3-7 日時計
まだ午後も始まったばかりだが、久しぶりに酒も飲んでしまっていて、今のオレは細かな作業には不向きだ。なので力は使うが細かな配慮は要らない仕事、日時計を作ることにした。
今までもマーリン7から天測は行っていたが、機体を支える斥力場のために「固定点」からの観測とはならず、参考値しか得ることができてなかった。やっと雪もなくなり、彼等に姿も見せ、谷近辺なら隠れることなく外を歩き回れる身分となったから、天測ができる「固定点」を探そうと思ったのだ。
宴席での収集物の分析を小ニムエ達に任せてオレは外に出る。まず。場所を決めなければ。適地は……。
柱を立てることができて、その真北線を中心にある程度広い平面があること。安定した大岩の天面で、そういう加工のできそうなところ。マーリン7から徒歩数分の範囲内。しばらく近辺を歩き回ってそういう場所を探してみたが、ないな。谷底は、砂利から四~五メートルほどの岩まで、様々なサイズの石で埋め尽くされている。日時計の条件に合う平坦な場所が見つからない。
オレは適当な岩に腰掛け、インプラント経由で「虫」の写真から作ったこの谷の立体地図を呼び出した。マーリン7近辺に……ないな。上下流に範囲を広げて探してみる。
雪が消えかけている「夏の放牧地」に、気になるものを見つけた。幾筋かの石の列だ。おそらく数メートルに一個という感じで、人が一人で動かすにはちょっと苦しい、という程度の石が配置されている。石列うち一つの南端を延長した線上に、中継用の「虫」を置いている岩棚があった。「放牧地」南側稜線の中でも最も高い峰で、見通せる範囲が広かったので選んだ場所だ。そんな場所から真北に延びる線。これは、日時計か?。他にも意味のありそうな石列がある。
まだ日没までにそこへ往復する時間は、あるか?。夏小屋に向かった二人に会えば話も聞けるかもしれない。地図で見ているが初めての道で、途中には倒木とかもまだ残っている。思わぬ時間ロスもあるかもしれない。
「α、この石の列、『日時計』みたいなヤツを調べたい。『虫』を先行させて今の『街道』の障害物を確認してくれ。それと、オレの外歩き用装備と、顔を付けた小ニムエ一体の準備も。」
「わかったわ。障害物が多そうなら、途中で帰ってくるんでしょ?。」
「そのつもりだ。一旦、マーリン7に戻る。」
オレがマーリン7まで帰り着く前に、先行偵察用の「虫」は飛び立っていった。インプラント経由で送られてくる画像によると、先日エンリ達姉妹が往復した時よりも雪は減っている。姉妹も、あの時の行程より速いペースで進んでいるようだ。これなら、オレも明るいうちに往復できる。服装は、船外用圧力服のままでもいいだろう。導尿管も付けたままだ。スロープで待ち構えていた顔のない小ニムエから杖とレーション、水を受け取る。レーションと水は道具袋へ。道具袋に入れっぱなしだった塩コショウ類は小ニムエに返す。
「じゃ、行ってくる。」
オレはエリス・ニムエを連れて放牧地に向かった。
谷から街道に登り、急ぎ足で進む。「虫」情報によると、先行する姉妹は出発後一時間ほどで洞穴まで到着しているようだ。かなり、道は歩きやすくなっているに違いない。オレ達の行程は姉妹よりも四十~五十分ほど遅れているが、明るいうちに、洞穴か放牧地で会えるだろう。追ってきたような印象を与えるのは少々都合が悪いか?。
姉妹は洞穴に着いて、荷物を置き、少し身軽になって一人は放牧地に向かっているようだ。残る一人は洞穴か?。姉妹のどちらであっても、石列近くで会えたら話を聞きやすい。多分、ルーナが酒でダウンして、エンリが何か外仕事か散歩で外に出たのだろう。
一四二〇M。オレ達は放牧地の南西端に着いた。衛星や「虫」の撮影で概要は知っていたが、実際に現地に立ってみると新鮮な感覚だ。地形の起伏、雪の間から見え始めている幾筋もの石列。インプラントや情報ゴーグルにも立体視で他の場所を精彩に見ることができる機能はあるが、今までの需要は目視による粗走査ばかりだったので使っていなかったのだ。
