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3-12 ヤダン・ゴール

 ゴールとソルが、街道を回り込んでマーリン7を視認できるカーブにまで到着したのは、エンリに遅れること約二十分、〇九三五Mだった。インプラントに送られてくるゴールの表情変化の映像は、まあ、あんな顔にもなるだろうな。


 街道が崩れた場所まで到着すると、ソルはロープを伝いながら、ゴールは騎乗したまま巧みに馬を操って、斜面を降りてくる。オレは斜面の下まで歩いて迎えに行った。エンリも、オレについてくる。斜面の下まで降りてきたソルは、オレに向き合って来意を告げた。


「善き友人マコト・ナガキ・ヤムーグ。紹介させてください。こちらはヤダ村を含むこのあたりの村々を治める方の一人、ゴール殿です。」


 ソルによる紹介の間に馬を下りたゴールもオレに向き合う。


「ヤダを含むネゲイの地を預かる領主、バース・ネゲイ様を補佐する者の一人、ゴール・ヤダンだ。あなたがマコト・ナガキ・ヤムーグ殿か?。」

「私は、あなたがたの善き友人でありたいと願う者、この地のことを知りたいと望む者、マコト・ナガキ・ヤムーグだ。あなた方が来ることは、さっきこの娘が教えてくれた。」


 エンリを指さす。次いでテーブルの方向を示して、


「夜明けからずっと動いてきたということを聞いている。あちらに座れる場所を用意してある。座って話をするのはどうだろうか。喉を潤す物も用意してある。」


 全員で屋外テーブルに戻る。河原の石が転がっている中、ゴールはマーリン7の方ばかりを見ていたので、途中で一度転びかけた。馬の曳綱を握っていたおかげで一応は無事で済んだが。


 テーブル周りの椅子に、さて、どういう配置がいいんだ?。四人用テーブルに椅子が四脚。やはり上座と下座の概念はあり、オレの向かいにゴール、その横にソル、オレの隣はエンリか。席順からみても、社会的地位からみても、エンリの立場は変な感じだな。彼女には居心地の悪い席になりそうな気もする。


 エンリもそのことには気づいたようで、オレとゴール、ソルの三人が着席しても座らずにソルに言った。


「ソル、私は話に入っても聞くことしかできないわ。マコトさんにソル達のことを知らせたし、今日は夏小屋にもっと人が来るかもしれないから、もう少し人が寝やすいようにとか掃除とか、準備に行ってもいい?。」


 ソルは意外な答えを返した。


「エンリ、夏小屋のこともわかるが午後にしてくれ。今は、できるだけここで、話した内容を聞いて憶えておいて欲しい。お前はこういうことを間違えずによく憶えているからな。もしかしたら、お前の考えを聞くかもしれん。お前は色んなことに頭が回るからな。」


 当たり前だが、数日前に知り合ったばかりのオレよりも、エンリの優秀さはソルの方がよく知っている。ゴールも言う。


「この前村で『大穴』のことを教えてくれた娘さんだよな。お前の話はわかりやすかった。ここにいて、ソルが言うように話を聞いていてもらって構わん。」


 大穴の話題は、避けたかったが避けられないようだ。


 四人が席に着き、ゴールは背嚢から木簡とインク瓶、ペンを取り出した。オレも、質問事項を記した蠟板を取り出す。蠟板を知らなければ、変わった板細工だとしか見えないだろう。その間に、クララが四人分のハーブ茶を配った。


 木簡は質問事項などを記していたのだろう。そこに書かれた内容を見ながら、ゴールが口火を切った。


「先ほども話が出たが、『大穴』のことを聞きたい。マコト殿、新年の何日か前、夜になって間もなく、突然大きな音が鳴り響き、音はこの谷の方へ動いていった。次の日に『川がなくなった』という報せがあって、見に行ったら大きな穴ができていた。ここから川沿いに四ルースほど下った場所だ。春になって、音の向かった先に『変わったものと変わった男がいた』という報せだ。そうなると、あの『大穴』とマコト殿は何か関係があるとしか思えないんだが、何か知っているか?。」


 ある程度長い距離の単位は「ルース」か。それが地球基準でどのくらいの長さかはわからないが。


 マーリン7と「大穴」に関連があると推察することは簡単だろうから、想定範囲の内容だ。だがあれは、直接にはマーリン7の主機が作りだしたものではあっても、「手」の干渉がなければ生じなかったもの。一時的に川が涸れたとかの不具合はあったが、責任は「手」にもある。


