1-3 周回
目的地には着いていません。ゆっくり、情報収集中です。
星系内での観測を始めて船内時間で十日後、それまでの観測成果をまとめて評価付けを行う。
「第一候補は例の酸素と水蒸気のある青緑のAで正解だったな。」
「同意します。Aの衛星と推測できそうなCは、Aに到達した後、Aを観測する合間に追加情報を収集すればいいでしょう。Bは、可住惑星という意味では詳細観測不要と思われますが、軌道要素は引き続き測定します。Dは、資源採集用に分光観測を含めた測定をしばらく続けます。その外側に発見されたEも同様です。」
Eも、ガスジャイアントと推定された。オレの中で勝手に「木星」と呼んでいたDの外側にあったので「土星」と呼びたかったが、残念なことに輪はなかった。そういえば、既知の植民星がある恒星系でもあんな立派な輪がある惑星は知られていない。土星的な輪は、珍しいのだろう。ニムエは続ける。
「最後に発見しているFはBよりも更に内側であるため、Bと同様に軌道要素の測定に留めます。」
「AからFまで、当面の方針を了解。Aに向けた移動は開始できる?。」
「本船がヤーラ359の周回軌道に入っていることは確認されており、船長の承認があればコース変更は可能となっています。これは、保留されていた小ニムエの運用制限と、船内設備点検手順についても同様です。」
「コース、小ニムエ、点検手順、ともに承認する。」
少し考えて、
「以後、発見の順にAをヤーラ359-1、Bを359-2、Cは359-1b、Dは359-3、Eは359-4、Fを359-5と呼称する。この名前で記録を再整理。今後見つけた惑星候補には359-6から順に番号を付けることにする。衛星候補はアルファベットで整理。それから359-1へのコース案を出してくれ。」
観測を続ければ星系内の周回天体はもっと増えていくので、さっき宣言した番号は軌道の順ではなく、開発可能性の順序を優先している。現時点で未発見のものは、おそらく大きなものから順に見つかってゆくだろうから、開発可能性もそれに準じると推定されるからだ。このあたりの手順は地球出発前に座学で教えられたものの一つで、標準手順(恒星系観測編)のどこかにも載っている。一次観測で発見された惑星群については、開発評価不能なら発見順、評価できれば順位はそれに従って繰り上がる。二次観測以降は発見順に番号が振られる。なお、番号ではない固有の名称は、記録が地球に届いてからあっちで古今東西の神話や偉人の名前から適当に決めてくれることになっている。少なくともまだ数十年は先のことになるが。
余談になるが、オレの生まれたオータン10-7は、この規則以前の方式による命名で、単純に遠隔観測からの発見順だ。単純に、遠距離からでも見つけやすいガスジャイアントから番号を付けていけば、地球に似た可住惑星の数字が「1」や「2」になることは滅多にない。時代によって命名方式が変わるのは本当に鬱陶しい。AIの補助があるにしても、オレの脳細胞は無限ではないから、簡単に変わってしまうものに対して貴重な長期記憶領域を無駄遣いしたくないのだ。
「ニムエ、明日朝、船内時刻〇八〇〇Z頃までに359-1の仮周回に入って、その後は夜までかかって軌道調整とか確認とか、そんなコース設定はできる?。」
「〇八〇〇Zまでに周回軌道に入る、という条件で計算します。」
ニムエが答えた。
マーリン7はヤーラ359-1に接近、減速した。これで359-1の周回軌道に……おそらく入っている。ニムエも肯定する。船内時刻は〇七三六Z。昨日考えていた期限の〇八〇〇Zは、オレの朝の身支度終了後、余裕を持って速やかに……という目論見だった。いい時刻だ。一つずつ、片付けよう。
地表の観測がしやすいよう、既に機体の姿勢は修正されている。重力のある地球の表面で製造された機体の下面は、点検ハッチや着陸脚収納扉、船倉扉などがあって上面に比べて外部観測機器が少ない。バラストの状態を確認。OK。船体はヤーラ359-1に対して潮汐ロックされているはず。特別な操作がない限り、船体上面を359-1に向け続ける。
「このまま何回か周回を行って周期や離心率などの数値を補正します。その後、観測に適した高度を目指して軌道修正を行います。」
「表面斥力場の稼働状況をチェックして安全そうなら電波観測を再開しよう。」
359-1への接近中は展開していた表面斥力場を停止させることの検討を指示。
「これから軌道一周の間の表面斥力場への負荷状況を確認し、支障がなければ表面斥力場を停止、アンテナを展開して電波による観測を再開します。」
