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4-4 CL(墜落暦)一一二日:紋章

 CL(墜落暦)一一二日。ヨール王二三年四月十日(日)。


 天候は回復した。朝から、見物人は増えてるな。五十人ほどもいそうだ。そのうちに弁当屋でも出てくるんじゃないか?、と思えるほどだ。このあたりでは昼食はあまり食べないんだった。


 昨日、ゴールが来て建物を作れそうな場所に印の杭とロープを張っていったが。今日は、ネリと、もう一人若い男が、昨日マーリン7を上陸させていたあたりを囲むようにして杭とロープを追加の作業中だ。出入り口として荷車ほどの幅を残してロープが張られている。作業を終えても、こちらに呼びかけることもなく携帯椅子に座って革袋から水か何かを飲んでいたりするので、こちらも動かない。あの男は、ヨークだったか?。定食銅貨六枚の店の縁戚かもしれないし、そうでないかもしれない。


 見物人は多いが、測深は続けることにした。こちらに何か動きがあった方が、彼等も退屈しないだろう。何をしているか聞かれても、「底にぶつかって何かが壊れたりしないよう深さを見ていた。」と、誰が聞いても頷ける理由がある。



 「虫」からの情報。テコーが近づいてきているらしい。背負い籠に色々詰め込んだ少年と二人連れ。測深をエリスと交替して船内に戻り、またαに接岸を頼む。


 あまりスピードを出すと測深に影響があるので分速数メートル程の速度だったが、十分ほどで岸に着いた。スロープの先端が水際で少しだけ水に浸かるという位置で停止。丁度その頃にテコー達も今朝張られたばかりのロープあたりに到着した。オレもスロープを降りる。アンが随伴している。


 昨日の契約のことを知っているネリは、テコー達を通した。オレとアンもテコー達のところへ歩く。


「マコト殿。第一回の配達です。」

「ありがとう。」

「息子のナーブです。次回からはナーブに配達させようと思ってますが、いいですか?。」

「構わない、が、このナーブが来れなくて、テコー殿も別の用事があって、じゃあ代わりに別の誰かを、ということになったら、わかるかな?。」


 横にいたネリが会話に加わった。


「それが昨日の帰りに気になって、今日も私が来たんです。私がいれば昨日の契約のことは知ってますから。でも、見物と、マコト殿への正当な用事と、見分けようとすると身分証のようなものを作るべきか、とか考えているところです。大げさにやるのなら、マコト殿の意見も聞くべきでしょうし。」

「ゴール殿はこの件について何か言ってた?。」

「マコト殿に会うための証明書なら、マコト殿が作るのが筋だろう、と。ネゲイでそれを作ると、マコト殿がネゲイに囚われているみたいになってしまう。でも、マコト殿が作った証明書だと、私のようなネゲイの者がそれを見て『通ってよし』とか言うのもおかしいだろう、とか、」


 ゴールの言うことは、建前としては筋が通っている。オレを監視下に置きたいという本音からすれば証明書はネゲイで作りたいだろうが、そうなるとオレが反発する可能性がある、と。助け船を出そうか。


「じゃあ、ゴール殿に提案してくれ。私は証明書を作る。その内容を確認する仕事を、ゴールが認める人達に依頼する。報酬は、えー、なにが欲しい?。」

「わかりました。報酬として欲しいものも含めて、ゴールに提案します。」

「まあ、それで、今日は特別に『証明書なし』でもテコー殿達を通して欲しいが。」

「そうですね。マコト殿に証明書を作っていただいたら、次の配達までにテコーの店へ届くよう手配しておきましょう。」

「じゃあ、アン、テコー殿から持ってきたものを受け取っておいてくれ。テコー殿、『一回目を受け取った』と何か書いておくべきなのか?。そういうものがあれば書くが。」


 テコーは昨日の契約木簡のテコー側の控えを取り出した。裏面を示した。


「ここに指輪、というのがいつものやりかたですが、マコト殿は指輪を付けていなかったんですね。」


 大人達の多くが大きな指輪を付けていると思っていたが、あれは印章だったのか。


「ここのやり方に疎くて済まない。代わりに署名でいいか?。」


 オレは木簡を受け取り、テコーは木簡に続いてインクとペンを物入れから物入れから出そうとしているようだったが、オレはポケットから取り出したボールペンで、さっきテコーが示していた空欄に署名した。