 オレ達はこの谷に突然現れて、雪のために移動できなかったから、「大穴」のことを知る手段はない、故に、「大穴」のことは知らない、とも、今の時点では主張できる。


 事前にニムエ達とも話をしていた流れの一つだ。


「その『大穴』ができた『新年の何日か前』は、具体的に今から何日前なのか教えて欲しい。私はあなた方の新年の数え方を知らない。あと、今日はあなた方の数え方でどう呼ばれている日なんだ?。」


 「一ヶ月」という概念の有無がわからなかったので、「何月何日」とは聞けなかった。そのまましゃべっても翻訳がおかしくなるだろう。いい歳をした大人が「新年の数え方を知らない」「今日がいつなのかわからない」と非常識なことを言ったことに、ゴール、ソル、エンリも戸惑いはあったようだ。


 しかしゴールは、「遠くから来た」という主張を思い出したのか、日数を暗算しているようで、小声で何か呟き、


「大穴ができたのは、今日から百日と七日か八日ほど前だ。それと、今日はヨール王の二三年、第四の月の六日だ。」


 α!。暦の情報だぞ!。


 確認のために聞いてみる。


「あなた方の新年はいつから数え始めて、一年は何日あるのだろうか?。」

「新年は太陽が生き返り始める日に始まる。一年は、年によって違うが三六〇日だ。それよりも、『大穴』だ。マコト殿達は百日と少し前からここにいるのではないかな?。」

「新年は太陽が生き返り……。」


 一年の起算は冬至で、一年は三六〇日。調整のための閏年あり。オレは蠟板にメモを取り、蠟板を見たゴールの反応を伺う。オレが文字とそれを記録する道具を扱えることは見せた。蠟板に記した文字も、読めないだろうが見えていて、自分たちの文字とは違う文字であることもわかるはず。興味のありそうな目だが、今は好奇心を抑えてオレの回答を待っている。


「百日と少し前か。」


 クララがオレに日数をささやくような小芝居を見せた。


「丁度その頃、我々は、別のところにいたが、急にここへ引き寄せられた。理由はわからない。気がつくと空の上から落ちてくる途中だった。そのまま落ちないように、我々を捕まえていた何かを引き剥がそう、そこから逃れようと色々試したが、最後にはここへ落ちて来た。多分、大きな音もしていただろう。」


 これは、ヤダの人たちにもまだ話していなかったことなので、ソルやエンリも興味深そうな顔をしている。ゴールが口を開いた。


「『大穴』のことは?。」

「何か起きてると気づいたのは夜だったから、外の様子はわからないままここへ落ちてきた。それから雪に閉じ込められて動けずにいて、あなたが言う『大穴』も直接この目では見ていない。しかし我々がここへ来たのと同じ日にその『大穴』ができたとすれば、その穴には、我々を引き寄せた何かも関係しているかもしれない。」


 ウソは言っていない。大穴は何度も見ているが、初めて見たのは増光されたHUDだったし、その後もベータやガンマが撮影した衛星画像ばかりだ。それに、大穴には「手」にも間接的な責任はあるはずだ。


 「神様に叱られる」という言葉でタブーにしているのだから、ゴールとソルも、エンリが見せたような「火」の力の存在は知っているだろう。オレにとってはまだ仮説でしかないが、似た原理による別バージョンの能力としての「手」の可能性、或いは実在を、彼等は知っているかもしれない。その仮定を元に、自分たちは変なものに引き寄せられた被害者である、ことを暗に主張する。


「百日と少し前に、マコト殿達は急にここへ引き寄せられ、『大穴』もその時にできた。」


 ゴールはペン先をインクに浸し、木簡の余白に記している。


「何かに引き寄せられたようだが、何に引き寄せられたかはわからない。」


 何かを考えているようだ


「マコト殿。あなたは『ウーダベー』を知っているか?。」


 翻訳できていない名詞が出てきた。視覚に重ねられた翻訳ログの中で「ウーダベー」は太字になっている。初出の単語ではないらしいが、αはこれを要注意の単語と判断しているようだ。エンリもソルも、驚いた顔をしている。


