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4-10 CL(墜落暦)一一三日(2):営業免許

 型を見せたり見せられたりしているうちに、ネリがオレを探しに来た。まだ〇七五〇M。ハパーの店には、ちょっと早くないか?。


「マコト殿。言い忘れていました。というか、思いつきました。二の鐘より前なら、蚤の市も開いてます。ハパーの店の前に、ちょっと覗いていきませんか?。」


 そういう場所があるなら、見ておいていい。今まで「虫」で町を見てきて気づいていなかったのは、ゴールやヨーサのような観察対象の行動範囲に入っていなかったということか?。


「わかった。よし。ありがとう。ゴール殿。若い女性の呼び出しには応えるべきだと思うので、また、剣術も次の機会に。」

「そろそろ、儂も本業に戻る時間だ。マコト殿。剣術も、頼みます。」



 小走りで部屋に戻って背嚢を回収して玄関でネリと待ち合わせ。玄関にはネリ、ヨーサ、ドーラも連れ立ってきた。一応、ここで、今日のお別れの挨拶をしておく。


「ヨーサ様、ドーラ様、世話になりました。これからショー殿の案内で町を歩いてから船に戻ります。昨日ご注文のあった蠟板とか、またこちらに伺う機会もあるかと思いますので引き続きよろしくお願いいたします。」

「マコト殿。こちらこそ、珍しいものをいただいたりしてありがとうございます。娘も世話になっております。」

「先ほど、庭で試合なさっていたのも見ましたよ。珍しいものの商人だと思うことにしてましたのに、また、見方が変わってしまいました。不思議な方ね。また、いらっしゃるのを楽しみにしております。」


 そんな会話で領主館を後にした。



「ショー殿。『蚤の市は二の鐘まで』と言っていたが、なんで二の鐘なんだ?。」

「『変なものを売らないように』ということで、二の鐘を過ぎても営業しようと思ったら、営業免許がいるんです。でも取れた野菜をちょっとだけ売りたいとかの時に困るので、時間制限になったらしいです。免許がないと二の鐘を境に税率が変わります。実際、取り締まりなんかできませんけど、二の鐘でみんな店じまいをしてます。」

「じゃあ、この前ハパーに売った方位磁針とか、まずかったかな?。テコーやハイカクには、こっちが金を払う方だから問題ないよな?。」

「売買の当事者のどちらか一方に免許があれば問題ないです。ハパーもテコーもハイカクも、免許は持ってるはずですよ。あ、昨日の蠟板の契約、あれは、マコト殿とヨーサ様の契約ですよね。あー。ちょっとまずい点があるかも。確認しなくちゃ。その、契約木簡はありますか?。」


 オレは立ち止まって背嚢を探り、契約木簡を取り出した。


「わかった。ヨーサ・ネゲイ個人との契約ならまずくて、領主夫人という肩書があるヨーサ・ネゲイなら、問題ないということだろ?。」

「ええ。気になったのはそこです。」


 二人で署名欄を確認する。ネリはすぐに安心の表情になった。


「大丈夫ですね。署名の横のこの印は、私の右の指輪、ネゲイの紋章と同じ意味です。私的な買い物じゃない、ということで、免許を出す領主様も免許がありますから。」


 ネリが自分の指輪を見せながら指さした先には、ネゲイの紋章の略記版のような図形があった。オレは木簡を裏返す。ネゲイの紋章の焼き印も入れてあった。


「多分これも、今回のことについて『大丈夫』の意味になるのでは?。」

「ああ。これもそうですね。大丈夫です。ご心配をおかけしました。でも、マコト殿。これからのことを考えると、免許は手続きしておいた方がいいんではないでしょうか。」

「話を聞いてそう思ったよ。手続きは、どのくらいかかる?。あと、その免許はネゲイだけで使えるの?。」

「免許は、ネゲイだけです。元々『変なものを売らないように』で始まったものですから、値段と合わない悪い品を売ったら取り上げられてしまいます。確か初回は一年間有効で、悪い評判が立たなければ次の免許はもっと長い期間使えたと思います。審査は、申込を書いて物納で検査するんですけど、ゴールとヨーサ様も気に入ったものがもう物納されてるようなものですから、あとで、申込だけ作っておきましょう。私がそれを持ってゴールとちょっと話をすれば、今日中にでも終わるかも。」