「ほかに今やっておくべき事は?。」
「新しい観測情報により、今までに作った観測計画で対応しにくそうな部分が出てきましたらお知らせします。それまでは、観測計画の再チェックをお願いします。」
時計を見る。〇八〇〇Z。
既に、船内設備の定期点検は小ニムエを二体の体制で運用している。次のことをやるべき時刻になるか新しい情報が追加されるまでは、オレの仕事は考えることに限定されていた。この十日ほどで船内重力は少しずつ強められ、毎秒一五メートルにまで強化されている。一G半。常に疲労感や筋肉痛はあるが、筋力も追いついてきている。これ以上の重力強化は不要だろう。仮に359-1の表面重力が毎秒二十メートルもあったら、移住者の健康への影響や、惑星への離着陸に必要なコストの増大もあって「居住不適」と判定されてしまうから、今から適応を考える必要はない。現時点でヤーラ359-1の表面重力は推定で毎秒十一メートル。地球よりも少し強い程度。船内重力をこのレベルに落とすか、今のままにしておいて降りてから「体が軽い!」と喜び勇んで跳ね回る感覚を楽しみにしておくべきか、ちょっと悩んでいる。イヤ、高重力環境は人間の寿命を縮めることが知られているから少し軽くしておくか。
「ニムエ、当面の船内重力は359-1より一割アップ程度、地球の標準一.二G相当に戻しておいてくれ。」
「了解しました。標準手順により、一時間あたり一メートルずつ船内重力を減少させます。」
乗員はオレ一人しかいないし椅子に座っている。ほかに動き回っているのは小ニムエ二体だけで、小ニムエ達は加速度切り替えの操作時間中だけ停止しておくよう本体のニムエから指示を出しておけば、今すぐ船内重力を変えても問題はない。しかし複数の乗員が存在する前提で作られている船内環境変更の手順では、加速度は徐々に変化させるのが正しい。特に支障もないのでここの手順は変えないことにする。ニムエに了承した旨を伝えて観測計画の読み直しに戻った。
〇九二〇Z。ニムエから報告。
「まだ軌道一周は完了していませんが、夜の側で地表に光を確認しました。」
「見せてくれ。」
モニタを見る。点が連なって筋になっている?。もっと見ると、点の連なりが網状になっている気がする。分布は、夜になって早い時間帯の場所?。宵の口という頃?。
「これは……肉眼でも見えるレベル?。」
「いいえ。この距離では識別できないと思われます。」
「筋か網か、みたいな感じがする。街道かな?。」
「火山と仮定すると、赤外線量が低すぎます。夜間なので地表の形状が不明ですが、五から二十キロメートルごとに集落がある、と仮定すれば、このような光の分布は不思議ではありません。」
「建物とかがあれば、マーリンからの観測で判別できるかな?。」
「『未探査惑星における一次調査の手引き』が推奨するよりも高度を下げた周回が必要となりそうです。大気上層がどこまで分布しているかなど、更に詳細な情報を得て観測計画を修正する必要があります。」
「了解。その線で、できるだけ低い軌道を取れるよう、計画の修正案を出してくれ。イヤ、修正案を作るためのための観測強化、だな。」
「了解しました。」
「それから、東西南北は決められるようになった?。」
東は赤道附近の地表から見て主星、ヤーラ359や他の恒星が上ってくる方向、西はその反対、北は、その地点から左の極、南は右の極、と標準測量仕様に定められている。
この仕様が定められた時、一部の天文学者達は反対したらしい。既に数百年分の観測データの蓄積があった金星の地形図を修正しなければならないと思われたためだ。しかし入植のための地図であれば太陽は東から昇ったほうが便利だし、灼熱の金星には入植者はいない。結局、「この仕様制定以前からの観測情報がある惑星については……」と附則が追加されて収まった、と、学生時代のどこかで聞いた。
「まだ精度は甘いですが、観測情報により概ねの東西南北はわかるようになっています。」
ニムエは図解を表示した。球体に、今までの観測で得た画像などの情報を貼り付け、大陸と海の境界など特徴的な地形と、先ほど確認した光点の分布が矢印で示されている。モニタの中で球体はゆっくり回転しており、横に方位記号が添えられていた。
「了解。これをベースに精度を高めるよう、観測を頼む。」
報告された光点について考える。低軌道なら地上はより詳しく見えるが、観測範囲は狭くなる。全球地図の作成に時間がかかるようになるが仕方がない。頭の片隅にはあったが、期待していなかった、イヤ、あったら手間が増えるので、あって欲しくなかった現地文明か。
