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4-6 CL(墜落暦)一一二日(3):領主館

 テコー親子の店を出ると時鐘が聞こえた。インプラントの表示では一五〇〇Mを少し過ぎている。次は領主館か。ネリの先導で領主館の方へ、テコーの店からだと来た道を少し戻る道。五分ほどで正門前に到着した。少し暑い。温度調節しにくい服装だな。慣れなければ。


 門前には槍を持った二人の門衛が立っている。ネリはそのうちの一人、年嵩の男と二言三言のやりとりをした。ネリと話をした男はもう一人の門衛に、オレ達の到着を本館に伝えるよう命じる。命じられた方の門衛は槍を置いて小走りに本館の方へ去って行った。ネリはオレに向き直る。


「マコト・ナガキ・ヤムーグ殿。貴殿をネゲイ領主の賓客として歓迎します。」


 ネゲイに来ることを決めた時に考えていたより、かなり大袈裟な状況になってしまっているんだが。


 門から本館の玄関まで歩く。玄関前には車回し。「乗り物」が発明されればどこの文化圏でも似たような仕掛けを考えるらしい。敷地を取り囲む壁は役人長屋を兼ねている。中央に本館。本館はL字型で、領主の私邸部分と政庁に分かれているのは先に「虫」で見ている。ネリの案内で本館に入り、ゴールの部屋の方向に向かっていると、奥の部屋の一つからゴールとさっきの連絡係の門衛が姿を見せた。


「マコト殿。話は聞いている。ヨーサ様も呼ぶから別の部屋へ行こう。案内する。タイロ、ヨーサ様に応接室へ来てくれるよう言ってくれ。」


 ゴールの案内でまた廊下を引き返し、私邸部分と政庁部分の接続部に近い一室に案内された。丁度向こうから、領主夫人のヨーサも歩いてくる。


「ヨーサ様、お忙しい中時間を作っていただきありがとうございます。」

「いいのよ。でも廊下で立ち話は『エンティ王妃』みたいでよくないわ。中へ入りましょう。」


 なんだその「エンティ王妃」って?。廊下での立ち話が原因で失脚したとかの逸話でもあるのだろうか?。


 部屋に入って、席次がよくわからなかったがゴールとヨーサの勧める椅子に座った。正面にゴールとヨーサ。隣にネリ。お茶が出される。器の材質は、石?。焼き物ではない感じだ。どうやって作っているのだろう?。お茶を配り終えた侍女は部屋の扉近くに控えた。


 まずゴールが話し始めた。


「さっき指輪の職人にも話はしてきた。ハイカクというんだ。この後で行くなら案内する。」

「その店にはショー殿の案内でさっき行ってきたよ。ゴール殿が話をしておいてくれたおかげもあってか、こちらの用件はすぐに終わった。」

「終わった?。指輪の代金はこちらが出すつもりで準備してたんだが。契約したのか?。」

「私個人が使うものにネゲイの町に負担をかけるわけにはいかない。だからハイカクが言う『組合価格』で前金まで済ませてきたよ。残金も、こちらで出す。」


 指輪代金の提供を固辞する旨を伝えるとヨーサは少し残念そうな顔になった。


「あらあら、折角渋ってるゴールに『出してやれ』って言ったのに。」

「奥様、マコト殿は、正当な取引を望んでいる、と、申し上げたとおりです。」

「そうね。貸しを作り損ねたから、その分は何か考えないといけないわね。」

「ヨーサ様。あなた方の予定になかった来訪者だから、あなた方の予定になかった負担をかけているが、そういう負担は、小さくあるべきだと思ってる。」

「でもあの『蠟板』だけでも大した物よ。そういう物、そういう知恵のある人と仲良くするのは、個人じゃなくて、領主としても、やっておくべきことだと思うわ。」

「マコト殿。ヨーサ様の言うとおりだ。あの蠟板にしても、ハイカクに見本を見せて作って見ろとは言ってみたが、台の板はともかく蠟の配合とか塗り方、固め方はなかなかむつかしいらしい。」


 ハイカクはそういう仕事もするのか。彫金とは少し方向が違う技術だと思ったが、細工師というカテゴリなら同じ枠なのかもしれない。蠟板の話が出たから荷物を少し軽くしよう。オレは椅子の横に降ろしていた背嚢から新しい蠟板を取り出した。


「蠟板の話が出たから渡しておこう。今日ここに来る前にショー殿達に二組渡して、いまここに十組ある。まだネゲイでは上手に作れていないなら、このくらいあってもいいだろう。」


 ヨーサは喜んだ。


「また借りができてしまうけど、欲しかったのよ。今は不在の主人達の分を考えたら、この建物だけでも最低で二四組は使うと思うの。マコト殿。貸し借りじゃなくて取引したいわ。これをもっと用意できるかしら?。こちらから出すのは、金貨でも知恵でも、相談しましょ。」


 ネゲイ市内の需要がどのくらいあるかわかっていなかったが、ネゲイでなくとも、これから出会った文官達が欲しがるだろうと思って小ニムエに作らせていたのが役に立つ。でも二四組も余分はあっただろうか?。これにはαが答えた


