3-2 集落の観察(2)
CL(墜落暦)八一日。また雪が少なくなるのを待ちながら数日経った。集落の観察を続けている。「虫」達は毎日一匹ずつローテーションで送り出し、それまでに最も稼働率が高かったものを回収、点検整備だ。
言語情報もすこしづつ集まっている。集落内の会話と、それ伴う動作などで音素の羅列を分解し、単語と文法を収集しているが、これはAIに任せておくのが一番だと思っている。
集落には言葉を覚え始めたばかりの小さな子供もいて、四六時中、
「これは何?」
「それは燃やしたら暖かい薪」
「もやしららあららかいまきー」
などという会話を繰り返している。これは言語情報の収集に良さそうなので、「虫」を一匹、常時その子の近くに置くことにする。
以前のオレは、船内で暇な時間ができると、衛星軌道から地表を観測した記録を見ながら「詳細調査」などの印をつけながら時間を潰していたことが多かったが、「虫」達を集落に送り込んでからのオレは専ら「虫」たちからの生中継を見ていることが多くなった。
言語解析も少しずつだが進んでいて、わかる範囲で字幕も付けられている。解析と字幕の作業はβやγにも分業されているらしい。意味の確実度にあわせて文字の色や大きさにも変化が付けられていた。翻訳当番がβの時は、皆のしゃべり方がβみたいになるっすよ。これは放置していていいのかどうか、悩むっすよ。
なお、収集した会話記録の生データは、解析されて文法と語彙のデータベースに登録され、地理や生活習慣等の基本的な情報を抽出した後は消去されている。「今夜の夕食は何だ?。」とかの会話を全て残しても意味がない。例外は内容がオレ達に関するものであった場合だが、現時点では「雪がなくなったら『谷』へ行こう」というレベルのものが数件あるだけだ。
既に集落の構成員ほぼ全ての名前がわかっている。オレ達がマーリン谷と仮に呼んでいる谷と、そこから流れて集落の近くを通る川はそれぞれ「ヤダ谷」「ヤダ川」とか、もう少し下流の町か村らしい「ネゲイ」という場所もあるらしい。ネゲイの向こうにはモル、更に遠くにカースン。集落の名も「ヤダ」のようだ。ヤダ谷の北に連なる山々は「ムラウー」と呼ばれているが、これが特定の山なのか山地全体なのか、単に「北」を示しているかはまだ不明。固有名詞は判明しつつあるが、それ以外の品詞は、語幹は拾えているものの活用が多くて解析しにくい、とのこと。同じものを示しているはずなのに話者や時制によって別の表現になっているとか。動詞ならともかく名詞まで格変化しているよう、とは、かなり複雑な言語体系のようだ。おそらく、この季節のこの集落で使われそうな文意も全て一度は録音されていると思うが、その全部の意味を知ることができるまではもう少し時間がかかるだろう。
彼等の生活は夜明けとともに起き出し、備蓄されていた食料を煮炊きして食べ、家畜小屋で羊にエサをやり、集落内の除雪や周辺の水路の手入れなどの外仕事などをする。藁を材料にして筵を作っている者もいた。こういう手作業は見ていても面白い。編み方の手順は、ニムエ達が分類してくれるだろう。夕方には皆集まって夕食を食べている。大人は一日二食。子供は昼に軽食を摂っている。
比較基準が明確ではないのでわかりにくいが、大人の男で身長はオレに近い一七〇センチ、女は一六〇センチほどか。身長一五〇の小ニムエを紛れ込ませるにしても不都合はなさそうに見えた。男女ともに髪型にはあまり凝っていない。活動の邪魔になったら切っている、という感じだろうか。多分、女性の方が髪が長い。これは男女の見分けに役立つだろう。男達の髭は剃られている。それなりの刃物はあるということか。
オレの基準から見て「老人」という年齢層の姿は見えない。医療技術に期待はできないと思われるので、平均寿命も短いのかもしれない。
夕食の前後には交替で男女共用の蒸し風呂小屋に行っている。光量が乏しいので中の様子はよくわからない。彼等と対面する機会があっても、体臭などはあまり気にする必要はないかもしれない。
屋内では外していることも多いが、外仕事の時は、必ず何か刃物を携帯している。これは外に出るときは剣帯を着ける習慣がある、というべきか?。剣帯には作業用ポケットなども付けられてている作業ベルト兼用だ。とにかく、外出時には腰に何かを巻き、そこには少なくとも一つは刃物が収められている、ということだ。
建物群は、居住用と、倉庫、何かの作業小屋に分けられていた。どの建物も、内部はとても清潔に保たれている。手が届きにくい天井近くなどは埃や煤が溜まっていそうなものだが、そんな様子はない。この状態を維持するのは大変だろうとは思うが、清掃作業の様子はまだ見ていない。