星系到着食後の観測によると、ヤーラ359-1は、少なくとも通信で使うような電波は出していない。周回を始めてみれば、火は使っているようだ。見つかった光点の中にはもしかしたら電灯もあるかもしれないが、それなら何らかの電波漏洩もあるかもしれない。今はアンテナを収納して斥力場を出しているから電波観測は停止中。この軌道から、どのくらいまで探れるだろうか?。街道らしきもの?。となると、地域差はあれども地球史でいうローマ時代から十九世紀までのどこかに近いのだろう。このような場合に参考となる「可住惑星調査における文化汚染対策の指針」というものがあって、接触した相手の技術と文明レベルによって色々な手順が定められている。指針初版は「接触した相手に悪い影響を与えないように」という意図で作られたと聞いているが、初版以来のシミュレーションによって幾度もの改訂を経た今では「一番話が通じそうな相手を選んで平和的な情報交換と資源の搾取を」というものになっている。オレもそれが現実的な方法なのだろうと思っている。一応、指針を読み直しておくか。なお、この指針が実際に使われた例は、マーリン7が出発した時点ではまだ知られていなかった。もしかすると、これが第一例かもしれない。
一〇五五Z。またニムエから報告。
「軌道を一周しました。表面斥力場への負荷は、太陽風と微量の宇宙塵のみと推定されます。この傾向は、359-1周辺宙域で共通のようです。電波観測を再開するため、表面斥力場を停止し、アンテナを展開します。」
「了解。」
それから船内時間で四時間強。一五〇〇Zを過ぎた頃に報告があった。
「軌道要素の確定が完了しました。現在よりも軌道半径を縮小し、当初の観測計画に基づいて任意の極軌道へ移行することが可能です。この移行中は、電波観測の継続も可能です。」
初期観測を南北両極上空を通過する極軌道で行うのは、全球の観測を行うためだ。赤道上空を周回するような軌道を採用すると極地の情報が取れない。
「軌道一周にはどのくらい時間がかかる?」
「この距離からの観測で得られた大気の厚さを避けるとして、安全率を考慮し、高度約四〇〇キロメートルを九十分で周回する軌道を推奨します。」
モニタに撮影済の区域だけ写真を貼り付けたメルカトル図法による地図が表示され、九十分軌道での経路を示す線が重ねられた。星系進入後に撮り貯めた写真の集合体を編集したものだろう。南北両極を通る極軌道なので、メルカトル図法では経路の線の上下は切れている。地図に重ねられた軌道は、斜めに少し傾いた何本もの平行線だ。解像度は低いが、既に南極附近以外は写真で埋まっている。マーリンが黄道面から見て北側から接近したので、南極側はこの数回の周回以外では死角に入っていたためだ。北極点附近にもデータのない部分がある。359-1は秋分点を過ぎたらしく、北極点を中心にヤーラ359の光が当たらない地域があって、その円形領域の画像はまだ得られていない。
「撮影済の部分を画像を使って作図しました。緯度経度ともに仮設定ですが、極地方と思われる氷原がありましたので、赤道はそこから推測したものです。自転周期も確認できていませんので、仮に地球と同じ二三時間五六分で計算しています。」
目標惑星の自転周期は、地球の「二三時間五六分」のように、大抵の場合は端数のある数字になる。軌道周期をニムエが提案した「九十分」などと区切りの言い数字に設定すれば、地表から見た軌道は少しずつ東か西にずれていく。こうして撮影した写真は、後で立体写真に加工して地形の凹凸を調べるのに都合がいい。
「接近後に再確認しますが、火の使用など文明の証拠となりそうなものに対する詳細な観測を行うためには高度が高すぎる可能性もあります。この場合は、更に大気上層の擾乱データを蓄積してから高度の再設定を行うべきかと思われます。」
「九十分の軌道で軌道半径を設定することを承認。」
「コースはどうしますか」
「明暗境界線から十五度遅れた線を辿るコース、七-十九時軌道で。それから、ベータとガンマも準備してくれ。多分、明日、出そう。」
ベータ、ガンマはマーリン7の両翼船倉に納められた無人機で形状はマーリン7のミニチュアだ。観測機器はマーリン7と同等で、サイズが小さい分、乗員を乗せるための設備は省略している。主斥力機関もマーリン7よりも小型のものを採用して容積を抑えているが、質量比で見れば機動能力はマーリン7を超えるだろう。この二機は調査の補助に使われる他、単独で情報だけを地球に送り返す目的にも使われる。調査本隊が帰還不能と確定した場合の遭難報告や、順調に本隊が帰還できる見込みとなった時の、地球に対する先触れとしての用途が想定されている。オレも、最終的にはこの二機のうちどちらかに、地球への先触れをやってもらいたいとは考えているが、まだ先の話だ。
