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3-14 川下り

 αと明日の予定について話をしよう。


「今日の私は小ニムエ達に街道補修させるのに集中してたんだけど、γはここから大穴まで、『虫』で追加撮影してシミュレーションモデルの精密度を上げてくれたわ。」

「γから『虫』の直接操作はできないとか言ってなかった?。」

「直接受信できないだけで、送信はできるわ。で、受信もアルファを経由させればできるもの。」

「そうだったな。」

「βは?。」

「いつもみたいに私とγの演算のダブルチェック。一日の半分は裏半球で通信できないから、どうしてもそうなっちゃうわよね。」


 今の運用体制になって五十日以上。だがベータには今の高度から359-1の全球通年での観測を続けさせたい。春夏秋冬を網羅できたら別の運用もできるようになるが。


「ベータは、まだ三〇〇日ちょっとは今の軌道だな。で、移動のシミュレーションモデルはどんな感じ?。」

「モニタに出すわ。」


 マーリン7を谷の上から斜めに俯瞰した画像が表示された。機体と地表を隔てる斥力場の負荷分布と、機体質量中心位置も重ねられている。斥力場は全面で厚さ十センチ。


「明日のステップ一よ。」


 底面前半の斥力場が下だけでなく左右にも拡張し、機首が上がった。今までの斥力場は大岩の上流側に当たっていたが、モニタの中の斥力場は大岩の上に乗った形になっている。機首も船尾より高くなった。


「念のために質量中心を移動。」


 質量中心が、バラストポンプで前に移動させられた。


「ここで後部底面斥力を拡張。」


 後部底面の斥力場が膨らみ、船尾が機首よりも上に持ち上がる。と、質量中心は前部に寄せてあるので、そのまま機体は大岩の上を滑ってその下段、この数日屋外テーブルを置いていた空き地に落ちた。そのまま、勢いで滑り続ける。斥力場は全面で厚さ〇.五メートルになっている。モニタの中の機体は、谷筋の中の右寄り、ヤダ川の本流に沿って、時折岩にぶつかって方向を変えながら、そのまま渓谷を滑ってゆく。


 モニタが停止した。


「これがステップ一よ。今のマーリン7を押さえてる岩を乗り越えた後は斥力場を全面〇.五メートルの設定で、変な推力は使わずに、『バンクさせなくちゃ』って言ってた場所までは滑り降りられるわ。」

「『バンク』の場所、R1だったか。そこはどう抜ける?。」

「谷底を移動する前提ならバンクさせないと抜けられないんだけど、谷の立体モデルを作り直して何通りかシミュレーションをやってみたらこんなやり方が出てきたわ。」

 モニタが動き出した。渓谷幅が狭くなってゆく。マーリン7は後部の斥力場の厚みを増して少し船尾を上げる。斥力場の厚みを戻すが、両翼端は岩棚のような地形に乗り、機体は機首下げの姿勢のまま、それまでの慣性で狭隘部を通り抜ける。そこからは斥力場の厚みを元に戻し、数秒で離隔〇.五メートルの「巡航」状態に戻ってモニタも止まった。


「このシミュレーションはβちゃんでーす!。」


 βが割り込んできた。


「γは正攻法で一度ずつ角度を変えながらとか計算してたんですがぁ、βちゃんはライブラリにあった『カーロ山メソド』って方法でやってみました!。それで見つけたのがこれです。いいですねぇ『カーロ山』。どこの山ですかねぇ。ライブラリ見ればわかるけど敢えて見ないのがβちゃんですねぇ。」

「β、カーロ山はフランスの南の方にある山だ。」


「……あら、マコト兄さん、無粋ですねぇ。謎は多い方が解く楽しみもあるんですよ。」

「あぁ、長話しているヒマはあるのか?。今通信圏に入って何分ぐらいだ?。」


「……ガンマ経由の通信圏での残り時間は、二十分ほどですかねぇ。そのあとは、『謎の大地』裏半球へバイバイです。」


 βとの会話は、いつもタイムラグがあってちょっとやりにくい。


「ともかくβ、この方法は使える。ありがとう。」


「……次の難所、R2、木が多いところの抜け方も、βちゃんの提案から出てきたんですよぉ。」 

「どんな方法だ?。」


「……『虫』で木の振動を測ったんですう。あのあたりで木の上と下に一匹ずつ『虫』を止まらせてぇ、風が吹いた時の動きから木を倒すのに必要なモーメントとか色々計算してみましたぁ。」

