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3-5 谷への次の来訪者

 CL(墜落暦)一〇四日。


 ヤダ村から十人ほどの集団がやって来た。羊のような家畜も一頭曳いている。「何かわからない不思議なツルツルピカピカの大きなモノ」は「神か、神に遣わされた何か」という結論になって、悪神か良神かわからないけれども供え物ぐらいは捧げておくべきだろうという話になっていた。丁度「春の祭礼」の時期で、今年は場所を変えて谷で、ともなったようだ。供物として、酒、果物、干し肉、生贄の家畜一頭というラインナップが挙げられてる。昨晩の会合の様子を聞きながら、来る人数がわからなかった時点では、果物と干し肉は、適当な量を受け取ってもいいが、生贄の家畜はどうだろう?。彼等の食糧を過大に提供させることになってしまわないか?。生贄として受け取るのではなく、殺さずに適当な時期まで育ててから普通の家畜として食肉化させたほうがいいのではないか?。などとも考えていたが、来訪者の人数が決まると、焼肉パーティという手段もあるかもしれない。などと考えるようになった。αも、「抗生物質のコレクションは万全よ。」などと、オレがヤダ村からの「お供え」を摂取することに肯定的だ。


 雪もなくなり、街道の悪いところの補修も進んだおかげで、一行は滞りなく進み、崩れた街道の上からロープを伝って谷底に降りてきて、午前中には船の南の空き地に到着した。谷底の河原。少し雪は残っているが、石だらけの広場だ。一行は手分けして周囲の適当な石を拾って積み上げ、その上に毛皮を敷いて干し肉や果物などを並べる。祭壇を作っているようだ。祭壇と船の間では数人が焚火を熾している。円形に並べた石列の中に薪を並べ、木屑や油などを撒き、持ってきていたらしい火種を使って点火する。直径三十センチほどの焚火が三ヶ所にできた。二~三人ほどは崩れた街道付近で、また崩落規模の確認をしている。補修の準備だろう。


 祭壇の形が整い、火も安定したら、船体側から見ると祭壇の向こうにソル、横に家畜、背後にその他の人々が横一列に並び立った。


 ソルは更に、何の皮かはわからないが、羊皮紙のような巻物を広げて祝詞のような詠唱を始める。詠唱は、集落内で集めた語彙にない単語が多く、同時翻訳できていない。巻物に記された文字も、距離はあるが「虫」が撮影している。この地域の文字は初めて見る。巻物に書かれた文字列は、章ごとの区切りだろうか?。五角形のマークで区切られている。


 ソルの詠唱は巻物の詠む位置をすこしずつずらしながら、数分をかけて終わり近くまで来た。そこでソルは後ろを向き、列の端に立っていたエンリとルーナに頷く。二人はそれ受け、連れてこられた家畜に槍を構えて、というところでそろそろ潮時か。介入しよう。


 用意してあった外部スピーカを使って話しかける。


「私は外から来た。この地の民よ。あなた方は今何をしようとしているか、教えて欲しい。」


 彼等は驚いたに違いない。これまで何度も近くまでは来ても反応がなかった謎の「ピカピカ神」が応じたのだから。ざわめき。硬直した表情。主宰のソルは恐怖したのかガタガタ震えている。


 数秒待ったがソルは復帰しない。なのでもう一度繰り返した。


「私は外から来た。この地の民よ。あなた方は今何をしようとしているか、教えて欲しい。」


 ソルは、脂汗を流しながら、真っ赤な顔で応えた。


「か、神よ!。私たちに、幸い、を、与え賜え!」


 早口のソルの言葉に、翻訳が追いつかず。オレの耳には変に間延びして聞こえた。緊張させる意図は全くなかったのだが、ソルは倒れてしまいそうだ。他の人々も恐怖と緊張の表情。表情がわからない何人かは平伏している。緊張をほぐさせないと。


「怖がらなくていい。災いをもたらせるつもりでここに来たものではない。」

「神よ!。私たちに幸いを与え賜え!」


 同じ言葉の翻訳は早くなっている。だが本題は翻訳能力の話ではない。ソル達だ。ソルはもう思考停止だ。同じ言葉を繰り返している。会話を進めるにはどんな言葉がいいのか?。