「じゃあ、そうしておこう。ここの税率とかも憶えておかなくちゃあな。」

「蠟板の場合は、食べ物以外の場合は、総売上の十二分の一だったと思います。記録は残しておいて下さいね。」



 話ながら歩いているうち、道ばたにゴザを広げて品物を並べている人の姿が目に入り始めた。


「このあたりです。今日は少ないですね。」


 特に目当てがあって歩いているわけでもないので適当に眺める。食料品、薪、木工製品、古着、大体思いつきそうなものばかりで意外性はない。銅貨で支払ったり、物々交換をしている者もいるようだ。歩いているうちにヤダで見た姿、確か、コーツといったか?、と会った。


「マコト様。お久しぶりです。」

「コーツだったか?。今日はここで買い物かな?。」

「ええ。薪を売って、これを仕入れました。」


 と、背負い籠の中が見やすいように身体をひねる。海老の干物を束にした物が入っていた。


「マコト様も買い物ですか?。」

「珍しいものがあるかも、と思って覗きに来た。」

「マコト様が気に入るようなものは、なかなかないでしょう。」

「そんなことはないよ。例えばその干し海老も、どれで取れたんだろうとか、どんな味だろうとか、考えるだけでも面白い。」

「私には珍しいものじゃないですけど、マコト様ならそうかもしれませんね。」

「ああ。もう少しこのあたりを見て回るよ。」

「私は用も済んだのでもうヤダ村へ帰ります。いいものが見つかりますように。」

「ありがとう。じゃあまた。」



 歩き回っているうちに、道の両脇の建物の扉が開き始め、道に広げられていたゴザは片付けられ始めた。二の鐘が近いか。ネリが「そろそろハパーの店に行きましょう」と言って方向を変えるので、オレもその後に続く。



 ハパーの店は道具屋と呼ばれるだけあって、鍋釜農具木製品大工道具など色々な物が陳列されていた。多分農具、だと思うが使い方のよくわからない鍬のようなものを見ていたら、店の奥にいたハパーがオレ達に気づいて出てきた。


「マコト殿。今日は方位磁針ですか?。」

「イヤ、売りたいんじゃなくて、買いたいものがあって来た。」

「どのようなものをお探しですか?」

「こういうものを作れる材料だ。あるかな?」


 オレは蠟板を取り出してハパーに渡した。ハパーは蠟板を開き、


「ああ、なるほど。字が書けるんですか。よさそうですね。木の板と、革紐、ペン、この留め具は、革紐でも代用できますかね?。で、この白いところは蠟ですか。板の貼り合わせに、膠もいるかな?。板は、この厚さでもできるだけ締まった木の方がよさそうですね。とすると、木簡用の薄板はちょっと弱いかな?。」

「よくわかるな。大体そんなところだと思う。材料はここでも買えるかな?。」


 膠は、蠟が融ける温度でも大丈夫なんだろうか?。αが翻訳した「膠」がオレの知ってる膠と同じものかどうかもわからないが。


「マコト殿。これならウチがよく頼んでる細工師にも作れそうです。一組幾らでお支払いしますから、これをウチで扱わせていただけませんか?。」

「一目見れば大体作り方がわかってしまうものに『一組幾ら』を出していたら、他のものが真似しだしたときにハパー殿は損してしまわないか?。」

「いえ、正直に、払うべきものを払った上で、そこに利益を乗せた値段で売るのが、私のやり方です。払うべきものを払わないのは、気持ちが悪い。」

「ハパー殿は正直者だな。だがこれはもう領主館に売る約束もしたし、ゴール殿もネゲイの職人に試作を頼んでいるらしい。作り方も簡単だ。ハパー殿だけに『一組幾ら』を払わせるのは、私も『気持ちが悪い』。」