「それで結果は?」


「……モニタに出しますぅ。α姉さん、今日のシミュレーション一三七一四とその枝番付きを、順次再生でお願いしますう。」


 「一三七一四」か。結構な数をやってるもんだな。


 モニタの隅に「一三七一四」。マーリン7は谷底を進んでいる。やがてR2に到達し、マーリン7のデルタ翼は数本の木をそのまま薙ぎ倒しかけたが、途中で止まった。


「……ここで引っかかってる木を一本倒すとこうなりますぅ。」

 シミュレーション番号が「一三七一四-一」に変わってモニタ上の木が一本消える。マーリン7は斥力場を拡張させて十メートルほど後退。斥力場を戻すとまた木の群に突っ込んだ。前回に加えてまた数本の木を倒して止まる。


「……これを繰り返すとR2を抜けられますぅ。」

「最初から丈夫そうなヤツを倒してたら、一発で抜けられるんじゃない?」


「……それも試したんですけどぉ、α姉さん、枝番一〇一をお願いしますぅ。」

 枝番一〇一が再生された、枝番なしのものより、木の数は少ない。が、途中で止まる。


「……切ってないヤツにぶつかって止まっちゃうんですぅ。全部伐っておけば抜けられるんですけどぉ、多分明日午前中だけではそんな時間はなくてぇ。強度の評価も完璧じゃなくてぇ、あとは実地に試しながらとしか言いがたい感じですぅ。」

「R1みたいに上を抜けるのは……、木が高過ぎたら無理か。」


「……その方法は谷の幅が広過ぎて使えないんですぅ。」

「なるほどわかった。」


 シミュレーションを何度もみているうちにベータの位置は遠ざかり、通信圏外に消えていった。


「α、ここで木を伐ってもらう件だけど、マーリン7は作業中に少し上流で待機だろ?。」

「βのシミュレーションは十メートル後退だったけど、もう少し下がっておいた方が勢いもつくし、いいでしょうね。」

「待機している間は、動かないか?。心配してるのは、マーリン7の固定が外れて作業中の人間を巻き込むことなんだ。マーリン7と斥力場の下敷きになっても、人は死なないものかな?。大丈夫か?。」

「斥力場の反発力は有効圏内に何も入れないけど、それは船体表面と平行に発生するから、人の顔の凹凸とかがあれば呼吸はできるはずよ。あと、荷重は『多分大丈夫』としか言えないわ。人間一人が横たわった面積の上に最大で一キロニュートン、大体一〇〇キログラム重くらいの力がかかる。死なないし、動けはするけど、押し倒される前提なら骨折ぐらいはするかも。」

「そんな時には部分的に斥力場を解除とか弱めることはできる?。」

「斥力場の部分的な調整はできるけど、元々は宇宙空間用だったから、発生機が地表で人間サイズまで細かい制禦をするような配置にはなってないの。それに下敷きになった人の位置の特定に『虫』を使いたいわね。でもそうすると、『虫』のことが彼等に知られる。これは、派生的な問題が大きいわ。」

「『虫』は、そうだろうな。」


 スパイ活動とも呼べる使い方をしていた「虫」の存在を知られることは、どこで反発を招くかわからない。


「マーリン7の進行方向は安全のため立ち入り禁止、というのは当たり前だけど、この伐採の時は、船体固定には特に気を付けるべし、だな。」

「ええ。斥力場の調整はいい方法を探してシミュレーションは続けるけど。」

「よし。R2は、ヒーチャン達に怪我がないように気を付けながらトライ&エラーで抜けて、その後はどんな感じ?。」

「あとは、のんびり大穴に着くまで下ってゆくだけよ。」


 モニタは「一三七一四」の続きに戻る。停止の度に枝番が増えてゆき、枝番九でR2を抜けた。その後は何事もなくヤダ川の流れに沿って進み、大穴、今は大池になっている水面に達してシミュレーションは終わった。モニタ上には水面に浮いているマーリン7の姿がある。


