4-5 CL(墜落暦)一一二日(2):ネゲイ
食事を終えた正午、αが選んだ衣装に着替えたオレはまた上陸した。厚めの綿の作務衣と革の上着。革靴。船内服もナシ。インプラントの通信は背嚢に入れた「虫」に中継させる。船内服は、この服装の下に着込んでも違和感のないよう、袖を短くするとか改造をした方がいいな。背嚢には金銀銅貨とテコーに渡す通行証、そのほか何かに使えるかと「贈り物」や作り貯めた蠟板なども入れた。ベティも、オレと似たような形で色違いの衣装で付き添う。ネリがオレ達を迎えた。
「その格好は、もしかしてネゲイに行くのですか?。」
「指輪のこともあって、そうしたい。あと、ついでにテコーのところにも。もし、時間が作れるようならゴール殿や領主の奥方様にも挨拶かな。これは向こうの都合次第だが。」
「今朝の話はゴールへ伝えるよう、あのあとすぐにヨークをネゲイに返しました。ヨークがここへ戻ってからではどうですか?。」
「向こうで何人にも会ってたら時間はすぐに過ぎてしまうから、今からでも出たいんだが。」
夜までにここへ帰りたいから今出たい、と伝える。そこで気づいたが、オレをそんな時間にここへ送り届けた誰かは暗くなってからネゲイまで湿地帯を歩かなければならないことを、ネリは心配しているようだ。
「帰りの道は心配ない。一人でも帰れる。」
「そういうわけにも行きません。」
「なら、時間がかかるようならネゲイに泊まってもいい。そういう場所はあるかな?。」
ネリが折れた。
「行商人が使う宿があります。けど、マコト殿なら領主館の客室を使えるようにしましょう。中途半端は困ります。今日は、ネゲイで泊まる、と約束いただけるなら案内します。」
泊まりなら、食事の機能がない小ニムエは留守番か。オレがゴール達に夕食に招かれたとして、ベティが使用人部屋で饗応とかになっても、何も食べないのは失礼だろうしな。飲食用のオプションキットはあるが、まだ組み込んでいない。冷却水として真水を飲むことはできるが、それ以外のものは摂取できない。
「ベティ。予定一部変更で。行くのは俺一人で。」
「わかりました。では、これを預けます。」
ベティは翻訳中継用の「虫」その他を入れた背嚢をオレに渡した。ネリに告げる。
「船は池の中央に戻すから誰も近づけなくなる。ここでショー殿が見張りを続ける必要はない。ネゲイまで、案内を頼めるかな?。用事が早く終われば、早く帰ることもあり得るが。」
「わかりました。」
判断すべきことが多すぎて疲れた表情のネリが答えた。
移動中は、また思いつく範囲の世間話で情報を集める。ヨークは、「定食銅貨六枚」の三男だった。家業を継ごうにも上に兄二人と姉一人がいるので、政庁で文官見習いをしているのだという。どこにでも似たような話はあるものだ。ネリからヨークの話を聞き終わった頃に、そのヨークが来るのがみえた。オレ達に気づいたヨークは小走りでオレ達に近づいてくる。
「ショー様、この方は……、あ、マコト様でしたか。もしかして、ネゲイに行かれるのですか?。」
「ヨーク。私の我が儘でね。」
「ヨーク、悪いけどまたネゲイに引き返して。マコト殿は指輪のことでネゲイに来るって、ゴールに伝えて。あと、領主館の客室の準備もゴールに伝えて。」
「指輪のことはゴール様に伝えてます。ハイカクの店に話をしようかとかおっしゃってました。」
「ハイカクね。わかったわ。ゴールに、私たちがハイカク、テコーの店を回ってから領主館へ行くって、大急ぎで伝えてちょうだい。あ、ゴールとは、あなたのお父さんの店に今夜領主館に何人分か届けてもらう相談もお願い。客室が使えたらマコト殿を泊めたいの。頼むわよ。」
一度に色々言われたヨークは混乱気味だ。やはりここは出すか。オレは背嚢を下ろして中から蠟板を二組取り出す。
「ヨーク、ショー殿、やはりこれを渡しておこう。こういう時に使えるだろ。」
「え?、そんな高そうなものいただくわけには……。」
「マコト殿、それは前にもお断りしたことが……。」
「言ってくれるな。ヨークが一度に色々頼まれてちょっと困り気味だったから、助けたいだけだ。彼が何か伝え忘れたら今日の私はどこかで何か困りそうだし、そんな話がゴール殿に伝わったらヨークは叱られるかもしれない。私の我が儘から始まったことでそういう結果になるのは、私としても気分はよくない。だから、二人とも受け取って、使ってくれ。ショー殿にも、昨日から色々教えてもらってるから、その礼でもある。」
二人は蠟板を受け取った。ヨークは早速にやることリストを書き込んでネリに内容確認を求め、OKが出たらネゲイの方へ走り去った。
蠟板は、もう町の職人に似たものを注文しているとは聞いているが、予備はまだ背嚢にある。ゴールかヨーサのどちらかに、押しつけよう。余っても、字の練習をしたい子供、日常的に字を使う仕事をする大人、いくらでも配り先はあるだろう。
池から小一時間ほどでネゲイに到着。とはいえ街道から入ってきたわけでなし、立派な門があるわけではない。このあたりは逆茂木が置かれており、逆茂木で示されている境界線と、町外れの小屋第一号を通り過ぎただけのことだ。「虫」や衛星写真で見ていたが、ネゲイは逆茂木と土塁のほか、主街道付近を石壁で囲んでいる。政庁兼領主館を含む中心部まではまだ十分ほどはかかるだろう。