彼等の衣類は、一番下に毛織りらしい生地の作務衣のような形の上下。その上に、おそらく防寒のためだろう。動物の毛皮や家畜小屋の羊から採ったらしいフェルトを縫い合わせた、というか、つなぎ合わせたものを重ねている。木靴、毛織りの靴下。革のオーバーシューズ。毛織りまたは革製のミトン。毛皮の材料となりそうな動物は家畜小屋に飼われていなかった。川の近くにあった小屋の一つは動物の解体や皮革処理などに使われているようで、毛皮の材料は野生動物かもしれない。羊毛をフェルトに加工する作業小屋もあった。この小屋は羊毛だけでなく、他の繊維質の材料も使って何かを作るための場所でもあるらしい。
鍛冶小屋もあった。この小屋は内側が天井も含めて泥葺きのような仕上げになっていて、可燃性の部分は隠されている。精錬までやっている形跡はない。この鍛冶場で材料として使われる金属類は交易で手に入れるのだろうか。無人のときに鍛冶場の内部を探索していた「虫」が砂鉄のストックの中に墜ちてしまったようで、調子を崩したので帰還命令を出す。彼等が使っている砂鉄を付着させたまま帰り着けることができたら、また技術水準を測る指標が手に入る。
使われている道具類に電気機械的な動力はない。映像だけでは材質がわからないものもあったが、主には木や毛皮などの動植物由来のものが多く、一部には鋤鍬のように金属が使われているものや土器もあった。刃物は、金属だけでなく、黒曜石のような石もまだ現役で使われている。そんなガラス質の火成岩が手に入るということは、近くに採取ができる場所があるのか?。火山と断定できるような地形は徒歩数日の範囲内には見つけていないから、交易による入手品かもしれない。
観察でわかる一番高度な機械技術は織機に使われていたクランクと滑車だった。摩耗のためか元々の加工精度が悪いのか、時々手で動きを補助してやらなければ巧く機能しないようだ。交換するつもりなのか、作りかけの部品らしいものが横に置かれていた。火を使った後に残る灰は土器の壺に集められている。かつての地球人類は壺に入った灰をポタッシュと呼んで肥料や脱脂など化学的な処理に使っていた。ここではまだそれを使った場面に遭遇していないので、その方面の技術水準は不明だ。
地球人類史に当てはめると産業革命以前、というのは電波の使用が見られないことから推測はしていたが、数なくともこの集落では正解だったようだ。
小屋の幾つかはトイレだった。姿形も生活の方法も、地球人とそっくりなのに驚かされ続けている。本当に、昔の地球人の暮らしはこんな感じだったのだろう、と思わせる点が多い。播種、又はそれに似た過程があったとしか思えないのだが、どうやってその過程が実現したかを考えると、オレにもニムエ達にも答えがわからない。
文化的な発見、と呼ぶべきか?。建物の内側、北の中央の柱に五角形のマークが刻まれていた。家紋のようなものか?。それなら家の外に刻むだろう。そう思いながら見ていると、小さな建物でも必ず北壁の柱は奇数になっていて、中央の柱に五角形がある。宗教的なシンボルか何かだろうか?。
βも南の方の情報を寄越してきた。再除雪も進み、雪がなくなった地域では人が街道を行き交う様子が見られるという。徒歩、騎馬、と、荷車。荷車を牽いているのは馬や牛ではなく、もっと大きなムカデのような生物だと、ちょっと近寄りたくない内容も添えて。
CL(墜落暦)八二日。天気もいい。船内だけで使われているカレンダーでは、今日で二月が終わることになっている。
「虫」に付着していた砂鉄を分析した限りでは、土中に埋まっていたものを磁石で集めたもの、という程度の情報しか得られなかったが、磁石が知られていることはわかった。
現地文明が存在する場合の交渉などについては「可住惑星調査における文化汚染対策の指針」に色々と書かれている。友好の意思を示す方法の一つとして贈り物をすることは挙げられているが、ピラミッドを作っていた頃のエジプト人に「砂漠での移動に便利ですよ」などと言って四輪駆動のディーゼルエンジン車を渡しても、燃料切れになったらなんの役にも立たない。相手の技術水準で使い続けることができる「ちょっと便利なもの」か、実用目的ではない装飾品や美術作品、或いは、食料や酒類などの消耗品などが候補となる。