船内で毎日運動はしていたが、さすがに少し疲れたので道具箱から出した水を飲む。ついでに方位磁針も取り出して東西南北を確認。磁極の偏差は、まだ確認してなかったな。地形は起伏があるので先行しているエンリだかルーナだかの姿は見えない。インプラントの画像を見て、自分たちと先行者、目的地としている南北線になっている石列の位置を確認する。まずは南北線石列に向かってみよう。雪が残っている放牧地を進む。残っている雪の厚さは十センチ弱。融けかかっているので踏んでも固まらない。水分の多い足跡がオレ達の後ろに残される。オレ達の前には先行しているエンリ?が残した足跡が見えている。その足跡はオレが目指している方向から左に逸れて行っている。オレ達はまず石を目指そう。
時々滑りそうにはなったが、十分ほどで、南北線石列と南の稜線からの影の交点に着いた。山を見上げる。太陽があの位置で、一番高い峰の影は、石列から東にずれている。南中した頃の影の位置を想像してみて、あのあたりか?、と目測したあたりに少し大きめの石があった。春分秋分の石かもしれない。地上で見渡してみて、やはり南北に大きめの石、間に小さな石。南北の大きなヤツは冬至と夏至かもしれない。冬至の頃は雪でそんな石を置く作業は、雪があったらやりにくいだろうから、何か計算しておいたのかも?。起伏のある地形でそんな計算は大変だから本当に冬至の日に石を置いたのか?。
石の間を歩き回り、附近の詳細な立体写真を作るために「虫」へ追加撮影を指示する。同行しているエリスにも石の間隔などを記録するように頼む。そんなことをやっているうちに、エンリが近づいてきた。
「マコトさん、何を、やっているのですか?。」
「珍しい並びの石を見つけたから見ていたよ。これが何か知ってる?。」
「それは『季節の石』です。」
ビンゴ!。やはり日時計だ。だが知らないふりをして続ける。
「『季節の石』?。」
「あの山の影が、その石の列のどこを、通るか、で季節がわかります。」
エンリはオレが予想していたとおりの峰を指さしながら答えた。
「冬と夏で影の伸び方が違うから?。」
「そうです。例えば、冬が終わって影がこの石に来る頃、畑に麦を播きます。」
エンリはすぐ傍の石を示しながら言った。
「なるほどいい石だね。でもヤダからここまで見に来ないと影がどこに来てるかわからないんじゃないの?」
「ヤダにも、同じようなものは、あります。ソルの、家の、庭に石があります。」
ソルの家は村でも一番大きな建物で、村を東西に貫く街道の南側に建っている。建物と街道の間には平地があって、庭兼広場兼集会場のようなものだと思っていたのだが、そこにそんな石があったのか。気づかなかった。α聞いてただろソルの家近辺の写真確認を頼む。
「そうかそれも見てみたいな。」
「マコトが、村に来たらきっとソルの家にも行く、から見ることはできる。」
「いつか行くこともるだろうと思う。それで、さっきは麦を撒く石を教えて貰ったけど、麦を刈る石とかもある?。」
夏至冬至春分秋分は、オレの予想のとおりだった。麦のほかにも「雨期の始まり」「山のオッフが冬眠から目覚める」など、この地方での季節変化に対応するための目印が幾つも組み込まれている。オッフとは、彼等が着ている毛皮の元々の持ち主だそうで、今日の昼餐でオレも食べた干し肉がそうだと教えられた。
石列に沿って歩きながらエンリの説明を聞く。エリスも時折質問を挟む。全部の石の意味はエンリも知らなかったが、地表から突き出ているよく目立つ石は天文学的な意味があるもの、ほとんど地面と同じ高さのものは昔ここにあった建物群の礎石だという。建物があったのがいつ頃かはエンリも知らなかったが、ソルあたりが補足してくれるのを期待しよう。一五二〇M。明るいうちに余裕を持ってマーリン7に戻るなら、そろそろ帰り始めるべきか。途中で別の気になるものを見つけないとも限らない。