 インク壺を使わないペンに、また驚かれた。ハパーがこの話を聞いたら飛びついてくるだろう。明日か、明後日か?。


 木の板に指輪で型押しでは跡が残りにくいのでは?、とも思ったが、昨日とさっきの署名の時の感触を思い出した。柔らかい木を使ってる。木簡の材料となる木の種類も、目的によって使い分けているのだろう。


 食料の受領は無事に終わり、テコー親子は帰って行く。まだ隣にはネリが残っているので、指輪のことを聞いてみるか。


「ショー殿。昨日は署名して、今日は指輪を求められたが、使い分けはどうしてるんだい?。私も指輪を作っておいた方が良さそうに思うが、ネゲイに行けば作れるのかな?。」

「正式には署名です。書く物がいつもあるとは限らないので、そういう時は指輪を使います。もっと重要なものなら、署名と指輪の両方ですね。指輪の形がきれいに出るように特別な蠟の上から指輪を押すこともあります。」


 地球でもそういう作り方の公文書があったな。ネリは続ける。


「さっきマコト殿が使ったインク壺のないペンがあれば、指輪は要らないかもしれません。」


「でも指輪がないのも変に目立つな。私も指輪を作っておいた方が良さそうに思うが、ネゲイに行けば作れるのかな?。」

「そうですね。ネゲイなら職人も……。あ、私の指輪みたいな普通のものならネゲイで作れますが、マコト殿は名前が三つでしたから、ネゲイでは正式な物はむつかしいかもしれません。」

「名前が長いと作り方が変わるの?。」

「細かな決まりは知りませんが、少なくとも私やゴール、父の領主が使っている物より大きくなるはずです。身分を表す物でもあるので。」


 指輪ナシも目立つし、指輪を付けても悪目立ちしそうだ。それはよくないか。


「あまり大きなものは、領主様より大きいとか、指輪ナシとは逆の方向で目立つな。あまりよくなさそうだ。」

「ネゲイでも、私のと同じ大きさの、略式の物は作れると思います。」

「略式?。」

「ええ。私の指輪はこれで正式な大きさですが、名前三つのマコト殿はこの大きさで略式になるでしょう。国と国の約束でもなし、さっきのような買い物には使えると思います。」

「そうだな。当面の用には足りるな。指輪を作る職人とも会わなければな。模様の形とか、規則もあるんだろう?。」


 ネリは指輪の紋様が見えやすいように手を出した。左右の中指に一つづつ。


「右の指輪は、ネゲイの紋章が入ったネゲイの役人としてのものです。私を含め、少ない者しか持っていません。左は私個人のもので、ショーの家紋の周りに散らした模様で『ネリ』という私を表しています。」


 木に型押しするほどのものなので、線は細く、彫りは深い。それなりに硬い金属を使っているはずなので、彫金師は更に硬い鏨を使うのか。イヤ、今は冶金技術を考察する時間じゃない。


「マコト殿の紋章は、どんなものですか?。」


 今まで、個人の、またはナガキ・ヤムーグの紋章を使ったことはない。署名か、パスコード、生体認証ばかりだった。ナガキ・ヤムーグの家も遡ればそういうものを使っていた時代もあっただろうが、もう何世代も前に廃れてしまっているその紋様を、オレは知らない。α、オレの個人記録か関連資料に、何かそういうものはあったか?。