「初めて聞く言葉だ。それは何か、教えて欲しい。」

「説明はむつかしい。だが、マコト殿達を引き寄せたものかもしれない。」

「どうやって?。」

「何でもではないが、話したとおりのことが起きる。起こせる。マコト殿たちのことを何かで知った『ウーダベー』が、マコト殿達を引き寄せる言葉を使った、ということかもしれない。マコト殿達はかなり遠くから引き寄せられたようで、儂はそんなウーダベーは知らないが、話すだけで火を点けるとか汚れを取るとかは見たことがある。誰にでもできるものではなくて、素質あるものが訓練を受けてからでないと危ない。その技で火を点けることができる、というだけで、危ないことであるのはわかるだろう?。一応、認められた者以外は使ってはならない、ということになっている。」


 翻訳された言葉も長かったが、実際に話されたゴールの言葉はもっと長かった。昨日だったかエンリ達に教えられたように、「神様に叱られ」て事故が起きないように概念を言語化するとそうなってしまうようだ。それから、「火」だけでなく、ヤダの建物内が清潔に保たれているのも「ウーダベー」の力によるものか。「汚れを取る」というのも、制禦を誤れば本体を壊しかねない。人体を対象に「汚れを取る」を失敗したら、生死に関わるだろう。熟達した術者にとっては容易なことかもしれないが、子供や初心者には訓練が必要であることは理解した。「遠くから引き寄せ」を「知らない」のは、距離や質量に制約があったりするのだろう。「ということになっている」とは、コッソリやってる者もいる、ということか。やはり、これはタブーの要素を含んでいる。


「では、その『ウーダベー』なら私たちを元の場所に帰せるのか?。」

「帰りたいのか?。あなたはヤダの者たちに友好を求め、ヤダのことを教えて欲しいと話したそうだが。」

「初めての場所に来れば、その場所のことを知って、その場所の人と友好的な関係を持ちたいと思うのは当たり前だろう。」


 ゴールは頷いた。


「私も初めてネゲイの外へ行った時にはそう思った。初めての土地では、誰でもそう感じるものだな。」

「そう。私は、いつか自分の場所に帰るまでは生きていたい。あの『船』には食べるものも積んではあるが、いつかはなくなる。そうなれば、私はこの土地の人と友好的な関係になって、食べるものを得なければならない。そして、食べ物を得る代わりに、私は知恵を提供できる。例えば……。」


 オレは蠟板を改めて三人に示した。


「これは字を書くための道具だ。『蠟板』という。」


 オレの口から出た言葉に「蠟板」と聞き取れる単語はない。おそらく「蠟」「板」に相当する現地語、現代時制のややこしい呼び方に変換されているのだろうと思う。


 テーブルに置いた蠟板に丸や線を適当に描く。


「ゴール殿も私とした話の内容を書き留めているが、私のこれは、こんなこともできる。」


 スタイラスを逆に持ち替えて、先ほど蠟板に描いた模様の一部を削り消した。また別の部分の模様を、今度はスタイラスの反対の面で押さえながらこすると線が薄くなる。


「これは書いた物を長く保存するには向いていないが、ゴール殿が使っている木とペンよりも、修正が簡単で、しかも何十回も繰り返し使える。」


 日常的に木簡で書き物をすることが多いゴールには、蠟板の有用性はすぐに理解できたようだ。蠟板で下書き。木簡は清書の時だけ使う。


「欲しいな。マコト殿。それを譲ってはもらえないか?。作り方を聞くだけでもいい。」

「簡単な物なので、多分あなた方の職人でも、簡単に同じ使い方をするものを作れるだろう。これと同じ物なら、板と蠟があればいい。こうやって何かを見せることで、あなた方にちょっとした知恵を提供し、その代わりにこの土地についての意識や食べるものを得る。これが当面の私の目標だ。」