「エンリ。説明をありがとう。そろそろ、船に戻るよ。暗くなる前に着きたいから。」
「途中に、ルーナが休んでる夏小屋がある。マコト達が来たらルーナも喜びそう。寄っていく?。」
夏小屋の中は「虫」でざっと調べてはいる。招待に応じたときの懸念は、
a)若い女性がいる人目に付きにくい場所へ男が独りで招かれることについての文化的な意味、タブーなどがまだわかっていない。
b)居室として使われている空間に至るまでに予備を含めて中継の「虫」の追加が欲しい。
c)そこで思わぬ発見があったりしたら明るいうちに移動する余裕がなくなって「お泊まり」になりかねない。→a)に続く。
というあたりか。
a)とc)は昼の経験もあって、オレが彼等を地球人と同等に感じていることからの余計な勘違いの可能性もある。b)は、接続が切れると翻訳が使えなくなってしまう。文化的な問題よりも、技術的な問題の方が、今は大きそうだ。
「ありがとう。でも明るいうちに帰って、船でやりたいこともあるから夏小屋はまた今度にするよ。」
エンリは残念そうな表情を見せたが、
「それならまた今度ね。約束してね。」
と、答えた。
オレとエリスは、エンリから周りに見えるものの説明を聞きながら帰途に就く。エンリとは夏小屋の前で別れた。ルーナが回復していてオレ達のことを聞いたら追いかけてくるかも、とも思ったが、それもなく、まだ日が残っているうちにマーリン7へ着くことができた。
船内に入る前にブラシで圧力服に付いた土埃を払う。ブラシはスロープの手摺にS字フックでぶら下げられていた。もっと天候が悪い時の帰還とか、船内にあまり変なものを持ち込まない工夫が必要だな。私室で圧力服を脱ぎ、点検のために小ニムエに預ける。いつもの船内服姿に戻って、操縦室に向かい、さて、αの報告を聞こう。
「今日は酒盛りで成果も山盛りよ。」
「そうだろうな。墜落してから一番よく動いたような気がする。」
「あなたの運動量も、全部のニムエの演算量も、集めたデータ量もよ。記録を更新したわ。」
「そのあたりは後にしよう。まず、ヤダの人たちについてわかったことから。順序は任せる。」
「会話したことで文法も語彙もかなり情報が入ったわ。前に『触ると熱い』のことを説明したことがあったでしょ。」
「なぜか直接物事を言わずに間接的な表現を使ってる、とか言ってたな。」
「過去の話になると直接表現なの。現在形、或いは未来形は『触ると熱い』。文法の中で、時制で単語が変化してるのかも。これを言語学者がどう体系づけるかは別にして、『ヤダ方言を話すもの』としては、後は語彙を増やすだけになった感じよ。」
「今日は朝から、翻訳がだんだんこなれていく感じもしてたよ。応答のたびにスムーズになっていく感じ。こっちからも話しかけるのは、情報量が凄いんだな。」
「ええ。途中で小ニムエ達にも簡単な会話はさせてみたりしたし。今日、外で活動したアンからエリスまでの五体は、会話は私が担当したけど身体操作はγだったの。気づいてた?」
「そんな操作もしてたのか。でもなぜ分割を?。」
「私は全部の小ニムエとあなたの会話の翻訳で手一杯だったの。リアルタイムの反応はタイムラグが一番小さい私がやるべきでしょ。通信圏にいても、βにそんなことやらせたら変な間ができて会話しにくいと思うわ。」「分業か。じゃあ、今日のβは何をしてたんだい?。」
「言語解析はずっとそうしてきてたけど、βは通信圏外ではすっと単独で解析を続けてて、通信できるようになったらそれまでの分析成果を返してきてる。今日も同じよ。宴会の途中で急に翻訳精度が良くなったとか感じなかった?。βの解析結果を組み入れたタイミングで、私も効率が変わったと思ったわ。」