「神ではないが、あなた方にはそれに近いモノと感じられるだろう。幸いを与えられるかはわからないが、災いをもたらせるつもりでここに来たものではない。私は学びたい。あなた方を知り、私を知ってもらいたい。だから教えて欲しい。この地の民よ。あなた方は今何をしようとしているか。」


 ようやくソルも、他の皆も、落ち着いてきたようだ。表情から恐怖が薄れてきていて、ソルも応じる。


「この地に、新たに、降り立った神に、ささやかなもの、を、捧げ、我ら、の、幸福を願って、おります。」

「繰り返すが神ではない。だが善き友人としてささやかなものを受け取ることはできる。そしてその礼に、こちらからもささやかなものを贈ることもできる。またあなた方の幸福のために、やるべきことを一緒に考えることもできる。あなたがたにとって災いとなることは、私も望んでいない。」


 ではないけどが、理解できる言葉で話し、友好関係を求めている、ということを伝えたいのだが、伝わっているだろうか?。


「神は、我々と、友人、でありたいと、おっしゃるの、ですか?。」

「そうだ。神ではないが。あなた方と、善き友人となり、あなた方を知り、私を知ってもらいたい。そしてあなた方の幸福のために、やるべきことを一緒に考えたい。」


 ソルはもう滂沱だ。真っ赤な顔で、涙と鼻水で、グスグス言っている。おそらくは今まで何度も繰り返してきた平穏なはずの儀式の最中に、突然「神の声」が響き、儀式の手順に間違いがあったのか、詠唱を間違えたのか、神の怒りで殺されるなら自分はともかく村の人間は生き延びることができるのか、そういったことを一瞬で考えて恐怖に凍り付き、その後、「神」に怒りはなく、友好を求められていることがわかったのだから、安心と喜びで自分をコントロールできていない。


「あなたが落ち着くまで待とう。話せるようになったら、まずあなたの名前を教えて欲しい。私は、マコト・ナガキ・ヤムーグ。長ければ、マコト、と呼んでくれて構わない。あなたの名は何というのか?。」


 αが村中の顔と名前は既に知っていて、インプラント経由でオレも全員の名前を間違えずに呼ぶことができるが、いきなり「ソル」と呼ぶわけにもいかない。オレのゆっくりとした自己紹介の間に、ソルも少しは回復した。