二機の制禦は、分離するまではニムエと完全同期しているニムエβとニムエγに委ねられる。この二機はマーリン7から切り離された時点からそれぞれが別の経験を積み始めるので、やがては独立したAIになるかもしれない。正規の運用手順なら定期的に経験内容の同期を行うので、独立の道は遠いだろうが。
この二機、又はどちらか一機だけを分離した後のマーリン7は、必要に応じて「アルファ」と呼称されるようになり、ニムエもニムエαとなる。なお、マーリン7には、更に一機、乗員が軌道と地表と往復するためのデルタと呼ばれるシャトルも搭載されている。これは移動用なので、観測機器は航法上必要な最小限度に限定し、その分乗員の安全のための設備は強化されている。デルタには地上移動用のバギーも積まれている。独立懸架の六輪駆動で、融合炉を組み込める最小サイズだから、水さえあればヤーラ359-1を何周もできる。斥力場を使って地上から浮上することも可能で、この状態なら細かい制禦はやりにくいが水上でも使える。デルタの管理はニムエδが行うが、これを使うのはまだ先になるだろう。
ベータとガンマに関する指示に対してニムエは答える。
「ベータ、ガンマともに、船倉内で可能な点検と準備は完了しています。融合炉はまだ停止中です。斥力場と通信関連の機能点検は船倉外に出してからとなります。船倉から出して、およそ一時間でデルタVが可能になると思われます。」
融合炉はそれなりに廃熱を出すから、少なくとも起動操作は船倉扉を開いた状態で行う必要がある。
「では、アルファは準備でき次第、七-十九時の観測軌道へ移行。観測軌道への移行および安定が確認できたら、ベータとガンマは、極点附近にて、アルファの進行方向から左右に六十度ずつの方向へ発進させる。発進は、明日になるかもしれないが。このスケジュールから逆算して、ベータ、ガンマともに、船倉を開いて融合炉の起動も始めておいてくれ。」
「了解しました。」
ベータとアルファの進路指定は、これも標準観測手順書に示されいる設定例の一つだ。地表を三機で観測するための効率が良いのが利点として挙げられている。欠点は、互いに惑星裏にある時間が長く、同期に必要な通信時間を作りにくいこと、とされているが、標準観測手順書初版の時代よりも高速通信が可能となっている現代においては支障ないだろう。過去には通信中継のための衛星をばらまいていたこともあったようだが、この方法はデブリ対策と費用のために現在では推奨されていない。
マーリン7は計画軌道に接近して最終調整のため減速中。一六二〇Z。計画軌道は両極点を通って明暗境界線の近く、地球でいう午前七時と午後七時頃の天頂を通過する軌道。これは最初の周回で見つけた火の使用らしきものを確認するため。火を扱える生物が存在するとして、深夜なら寝てしまって火は消すだろう。あたりが暗くなったが、まだ生活のための活動はしているという時間帯は火を使う可能性は高まる。同じ場所の別の時間帯の観測がしやすいよう、ベータとガンマはその六分の一日前と六分の一日後に同じ地点を観測できる十一時-二十三時、三時-十五時線の軌道に行かせる予定。これで全球の各経度とも、同じ間隔で毎日六回の観測ができるようになる。
一六四〇Z。七-十九時軌道に入った。正確には七-十九時軌道と推定される軌道だ。今は七時線を南下しているところ。理想的には、毎回極点を通過するたびに地軸が見える軌道としたいのだが、地軸位置が確定できていないので誤差はあるだろう。まずは、このまま惑星の自転一回が終了するまで周回を続け、軌道周期が全球の観測に適しているかどうか確認する。
標準手順書には周回周期と自転周期の比によって情報収集の効率が変わること、効率が悪い場合の対処方法パターンAならば……などと記載されている。今の時点では全体像の把握の方が優先度は高いので、問題があるようなら周期の変更も検討しなければならない。が、まずは一周だ。
一周目。モニタの一つには、ニムエが軌道案を最初に示した時に表示されたメルカトル図法の地図が表示されている。想定経路の線は消されていたが、地図に新たな航跡が追加される。仮に設定されている経度の線より少し傾いて、詳細画像を得られた帯状の領域が伸びてゆく。新旧の画像を比較して新しい画像が最初の画像のどの部分にあたるのかを特定し、全球地理情報を構成するデータの一部を新しい観測画像で更新しているのだ。