「『手』のことは抜いて考えて、ここまで来たら離陸できる?。」

「多分大丈夫よ。人払いは要るでしょうけど、この池と周りの平原は、空気力学的に離陸できる加速をするだけの広さはあるわ。あと、池の深さを考えたら、デルタも出せるかも。」


 デルタは、ベータ、ガンマに続く三機目のマーリン7の子機で、地表と軌道の往還のために装備された機体だ。


「今のオレはデルタを使うメリットを思いつけないんだが、もしかしてAIのδを使いたいとか?。」

「βとγがあるから、まだ演算能力には余裕があるわ。でも今まではデルタを出したくても出せなかったから、オプションのお知らせよ。」


 今の運用の問題の一つは、ベータが裏半球にある間は通信ができないことだ。デルタをその穴埋めに……。


「α、今、デルタを地上往還に使うことはないけど、そのデルタをここから東西に経度で九〇度ずらした東経一三五、西経四五度の極軌道で飛ばしたら、ベータの通信ギャップを解消できないか?。」


 数秒の間を置いてαが答えた。


「『手』が離陸に干渉しないものと仮定して、デルタとガンマの間で、大気による信号減衰がないような高度を取っても、ベータとの通信不能は今の「一日の半分」から四分の一にまでしか短縮できないわ。それに、東一三五、西四五で固定しても、七-十九時軌道の問題は残るわよ。」

「四分の一でも今よりは改善になる。七-十九時軌道の問題は、高度を上げれば避けられると思ってるんだ。池でデルタを分離するなら、表面を池の泥のようなもので汚してやれば、光の反射も抑えられる。」

「表面に泥が付いてると、アンテナの出し入れで変なものを開口部に挟み込む可能性があるわ。気密が作れなくなったら人間が乗れなくなる。東一三五、西四五は確保しておいて、七-十九時になるときだけベータ、ガンマの位置を考慮して前後にずらすのではどう?。」

「それで行こう。移動が終わって、落ち着いたらやろう。」

「でも『手』対策は?。地表と、十九時軌道以外の軌道は安全そうだけど、上昇中に捕まったら?。」

「斥力場の変動は検知されてない、と思ってる。あれは理論上も作用範囲の外からは検知できないはずだし、今までも検知された形跡はない。電波も、検知された形跡はない。で、デルタはVTOLだ。アルファベータガンマではやりにくい細かな地形追従飛行ができる、はずだ。で、一応、全球の立体地図もある。移動先の池でデルタを分離したら、できるだけ低い地形追従飛行でムラウーへ続く山越えをさせる。山を越えたら集落とかを避けるコースでもっと北へ何百キロか移動させてから軌道に上げる。これなら『手』にも見つかる可能性は小さいと思う。このあたりの人達はほとんど日没後にすぐ寝てしまうから、二一〇〇Mぐらいから分離、離陸させたら誰にも気づかれない。」

「わかったわ。分離の前には赤外線で周辺監視した方がよさそうね。それとも、雨の夜とかならもっと気づかれにくいかもしれない。軌道に上がるまでのコースとか、上がってからの細かい数字とか、準備しておくわ。」

「そうだな。雨の夜はいいな。」

「あと、デルタを軌道じゃなくて機動運用したら、『虫』の運用範囲も広がるわよ。中継機も積んでるから。」

「その使い方は追々考えるよ。」




 CL(墜落暦)一一〇日。ヨール王二三年四月八日(金)。


 昨日ルーナに注意されたので、「贈り物」から刃渡り二十センチ程の山刀を一丁選んで腰に下げている。実用的で、ゴールの長剣よりは少し短いものを選んだつもりだ。多分、儀礼的な問題は生じないだろう。あわせて、二二口径のリボルバーは四五口径のM一九一一レプリカに交換した。昨日初めて自分の目で見た荷役用のオオムカデの殻に、二二口径の六連発では不安を感じたからだ。


 〇七三五M。まず上流からヒーチャン親方率いる職人集団の行列が街道を下って来た。一行は不陸が残る昨日盛ったばかりの地点をやはり荷物のぐらつきを押さえながら通過した。ムカデと荷車はそのまま下っていく。ヒーチャンとエンリ、ルーナは河原へ降りてきて、残った職人達は街道上の凹凸を踏んだり均したりしている。オレはマーリン7を出て彼等を迎えた。