ネリに連れられて「ハイカクの店」を目指す。職人町のような区画に入り、小屋一号から五分ほど目的地に着いた。
「あれ?。お嬢。さっきゴール様が来てたよ。新しい注文が来るかもって、そんな話をして帰ったけど、その続き?。」
「新しい注文主のマコト・ナガキ・ヤムーグ殿を連れてきたわ。」
「あぁ、噂が回ってるマコト殿って、あぁ、あ、失礼した。細工屋のハイカクです。指輪の話ですか?。」
「ゴール殿が先に説明してくれていたようでよかった。私は遠いところから来たばかりで、このあたりで使われているような指輪を持ってない。だから、一つ作りたいんだ。」
「ゴール様は『お代は政庁に回してくれ』って言ってたから、いい材料で丁寧に作らせてもらいますよ。」
「あまりゴール殿に頼りすぎるのもよくないと思ってるから、請求は政庁ではなくて私に回してもらっていい。」
「それはアタシがゴール様に叱られてしまう。マコト殿とゴール様で話をしてもらわないと。」
「それもそうだな。わかった。この話はゴールとしよう。ハイカク殿。あなたに手間をかけてもらいたいのは誰が支払うかではなくて、何を作るか、だからな。」
オレは、午前中に考えたばかりの「紋章」の樹脂板数枚を背嚢から取り出した。
「ショー殿から話を聞いて作ってみた図案だ。簡単すぎるのも真似されやすそうだし複雑すぎたら作りにくいと思う。そのあたりは専門家の話を聞いて修正もしよう。」
ハイカクは作業台に置かれた紋様を見ながら、しばらく考え込み、
「三つの名前用の大きなヤツは、悪いがここでは作れない。多分、ネゲイのどこにも、三つ以上の名前用の型がないはずだから。それはモルか、カースンでなきゃ作れないんじゃないかと思う。二つに分けた方はここで作らせてもらいたいな。この、線が複雑な方で。」
ハイカクは「マコト」「ナガキ・ヤムーグ」の札を選んで言った。
「そのまま、小さくして作れる?。」
「ああ。このくらいなら。でも木簡に押す時はちょっと力が要るかも、って線の量だげどな。」
「それは私が頑張るだけのことだ。」
「まあ、みんなそう言って、使い始めたら『研いで線を細くしてくれ』とか言うんだよ。儲かるからいいけどな。」
オレが考えていたことなど、皆考えるものだな。オレの場合はマーリン7の工作室にあるレーザー加工機が前提だが。
「作れるなら、その二つの紋様で頼もう。」
「紋様はそれでやらせてもらいましょう。」
「いつ頃できる?。あと、誰が払うかの話は別にして、二つ合わせた代金はどのくらい?。」
「ウチは組合加盟だから代金は指輪二個で金貨二枚だ。組合加盟だから注文生産は前金を半額、もしくはそれ以上、ってことになってる。期間は、長くても五日ほど。」
「じゃあここで半額の金貨一枚を出しておこう。五日後に、取りに来ればいいか?。」
「マコト殿本人、つまり契約者本人でなきゃ渡さない。これも組合規則だ。指輪を作ろうってヤツは、身分を明かすものを持ってないってことだから、代理人も立てられないんだよ。わかるだろ。あのお嬢も、自分で取りに来てたからな。」
筋が通った話だと思う。組合(αはそう訳したが、例の長々としたここのしゃべり方で『同じ仕事仲間が結託するための団体』とか言ってるようだ)とかにも、交易の話をしてみたいと感じる。
「契約書を用意する。あと、指の太さを測らせて欲しい。」
ハイカクは、指輪の束みたいなヤツでオレの指に合うサイズを確認した。左の薬指と人差し指だ。次いで、徒弟らしい若衆に持ってこさせた木簡にオレの署名を求めた。
ハイカクところで署名した契約木簡も、テコーと交わした契約と同じように手書きだった。事前に何枚も共通項以外を空欄にしたものが用意してあるらしい。「版木」という概念でも大儲けできるかもしれない。これは道具屋ハパーと細工師ハイカクのどちらに持ち込むべきや?。
ハイカクとの契約を済ませ、図版を預けてネリの案内でテコーの店に向かう。用件は通行証だけ。テコーの店は領主館を挟んでハイカクの店の反対側だとかで、十分ほど歩いた。
店先に立っていたトーブの息子、ナーブがオレ達に気づいた。買い物客を相手にしている最中だったので、互いに黙礼だけで店の奥に向かう。番台のような造りの店の奥にいたトーブが立ち上がった。
「お嬢様とマコト殿、ようこそ。マコト殿、今朝お届けしたものは食べていただけましたか?。」
「昼に少し食べてみたよ。美味しかった。初めての材料もあったから最高の火加減ではなかったとは思うが。」
「それは好みもありますからね。説明もむつかしいですし。今日お持ちした物は息子と二人で考えながら選んだんですよ。」
「ああ。店の前で息子さんの顔も見たよ。仕事中だったから声はかけてないけど。で、今日はこれを預けに来た。」
ハイカクの店で背嚢を開いた時に取り出してポケットに移しておいた通行証をトーブに見せた。内容を一読したトーブは通行証を抽出にしまいながら言う。
「わざわざありがとうございます。また息子と一緒にいいものを選んで届けさせていただきます。」
文字に使われている怪しい塗料に、いつ気づくかな?。




