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3-6 祭礼の祝宴

 最初にソルが乾杯の飲み物がオレからの提供であることを告げると、「ほんと!?」「すごい!」などなど、翻訳がなくてもわかる大騒ぎになった。皆を静まらせてからオレは泡ワインの留め金を緩め、音を弱めるような小細工はせずにコルクを飛ばした。中身も少量だが吹きこぼれている。聞かされていなかったソルは硬直しているし、皆また大騒ぎになった。誰かが飛んでいったコルクを拾って帰ってくる。ルーナ、おまえ元気なヤツだな。


「驚かせて済まない。これは私の生まれた場所で祝いの席で飲まれている酒だ。今日の友好のために、皆で飲んで欲しいと思う。」


 アンが歩き回ってカップを手渡し、続くベティがカップに泡ワインを注いでゆく。カップは見たことのない半透明なもので、注がれた液体は泡が出ている。何か特別なもの、という印象は出せているだろう。


 飲み物が行き渡ったところで、ソルに聞かれる。


「アン殿とベティ殿、には飲み物はないのですか?。」

「あの二人は今日は手伝いだ。船にはまだ残っている者もいる。全員をここに出すつもりもないから、アンとベティの分はなしで、始めよう。」


 ソルに促す。ソルは立ち上がって、「今日は凄い、日になった。皆、マコト殿とともに、神の前での、食事を始め、よう。」


 炭酸飲料は、ないか、あっても珍しいものだろうとは思っていた。それなりの強度がある密閉容器を使っている場面に出会わなかったからだ。だから、炭酸が舌で弾ける感覚も初体験だと思う。泡が出ている不思議な飲み物を、最初は恐る恐る少しだけ口に含んで、皆驚いた顔をする。オレは平然とカップを空け、皆に見えるようにベティにおかわりを頼んで二杯目も一口飲んだ。


「慣れない味かもしれないが、私はもう二杯目だ。ゆっくり、飲んでくれたらいい。」


 隣のソルは、少しだけ口に含んだ一口目で驚いた顔はしていたが二口目は普通に口に入れ、泡の感触を数秒ほど楽しんだ後に飲み込んでオレにニッコリと笑った。


 オレはそんなソルを含めて皆の様子を見渡していたが、末席の元気娘が空のカップを右手で高く掲げながら、左手には先ほど飛ばしたコルクを持って、満面の笑顔でこちらにやってきた。ルーナ、おまえβと呼んじゃうよ。それとももう酔ったか?。


「ソル、あの娘は酒に弱いのか?。」

「ルーナ、あ、弱いという、ほど、でもないです、が、若いので飲ませ、すぎないよう、にはしないと。」


 そう言っている間にも、ルーナはオレの横まで来てコルクと空のカップを差し出した。


「先ほどの『ポン』、をいただいて、もよろしいですか?。あと、この、中身も。」

「『ポン』はいい。カップの方は、ソル、この娘は二杯目を飲んでも大丈夫か?」

「ルーナ、今日は特別、だ。でも自分の、脚で歩いて帰れ、ないようなら置い、ていくからな。」

「ソル。ありがと。」


 オレはベティにルーナのカップにおかわりを頼み、続いてカップを差し出してきたソルにも……一本目がもう空?。インプラントで助けを求めると、三体目の小ニムエが二本の酒瓶が入ったコンテナを、揺らさないよう静々とスロープを降りてきた。ソルの傍まで来て、


「クララ・ニムエです。」


 本当にABCねーちゃんズだった。あとで、αにも聞くべきことがありそうだが、ここは宴が優先。新しい酒瓶を受け取って新しい「ポン」を生み出し、ソルのカップにはオレが注ぎ、まだ中身の残っている瓶をベティに預けた。クララは、未開封の一本をアンに預け、「足りないものがあればお届けします」とオレに告げると最初の一本、空になった瓶を携えてマーリン7に戻ってゆく。