「始まった時と終わったときで、明らかに感じが違ってたけど、『ある時突然』って感じは、わからなかったよ。」
「人間は思考量の変動を数値化して意識してるわけじゃないから、そうかもしれないわね。あと、ネゲイで収集した会話も含めて、今までのデータを今日の成果で総見直ししてるところ。これも通信圏外にいるときのβが集中して取り組んでるわ。」
「言語の状況はわかった。食べ物や彼等の唾液の解析はどこまで進んだ?。」
「まだ培養器に入ったままのものもあるけど、顕微鏡撮影はもうやったわ。これを見て。」
三枚の画像が表示された。
「一番は船内ストックのドライフルーツ。地球産の桃よ。水分が抜けて縮んだ細胞構造がわかるでしょ。」
オレは頷く。
「二番は『酒の材料にもなる』っていうドライフルーツ。一番と似てる。でも三番はちょっと変わってる。拡大率とか、撮影条件は同じよ。」
三番の写真は細胞構造が他の写真に比べて明らかに大きかった。元の細胞自体が大きいか、中身が地球産よりも「よく詰まっていた」か、水分が抜け切っていなかったか?。
「単純には乾燥の具合でまだ水が残ってたとか、そうも考えられるけど、それもチェックしてるよね。」
「もちろん。最初は一度手に入ったままの状態で調べて、三番と、ほか幾つか同じようなものがあったから、全部のサンプルを摂氏四十度の恒温槽で再乾燥させてから撮影し直したのが今表示している三枚よ。」
地球産と似た構造と、異なる構造か。オレ馴化用に集めたサンプルの中にも似た話があったな。
「おれの馴化用に集めたサンプルの中で、動物の脚みたいなのがあったと言ってたよな。あれの細胞構造はどうだった?。」
「凍ってたから、細胞構造は水が膨張して壊れてたの。だから今出してるような写真は撮れてないわ。」
「今日は干し肉もあったよな。あれも同じように確認できた?。」
「ええ。今出してる写真は、説明用にわかりやすそうなものを選んだだけで、今日の干し肉は三種類あったけど、そのうち二つがそういう構造だったわ。」
「成分分析はまだ途中だよな。」
「まだね。馴化用に集めたデータからすると、あなたに消化もできる、というレベルでしか、今はわからない。」
「食品関係、というか生物学関係は今日はここまでか。」
「ええ。明日また続きを報告するわ。」
「じゃあ、次は日時計の話かな。」
画像が切り替わった。
「ソルの家を上空から見下ろしたのがこれよ。『虫』の撮影。エンリが言ったとおり、屋根の一番高いところからの影が真北に延びたときの位置で季節がわかるようになってるみたいね。」
「多分、エンリよりもソルの方がこれについては詳しいんだろうな。行く機会があったら話を聞いて見よう。」
「今までに撮りためた地表画像から、同じように『何かが南北に配置されてて南に特徴的な影を作れるものがある』場所を探してるところ。もう何ヶ所か候補は見つけたけど、全球分はもう少し時間が掛かるわ。まずは、この地域の写真から始めて、全球にまで再チェックするつもり。」
「南半球なら影は南側だな。」
「この地域から見始めたからまだ南半球は確認してないけど、織り込み済みよ。南北回帰線に挟まれたあたりだと。影を作るものとしては人工的な柱みたいなものになるのかしら。」
「まず『南北に延びる』何かを探して、そこに影を落とすものを探す、という手順かな?。」
「そうなるでしょうね。あと、ソル達はついさっきヤダに帰り着いたわ。移動中の会話は距離があって拾えてないけど、これから留守番してた組に今日の出来事を説明するでしょうから、私たちへの対応方針も聞けるはずよ。」
ヤダの村は、新しい隣人に友好的に接することを村の方針として採用した。また、翌日にはソル自らネゲイへ向かい、ゴールにも報告することにしたようだ。ソルはあわせて、街道の補修についてもゴールに相談するつもりらしい。
報告を受けたゴールの反応も気になるが、今日は、今までにない大量成果の日になった。