「ソル。ヤダ、の、ソルでございます。神よ、あなた、の御名を、称えます。」

「ソルよ。御名は称えなくともよい。お互いの友好を、求めたい。」

「友好を、我々も、偉大なる、マコト神との、友好を願います。」

「神ではない。お互いに敬意を持ち合うことはいいことだが、神に対する敬意は、私の求めるものではない。」

「善き友人として、マコト、あなたとの友好と敬意を分かち合いたいと、願います。」

「ありがとう。ソル。互いに善き友人であり続けることを私も願う。」


 やっと、落ち着いてきたかな。


「マコト、あなたはここに、いつまでも留まる、のですか?。」

「いつかは去るが、その時はまだ決めていない」

「我々が、この地、を、訪れることを許し、ていただけますか」

「ここは元々あなた方が住んでいた土地だから、訪れることは自由だ。逆に、しばらくここに私が滞在することを許してほしい」

「神、がこの地に、おわすこと、になんの、不都合がありましょう、や。いつ、までもこの地、に恵みを、与えてくださ、るよう、お願いいたします。」


 また神様に戻ってしまった。


「神ではなく、善き友人としてしばらくここに私が滞在することを、許してもらえるか?。」

「善き、友人として、あなた、の望む間、この地に留まって、いただいて結構で、ございます。」

「ありがとう。ソル。そして後ろの皆よ。皆も名前を教えてもらえるか?。私はマコト・ナガキ・ヤムーグ。長ければ、マコト、と呼んでくれて構わない。」


 当たり前だが、皆「誰からやるんだよ?」という表情で互いの顔を見合わせている。特に列の両端は「自分なのか?」とプレッシャーが掛かっているだろう。


 そんな中で、生贄の羊を屠るために列の端にいたルーナが一歩前に出た。


「マコト、私はルーナ。あなた、との友好を喜ぶ、者です。」

「ルーナ。ありがとう。私も君との友好を喜ぶ。」


 オレから見て列の右端から順に、というルール作られた。ルーナの隣にいたエンリも前に出る。


「マコト、私はヤダのエンリ。あなたとの友好を望む者です。」

「ありがとう。エンリ。私も君との友好を望む。」


 あとは次々と、自己紹介は進み。全員が自分の名前を告げた後、改めてソルが言った。


「善き友人マコトよ。我々は、これからここで、用意したこの地の恵み、をあなた、に捧げます。今までは、神に捧げ、神がお残し、になられた、ものを、我々はいただいて、参りました。あなた、の姿はその輝く、大きなお体なので、すか?。それ、とも、我々のような姿に、なる、ことができる、のであれば、あなたに捧げ、その後、皆もあなた、とともに、これら、の恵みをいただく、ことができます。どうか、ご一緒にこれらの恵みをいただく、機会をお与え、くださいませんでしょうか。」


 待ってたよ。


「あなた方が見ているものは私がこの地に来るための船だ。私は、あなた方が知らないとても遠いところから来た。私はあなた方と似た姿であなた方の隣に座ることができる。あなた方はあなた方の用意を進めてくれ。私は私の地の恵みをあなた方にも振る舞う用意をして、あなた方とともに座ろう。」


 神が姿を見せ、食事をともにする。そう聞いた彼等は慌てて動き出した。神を待たせるな!。不敬だぞ!。そういう感情のわかる動きだ。羊を屠ろうとして前に出た時から待たされ続けていたルーナがソルに「ソル!」と叫んで羊を指さし、ソルもうなずき返すとエンリのものと合わせて二本の槍が羊の首に突き立てられた。ソルは羊関係以外にも幾つかの号令を出し、次いでマーリン7に向き直って言った。


「善き友人マコト、とともに地の恵みを、いただけることに感謝します。いつでも、そのお姿をお示しください。」


 祭壇と焚火の周囲で座りやすいよう石を整える者、血抜きのために羊を近くの大岩の上から吊せるよう調整している者、祭壇の果物を切り分けて皿に並べ始める者。オレはそういった光景をインプラント経由の画像で見ながら外に出る前の最終確認を行う。


 服装は船外用圧力服。自分が彼等とは少し違う存在であることを示すにはこれが一番わかりやすいと判断した。ヘルメットは省略。


 泡ワインの瓶と人数分のカップをコンテナに入れた小ニムエ。これは甘いものを選んだ。イヤ、正確には、ストックのほとんどが初心者向けの飲みやすいものばかりだった。ファーストコンタクトに玄人向けの辛口を出すのは冒険だ。「指針」でも注意されている。それから、普通に焼いたが仕上げに砂糖を塗りつけた拳大ほどのパン。これも別の小ニムエのコンテナに入っている。二体とも、塩コショウなど補助的に使いそうな小物を入れた道具袋を腰に付けている。服装はマーリン7でオレが小ニムエ達に着せている「制服」のまま、オレと同じ船外用圧力服。無機質だった頭部にはストックにあった地球人顔の中からαが選んだ表皮を取り付けた。この仕様は、予備を含めて昨晩のうちに五体用意している。また例によって、「五組一セットで梱包されているのよ」とαが言ったからだ。


 外では、焚火の上に乗せた鉄板の上に、羊から切り取ったらしい肉のブロックを乗せようとしている。そろそろか。


「α。出る。」

「あ、これも今飲んでおいて。想定以上の微生物や寄生虫が食べ物に付いててもブロックするから。」


 αが用意したカプセルを、オレは飲み込んだ。


 ヘッド・クォータ底面の外部昇降スロープを降ろした。彼等は祭壇をマーリン7の軸線上に作っていたので、ここを降りるとまっすぐ祭壇に行ける。準備の途中でマーリンの底が開いたことに気づいた誰かが声を上げてこちらを指さし、皆が一斉に動作を止めてマーリン7の方を向く。オレは後ろに小ニムエ二体を従えながらゆっくりとスロープを降りてゆき、彼等の全員が直接見えるあたりまで進んでから肉声で叫んだ。