『残念ながらそこまでの記録はないわね。作るしかなさそうよ。使えそうなパターンは、ライブラリにもあるわ。繁栄を祈願する象徴の線画とかね。』


「いままで、そういう紋章を使ったことがない。署名か、自分を知っている誰かの紹介ばかりだった」

「それなら、その署名の文字を印章にしてはどうでしょう。マコト殿が使っている字は形が我々のものとは違うので、誰かが使っているものと同じにはならないでしょう。」

「そうだな。自分で考えてみようか。職人が刻みやすい形とか、使ってはいけない形とかあるだろうけど。」

「大体の形を描いて、職人がそれを指輪の大きさできれいに書き写してから彫ると聞いたことがあります。下絵ができたら、ネゲイの彫金師を紹介しますよ。」

「そうだな。多分、ゴール殿とも話をしてからになるだろうけど、指輪以外の話も含めてネゲイへは行かねばな。」


 ネリは少し考えて答える。


「マコト殿。その鎧のような服は、色もそうですが、町中ではここ以上に目立つでしょう。ゴールやヨーサ様に話をしておくのと、マコト殿の服装も用意した方が。」

「わかってるよ。でも指輪の話も含めて、ネゲイに行く話、ゴール殿にも言っておいてくれないか?。服は、今着ているヤツしかないわけじゃあない。ここで着ても変に見えないのを、探しておくよ。」

「今日中に、話はしておきます。」


 まだ一つ、船内に戻る前に用事がある。


「ショー殿、テコーの証明書の話だが、ここのやり方で、証明書の文案を書いてくれないか?。」


 オレはネリに蠟板を差し出した。



 水に少しだけ浸かっているスロープ下端で足踏みをして泥を落とし、船内に戻る。スロープを少し上げ、斥力場をかけて汚れを落とす。OK。このやりかたで泥の多い岸辺との出入りでも船内に持ち込む泥や土は最小限度になりそうだ。


「α、テコーの通行許可証と、オレが着る服、あと、今までに集めた映像から指輪の紋様がわかるものの抜き出し、ほか、何かあるか?。」

「今日の昼食は何が食べたい?。」

「ああ、そうだった。届けてもらった物を見ようか。」


 やることが増えて、なかなか全部をこなせない。


 テコー親子が届けてくれた食料品は、既に一部を成分分析に回してあるとのこと。見た目だけで言うと、麦、葉物、芋、果物、肉。それから拳半分ほどの岩塩と、小壺に入った調味料のような茶色の液体もあった。小壺は、空になってから店に持参すれば補充してもらえるという。液体は、買う側が入れ物を用意することが多いようだ。麦を入れている袋もだ。空になって、次に買うときにはその袋を再利用する


「ヤダで調理の様子は見てたから、使い方はわかるわ。葉物は、久しぶりでしょ?。マヨネーズはストックにあるわよ。」

「野菜の繊維を噛み潰す感触を、久しぶりに味わってみたいけど、生はやめておこう。ここで生野菜を食べてるところを見た記憶がない。」

「そうね。寄生虫とかが問題なんでしょうね。ネゲイで、食堂とか領主館の調理場に『虫』を送ればまた新しい調理のやりかたもわかると思うけど、そうする?。」

「そうだな。ヤダ料理、ネゲイ料理か。多分、町中の方が味はいいと思う。マーリン7も移動したし、ヤダの観察はソルと、エンリだけでいいかもな。」

「ルーナはいいの?。」

「ソルとエンリを見ておけばルーナの動きもわかるだろ。オレに関わりたがってるのはルーナだけど、オレはエンリの『火』の方が気になるし、田舎娘と思えない洞察力も要注意だと思ってる。」

「マーリン7の姿を見せた以外はまだ『指針』の基準内の情報しか出してないわよ。」

「そこが気になってるところでもあるんだ。『指針』の開示基準より多目の情報を持ってるエンリの考察がどこまで広がるか。多分ルーナに引きずられてエンリもしばらくはオレ達と関わり続けるだろ?。ソルも、連絡員は欲しいだろうし、エンリは今のところそれに一番向いてる。羊の世話と、ソルやゴールの天秤次第でもあるけど。」

