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3-8 エンリとルーナ

 初めて、誤字報告をいただきました。ありがとうございます。そして、自分でも初めて使ってみた指摘箇所の修正は、これはびっくりな高性能でした。すばらしい。

 翌CL(墜落暦)一〇五日。眠らない小ニムエ達の成果を聞く。


「微量成分の長期影響評価は終わってないけど、昨日の食品類は、全て地球人類の食事として問題なし、よ。基本的な栄養素は含まれてる。ビタミン類の一部は見つかってないけど、あれが彼等の食事全てでもないし。」

「地球産と似てる、似てない、の件は?」

「それとも関連して、ヤダの人たちの遺伝子構造は、地球人類と同じだったわ。播種みたいな過程があって、人間を含む動植物が、このヤーラ359-1に持ち込まれて、おそらくは何千年かの時間をかけて今みたいな混合状態になった感じね。マコト、ここでの倫理的、法的、宗教的な問題が発生する可能性を無視したら、あなたここで結婚できるわよ。子供も作れる。」

「ここでの倫理的、法的、宗教的な問題が発生する可能性が小さくなって、お互いにそういう雰囲気になるまでは、その気はないよ。大体、服を脱いだらインプラントの接続はどうなる?。会話もできないのはダメだろう。」

「そういう雰囲気が作れる頃にはあなたもインプラントなしで会話できるようになってるかもね。或いは、そういう雰囲気の相手なら、あなたが服を脱いだら言葉が通じなくなることを受け入れるわよ。今でも、『虫』を中継させれば船内服なしでも翻訳は可能よ。病院でもベッド脇から無線操作してたでしょ。インプラントの信号は四~五メートルほどは届くの。それに、効率は落ちるけど義肢経由で通信もできるわ。」

「義肢の信号系はそういう言語伝達用には設計されてないから、動作確認レベルで試したことはあるけど、変な感じだったな。まあ、相手の有無とかそういう雰囲気とか子供云々は別として、改めて機能テストだけはやっておこう。今夜の入浴時に、思い出させてくれ。それにしても播種仮説か。何がどうなったんだろうな。」

「今のところは結果から帰納的に推測した仮説でしかないわ。検証にはタイムマシンか、それをやった謎の宇宙人から説明を聞くしかないと思う。」

「そうだろうな。機構宛の報告書に、別の一章を追加しなくちゃいけないかも。」

「報告書の標準構成には播種の可能性について検証する項目もあるわ。私たちの出発以前に出された報告書じゃ『該当なし』の一言で終わらせてたけど、もっと真面目に書くことになりそうね。」



 話が一区切りしたところにβが割り込んできた。


「春分っす!。確認した根拠データは今送っりましたっす!。もう通信圏から出るからこれで!。」


 それなりに重要情報だから、もっと早くαの報告に割り込んできてもよかったのだが。


「γです。βの報告は検算済みです。北極点の極夜地域がなくなって、南極点で極夜が始まってます。春分点通過は、東経四五度の地方時で今未明〇四三六Mと推定しています。」

「ありがとうγ。じゃ、次は仮カレンダーの修正か?。」

「簡単な計算なので、もう修正案は作ってます。」

「パラメータを確認したわ。今までの記録を含めてタイムスタンプの修正が可能です。やっていい?」


 断る理由はない。

「じゃあ、標準手順にもあったな。その線で頼む。」


 βの報告を要約して仮暦を修正すると、一年は三六〇日弱、となるようだ。一ヶ月は三十日で、十年に一回ほど閏年で一日を減らす。

昨日見つけた日時計のこともあるし、春になった途端に保留事項がどんどん進んで、新しくやるべきことも増えてくるな。そう言えば昨日の宴席も「春の祭礼」とかだったし、「季節の石」で春分の時期もわかる。一日ぐらいは、誤差だろう。



 一一三〇M。夏小屋に泊まっていた姉妹が帰ってきた。二人は日の出のあと、放牧地のあちこちを見て回ってから降りてきたのだ。接近は「虫」の知らせで知っていたので、オレは外に出て標本になりそうな草木を探しながら二人を待っていた。随伴するアンが、「それはもう採取済みです」とか教えてくれるのも便利だ。「虫」に追従されている姉妹の位置は、インプラント経由でオレにも伝わっている。


