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4-2 CL(墜落暦)一一一日:商人達

 翌日。CL(墜落暦)一一一日。ヨール王二三年四月九日(土)。池に着いてからは二日目。


 天気は悪い。小雨が降り始めている。川の水が増えたら池の水位がどう変わるか、など、当面の生活に必要な情報を得るチャンスでもある。のだが、こんな天候にも関わらず、日の出から間もなく二十人ほどの見物人が集まっていた。γが送ってくる雲分布によれば、日中は、小雨が降ったりやんだりになりそう。このあたりにも簡単な「雲読み」ができる人もいるだろうに。


 ヒーチャン達が昨晩のうちに居酒屋あたりで噂を流したのかもしれない。中にはヒーチャン組にいた顔も見かけたが、こちらに呼びかけてはこないので反応は見せていない。マーリン7は池のほぼ中央にいる。この季節に、どこから泳いでも五十メートル以上の距離はきつかろう。それに舟を使えない深さの水面しかなかった地方で、泳げる人がいるのかも疑問だ。


 こんな状況なので、昨日来ていたゴールの随伴にもいた若い女が一人来て、集まった人々を整理しようとしている。「天気も悪いから帰れ!」とか「ここから先は危ないから近づくな!」とか叫んでいるようだ。彼女を手伝ってもやりたいが、今動いたら集まっている人達は更に寄ってくるだろう。どうするべきか?。


 雨足はやや強くなり、一部の人達は帰り始めた。一人が動いたのをきっかけに、数名ずつ連れだって去って行く。こちらに動きがなければ、この雨の中で、そう長くも見物は続けられない。やがて岸辺には、ゴールの部下の女と、三人の男だけが残った。ネゲイ方面から来る人がいるかどうかは、天候のせいもあってよくわからない。残った四人は何か立ち話をしている。あの女の地位や権限はよくわからないが、ゴールも下っ端過ぎる人間は送ってこないだろう。話をしてみるか。


 αに、マーリン7を昨日の上陸地に寄せるよう頼んだ。動き出したマーリン7に気づいた四人は話をやめてこちらを見ている。昨日と同じ場所まで行こうとしたが四人が立っている場所だ。外部スピーカで少し下がるよう呼びかけ、待避を確認してから上陸し、着陸脚と、次いでスロープを降ろした。


 スロープから降りたオレは、待っていた女に近づいた。


「ネリ、だったかな?。」


 昨日ゴールが呼んでいた彼女の名前で呼んでみる。


「ネリ・ショーです。名前を覚えていて下さり、光栄です。」

「話ができそうな人数に落ち着いたから出てきたよ。この人達はネゲイの人達?。」

「ええ。用のない、単なる見物人は帰ったんですが、マコト殿と取引をしたい商人達が是非話をしたいと。」


 商人達と会うことも遅かれ早かれやるべきことの一つだが、一応確認してみる。


「ゴール殿もこういう状況は考えてるだろうけど、オレがこの人達と取引して、ゴール殿は困らない?。」


 彼等には想像もできないような技術力の成果を売ることもできるが、そこまでやるつもりはない。しかし加減を間違えることもあるので、ゴールか、それに近いレベルの教育を受けている人間に、開示する技術の可否判定を手伝ってもらいたいとは思っている。ゴールやネリは、それに気づいているだろうか?。


「残ってる三人は、食料、材木と、道具類を商う者達です。材木屋はこのあたりに何か作るならどんな材料がいるかを見に来たと言ってましたからマコト殿よりもゴールに頼まれた職人衆と話をすると思いますが、食料と道具については、マコト殿と直接話をする方が早いかと。」

「わかった。とりあえず、挨拶をしよう。個別の話はその後で。」


 そのあたりのどこかでオレと一緒にマーリン7を降りてきた小ニムエ達が、雨に濡れない機体の下に、屋外テーブルと椅子の準備を終えた。いつでも出せるよう、茶器を入れたコンテナも出してある。天井となっている船底が少し低いが、まあいいだろう。オレはネリに三人組も含めてテーブルに就くよう勧め、ネリは三人を呼んだ。


「マトー・ブング。ネゲイで材木と、木で作った椅子やテーブルなんかを売ってるブング■■の者です。」

「トーブ・テコー。私もネゲイで、麦や果物など食料全般を売ってるテコー■■の者です」

「テオ・ハパー。ハパー■■で道具屋をやっております。」


 翻訳できないところもあったが、「商店」とか「商会」のような単語だろうと思う。屋号と家名が同じなのは、経営者かその一族に所属しているということだろう。オレも挨拶を返さねば。