「そのまま続けてくれ!。」


 手が止まっていても、特に火の近くではそんなことを長くは続けられない。皆慌てて作業に戻ってゆく。「神様を待たせるな!」そんな心の叫びが聞こえるようだ。


 この場の責任者でもあるソルは、また思考停止してしまっているようだ。色々考えすぎて混乱してるに違いない。オレはソルに近づいて声をかける。


「ソル。マコト・ナガキ・ヤムーグ。あなた方の善き友人となりたいと望む者だ。」

「ヤダのソル。ヤダの長老。マコト殿の友人、でありたいと願うものです。」


 船の外で直接の対話を初めてやっている。今まではモニタ上の字幕で意味を理解していたが、今はインプラントが視聴覚の両方に翻訳された情報を送り込んできている。


「こういう時、私たちはお互いの手を握る習慣がある。あなた方はこういう時になにをする?。」

「手を握る、者もおります。私の手を握って、いただけますか?。」


 オレ達は、笑顔で握手した。


「ソル、私はあなた方のやり方を知らない。だから教えて欲しい。こういう食事はどんな順序で進めているんだ?。例えば最初に食べるものは何かとか、食べる前に何をするかとか。」

「神の前の、食事です。祈りは先ほど捧げ、ました。いつもなら、私が『神の前での食事、を始めよう』と言って、から、皆で食べる、のです。今日は、マコト、あなたのための、食事ですから、あなたの、流儀、でやっていいので、はないでしょうか。」


 オレが慣れている挨拶、乾杯、それから食事という流れで、今の説明から抜けていたのは乾杯だけだ。


「なら提案しよう。私のやり方では、肉や果物を食べる前、最初に飲み物を少し飲む。さっきソルが説明してくれた『食事を始めよう』のすぐ後で、私が用意している飲み物を皆で飲んで、それから肉や果物に進むのでどうかな。」


 加えて、念押しをしておく。


「今日は元々『神の前の食事』だったんだろうから、食事は私のためのものではなく『神の前の食事』のままでいい。あなた方の神に、私も敬意を表したいから、その食事を横取りするようなことはしたくない。」

「説明が足り、ませんでした。私たちも、少し飲んで、から食べ始めます。今日は、その飲み物を、マコト殿、あなたが用意して、くださった、もので始めるということですね。」

「お互いに似たやり方で安心したよ。最初に、この二人にも手伝って貰って飲み物を配らせる。あと、飲み物だけでなく、食べ物も用意している。」


 オレは背後にいた小ニムエ達を指さした。


「気になって、はおりました、が、このお二人はあなたの、奴隷ですか?。」


 紹介もされずに佇んでいた小ニムエ達が気になっていたらしい。


「少し違うが、私の手伝いをしてくれている者だ。」

「アン・ニムエです。」

「ベティ・ニムエです。」


 ニムエ達が挨拶を返した。個体名称はうっかりしていた。聞いてなかったぞ?。大丈夫か?。また人格が増えたりしないか?。アン、ベティと来たら次はクララでダイアナ、エリスか?。ABC順は安直すぎないか?。


「アン殿、ベティ殿。ソルです。あなた方、とも友好を。」

「ありがとうございます。」


 二体は声を揃えて答えた。


 祭壇の方を見る。皆、オレ達の会話がいつ終わってもいいように待機している感じだ。


「そろそろ行こうか。」

「行きましょう。」


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― 新着の感想 ―
動力も殆ど使わない原始的な文明が、斥力馬で宇宙を飛び回り惑星を開拓する文明と接触したらそりゃあ神様扱いするわな笑 なう(2025/07/31 23:36:05)
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