「マコト殿。今日の手順は昨日のとおりでいいかい?。」


 ヒーチャンが尋ねる。


「そのつもりだ。昼前には問題の林に着いていると思う。」

「じゃあ、このお嬢さん方の案内でそこまで先に行けばいいんだな。」

「ああ。弱いヤツはあの大きな船でぶつかったら倒せるか折れると思うんだが、根が丈夫なヤツは引っかかりそうだ。もし、時間があるなら丈夫そうなヤツから順に伐り倒していって欲しい。」

「変に待ってる時間ができたらそうするつもりだったんだ。」

「あと、船が近づいてきたら、絶対に前には立たないでくれ。危ないから。」

「それも連中に言っておこう。」

「じゃあ、エンリ、ルーナ、親方達の道案内を頼む。」

「わかったわ。先に行っておくね。」

「マコトさん、もし、船があの林まで行けなかったらどうするの?。」

「その時は、昨日林を見に行った街道までオレかアン達の誰かを行かせて知らせるよ。」

「わかったわ。」


 一行は、街道を下っていった。ゴール達が荷車付きで上ってきているのをインプラント経由で確認してある。マーリン7を押しとどめている岩の状態を確かめたりしながら到着を待とう。



 〇七五五M。ヤダからゴール、ソルとあと二人、名前は確か、コーツとミンだったか?、が到着。ゴールだけは馬に乗っている。前回のようにソルとゴールは河原へ降りてくる。残った二人は街道から河原へ降りるためのロープをたぐり上げて片付け、荷車に積まれた桶から……あれは人肥か。養分のない真砂土に草の種を撒いたから、少しでも栄養を与えようとしてるのか。


「マコト殿。見に来たよ。」


 馬に乗ったままのゴールが言った。


「どこで見るのが一番いい?。なんなら、この馬をソルに預けて、儂もこれに乗ってみたいとも思うんだが。」


 いつか誰かに言われると思っていたことを、言われた。ルーナでさえ遠慮があったのか言ってなかったのに。


「申し訳ないがそれはご遠慮いただきたい。中には触ると危ないものもあるし、特に今日は大揺れに揺れると思う。」

「やはり大揺れになるか。一応、聞いてみただけだ。」

「触ると危ないものもあるので。」


 オレは繰り返した。


「見るなら、船よりも高いところ、街道からなら危なくない。船の下流には絶対に来ないで欲しい。」

「そうだろうな。あの大きさのものが上に乗ってきたら死んでしまう。」

「では、準備でき次第始めてもいいかな?。」

「儂らは街道に戻る。始まるときに教えてくれ。」


 ゴール達は街道に戻って行った。ロープが片付けられているから登るのに少し苦労するだろう。船内には触られたくないものも多数あって一部は本当に危険であるのは事実。「大揺れ」は外部監視モニタの映像だけだ。慣性中和があるから、船内では身体に揺れは感じてないのにモニタの画像だけは揺れている変な状態になるだろう。


 またスロープを降ろしてオレも船内に戻り、操縦席に座る。壁面パネル群は「お外丸見え」モード。手許モニタは斥力場、船体姿勢とバラスト。池までの全体地図とマーリン7附近だけの地図。「虫」から見たマーリン7、ゴール達、ヒーチャン達。機体姿勢監視用には「虫」五匹を充てている。電波の送受信のため、斥力場は垂直尾翼先端だけ解除。アンテナを展開している。「虫」達はゴール達に見つからないよう、どれも望遠モードだ。肘掛けの先には操縦桿とスロットルレバー。今の操縦桿とスロットルレバーは、斥力場のバランス調整用になっている。昨日のシミュレーションで見せられたような複雑な操作には自由度が足りないので、基本的にはαが操作するが、緊急用だ。αが言った。