 元気な妹はオレを見つけると街道から斜面を滑り降りるように駆け降りてきた。


「マコトさーん!。会いたかったです!。昨日は寝てしまってて、残念でしたぁ!」

「ルーナ!。元に戻ってよかった。」


 と、オレも返す。遅れていた姉のエンリも追いついて来て言った。


「マコトさん、昨日はありがとうございました。妹も酔いが覚めていつものとおりです。」


 改めて三人で立ち話だ。


「これからヤダに帰るんだろ?」

「帰るんですけど、その前にお話をしておきたくて」


 同時翻訳もかなりスムーズになっている。


「姉さんとも話してたんですけど、私たちの両方か、片方だけでも、マコトさんのところ、でマコトさんのお手伝いをさせてもらえないかなって。」


 ルーナが言った。現地情報を知っている誰かを協力者にするのは定石で、「手順」にも推奨されている。協力者を得るための「攻略法」を記した附属書まであったと思うが、若すぎないか?。ヤダのことだけならともかく、ヤダの外と交渉するようになったら、この二人の能力で足りるのか?。


「手伝いが増えるのは嬉しいけど、ヤダの村で困らないか?。二人とも、ヤダで任されている仕事もあるんだろう?。」


 これにはエンリが受けた。


「今日帰ってから村でも話します。私たちが船を最初に見つけたから、ずっと気になってたんです。これから羊たちの世話をするのに船の横は必ず通るし、ずっと船のことは考えておかなくちゃいけない、とは思ってました。それで昨日はマコトさんとも会えて、実はソルだけには昨日のうちに『船とマコトさんの様子を見るのは私たちに任せてもらえないか』って、言ってあるんです。」


 それなりに村の中で役割を持っている二人に追加の仕事をどこまでこなせるか?。本来の二人の仕事の効率を落とさせるようなことにはしたくない。オレの本拠地となるマーリン7がここにあるうちだけ、二人を窓口としてヤダと話をするなら、それほど負担はかからないか。


「わかった。ヤダの村が二人をオレとの仲介役にすると決めたら、そうしよう。ちゃんと、今日帰ってから、村で話をしてくれ。」


「姉ちゃん、いいって!。」


 元気で単純な妹は喜び、それよりは思慮深そうな姉はこれからのことを考えて少し心配もしているような表情だ。


「何しろ、村で話をしてくれ。私一人で決めていいことじゃないと思うから。村が君たち二人を私の手伝いにするって決めれば、二人には、二人の元の仕事が困らない程度に、オレがここにいるうちだけ、オレの手伝いを頼もう。」

「ここにいるうち、っていつまでなの?」

「まだ決めてない。ヤダよりも遠くからもオレに会いに来る人がいるかもしれないし。私は君たちのこと、この場所のこと、この場所の周りのこと、そういうことを知るためにここに来たから、周りのことを知る機会が来たら、そっちに行くだろうと思う。」

「イヤだ。私マコトと一緒にいたい。お姉ちゃんもマコトのパンを食べたでしょ!。マコトがいなくなったらあのパンも食べられないわよ!。『行かないで』って、お姉ちゃんも言ってよ。」


 理屈のわかっているエンリは困った顔になる。


「そんなこと言ってマコトさんを困らせないの。マコトさんを困らせるようなことばかり言うなら、ソルにもそう言うわよ。そしたらマコトさんの手伝いを出すことに決まっても私たちにはならないわ。」


 ルーナも理解したようだ。


「わかった。マコトがここにいる間だけ、っていうことで、ソルにお願いする。」

「それなら、私もソルにそう言うわ。」


 話はまとまった。一一五五M。


 昨日の宴席場所あたりで小ニムエ二体が、見た目は木製に見えるよう仕上げられている屋外用テーブルと椅子を用意していた。オレの視界の中で、インプラントが二体に重ねて「アン」「ベティ」とAR表示している。エンリ達姉妹の到着時刻が予想できたときにαと話をしていたのだ。挨拶と世間話少々で、昼食の時間になるだろう。オレは二人に声をかけた。


「そろそろ昼だけど、昼食はどうするつもりかな?。一緒に食べてもいいんだけど。」


 ルーナは意外な反応を見せた。


「そんな、昼に何か食べるなんて、私小さな子供じゃないですよ。!」


 失敗したか?。確かにこれまでの観察では、普段は昼食を摂るのは子供だけで、大人は朝夕しか食べていなかった。しかし肉体労働をしたときは大人も軽いものは食べていたのだ。朝から放牧地の見回りをしてここまで歩いてきた二人なら、軽いものを食べるくらいはするだろうと思っていたのだが。