「なるほど。私はちょっとした知恵を得た。さっきは『ウーダベー』のことを教えた。こういうことを繰り返してゆきたいということだな。」

「当面は、そうだ。我々が帰る方法が見つかるまでは。」

「帰るというが、あの大きなものは動かせるのか?。」

「『ウーダベー』でなくても、今なら動かせるはずだ。少し前までは雪に埋まっていて動けなかった。」

「動くというのは?。人の手で押したり引いたりするのか?。」

「風で動く船のように、人の手を使わずに動かせる。」

「では何故動かしていない?。」

「我々をここに呼び寄せた何か。『ウーダベー』か?。それがどういうものかわからない。動いた途端にまた何かされるかもしれない。だから動いていなかった。」


 ゴールは少し考えて言う。


「ここはムラウーに通じる街道のすぐ傍だ。『大きなピカピカ』があることは、ムラウーにも伝わるだろう。それがマコト殿のような知恵と珍しい物の塊なら、ムラウーからカースンに攻め込んでくるようなことも考えられる。マコト殿が望む友好とは反対の動きだ。」


 自分が紛争の原因になるのは勿論避けたい。しかし偶然ではあるが「街道のすぐ傍に不時着してしまった」状況をどうすればいいのか?。


「マコト殿。我が主も既に『谷に何かある』ことを知った上でカースンの王の許へ春の参内に向かった。もう、カースンにも話は伝わっているだろう。そうすれば、カースンからも誰かが来るとかの動きがあるはずだ。」

「土地の名前を確認させて欲しい。この前、そこのエンリからも少し聞いたが……」


 エンリを見やる。


「ここはカースンの中のネゲイの中のヤダ、で、カースンはここから川を下った海沿い、ムラウーはこの道を北に進んで山の向こう、カースンと同じような大きさの土地の名前、で合ってるか?。」

「大きさはわからないが、おそらくその通りだ。」

「で、ここに『船』があるとムラウーとカースンの間で争いが起きる可能性がある、と、ゴール殿は心配している?。」

「そうだ。ここに長くあれがあると、余計な者が余計なことを考えてしまう。何しろ街道から近すぎる。街道を通る者が、皆興味を持って近づいて来る。マコト殿も、その全員と会って話をする時間もないだろう。話ができなくても、噂だけは街道を通じて広がる。そうすればここを訪れる者はもっと増える。ネゲイの主を補佐する者として、この場所でそういう人の集まりが作られること、下手すればヤダよりも大きな村になりかねないことは……ソル、どう思う?。」


 話題は唐突にソルに振られた。


「この場所はゴール殿、領主様にも認められたヤダの中で、ヤダの民が放牧で動き回る範囲の中で、今までもそういう場所の中によそ者が短い間住み着くことはありましたが、今ゴール殿が言ったような、よそ者が村になるほどに、増えることはありませんでした。それほど人が増えるのなら、村の畑や羊だけでは足りなくなることも心配です。人が増えても畑がすぐに増やせるわけではありません。」


 ゴールも加える。


「今までのヤダならネゲイからは時々様子を見に来るだけで良かったが、よそ者が村のような規模で集まるならネゲイからの見回りを増やすか、ネゲイからもここに人を置かなければならない。だがそれは、ヤダ村にとっても負担だろう。マコト殿、あの『船』を、『動かせるが動かしていない』と言ったな?。だが、無理にでも動かしてはもらえないか?。ネゲイの近く、大穴の近くなら、誰も住んでいないし私ともソルからもそれほど遠くにはならない。」


 動かすか?。今のマーリン7は谷の岩盤や転石に引っかかって止まっている状態だ。岩との直接接触による荷重集中で変形が起きたりしないよう、斥力場をクッションにしている。おかげで摩擦はなく、風が吹いたら動く。


 雪がなくなった分、最初の高さよりは沈んでいるが、大雨で増水したら浮き上がるだろう。自然の水に流されるよりも、自ら動いた方が制禦はしやすい。まだ雪深かった頃、αは「雪がない状態がわからないので離陸シミュレーションには誤差が出る」と言っていたが、雪がほとんど融け去った今、この附近の地形図も更新されている。


 墜落時に高度が低くなったら「手」の干渉がなくなったことからの推測だが、おそらく、離陸しなければ「手」に気づかれる可能性は小さい。「手」は地表のどこかからマーリン7を見つけ、引き寄せようとしたが、機体が地平線下に見えなくなったところで干渉できなくなった、と推測している。地表からマーリン7が視認されたのは、おそらく十九時軌道、軌道にはまだヤーラ359の光が届いているが地表は夜という観測条件もあったのだろう。視認性が問題なら深夜に離陸する方法もあるが、今まで離陸していなかったのは、離陸に必要な加速をやりにくい姿勢で擱座していたからだ。船首を上方に向けて主機を使えば離陸できると思うが、その姿勢になるには船体防御用の斥力場の到達範囲が短すぎる。移動して前方障害物がない平原部に達すれば、加速用のスペースは確保できるのだが、ゴール達にマーリン7の存在を知られた直後にそれをするか?、という判断も必要だ。