「ゴール達が街道で場所を決めたみたいだわ。もういいかしら?。」

「ちょっと待って」


 外部スピーカにつないで「今から始める」と宣言。モニタで、街道の四人が了解の合図に手を上げるのを確認。


「α。ステップ一だ。」


 〇八三〇M。


 「お外丸見え」で見えている風景が傾いていく。斥力場の状態表示も、昨夜のシミュレーションで見たのと同じように変化する。「虫」から送られてくるマーリン7の映像は機首を上げ、バラストポンプ、OK。機首上げが止まった。次いで後部の斥力場が拡大し、機体は水平を超えてやや前傾になり、滑り始める。


 動き出したと思ったら、機体は大岩の前方の空き地に滑り落ちた。その勢いのまま、水もないのに流されるように下流へ進む。摩擦がないので、速度は勾配に依存する。早いところでは秒速四~五メートルほどか。もっと下れば勾配も緩くなってスピードも落ちるだろう。「岩に当たりそう」と思ったところで斥力場が働いて衝突を避ける。河床の落差を滑り落ち、別の岩を避ける。出発から十分ほどでR1に近づいてきた。シミュレーションと同じく底面の斥力場が拡張して機体が浮く。地図上で「R1」と表示された場所を、マーリン7を示す光点が何事もなかったように通り過ぎ、シミュレーションと同じく底面の斥力場が縮小して機体は谷底に戻った。通過時の姿勢もシミュレーションと同じく前に傾いた形だった。R2まで、また十分ほど。もっとゆっくり出発すればよかった。出発を見送ってくれたゴール達が動いているマーリン7を見ていたのは多分一分もなかっただろうし、R2でマーリン7が進めなくなったときに手伝ってくれるヒーチャン達より、かなり先行してしまったようだ。


 R2が近づく。まだ動き出してから三十分も経ってない。勾配が緩くなっている。R1以前に比べてスピードは落ちているようだ。


「このままシミュレーションのとおり突っ込む?。」

「そのつもりよ。全く同じ角度とは行かないでしょうけど。」

「了解。」


 マーリン7はR2へ到達し、右翼で数本の木を根元からなぎ倒して止まった。〇八五五M。


 ムカデに牽かせた荷車と一緒に移動しているヒーチャン達は、丁度この頃R2附近にいた。「虫」からの映像で、マーリン7が木を倒す音に気づいた何人かが街道下のヤダ川をのぞき込んでいる様子が見えた。荷物の中からロープを出そうとしている様子も見えたので外部スピーカで話しかける。


「ヒーチャン親方と職人衆へ。マコトだ。仕事を頼もうと思っていた場所に、私はもう到着してしまった。あなた方は予定の経路でここまで来てくれ。そちらの崖から降りてくるのは、危ないからやめてくれ。」


 モニタを確認する。ロープを出そうとしていた職人が、またロープを道具箱に戻すのが見えた。


「さあ次だ。α。機体をちょっと戻すんだる?。」

「ヒーチャン達が来るまでにまだだいぶ時間があるわ。戻すのを,自分でやってみる?。」

「そういう流れじゃないかと思ってたんだ。」


 スロットルレバーと操縦桿で、まず、左前方を反発させるには、こうか?。OK。この角度で後進、機体の傾きがあるとバランスが取りにく、こうで、よし今右イヤ左!。後!左…後!。


 調子をつかめたので一〇〇メートルほど上流へ戻ってから流れ下る。左右は時々微修正しながら、あの隙間!。


 前回倒れかけていた木の一本を倒しきった。が、まだ残っている。ヒーチャン達が来るまでこれを繰り返すか?。一本、種類の違う木が混ざっていて、あれは難物かもしれない。倒れた木の枝も高さ三~四メートルほどになっている所があって、枝打ちが必要そうに見える。新品の山刀の出番か。


「α、降りて枝打ちとかしようと思うから、機体は任せる。」

「わかったわ。降りやすそうなとこまで後退させるわね。」


 マーリン7を降りて河原を歩き、倒された木々の所まで来た。枝が邪魔になって幹が倒れきっていない。手近なところから、幹の上になっている枝を落とし始める。新品の山刀だが、水気を含んだ新しい木なので弾力に跳ね返されることもある。一本目の途中でもう腕が上がりにくくなってきた。もっと文明的な道具を使うべきだったか?。何があっただろう?。船内で金属加工も可能だが、ヤーラ359-1で補充しにくい消耗品や部品を使う道具は、あまり使いたくない。