「マコト・ナガキ・ヤムーグだ。売り買いできるものがあれば、話をしよう。私は、あなた方からも、この場所のことを学びたい。まあ、座ってくれ」


 一同は着席した。待機していたベティがハーブ茶を配る。オレが一口飲んで無毒であることを示す。


 テコーは初めて飲んだ味のお茶に対して、「産地はどこだろう」と考えている表情が出ている。ブングとハパーは椅子とテーブルの材質に興味を持ったようだ。テーブルはともかく、椅子は木材風の外観から予想される重さよりもずっと軽いので座ろうとした時に違和感があってもおかしくない。二人とも、座ったまま位置調整をするような感じで重さを確かめている。誰から順に話をしようか。


「皆さんは私を相手に商売をしたいと考えている、と、さっきこのショー殿から聞いた。木で作ったもの、食べ物、そのほかの道具とか。」


 ここでの商取引で一番気になっていた疑問をぶつける。


「私はあなた方のやり方を知らない。例えば、私がそこのテコー殿から今日食べるものを買うとして、私は何をテコー殿に渡せばいいのかな?。」


 テコーが答えた。


「このお茶一杯で、少なくとも大人の食事一日分ほどの価値はありそうです。飲んだことのない味ですから。この器も、見たことがありません。それから、この『船』、」


 天井となっているマーリン7を指さす。


「中はわかりませんが、外板は『パーク』でしょうか?。そうであればこの外板だけでネゲイの町中全部のパークより多いんじゃないでしょうか?。切り取る気はないでしょうが、あれだけあれば何年も遊んで暮らせますよ。」


 マーリン7の外板は電気伝導度の高さから銅をベースにした合金でできている。表面斥力場のおかげで無垢の銅板の表面は、少しの光でも反射してよく目立つ。


「あなた方はあれをパークと呼ぶのか。あれは鉄よりも柔らかいけどその分形を色々整えやすい。」


 オレは船外服のポケットから直径三センチ、厚さ五ミリほどの円形をした方位磁針を取り出してテーブルに置いた。これはヤダの上流の放牧地で日時計を見つけた後で外歩きセットに加わったもので、偏角補正もこの地方に合わせてある。蓋があるので中は見えていない。


「そのパークが、この大きさなら、大人一人で何回分の食事ができる?。」


 またテコーが答える。


「パークは、私の場合は、大抵は、決まった大きさの板で扱います。塊で商売するのは……。マトー、お前のところなら塊や板もあった気がするが。」


 銅貨は使われているらしい。なら、周期表で胴の下に並ぶ銀や金はどうだ?。聞きたいが、今は銅だ。話を振られた材木屋のブングが答える。


「時々頼まれて仕入れることはあるけどな。ネゲイまでの運び賃も入ってるから地金の値打ちとしてはよくわからんな。けど、その見た目ぐらいの重さなら、銅貨で三~四枚分ぐらい?。なら、安酒三~四杯ぐらいじゃないか?。酒抜きで大人が一回に食べる量だと、満腹にはちょっと足りないぐらいか。ヨークの飯屋で日替わりを頼んだら確か銅六枚だったよな。」


 やはり決まったサイズの銅貨が流通しているようだ。


「あなた方の使っている銅貨を、見せてもらうことはできるかな?。」


 三人が一斉に腰の物入れを探り始めたが、道具屋のグース・ハパー一番早かった。


「今日はマコト殿から何か仕入れられるかと思って多目に持ち歩いてました。銅と、『アリー』、『ロー』です。今日は持っていませんが、『ロー』十二枚分の『大ロー』というのもあります。」


 テーブルに何種類かの硬貨が置かれた。銅銭は穴があって革紐のようなもので一連にまとめられている。見た目、「アリー」は銀、「ロー」は金のようだ。銀と金は銅に比べて体積も小さい。インプラントの視界に入った硬貨の上に縦横の線が幾つも明滅する。αがオレの視線を通じてそれぞれの貨幣の大きさを測定しているらしい。


「銅と銀、金の違いは?。」

「今は、銀は銅十二枚分です。」

「今は?。じゃあ、前は違っていた?。」

「ハマサックとか、カースンの外では大きさの違うものも使われてまして、私が子供の頃はそういうのが入り交じってました。今のヨール王になって、カースンでは十二枚になるように、融かして作り直してるんです。」