 この場所が街道に近いことにも一長一短があると考えていたが、ゴールは短所を気にしている。国境紛争のような事態はオレも望まない。あと、選択肢はなかったに等しいが、「指針」に色々と示されている接触相手の選出基準を経ずに、偶然落ちてきた場所で偶然出会った権力者をどこまで信用するかも、今更ながら不安を感じる。


 αがインプラント経由で話しかけてきた。


『ゴールは、今まで観察した限りでは、自分の役割に真面目な田舎の官吏よ。世襲か登用かはわかってないけど、上級職の官吏らしく、領内の発展と安定が一番だと思ってる。そこへ謎多き男が現れて、領内の発展に使える可能性があると思ったら、他の土地に逃げ出される前に近くに引き寄せたいでしょうね。監視もできるし。どうせ最終的にはカースンか、それよりも大きな地域を相手に交易を始めるんでしょう?。なら、権力者とはお互いに利用しあうべきだと思うわ。物語に出てくるような悪政を敷いてるようでもないし。』

『そうするしかないようだな。ここからの移動経路はどう評価してる?。』

『加速のために平原部に出る経路は私もチェックしてたわ。底面の斥力場の厚みを部分的に変えれば今の姿勢からは抜け出せそう。雪を跳ね上げた時みたいな瞬間的な操作も要りそうだけど。』

『この場から抜けた後は?。』


 幾つか印が入った地形図が送られてきた。


『緑が現在位置。二つある赤は、もしかすると引っかかるかもしれない狭い場所よ。仮に『R1』『R2』と呼ぶわ。ここさえ抜ければ川に沿ってヤダの傍を抜けて大穴まで行ける。』

『赤で引っかかった場合は?。斥力場の姿勢操作で対応できる?。』

『地盤耐力が見た目のとおりなら、この場を抜けるのと同じ方法で対処できると思うわ。ちょっとだけ、外での作業が要るかもしれないけど。』

『外での作業で、街道に影響は出ない?。』


 αが挙げた要注意箇所の一つは街道のすぐ傍だった。地形図に撮影済の画像が重ねられ、問題部分の拡大表示に変わる。


『何かするなら、街道の反対側よ。伐採ね。根の入り方次第だけど、マーリン7の自重で押し倒せるかも。』


 こちらから見て川と街道が緩く右に曲がる水衝部で、街道下、左岸は岩盤が剥き出しになっている。逆に右岸は土のようで疎らに木が生えている。実行するしないの判断は別として、技術的には、可能だ。


「マコト殿?。」


 長考に入ってしまったオレに、ゴールが声をかけた。

「どうだろう?。」


「ここからは、動けると思う。例えばあの岩を乗り越えた下、今我々が話をしているこの場所まで。この場所に来れば川に沿ってもう少し下流まではいけるだろう。だが、ゴール殿が勧める大穴の近くまで、あの大きさのものがずっと通って行けるものだろうか?。」


 ゴールは少し考え、ソルにも確認する。


「狭いところは、あります。」

「手伝いの人足も出そうか。」

「船を動かすかどうかは別としても、この川の上下流の様子は見ておきたいとは思っていた。その、狭いところの様子を見ることも含めて、エンリ、案内を頼めるか?。今日でなくてもいい。」


 聞き役に徹していたエンリにも話を振る。


「案内だけならできると思いますが、いつにするかは、街道補修のこととかもあるからソルとゴール様に決めていただいた方が。」


 ゴールが受けた。


「そうだな。ヒーチャン達は今日の夕方にここへ着いて、明日は朝から街道補修。なんとか夕方までに終わらせて明後日ネゲイへ帰ることになっている。人足が必要なら、ネゲイへ戻る途中のヒーチャン達を使える。なら、マコト殿の案内は、今日の午後か明日ではどうだ?。」

