で、ゴールから養女にしてコビンの案を聞いたのよ。ゴールの養女ならゴールとその相手や相手の関係者が決めればいいんだけど、ほら、養子とか、手続きする時は証人の連署もいるでしょ。ゴールがそんな手続きをするなら連署は私かドーラかバースになるから相談してくれたのよ。でもその時は、まだ私はエンリと会ったことがなかったから、『エンリと会って話をしてみてから決める』って答えたの。で、今日会ってみて、養女の話の前に普通の世間話を、いや、もうちょっとむつかしい話もしたわね。私も、エンリは気に入りました。そのあと養女とコビンの話をしたら困った顔になっちゃったけどね。誰でもそうなるわよね。エンリ、もう一回、謝っておくわ。ごめんなさいね。」
エンリが小さく頷く。オレは自分の話すべきと思うことを話す。
「今の私がここで何をやるにしても誰かの手伝いは欲しいが、それはエンリを生まれ育ったヤダから引き離してまで、エンリだけにやってもらいたい、というものじゃない。ゴール殿はエンリを『聡い娘』だと言ったし、それは私も同感だが、昨日まで羊の世話をしてたエンリが、さっき私が受け取った免許の手続きとか、そんな手伝いをいきなりできるようになるわけでもない。」
「だから儂の養女としてしばらく預かるつもりだ。ネリ達と同じく、文官として二~三ヶ月やってもらえば仕事も覚えるし人脈もできるだろう。」
「私が二~三ヶ月先もここにいるとは限らないし、いたとしても、暮らす場所はどうする?。私の船は、前にも言ったが危ないものも積んでるから人に触らせたくないし、船に住んだとしてもネゲイの文官として毎日通うのは、ちょっと距離がありすぎるんじゃないか?。私は船を出て暮らすつもりはないし、エンリがネゲイでの仕事のためにネゲイに住むなら、それは『コビン』と呼べるのか?。」
「その頃には毎日ネゲイで文官をやる必要はなくなってる。マコト殿とネゲイの、連絡が仕事になるからな。ネゲイに来るのは多くても何日に一回か、というぐらいで落ち着くんじゃないか?。」
「それなら私が何日に一回かネゲイに来ればいい。二~三ヶ月もあれば、道案内も要らなくなってる。エンリが池に住んで、何日かに一回だけネゲイに来るなら、それ以外の時間のエンリは何をすればいいんだ?。」
「マコト殿にはそこのお嬢さんのような手伝いが何人かいるから料理洗濯掃除とかは最小限度だろうが、羊を飼ってもいいし、あの場所が羊には向いてないなら……。ヨーサ様、池のことは、ヨーサ様の方が詳しい。」
「マコト殿。あの池で、魚を捕れるようにしたいのよ。初めて会った日に桟橋のことを話したでしょ。話がうまく進んだら、エンリには池と魚の仕事をやってもらってもいいかなって思ってる。ネゲイじゃ魚に詳しい人はいないから、モルにしばらく修行に行ってもらうか、モルから呼んだ誰かに教わるかしながらね。」
トヨトミの城の話を思い出した。池の話なのに、外堀は埋められつつある。領の首脳陣が勧めている、進めようとしている計画で、エンリは社会的圧力もあるから受け入れるだろう。あとは、オレの決心か。形は、整えなければ。
「エンリ。さっきは『どう感じてる』と聞いたけど、今度は『どう考えてる』と聞きたい。」
「マコト様が私が困らないように考えながら話していることはよくわかりました。池と魚の話は今初めて聞きましたけど、それで不安もほとんどなくなりました。多分、嫁入り前の女の子はみんなこんな感じで乗り切っていくだろうなとか、思いました。私は、マコト様の『コビン』に、なってもいいです。」
エンリとオレとクララ以外の一同は、喜びの表情を浮かべる。ヨーサが言う。
「マコト殿。エンリは決心してくれましたよ。」
「条件を言わせてもらいたい。」
「どんな?。」
「私はいつかここを去ることは何度も言っている。その時が来て、エンリがどうするかは、エンリに決めてもらう。エンリが残ると決めたなら、池と魚の仕事、或いは、その頃にやってるかもしれない別の仕事はそのままエンリに続けさせること。」
エンリが将来困らない条件を考えたつもりだったが、言い終わって、普通すぎたかな?、と疑問も感じる。ヨーサは答えた。
「簡単よ。木簡どころか石にだって刻めるわ。本当に刻んで欲しいなら主人に話してからになりますけど。石は今から探し始めてもいいくらいよ。」
αは口を挟んでこない。これは肯定のサインでもある。受け入れるしかなかった。
「エンリ。面倒をかけるが、私もこの話を受けることにする。ソル。もう色々考えてはいるだろうけど、ルーナの面倒もちゃんと見てくれよ。今日帰ったら、ルーナはきっと荒れるぞ。」
「わかっております。ヤダでルーナが一人になるなら、まだ結婚には早いですから、私の養女にして育てるとか、考えておりました。今日帰ってからの話は、私とエンリで頑張るしかないでしょうけど。」
「じゃあ、エンリのことは、この方向で。主人が帰ってくるまでに、ゴール、まず養女の件から色々書式を整えておいてね。イヤとは言わせないわ。」
「わかりました。ネリ、我が主が帰ってくるまでに、まず養女の件で、書式を色々整えておいてくれ。イヤとは言わせないらしいから。」
「わかりました。私は……押しつける相手がいなかったわね。イヤとは言いませんよ。まず、養女の件からね。」
ネリは楽しそうに笑った。