新しい情報で構成された帯の先端は赤道の少し南。基点、というか、マーリン7が軌道遷移を終えて今の軌道を慣性飛行するようになり、帯がほぼ直線になったの北半球の高緯度帯であったらしい。
伸びてゆく帯の横に、十五分間隔で通過時刻を示す「一七〇〇Z」などと付随する情報も追加されてゆく。
操縦席周りには幾つものモニタが様々な情報を表示しているが、そのうちの正面にある三モニタを、単純に地表の様子を真上から見た可視光画像、同じ画角の紫外線、赤外線に設定した。それぞれを見比べながら何か気になる点があれば「詳細確認必要」の印を入れてゆく。特徴的な地形や、人為的な活動の痕跡の可能性があるもの等だ。海洋に航跡らしき筋あり?。これは印を入れても数分で消えてしまう。印を入れるべきや否や?。
ニムエもバックグランドで同じ作業を行っているようで、オレが入れたものではない「詳細確認必要」の印が幾つか付けられている。一周約九十分の旅を何度も繰り返すのは退屈するかと心配していたが、中々にこれは時間が経つのを忘れる。
一七一〇Z。新しい情報に更新された帯の先端は、南極の氷に覆われた領域に達した。下は、氷海らしい。特徴的な氷山があるが、漂流しているだろうから観測の基準点には使えない。なら、一八〇〇Z頃になると思われる北極で基準地形を探すか。一部では極夜も始まっているから地形の判別がやりにくいかもしれないが。
おそらく、南極点を過ぎた。まもなく夜の側に入り、以後の半周は夜の側となる。可視光による詳細情報は望めないが、赤外線などの情報は収集される。モニタの下端から上方に向けて、新情報で構成された帯が伸び始める。
「夜の側での位置は昼の側での軌跡を延長して表示しています。次の昼側での観測を元に補正する予定です。」
「OK。そのまま続けてくれ。」
一八〇〇Z。慣性飛行に入ってから初めての北極点通過。こちらは、陸である模様。「詳細確認必要」の印を入れる作業は、ニムエと競争しながら継続中。南極からここまでの半周は日没から大した時間は経過していない時間帯の地域を通過した。やはり、人為的らしい光点が見える。火の使用は確実のようだ。
最初の北極点通過が憶えやすい「一八〇〇Z」だったのは、ニムエの仕込みか?。暗算しやすい数字になっていることに、心の中でニムエに感謝する。
二〇〇五Z。慣性飛行に入ってから三回目になる北極点附近の通過を終え、記録を整理したニムエが報告してきた。モニタには、北極点を真上から見下ろした画像が表示されている。中心部は極夜なので真っ黒だが、オーロラらしい緑のぼやけた筋がある。メルカトル図法の地図では極点附近は省略されることが多いので気づかなかったが、今までは表示圏外だったらしい。地軸は、撮影できていない黒い円形部分の中心にある。
「ここに三回分の軌跡を重ねます。」
極点への接近三回で得られた帯状の軌跡三本が重ねられた。三本の帯の交点は極夜の領域にはあるが、中心とは少しずれている。交点も、拡大すると厳密には「点」ではなく小さな平たい二等辺三角形となっていた。これは測定誤差か、359-1内の質量分布の偏りによるものだろう。
画像の横に表示されているログを追う。一周目九一分、二周目は九十分?。暗算なので秒の単位は無視。まだ色々な要素が観測回数の少ない推測値のままなので、この程度の誤差は許容範囲だ。
「『手順』の推奨では『極点の上空を飛行』となっていますが、軌道修正を行いますか?。」
頭の中で四本目の帯、五本目の帯が入った状態を想像する。いまのままでも問題なさそう。と、ニムエは四本目どころか更に帯を追加して全部で十本ほどの帯が図に重ねられた。
「今のままでも、そのうちに極点上空は通過するようだから、このままでいいだろう。」
「了解しました。現在の軌道で観測データの蓄積と解析を継続します。」
「それで頼む。あと、オーロラらしいものもあるみたいだから、磁場や電離層の情報も取れてるよね。」
「まだ磁極点や強度を決められるほどの精度ではないですが、存在は確認しています。これも逐次情報を収集します。」
今朝は〇八〇〇Zの少し前から軌道調整や確認を続け、既に十二時間を超えている。水分は補給していたしトイレにも行ったが、食事は忘れていた。脳を使いすぎた。クールダウンの時間を取らねば。こんなペースでは今夜は眠れず、明日に不調を残すかもしれない。
「ニムエ、今日のオレはここまでにするよ。明日朝、観測情報や軌道情報を確認して、問題ないようなら、ベータとガンマを出そう。」
告げて、操縦室を離れた。就寝までに何度か状況確認は行うだろうが、休もう。何か胃に入れなければ。