「今日の午後は街道補修の人達用に夏小屋の様子を見に行くつもりでした。明日の方がいいかと思います。」

「わかった。天気次第だが、明日、マコト殿を案内してやってくれ。」


 そして思い出したように聞く。


「ソル、どうだ?。」

「エンリの妹が聞いたらギャアギャア騒ぎそうな流れですが、エンリ、ルーナをなだめるのは手伝ってくれよ。」

「それはわかってます。」


 この場はエンリがまとめた。


「よし。この二~三日の予定は決めたし、マコト殿も移動を了解してくれた。儂は一休みしたらネゲイに帰る。帰る途中でヒーチャン達に明後日のことを話して、帰ったら奥方様にも今日の話を伝える。明日の夕方にまたヤダに来て、明後日の移動は見たい。だがその前に、これだ。」


 ゴールは、背嚢から革袋を取り出した。こんな時に取り出す液体が何物なのかは簡単に想像できる。まだ一〇〇〇Mを過ぎたばかりだぞ。


「ソルから『ポン』のことを聞かされて儂も試してみたい、とは思ったのだが、マコト殿が使っていた蠟板を見て思い直した。この酒を皆で飲んで、マコト殿、その蠟板を譲ってはもらえないか?。」


 エサは、用意しておくものだ。


「これは今使っているものだから困る。が、予備もある。友好の証に、ゴール殿に贈ろう。酒を飲むには器も要るから、一緒に用意させよう。クララ、蠟板と、4人分のカップ、それから適当なつまみを頼む。」


 事前に想定していた蠟板に加えて軽食の準備をクララに指示した。クララは飲み干されたティーカップを回収して去って行く。頼んだものが届くまでは少し間があるから、さっきの話の中で気になったことを聞いておこう。


「ゴール殿。我々がここにいることでムラウーから攻め込まれることを心配していたが、我々が移動したら、ムラウーからの攻め手が少し深くなって、ヤダも進軍の範囲に入ってしまうのでは?」

「心配ない。ヤダは国境の村でもある。何かあったら足止めができて、ネゲイまで一気に走り通せるぐらいには鍛えさせている。途中には、簡単に落とせて直すのは面倒な橋も幾つかある。」


 ソルも答えた。


「そうです。冬で身体が動かせなかったから、鍛え直しが必要かと思っていたところですが、村中の皆、身体を動かすことは慣れています。」


 エンリとルーナの脚力は、オレがあの年齢だった頃に比べて格段に上にいたが、そういう事情だったのか。だがまだ疑問はある。


 テーブルにはゴールが出した革袋、ゴールが出した干し肉、こちらで用意したカップとミックスナッツ、そして新しい蠟板が並べられた。ゴールが各員のカップに酒を注ぐ。

「では、我々とマコト殿の友好のために、酒を酌み交わそう。」


 ゴールの宣言で、酒宴が始まった。皆午後にやることもあるだろうし、短いものであってくれ。



 真新しい蠟板に適当な線や文字を書いては消しながら使い心地を試すゴールはとても喜んでいる。オレは、適当に蠟は補充すべきこと、加熱して蠟を融かせば新品のような書きやすさが戻ることなど、使い方について補足する。ふと思いついて、オレはゴールの蠟板の未使用の面に、ゴールの似顔絵を描いたりもした。背景を透過させたインプラントの表示をトレスしただけだが、「これは消せないな。」などと喜ばれた。



 一一〇〇Mの少し前、そろそろかと思っていた頃にゴールも宣言した。


「いい話ができた。もう帰ろうかと思う。」


 一同は立ち上がる。ソルが言う。


「私もゴール殿と一旦ヤダへ戻ります。明日の夕方、ゴール殿とまたここへ来て、明後日は船が動くところを見させてもらいましょう。」


 エンリも予定を告げる。


「夏小屋へ行って、補修の人たちが来る頃にここへ戻るつもりです。」


 オレも自分のやるつもりであることを言っておこう。


「移動の準備を考えながら補修の人たちを待とうと思う。」


 夕方、補修隊の到着かエンリが戻るまでは、αと移動の手順について詰めよう。

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― 新着の感想 ―
とりあえずは順調に事が進んでますね。 マーリン7が争いの火種になる可能性があるのは盲点だった。 不可視の手の正体が少しだけわかったけど移動の際はまだまだ怖いですね。 なう(2025/08/02 00:…
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