「じゃあ、今は銀十二枚で金一枚?。」

「そうです。十二枚ごとに、大きなものに交換できます。今でも時々昔のお金を持ち込まれることはあって、両替が面倒ですけどね。」


 十二進数か。語彙を集めていく中で推測はできていたが、暗算しにくい。αに頼ろう。酒抜きの大人の夕食一回一〇〇〇クレディで計算してくれ!。


『銅貨一六七クレディ、銀貨二千クレディ、金貨二万四千クレディ、大金貨二八万八千クレディよ。大金貨は銅貨で一七二八で枚。』


 憶えにくい。十二進数でまとめられた呼び方ならきれいな数字になるのだろうが、慣れないと困りそうだ。慣れるのだろうか?。それに金銀銅の価格比といえばいいのか、「十二倍」ずつで変わるのだとすると、オレが記憶している地球文化圏での価格比で考えると金も銀も銅に比べてかなり大きく感じる。ここでは存在量が違うのだろうか?。


「触ってても?。」

「どうぞ。」


 一枚で食事二十回以上の値打ちがある金ではなく、お手軽な銅貨を一連手に取ってみる。所々に、多分十二枚毎に、革のようなものが挟んであって、数えてはいないが、多分一連で七二枚だろう。何かの文字が刻まれた面と。反対側は十字の刻み目か?。厚二ミリ、径は三センチよりやや大きい。大きさの見本で出した方位磁針のサイズと比べると、紐穴の分を差し引いて、確かに三~四枚ほどだ。銀貨金貨は、文字ではなく誰かの横顔が浮かんでいる。


「銅貨一枚にならないような買い物をしたいときは?。例えば、豆一粒とか?。」

「大抵は銅貨一枚分になるようまとめ売りするから滅多にないですけど、銅貨だけは半分に割れるよう刻みが付けてあります。でも、本当に滅多にないですよ。銅貨を割るのは行儀が悪いって言われてます。そういう時用に、ハマサックの古い銅貨も時々使われてます。」


 この十字線はそういう意味か。貨幣経済のために改鋳したり、いつどこでも、経済政策は大変だな。では次のステップだ。


「このあたりのお金の仕組みは、最小限度わかったよ。ありがとう。ええと、道具屋の、ハパー殿だったか。これを見てくれ。」


 テーブルの上に置いたままだった方位磁針の蓋を開く。ネリを含む来客四人が方位磁針を覗き込む。オレは方位磁針を置いたままその場で回してみせる。針は揺れるものの、同じ方向を示し続けている。


「こういう道具は、ここでも使われてるかな?。」


「これは……『北の針』かな?。カースンに仕入れに行って、ターケンだったかな?、カースンに来ていた外国の船の中を見せてもらった時に、もっと大きなものを見たことがあります。」


 ハパーは答えた。遠洋航海らしい活動があるので方位磁針は多分知られているだろうとは思っていたが、やはりあったか。他の三人は、「聞いたことはあるが初めて見た。」という程度。生活圏がヤダ川の流域に限られているなら、方位磁針の有無は死活問題になりにくいだろうから、そういうものかもしれない。


「船にあるのは多分大勢が見やすいように大きく作ってあるんだろう。これは一人で持ち歩ける大きさに作ってある。初めての土地だから、こういうものを持っていると安心できるからね。今は銅の値打ちを聞くための大きさの見本として出しただけで、このあたりではあまり使い道もなさそうだから、ハパー殿には別のものを探そう。ベティ、来てくれ。」


 αは既に「贈り物」の中から適当な宝石類を選定済みだと知らせてきていた。ベティにそれを取りに行ってもらおうとしたのだが、ハパーはそれを遮った。


「マコト殿。この『北の針』、この表面の歪みのない透き通った板だけでも大したものです。今日、マコト殿が最初に出してくれたもの、というだけでも価値があります。金貨十二枚でいかがか!。」


 地球では珍しくないまともな板ガラスが、このあたりでは使われていないことを忘れていた。金貨十二枚?。慣れない貨幣単位で価値がよくわからない。食費換算で……


『ヨークの日替わり二八八日分よ。二八万八千クレディ。』


 αが教えてくれた。いかにも自分で計算した風を装って答える。


「さっき聞いたヨールの日替わりで二八八日分か。」


「ヨークです!。」


 ネリが言い間違いを指摘した。


「ああ、ヨークか。間違えた。名前を間違えるのはヨーク殿に失礼だな、謝る。」


 テコーが言う。


「私のところで用意できる材料費で考えれば、マコト殿一人なら大体一年分ほどになります。お付きの方々が何人いるのか知らないのですが。」


 一年間の大人一人の食料費が金貨十二枚、一ヶ月金貨一枚相当になるように調整されているのか。これはわかりやすいな。少し考える風を装って間を置き、


「ハパー殿。新品もあるがどうする?。これは私がしばらく使っていたから小さいが傷も付いている。」

「マコト殿が使っていた、というのも価値の一部です。新品なら金貨十枚でどうでしょう?。幾つぐらいありますか?。私も今日の手持ちは二つ目、三つ目には少々心細いところはありますが。」