 まだ乾杯から二~三分だが、「ポン」の衝撃もあって全然進んでいない。


 自分もこの不思議な酒のおかわりを頼もうか?。それは不敬か?などと悩んでいる顔も見える中、彼等が用意したものにもオレは口を付けるべきだろう。


「ソル、この中で、あなたがたは最初に何を食べるのか?」

「決まり、はありません。自分の好き、なもの、自分の近くにある、ものから食べています。」

「ソルはいつも何から食べている?。」


 酔っ払い娘が割り込んできた。


「マコト!。私のお勧め、はさっき、私が捧げた羊よ!。取ってくる!。」


 この割り込みはソルにとってもいいことだったよだ。


「あぁ、そうです。今日は羊が、あります。是非にご賞味、ください。」

「じゃあ、ルーナがいい焼き加減のところを持ってきてくれるのを待とう。あと、あなた方の酒も飲んでみたいのだが?」

「おお、ではこれを。去年の秋、に作ったものです。」


 ソルは壺から柄杓でオレのカップに酒を注いだ。赤ワインのようなものかな?。一口飲んでみる。色からして結構な渋みは覚悟していたが、意外に、旨い。北緯四五度。気温もそれなり。地球の人類史的な感覚なら、このくらいの気候ならワインよりもエールやビールが主流になりそうなものだが、植生が違っているのだろうか?。


「これもいいものだな。材料は?」


 ソルは並べられていたドライフルーツの中からスモモのような実を取り上げ、


「去年の秋に取ったこの実、から作っております。」


と、オレに差し出した。一口囓ってみる。やはり桃に近い何かだ。口に甘みが広がる。


「これもいいな。」

「採ったばかり、よりも、こうやって干した、方が、私も好きです。」


 などと言っていると酔っ払いが姉を連れて戻ってきた。


「マコト、姉さんが一番、いいところを切ってくれ、たわ。まだ羊は誰も食べ、てないから、今日の主役が最初、に食べてね!。みんなにもマコト、が最初だって言って、あるから!。」


 この口調がニュアンスまでちゃんと翻訳されたいるのかどうか、あまり「神に不敬」な感じだと後で彼女が叱られたりしないか、心配になりながらも木皿を受け取った。ブロックのまま表面を焼かれてから切られ、中はまだ少し赤い肉が数枚載せられていて、爪楊枝のようなものも添えられている。皿の端には少し色のついた塩らしい粒も乗せられていた。あの洞穴産だろうか。寄生虫は?、と、気になったが、今のオレは「カプセル」も飲んだし、彼等が同じものを食べるのなら、安全レベルなのだろう。


 スモモワインを一口飲んでから、塩を少し付けた肉を食べてみる。これも、いい。塩コショウの準備は要らなかったな。


「いいな。ありがとう。皆も、待っていたなら食べて欲しい。」

「姉さんマコトに、挨拶してよ。で、『ポン』も欲し、いんでしょ?。」


 コルク通貨圏ができそうな勢いだ。


「エンリです。妹がご無礼を。ソル、ごめんなさい。」

「マコトだ。エンリ、君とも友好を。肉の加減もよかった。妹さん、ルーナのことは元気な子だとは思ってるが、無礼とは思ってないから。」


 ソルの方を向いて言う。


「ソル。私が望むのは、まず友好だ。敬意は、その次に来るものだから、もし、ソルの目から見てルーナが『不敬』だと思えたとしたも、友好であるなら責めないで欲しい。」


 ソルにも、オレの方針がかなり伝わったらしい。


「善き友人として、ですね。わかりました。あなた様は神にも、匹敵する方、と思っていましたが、善き友人として、接すること、村にも、領主様にも、お伝えいたします。」


 情報が少ないのでまだ方針を決めかねている領主対応の話も出てきた。そのクラスになると単純な「友好」だけでは話が通せない可能性も出てくるが……。


「領主様とかに関することは、また別の機会にソルも含めて話をしないといけないだろうとは思ってる。だが、いまは酒の席でもある。友好のために飲んで食べよう。今日は、ソル、『ヤダは谷の奥に落ちて来たマコトと仲良くなった』とだけ憶えておけばいい。」

「マコト。今日の私は本当に、あなたの声を初めて聞いた時から、死ぬことを覚悟したり喜びに打ち震えたり、もう色々あって気持ちの整理が付いていません。あなたを友人とした、これだけは忘れずにいて、細かなところは明日以降で考えるとして、今日はこの席を、あなたとともに過ごすことで友好を実感する、それが私の今の望みです。」


 酒も入って思考は鈍くなるし、オレがソルの立場でもそうなるよな。今日は近隣との友好のための酒宴だ。あまり深いことは考えないでいよう。あ、「ポン」の話が途中だ。


「エンリ、ルーナ。『ポン』の話もしてたな。」

「そうな、の。二個目の『ポン』も私が拾った、けど、エンリ、にあげてもいい?。」

「構わないよ。もう蓋としての役目を終わってるものだし。」

「嬉しい!お姉ちゃん。大事にしようね。」

「ありがとうございます、マコト。大事に、します。」


 オレにとってはそれほど希少なものでもないが、友好関係を得るにあたってコストパフォーマンスの良すぎる取引にオレも満足だ。そうなると、ソルもコルクを気にしていたらしい。