「ルーナ、折角マコトさんが誘ってくれてるのよ。」

「でも私、大人なんだから昼はたべません。」


 子供扱いされている、と思ったらしい。異文化コミュニケーションはむつかしいな。


「ルーナ、子供とか大人とかじゃなくて、オレは昼にはいつも何か食べてるんだ。どうかな?。パンもあるよ。」

「パン……。それなら、一緒にたべてあげる。」


 子供の反応だね、と思いながらエンリを見ると、子供の反応だね、という表情をしていた。まあいい。


「あっちに用意してある。行こう。」


 長方形のテーブルに椅子が三脚。テーブルの上にはパンと温野菜(生野菜でなければ船内の調理器でもそれらしい歯触りが実現できる)のサラダとハンバーグ(調味料も混ぜ込めるし船内調理器はステーキよりハンバーグの方が味がいい)を乗せた皿。スープは省略。まだ空のティーカップとソーサー。それからナイフとフォーク。オレと向かい合わせで二人は並んで座った。アンがオレのカップに、ベティが二人のカップに、それぞれポットからハーブ茶を注ぐ。紅茶やコーヒーは味が強すぎるかもしれないので、村でも飲まれているような少し味の薄いものにしたのだ。


「じゃあ、冷めないうちに。」


 作法がわからない、という顔をしている二人に示すようにして左手で皿ごとカップを持ち上げ、右手でカップを口に運んで一口飲む。まだ気温が低い屋外で、暖かいものは心地いい。二人も同じように左手で皿を持ち上げ、右手でカップから一口飲むと、うれしそうな顔をした。


 村での食事風景でもナイフとフォークを使うところを見ていたし、昨日はエンリがブロック肉を焼きながらナイフで削いでいるところも見た。形は微妙に彼等のものとは異なるが、ハンバーグとサラダは問題ないだろう。


 食事中に、雇用条件について考えた。こちらが求めているのはこの場所についての情報、知識だ。細かく分けると気候、生態系、社会構造、産業、技術水準、資源分布など多岐にわたる。それから謎の「手」のこともある。二人は気候と生態系についてはある程度知識があるだろう。社会構造や産業も、ヤダかネゲイまで伝手を求めればある程度情報は得られる。技術水準や資源分布になるともっと遠くまで行かなければならない。「手」のことは二人に聞いてもいいものだろうか?。何かのタブーに触れたりはしないか?。情報以外では、この近辺で手に入れることができる食料などか。


 一方で、姉妹に対してこちらが提供できるのは、マーリン7の技術力で作れるパンなどの加工品や、貨物室にある「贈り物」と、好奇心を満足させる体験程度か。「贈り物」は、多分年齢も社会的な地位も、本来想定とは違っている。イヤ、こういう場合に使えそうなものはあったかな?。


「ヤダに帰ったら、オレの手伝いの話をするんだろ?。」


 ルーナが応じた。


「そのつもりよ。」

「具体的にはどんな手伝いをしてくれるつもりなんだい?。」

「何でも。船の中も見てみたいし、お掃除や洗濯も手伝うわ。」


 ある程度予想はしていたが、何も考えてなかったようだ。


「船の中はダメだ。アンやベティ達がいるから掃除や洗濯も間に合ってる。オレが欲しいのはこのあたりに何があるか、人がどんな暮らしをしているか、そういう知識だ。手伝ってくれるなら、そういうことを教えてくれるか、教えてくれそうな人のところに案内してもらうかだな。」


 次はエンリが言った。


「昨日の、『季節の石』みたいにですか?。」

「そうだよ。昨日はエンリが知らなくて答えられなかった石の意味も知りたい。別の場所に『季節の石』があったら、石の並びが違ってるかもしれない。違ってるなら、何故違ってるかも、知りたい。」


 エンリは、俺の要求と自分たちの能力を天秤に載せているかのように考えている。


「私達にはむつかしいかもしれないわ。二~三日もあったら、今の季節で教えられることは終わってしまうもの。」

「私はマコトと一緒にいたい。」


 考えていないルーナはそんなことしか言わない。だが最初期には、彼女たちでも助力にはなるか。


「村で『手伝い』がダメだとなったとしても、二人は放牧地には行くんだろう?。その時にここに寄ってもいい。」

「いいの!。やった!。」


 喜ぶルーナ。エンリも少しほっとした表情をしている。


「放牧地に出入りする時期はいつ頃から始まるの?。」


 これにはエンリが答えた。


「いつもなら、春の祭礼が終わったから、そろそろ少しずつ羊を連れてくる時期なんだけど、道が崩れてるところがあるからそこを直してからになる。昨日のうちに村で話をしてると思うけど、多分材料はヤダにあるものだけじゃ足りなくて、今日か明日、誰かがネゲイまで行って材料とか手伝いとか、そんなことを決めて、まだ四~五日かかると思う。」