 ネリが言った。


「マコト殿、そこは、私もゴールと話をしましょう。もう蠟板を見ているハイカクも含めて、『一組幾ら』を決めた方がいいと思います。例えば最初の一年だけでも。」

「ハイカク殿が試作ですか。ウチがよく頼んでる細工師もハイカク殿の弟子です。話が広がる前に、決められますよ。」


 そこまで勧められれば、資金は幾らあっても困るものでもないから、いいか。


「ゴール殿は、当面これ一組で金貨一枚、と値を付けた。ハイカク殿がこれに合う蠟が作れるようになったら、銀貨四か五枚だそうだ。これに支払う『一組幾ら』を、ハパー殿ならどう付ける?。」

「これは一組二枚ですが、もっとつなぎ合わせることもできるでしょう。そうすると、二枚で一組の売値が金一枚か銀四か五枚かに関わらず、一枚で銅貨一枚、というのでどうでしょう?。」

「大筋了解した。こういうのも、契約するんだろう?。ややこしい契約書になりそうだな。こういう場合用の書式とかもあるのかな?。」

「一年に何件か、そういうものがありますよ。ウチの店では……これも昔その扱いでしたね。」


 ハパーは棚から琺瑯らしい鍋を持ち上げた。


「これは作れる職人も少なくて、今ではネゲイではウチの独占販売に変わってます。これとかの昔の契約の文面を参考に作れるでしょう。」


「ショー殿。頼み事ばかりで悪いが、このあとゴール殿と話をしなければならないようだ。取り次ぎを、頼めるか?。」


 ハパーも加える。


「そういうことなら私も一緒に行きたいです。でも今日はちょっと別の約束もありまして。ショー様、契約書のサンプルも探しておきますので、明日、は休みか。明後日か、その次で、声をかけていただけないでしょうか?。」


 ネリも少し考えて答えた。


「ゴールは、多分今帰っても出かけてると思います。マコト殿が今度ネゲイに来るのは……十四日か十五日?。どちらでしたっけ?。」「十五日だ。ハイカクの店で指輪を受け取る約束がある。」

「じゃあ、十五日に。二の鐘か三の鐘ぐらいですかね?。四の鐘はマコト殿が池に帰るにはちょっと遅いかな?。とにかく、その日ゴールと話ができるよう、今日中に手配しておきます。ハイカクにも話をしておくべきでしょうけど、これは今日私がゴールと話をしてからですね。それでは皆さん、この件は、十五日にこのメンバーとゴール、ハイカクを入れた五人で決めましょう。」



 オレが空いた時間に少しずつ作れば、と思っていた仕事が予想外に拡大していきそうな勢いだ。まだ一〇〇〇Mにもなっていないのに。「些細なはずの物事を大きくしてしまう。」例の魔女の自嘲を思い出した。



 領主館に戻りながらネリと話す。


「別れの挨拶をしたばかりのところに戻るのは、まあ、時々やる失敗だな。」

「私もやりますよ。忘れ物をして戻るとか、一ヶ月に何回もあります。」

「失敗がその程度で済むなら、まあいいんじゃないかとは思ってる。人の失敗の量というのは決まっていて、小さい失敗が多ければ大きな失敗をせずに済むとか、根拠はないが。」

「そんな考え方もあるんですか。始めて聞きましたが、わかる気もします。」

「根拠はないぞ。信用するなよ。」

「そうしましょう。」


 ネリは微笑んだ。


「領主館では、まず営業免許の話か。」

「そうですね。これは商業担当の窓口で申請を書いて、ゴールかヨーサ様のところに持っていけば話はすぐ通ると思います。二人ともいなかったら、普通の手続きで、申請書を窓口に預けて担当の者があとでゴールのところに持っていくことになるでしょうけど、その担当も、ゴールの蠟板を見て羨ましがってましたから、事情を話せば最優先でやってくれるでしょう。で、ゴールでもヨーサ様でも、会えたらハパーの店でした話も伝えておく、というのが、これから領主館でやるべきことですね。」