「わかった。この一つを、金貨十二枚で譲ろう。半分は金貨で。イヤ、金貨九枚と、残りはネゲイで使いやすそうな銀貨と銅貨で。金貨九枚のうち六枚はテコー殿に渡して、テコー殿は何でもいいから長保ちのする食料を届けてくれないか?。ここまでの運搬費を含めて金貨六枚でいい。『北の針』の新品をハパー殿に譲るのは、もう少し考えさせてくれ。」

「金貨六枚分の長保ちするものは用意できますが、もう少し待てば新しい葉物野菜や肉も入ってくるようになります。これから四~五日に一度くらいでお届けするのはいかがでしょう?。今日は四月九日ですので、マコト殿のお付きの方がどのくらいいらっしゃるのかは存じませんが、来月の末までは続けられるのではないかと思います。」

「わかった。テコー殿。そのあたりの配分は任せる。来月の末が近くなったら、また次のことを相談しよう。」


 蚊帳の外になりかけている材料屋にも声をかける。


「ブング殿。今日はこの場所で使いそうなものの下見が目的と聞いたが、いいものは思いついたかい?。」

「そうですね。決めるのは私じゃないですが、仕入れておいた方がいいものは幾つか。」

「昨日だったか、ヒーチャンにも聞いたが水に強い材料の方がいいらしい。素人の私にもそのくらいはわかるが、このあたりの材料で何が水に強いのはブング殿やヒーチャンの方が詳しいだろうから、よろしく頼む。」

「ええ。今の在庫と、今注文したら入ってきそうな物を、もう幾つか思いついてます。何をどれだけ使うかは、ゴール様にお話を伺ってからになりますがね。」

「それでいい。ゴール殿やヒーチャン親方ともよく話をしておいてくれ。」


 それから、茶器はベティが片付け、テーブルに方位磁針一個、金貨九枚、銀貨二四枚、銅貨二連が並べられた。ハパーとの取引は、今回はこの場限りだが、テコーはこれから数週間にわたって食料配達の仕事がある。テコーは木簡を取り出して契約書を書き始めた。木簡の大きさは普段ゴール達が使っているものと同じだが、裏表共に中央にノコギリ挽きのような線が入っている。多分、上下で同じ内容を記し、半分に割って契約当事者の双方が一枚ずつ持つのだろう。


 数分後、オレに木簡を差し出して内容の確認をして欲しいという。オレはここの字が読めないと言うと、テコーは同席していた中で最も地位が高いであろうネリに内容の確認を求めた。ネリは木簡に書かれた内容を皆に聞こえるよう読み上げる。


「マコト殿。異議なければ私も証人として連署しますからここに署名を。」


 ネリは木簡の余白を示した。


「じゃあ、これから食料を頼むよ。岸から大声で呼べば、船を寄せるから。」


 テコーが差し出すペンを、オレは受け取った。このペンと木簡の組み合わせ、慣れてないのもあってか、書きにくいな。



 書き上がった契約の内容を再度確認したテコーは木簡を割り、一枚をオレに差し出した。オレは木簡を受け取ってベティに預ける。テコーとハパーは小雨の中ネゲイへ帰っていった。ブングはもう少し池の周りを見てから帰ると言って、水際に沿って上流方向へ歩き出す。マーリン7にはオレとベティ、ネリが残された。まだ〇八〇〇Mだ。朝食も食べずに。ネリと話をして情報を得ながらの朝食というのもいいかもしれない。天気は悪いが。


 そう思ってネリに声を掛けようとしたが姿が見えなくなっていた。あちこち見回すと、ブングとは反対、池の水際を下流方向に遠ざかる後ろ姿が見えた。まあ彼女も、見ておきたい地形的特徴とかもあるだろうから、帰ってくるまで待つか。デルタの分離手順についてαとも話をしておきたいし。


 「一クレディ」で日本円の一円相当、としています。

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