「今の時点で最重要人物はゴールかヨーサ、次にネリ・ショー。ヤダ村の優先度は下がってるわ。」

「ゴールもエンリの有用性には気づいてるから、身分とかの制度上の障害はあるかもしれないけど、ゴールがエンリを登用とか徴用する可能性はある。」

「それもゴールの動きを見ていればわかるわ。」


 食べ物の話だったのに、また会話の方向が変わっている。


「話が逸れてきたな。ヤダ村での観察対象はソルとエンリにして、余った『虫』の余力はネゲイに、ということでどうだ。」

「わかったわ。まだ明るいから、今夜暗くなってからヤダの『虫』達をネゲイに移すわね。」


 「今夜暗くなってから」の話はしたが、まだ午前中だ。次は何だ、と思い出そうとしていると、今度は小ニムエがネゲイに行くための「衣装」を運んできた。

「下に船内服を着込んでるってことなら、今の季節で、このあたりでいいと思うわ。」


 昨日今日に集まっていた見物人達に混ざって立っていても、違和感がない感じ。


「わかった。デザインはこれでいい。でも少し汚しておいた方がいいかな?。」

「ここからネゲイに歩く間に、適当な汚れは付くわよ。」

「わかった。では次。何だっけかな?。」

「さっきあなたが言ったものでいえば、指輪の模様と、通行証よ。多分通行証よりも指輪の方が優先度が高いと思うわ。」


 モニタの一つにネリが書いたサンプルと訳文が表示された。


「この証を持つものは、マコト・ナガキ・ヤムーグにより、マコト・ナガキ・ヤムーグ又はその代理人との面会及び商取引を許可されている-日付-署名-紋章-有効期限」


 「紋章」部分が決まらないと通行証も作れない。


「ネリの指輪にあったネゲイの紋章と正式なネゲイの紋章の比較はできる?。」


 モニタは領主館正門に掲げられたレリーフとネリの指輪の対比に変わった。指輪の紋様は、サイズのこともあってかなり簡略化されている。、


「細かい部分は省略できるな。α、どうせもう何種類かは考えてあるんだろ?。見せてくれ。」


 次のモニタは円の中に「マコト・ナガキ・ヤムーグ」をそのまま図案化したものと、これも円の中に頭文字の「MNY」だけを図案化したものだった。


「ネリは『名前をそのまま紋章に』って言ってたけど、文字だけだと『テンカフブ』みたいな雰囲気になるわね。ここで使うにはちょっと異質かも。あと、フルネームでネリの使ってた指輪サイズに押し込むのはむつかしいそうだったから、同じ図案化パターンで『略式』も考えてみたわ。」


 モニタは「マコト」「ナガキ・ヤムーグ」の文字を図案化したものに変わった。

「マーリン7のシルエットとか入る?。」


 図案の中に、三角形の船体に垂直尾翼のあるマーリン7の姿が追加された。文字部分は少し縮まり、あわせて線もやや簡略化されている。マーリン7はこれ以上簡略化したら何を表しているかわからないだろう。これで行こうか。あれ?。待てよ?。


「α、今後、『機構』が望む方向で物事が幸運すぎるほどうまく進んだら、この紋様がヤーラ359-1の紋様になったりする?。」

「その可能性はあるわね。図案化はしてるけど、なんて書いてあるか知ってれば、この紋様からあなたの名前は読み取れるでしょうね。私たちニムエは構わないわ。やっぱりβが言い出したんだけど、『ニムエ』って文字列も埋め込まれてるの。」


 図案の一部の色が変わった。「ニムエ」と読める。βの悪戯か。乗ってやろう。


「原案了解。指輪にするときはネゲイの細工師に見せて一部修正とかだな。フルネーム版で、テコーに渡す身分証を作ろう。」



 工作室で、小ニムエが用意した掌サイズの板に、オレの筆跡でネリが書いた文章を書き写した。有効期限はテコーの言葉より長めに六月三十日とした。次いで小ニムエが、決めたばかりのオレの紋章(フルネーム版)を歪みなく正確に記す。


 板は旋盤に載せられ、文字と紋章部分だけ一ミリ弱の深さまで削られた。次、ちょっとした悪戯。削られた溝を蓄光塗料で埋めていく。乾いたら表面を磨いて、一見すれば焦茶色の板に白っぽい塗料で文字と紋様が入れたれただけの板にしか見えないが、今夜はテコーのところに「虫」を一匹送っておこう。どんな反応を見せるかな。



 昼は届いたばかりの肉と野菜で作ったスープとこれも届いたパンだった。一回の食事を、ここで取れた材料だけで作るのは初めてだ。評価の定まっていない微量物質とやらも摂取できているだろう。ここ数日は気配のなかった「火」の実験も再開できるかもしれない。


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