「私にも今日の、記念に『ポン』をいただけないでしょうか。」


 と言ってきた。拒否する理由は全然ない。ベティの方を向くと、残っていた未開封の瓶を差し出してきた。


「ソル、拾いやすそうな方に飛ばすから、自分で行ってくればいい。」

「では、あっちに」


 ソルは変な隙間が少なそうな河原の方向を示し、オレはそちらに向けて三本目の封を切った。これで「おかわりどうしよう」顔の何人かも満足してくれるだろう。


 まだ宴席が始まって十分ほどしか経っていなかったが。皆何かを食べ、酒も入っている。そこで用意はしていたが使う機会を逸していたパンも投入することにした。


「ルーナ、次はこれを一口どう?。多分食べたことはあるだろうけど、味はちょっと違うと思う。」

「パンね。麦を粉、にして水を入れ、て練って焼いたヤツよね。でも私が、いつも食べてる、のとは形とかも違うわ。」

「麦を粉にして水を入れて練って焼いたヤツだ。途中でちょっとずつ違うやりかたをしてるから見た目もちょっと違ってる。」


 オレが差し出したパンを一口囓ったルーナは目を見開いた。次いで目尻が下がり、急いで飲み込むともう一つのパンを掴んでエンリに押しつけた。


「マコトのパン、も最高よ!。こんなパン食べた、ことがない!」


 と叫んだ。混乱しそうだったのでオレも割り込む。


「皆が喜んでくれそうだから、私の故郷のやりかたで作ったパンも配ろう。」


 アンとベティがパンを配り歩く。受け取った村人は一口囓って皆驚いた顔をする。これも友好関係の形成に、いい感じだ。アンとベティに酒食を勧める者もいたが、二体とも「今日は手伝いなので」と固辞していた。オプションで飲食しているように見せたり「毒味役」を務める機能もあるのだが、まだ装備していない。


 宴席は、一時間半ほど続いた。一三〇〇M。皆が満腹したころにソルが終宴を宣言する。この頃には宴会語彙の翻訳はかなりスムーズになっていた。


「今日はマコト殿といい関係になれた。明日からも仲良くやってゆけるよう神に祈りを捧げて、この場はこれで終わりにしたい。」


 聞いた皆は立ち上がり一斉にオレの方を向いて両手を胸に当て目を閉じて早口の小声で何かの言葉を唱え始める。オレに祈られているようで、戸惑う。十秒ほどで簡易版のお祈りは終わったようで、そのあとは宴会跡の片付けに入った。


 ソルが来た。困ったような表情だ。


「今日用意したものは、マコト殿、あなたと神に捧げるものではあるのですが、残った食べ物を、村に残っている者達に持ち帰ってもいいでしょうか?。」

「オレではなくて、神に、だろう?。構わないよ。パンも持って帰るかい?」


 ソルの表情はぱっと明るくなって


「いただけるものなら、村には二十人ほど残っております。」


 このやりとりは予想の範囲内だし、村の人口は把握しているから、それにあわせてパンも用意してある。


「まだ残っていたと思う。持って帰る分を用意させよう。」


 程なく、小ニムエがマーリン7からパンが入ったコンテナを下げて降りてきた。アンかベティかクララかはオレにもわからない。もしかしたらエリスかもしれない。と、思ったら、インプラント経由で「ダイアナ」の表示が送られてきた。


 届いたパンを彼等の荷袋に移し、今日の別れの挨拶だ。


「では、マコト。今日はありがとうございました。ヤダの村はあなたと変わらぬ友好を願っております。」

「ありがとう。私も、ヤダと友好な関係を築けることを願っている。気を付けて帰ってくれ。」


 彼等は、下流の村へ帰っていった。飲み過ぎのルーナと介抱役の姉エンリは、上流の夏小屋へ向かうらしい。これは元々「どちらにしよう?」と決めかねていたところに、ルーナが暴走してしまった結果の判断だとか。



 宴席は終わった。次は、分析なんだ、が。


 宴席で彼等に使わせたカップは回収してあった。瓶も回収してあるが、コルクは持って行かれた。カップはこれから分析室に運び、付着していた唾液や指紋、皮脂などを調べる。宴席に並んでいた肉や果実などもだ。瓶は、落として割れたりしないよう常にニムエ達が保持していたから指紋などはついていない。船内でリサイクルに回すことになる。


 まだ日は高い。が、今日中に全部の分析結果は出ないだろう。サンプルは取った。明日、播種説の答えが出る、かもしれない。


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