 ゴールも追いついてきた。崖の上からこちらを見下ろしている。


「大丈夫かー!?。」

「問題ない!。ここでヒーチャン親方達と待ち合わせしてる!。」

「そこへは、どうやったら行ける!?。」

「下流から回り込むしかないみたいだ!。待ってればヒーチャン達が来るから、それまでそこで待ってたらどうだ?!。変に動いたら、オレ達がその間にもっと下流へ行ってしまうかも!。」

「じゃあ、ここで待たせてもらう!。」


 ゴールとソルは崖の上に仮拠点を決めた。


 応援に、アン達五体、顔付き小ニムエ達が降りてきた。それぞれに鉈を持っていて、枝払いに取りかかる。五体の小ニムエ達はそれぞれが一本ずつの木を受け持ち、数分で、倒された木から伸びていた、マーリン7の通過に邪魔になりそうな高さの枝を取ってしまった。最初にオレが担当した木はまだ半分も進んでいないというのに。一本を終わらせたら二本目にかかっている。賢くて力持ちの機械には敵わない。小ニムエ達はオレのやり残しも枝を払ってしまった。街道では、小ニムエ達の体格に似合わない働きぶりを見たゴールが何か騒いでいるが、内容は大体想像できるので無視だ。


「小ニムエ達は流石に早いな。力もあるし。」

「ええ。そうでしょ。マコト、もう一度マーリン7を突っ込ませるから、中で休んで。」

「わかった。一回戻るよ。」


 正十二面体のときもそうだったが、オレよりも小ニムエ達の方が優秀だ。〇九三二M。



 それからαの操船でもう一度疎林に突っ込んで(ゴールはまた大騒ぎした)、また上流に後退を始めた(これにもゴールはまた大騒ぎした)頃にヒーチャン達が到着した。〇九五五M。まだ時間はあると思って位置情報を見てなかったが、ルーナ達が考えていたよりも上流、この場所のもっと近くで川を渡れる場所を、ネーロが知っていたらしい。船から降りて、彼等を迎えよう。


「待たせたな。仕事にかかる。一本だけ堅いのがあるな。」

「見てのとおりだ。アイツ以外は倒せると思う。あれは、斧とかノコギリが要るな。」

「ああ。まず、アイツに三人、それ以外の連中は、散らかってる木とか枝を脇に寄せさせよう。」


 職人達が動き始めた。力はあっても体重が軽い小ニムエ達には運べなかった丸太が片付けられてゆく。一番堅そう、という木の根元では三人の男達が三方向から斧を振るっている。幹の、人の身長より少し高い位置にロープが結ばれていた。斧部隊の仕事がある程度進んだら、このロープで引き倒すのだろう。


 十分ほど経ったところで斧の三人は木から離れ、待っていた数人がロープを引く。木は少し傾いてから反動で逆方向へしなり、また引かれたロープで一層傾きを大きくして……という数往復を経て倒された。枝打ちのために待機していた職人達が取り付く。小ニムエ達も参加する。この木だけはちょっと堅いためか、小ニムエ達のペースは最初に見たときよりもやや遅い感じ。だが、人数が多いこともあって、数分でその木が邪魔していた範囲はマーリン7が通れるほどに片付けられた。」


「マコト。残ってる木は次の突進で倒せそうよ。そうしたら、地形を見る限りそのまま池まで下っていけるわ。」

「わかった。親方達を待避させて、オレ達も船に戻ろう。」


 ヒーチャン親方のところへ行った。


「親方。残ってるヤツは、船をぶつけたら倒れて、そのまま乗り越えて行けそうだ。最初に崖の上から見てた感じに。」

「わかった。マコト殿はそのまま進んでいくのか?。」

「ここを過ぎたら次に船を下りられる場所までしばらくありそうだから、そのまま進もうと思ってる。だから、今日はここでお別れかな。」

「よし。で、ちょっと聞きたいんだが、マコト殿達が倒した木はどうするつもりだい?。」

「あの木は、残していくしかないかと思ってる。」

「じゃあ、譲ってくれ。誰のものでもない土地の木は、倒したヤツのものになるんだ。あの船で倒したヤツは、あんた達のものだからな。」

「それは構わない。譲るよ。薪ぐらいにはなるだろうし。ここから運び出すのはどうやって?。」

「もうちょっと形を整えてから何本かロープで結び合わせて川に流す。そしたら手間いらずだ。」


 筏か。


「わかった。あの木は、任せるよ。」

「船がここを抜けたら、木を片付けてから帰るよ。」

「じゃあ、オレ達は船に戻って川下りを再開する。船が通過するまでは、親方達が通ってきた山道まで戻って待っててくれ。絶対に、船の前に出ないよう、皆に言っておいてくれよ。」