『あと五組作れば二四組揃うわ。』

『OK。始めてくれ。材料は大丈夫?。』

『そうね。でもこれを続けるなら、材料はここのものを仕入れた方がいいかも。多分、昨日の材料屋さんか道具屋さんあたりに頼めば手に入るんじゃないかしら。』


「わかった。追加で、二四組を用意しよう。あと、この二四組の後が続くなら、材料をネゲイで調達したいからそういうものを扱っている店なり商人なりを紹介して欲しい。昨日の道具屋とか材料屋とかかな?。ショー殿。あの二人の店はご存知か?。」

「案内できます。このあとすぐか、明日にでも。」

「蠟板の材料については、続くなら、だ。他にも町のあちこちを見てみたいから、ショー殿でなくてもいいから、誰か案内人を紹介してもらえると助かる。」

「そうですね。マコト殿に時間ができても私が忙しいかもしれませんから、ゴール、誰か案内に付けるのは構いませんか?。」

「ああ。ネリの都合が悪いときは誰かを代わりに回そう。」


 商談に戻ろう。


「ヨーサ様、失礼した。追加で用意する二四組は、ヨーサ様から注文された『取引』ということで。今日ここに持ってきた分までは、『挨拶』ということで、さっきの町の案内云々はまた別の『取引』で、どうだろうか?。」

「それでいいわ。で、蠟板だけど、取引にすると、一組あたり、ゴール、あなたが一番使ってるわ。一組で、銀何枚くらいだと思う?。


 ゴールは少し考えて答える


「蠟以外の材料で組み立てまで銀一枚。蠟が、今はハイカクもこれに合う蠟をうまく作れてないらしい。蠟は、ハイカクなら銀二枚で作れるようになるとして、合計銀三。原価がそれなら販売は銀四か五。ハイカクがそのくらいで出せるようになるまでは、金貨一枚でも惜しくはない。」

「マコト殿、金一枚。二四組の金二四枚でどうかしら?。」


 「まとめ買いなら金二十枚に割引……」と考えかけてやめた。ここの人達は十二枚を一つの単位として考えているから、「二十枚」は中途半端な数字として受け取るだろう。


「わかった。二四組を、次にここへ来るときに持ってこよう。金貨は、その時にいただくことにする。」

「決まりね。契約書を用意するわ。」


 ヨーサは侍女に声をかける。


「ジル、木簡とかペンとか、お願い。」


 扉近くで控えていた侍女は壁際にあった飾り棚まで歩いて行き、抽出からペンとインク、新しい木簡を取り出した。ヨーサは次にネリに言う。


「ネリ、契約書を作るのは、あなたの方が字がうまいからお願い。」

「わかりました。」


 ネリは自分の蠟板に文面を書き始めた。「履行期限はどうしましょうか?」とかのやりとりを挟みながら一~二分で彼女は下書きを終え、内容を読み上げる。ヨーサとオレが了解すると、契約の内容を木簡二枚に清書した。両方の木簡にオレとヨーサが署名し、蠟板の売買契約は成立した。


 今朝話題になった「通行証」の話もした。オレは、仮にだが、「ネゲイの客人・臨時技術顧問」というような立場で互いに便宜を図り合うという提案を受け、了承する。見張りに来ている兵士の人件費相当には、ネゲイに利益を与えなければならないが、それほど困難なことでもないだろう。


 それからしばらくは商売以外の話をした。暖かくなってきたから種蒔きの準備だ。マコト殿は普段どんな物を食べている?。領主がネゲイに帰ってくるまでまだ数日かかるだろう。領主とも会っておいて欲しい。次にネゲイに来るのは何もなければ指輪ができた頃だ。



 そろそろ一六〇〇Mだ。一応、まだ今日中にマーリン7へ帰る可能性は考えている。


「一応、今日中に船まで帰ろうとしたらそろそろ出発した方がよさそうに思えるが、このあとはどんな予定だろうか?。」


 ゴールが応じた。


「ネリから聞いて、客室は用意してある。冬の間ずっと使ってなかったからよく冷えていたがな。暖炉に火を入れたから、日が落ちる頃にはマシになっているだろう。夕食までまだ少し時間があるから、街中を案内させようか。」

「なら、さっき話が出た材料屋か道具屋に行ってみたい。昨日のハパーかブングのところ以外でもいい。イヤ、時々聞こえる鐘の音のところでもいいかな。あれは時刻を教えてくれてるんだろう?。」


 オレの中の地球人類史の知識では、時鐘は宗教施設が司っていた例が多い。ここにあるのは田舎の末寺だろうが、宗教観の概要は聞けるかもしれない。


「それなら私が案内するわ。」


 ヨーサが言った。


「何年か前に、私の伝手でモルから職人を呼んで大補修したのよ。あそこにいる人達もよく知ってるし。」

「ヨーサ様のご迷惑でなければ、お願いしようか。」

「迷惑じゃないわ。ゴール、私達は『ベンジー』へ行ってくるわ。夕食の頃にここへ帰るって予定でどうかしら?。」

「今からなら丁度いい時間になるでしょう。私は自分の仕事少々と客室の確認とか夕食準備の確認とかやっておきましょう。」


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