 領主館で、商業担当の窓口氏のところへ案内された。二十代の男が木簡を手にして、おや、蠟板に何か書き写している。これは話が早いかも。


「ダラス、この方はマコト・ナガキ・ヤムーグ殿。営業免許の申請をしたいの。」

「あ、ショー様。あ、この方がマコト・ナガキ・ヤムーグ殿。で、営業免許?。あ、そうか、まだだったんですね?。なるほどそれなら、申請の木簡は、木簡、木簡……。」


 慌てるなよダラス。


「失礼しました。蠟板のマコト殿ですよね。私も今朝一組借りられまして、いいですね。考えがまとまってないこととか簡単に直せるのは。あ、免許ですけど、こちらに署名をいただけますか。」


 「蠟板のマコト」とは、変な渾名が付きそうだと思いながらも、オレは示された空欄に署名する。


「ダラス。審査用の現物は、いまあなたが手に持ってるそれよ。」

「ああ。なるほど、そうですね。これいいですね。」

「もうあなたの審査は終わったようなものでしょ。裏書きしてくれたら、私がゴールのところへ持っていくわ。」

「そうですか。でも、ゴール様は先ほどどこかに出て行かれましたよ。」


 ダラスは木簡の裏に自分の指輪を押しつけながら答えた。


「あー、そうだったわね。なら、ヨーサ様のところへ行くわ。」

「ヨーサ様も、ゴール様とご一緒でした。」

「あー。そうなの。どうしよう。ダラス。ゴールが帰ってきたら、これ最優先でお願いできる?。ゴールもイヤとは言わないわ。」

「わかりました。あの方もこれ大好きですしね。」

「じゃあ、お願いね。」



「ショー殿。会おうと思ってた人が二人とも留守だったから、私はもう船に帰ろうかと思う。」

「そうですね。元々日帰りのつもりだったところへ私が色々引き回してしまって。」

「いや、ショー殿の誘いに乗らなかったら、ベンジーのことも免許のことも、知らないまま過ごすところだった。ありがとう。」

「でも、船まではお送りします。極力、マコト殿には一人付けておけって、言われてますから。」

「船までなら一人でも道はわかるが、ゴール殿もヨーサ様も、まあ、為政者としては、そうするのが正しいんだろうな。いいよ。船まで歩こう。」



 マーリン7までの道中、もう一つ「取引」のことを思い出した。


「昨日、領主館で、蠟板のほかにもう一つ『取引』をした。私の道案内だ。だが、この『取引』は報酬を決めずに動き始めている。ショー殿は、この取引の報酬に何が適当だと思う?。」

「そんな話もしてましたね。でも、条件が決められてないのは『取引』じゃないですよ。マコト殿の言う『友好』の一部だと思っていただければ。」

「しかし、昨晩の歓待とか、今ショー殿が付き添ってくれていることとか、私がいなかったらネゲイがすることのなかった支出だ。今朝のハパーが言っていた『払うべきものは払う』ということには私も賛成だ。今、私はネゲイに払わせてばかりでいるような気がしてる。」

「でもあの蠟板だけでも大したものですよ。使ってみて思ったんですが、木簡の枚数も減るし、書き間違えた木簡を磨き直す時間も減ります。多分、金貨二四枚よりもっと値打ちがありますよ。それに、マコト殿を案内しているだけで、私も勉強になってるんです。影の角度と面積を測る話だけでも、自分に足りてないものがよくわかりました。」

「ショー殿はそれでいいかもしれないが、ゴール殿やヨーサ様、まだ会ったことはないが領主様がどう考えるかだな。そういう方々が『マコト・ナガキ・ヤムーグはネゲイの役人を私的に使ってネゲイの金貨を吸い上げるばかりだ』とか考えてしまったら、私も嬉しくない。」

「そういうことがないように、私もマコト殿から受けた刺激で自分の価値を高めたいんです。あ。今朝の剣術試合みたいに。セルーに勝ってたじゃないですか。私も見たことがない動き方でした。あれがネゲイに広まったら、ネゲイを守ることにもつながります。金貨を吸い上げてはいるでしょうけど、別のものを残してくれていますよ。」


 まあ、「友好」の名の下に、曖昧な関係も作られるということか。


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