「そうしよう。じゃあ、今日の夕方か、明日か明後日に。」

「ああ。暇ができたら会いに来てくれ。」


 小ニムエ達を引き連れたオレは船に戻った。その間に、ヒーチャン達も河原を出て山道に戻っている。「虫」で彼等の位置を確認して、OK。上にゴール達がいるのを思い出した。外部スピーカでヒーチャン達、ゴール達に予定を念押しする。


「これから船を少し上流に戻して、残ってる木を押し倒してから下流に進む。危ないから船の前には絶対に出ないでくれ。」


 αの操船で、船は二〇〇メートルほど戻った。助走が長いほど残っている木を倒しやすいということだろう。

「行くわよ。」


 αが告げると、ブレーキとして底面から何本かの棒状に突き出されていた斥力場が元に戻り、船はゆっくりと進み始めた。勾配で加速される。数秒で残っていた木々のところまでたどり着き、そのまま木々を押し倒して下流に出た。あちこちのモニタで見た限りでは船は大きく揺れたようだが、船内は慣性中和があるので全く何も感じられない。ヒーチャン達、ゴール達の様子を捉えている「虫」からは、歓声を上げている彼等の姿が送られてきた。「見たか?。すげーな。」という感じだ。まだ距離が離れないうちに外部スピーカで呼びかける。


「難所は無事に通過した。これからこのままゴール殿が提案した池のあたりまで進む。今日はありがとう。また後で会おう。」


 「虫」によると、ヒーチャン達は河原へ降りてゆく。筏を作るのだろう。ゴールは、単騎でヤダ村の方向へ下り始めた。オレ達とどこかで合流しようという感じか。このペースなら、ヤダ村あたりで待ち構えているかもしれない。ソルと荷車は徒歩ペースで街道を下り始める。一一一一M。おお、意味はないがゾロ目だ。



 そのまま何事もなくマーリン7は進む。急流域は抜けていて勾配も小さいので、徒歩よりも少し早い、という程度のスピードだ。ゴールは、やはりヤダ村まで先行して河原に陣取っている。ゴールから知らされたのだろう。村人も何人か集まってオレ達を待っているようだ。


「α、ヤダ村に一回挨拶をしておこう。降りるつもりはないけど、上面ハッチから顔を出して手を振るだけでも。ゴールも何か言いたいだろうし。」

「そうね。あのあたりで一旦止めるわね。」


 ゴールと村人達が待っている前で一度マーリン7を止めた。船体上面の斥力場も止め、ヘッド・クォータの上面ハッチから上半身だけを外に出した。この村も、直接見るのは初めてだな。オレはゴールに呼びかける。


「ゴール殿!。無事にここまで来れた。感謝する!。」

「よかった。だがまだ池までは着いていない。無事の到着を祈る!。」

「気を付けていくよ!。ヤダの人達も、見送りをありがとう!。」


 ヤダの人達に手を振られながらオレは船内に戻り、マーリン7は再び進み出した。



 勾配が緩いのでスピードはやや落ちているが、まだ徒歩よりは早いようだ。


 一二〇〇Mの少し前、川は右に曲がり、正面よりやや左に大穴から吹き上げられた土砂を山腹に貼り付けていたままの山が見えた。普通に木々が生えている周囲と、泥で色が変わっているところ。色が変わっている範囲のうち低いところは、木々が押し倒された上に泥が積もっている。泥が吹き付けられてから一冬過ぎており、まだ立っている木に付着した泥はほとんど残っていなかった。泥に含まれていた種子が芽を出し始めている。



 一二二三M、オレ達は大穴、改め、新池の水面に滑り込んだ。

 次回より新章。

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