「じゃあ、放牧の前に、あと早かったら四~五日でネゲイとかからも人が来てあの崩れた街道を直すのかな?。」

「多分そんな感じだと思う。あの道はムラウーに行ったりムラウーから来る商人とかも通るから、荷車が通れるようにはしておきたいんだって聞いてる。」


 ムラウーは、補佐官ゴール殿とソルの会話にも出てきた地名だ。丁度いい。聞いておこう。


「ムラウーって?。」

「ムラウーはこの山の向こうの国よ。ここはカースン。カースンの中のネゲイの中のヤダ、の村はずれのヤダ谷よ。」


 いい情報だ。


「場所の名前とか、その場所がどこかとか、知りたかったことの一つなんだ。カースンとかムラウーの他にも国はあるの?。ここからどのくらい離れてる?。」

「行ったことがないからどのくらい離れてるかは知らない。カースンの中には、ヤダ川に沿ってネゲイ、モル、カースンで海。その他にも海沿いにヨーベ、ヨーロイ、セバヤンって、名前を聞いたことがある。あと、海沿いに、ハマサック、ターケンっていう国があって、どれも私は聞いたことがあるだけだけど。」


 今の時点で社会構造について最高の情報だ。αも全部聞いているだろうが、メモを取りたい。だがそんなことをすれば「それは何?」とか「字が書けるの?」とか、話が別の方向に逸れる可能性が高い。メモは記憶の確認に役立つだけでなく、書く行為そのものが記憶を強化する手段として有用だ。αよ。いい情報が入ってきてるぞ。聞き漏らさずにまとめてくれよ。


「すごいな。いっぱい憶えることがある。エンリはよく知ってるな。」

「私なんか何も知らないわ。知ってることを言ってるだけ。さっき『海』って言ったけど、私は『海』も見たことないし。」


 蚊帳の外になりかけているルーナも参戦してきた。


「モルにはお化けの出るお寺もあるんだって。オーキョーって名前なんだけど。」

「お化けが出るのはデージョー神殿よ。オーキョーはそのお化けの名前。」

「え?。そうだったっけ?。」

「名前が似てるから間違えやすいと思うわ。大人が『どっちだったっけ?』って悩んでるのを見たことがあるし。」


 お化けか。伝説なのか、何か実体のあるものか、未知の生態系のある惑星だから調べないといけないな。


「そのデージョー神殿まではどのくらいかかるの?」

「行ったことがないからわからないけど、ネゲイの領主様がカースンまで行くのに早くて五~六日かかるって聞いたことがあるから、それよりも近いとは思う。」


 本当に、今日は地理情報の大収穫だ。


「あー、色々話が飛んじゃったけど、あと何日かしたら街道の補修が始まって、それが終わったら放牧が始まって、あの道を商人も通る、ってことだね。」

「そうね。補修は、入れてもらえれば私達も手伝いに来るわ。」

「わかった。まずは、村でオレの手伝いの話をして、うまくいっても行かなくても、放牧のついでにここで話もして、あー、放牧が始まったら上にはいつも誰かいるのかい?」

「私かルーナ、もしかしたら手伝いで別の誰かがいることになると思う。夏小屋に交替で泊まりながら羊の世話をするの。」

「じゃあ、オレも何か聞きたいことができたら、放牧地まで行ってみるかも。ヤダに行くよりも近いんだろ?。」

「ええ。ヤダに下るよりも放牧地の方が近いわ。」

「なら当面は、二人は村に帰ったら『手伝い』の話をする。街道の補修が終わって放牧が始まったら、二人は時々ここにも来てオレに色々教えてくれる。オレが聞きたいことがあったら、放牧地へ行く、ということで、いいかな?。」

「そうしましょう。」

「あと、できれば、でいい。街道の補修の日が決まったら人数もあわせて教えて欲しい。それなりに大勢の人が来るならパンも焼かなくちゃいけないからね」

「わかったわ。『パンもあるわよ』って、言っておく。」


 二人ヤダへ帰っていった。


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