船倉には、そういう目的で使えるよう各種資材が積まれている。タコ型宇宙人に地球人の手に合わせて作られた道具を渡しても意味がないので、船内で加工して何かを作るための材料だ。布類や各種金属のインゴット、プラスチックペレット、ダイヤモンドやルビー、サファイアなどの宝石(どれも『大きな原石』風に見えるよう合成されたもの)などが含まれている。加工方法はライブラリにある。方位磁針のように相手の体格を問わないものや、オレ自身が使っても便利そうなものは、現物も積まれている。
軌道からの観測初期に遠洋航海のような航跡を見つけたことはあり、その後のベータやガンマの観測でも見つかった似たような筋から、海運拠点らしい場所もわかっている。遠洋航海技術があるなら、磁石の使い方の一つとして方位磁針というものがあることも知られているのだろうな。磁石、磁針ともに普及度、知識の浸透度合いも知りたいところだ。
マーリン・ポイントから一番近い海運拠点は、南へ約五〇〇キロメートルほど離れた海岸にある。あれ?。これは「謎の手」の拠点かも?。忘れかけていた懸案を思い出した。しかし今は、集落の生活様式から最適な「贈り物」を考えようとしていたんだぞ。連中の生活で……一つ、思いついた。
「α、外に出られるかな?。雪がなくなっている地面に行けるなら、行ってみたい。」
「毎日何回か確認してるけど、凸凹の酷い雪の上を歩かないとダメね。命綱を付けてても、変なクレバスに落ちたりしたら引っ張り上げるのは大変よ。小ニムエ用に作ったカンジキはあるけど、あなたの体重にはちょっと小さいかも。少し大きなヤツを作ってみる?。」
カンジキは、作っても数回使っただけで死蔵することになりそうだ。
「カンジキまではいらないや。フォースの上の雪を加熱して融かしたことがあったけど、その時流れていった水が雪に穴とか開けてなかったかな?。」
「その時は、穴はあったわね。でも深さは測ってなかったし、多分まっすぐ下、でもなかったと思うわよ。その後は『虫』の出入りの時以外は斥力場を張ってるから、フォースの上に落ちた雪は水と同じ経路で滑って行って穴を埋めちゃった。」
まだダメか。
「石が欲しい。掌に乗るくらいの。オレの握り拳よりちょっと大きい、という程度の。」
「なにに使うの?。」
「集落との交渉用の『贈り物』を考えてたんだ。建物に五角形が刻んであっただろ?。アレで思いついたんだけど、正五角形の組み合わせ、十二面体で削ってみたい。」
「使い方はよく考えてね。『同じ神を信じる同朋』と見てくれたらいいでしょうけど、何かの宗教的タブーに触れる可能性もあるわ。」
「ああ。最初から出すつもりはないよ。工作室の旋盤とか、使い方を思い出すのも兼ねてる。」
「それなら小ニムエがあなたの馴化用に色々集めてきた中に『苔の生えた石』というのがあったわ。雪の上を山の斜面の下まで行って拾ったのよ。多分、堆積岩。表面の有機物とかは除去された状態で、分析室か工作室の廃棄物入れに残ってるはずよ。」
工作室へ移動した。廃棄物入れを確認する。色々のものが捨てられていたが、元は人の拳三個分ほどであったろうの石が、拳二個と一個サイズに切断されたものが入っていた。切断面は、平滑だがオレの目的にはやや足りない。うまく進んだら研磨して鏡面仕上げまでやってやろう。
まず、拳一個サイズのものを拾い出して大きさを細かく調べる。既にある切断面を底にした場合、一辺一.五センチぐらいで正十二面体が削り出せそうだ。これで進めてみよう。
小ニムエがこの石を切断した時は角度誤差とか全く考慮せず、単純にクランプで挟み、359-1で採取した水を吹き付けて加熱を抑えながら回転刃で切っているはず。だが今は角度誤差は気にしなければならない。まず、今ある切断面と平行に切断して上面を作りたい、のだが、石の表面の凹凸のためにクランプで挟むと角度がずれる。今ある切断面が水平になるように固定できない。意外に、面倒だぞ。余計なことを考えついてしまった。五角形の薄板を切り出して貼り合わせるか?。イヤそれでは表面の模様の連続性がなくなるし、できあがったものが軽すぎる。
「固定が難しそうね。手伝う?。旋盤じゃなくて、九軸レーザー加工の方が早くない?。」
「自分の手を動かしたかったんだがなぁ。九軸レーザーなんか使ったら熱変成もするだろうし、ほぼ全部αに丸投げじゃないか。」
「レーザーをドリルに付け替えることもできるわよ。仕上げじゃなくて粗加工の段階ならそっちの方がよさそうね。でも旋盤にこだわるならヒント。幾つか方法はあるわ。その一。今の石の状態で、周りを円柱状に樹脂で固めたらいいのよ。そうすれば石の姿勢を変えずにクランプで挟んで上の面を削り出せる。その二。今の切断面と『ほぼ平行』に切ってからグラインダーで磨いて形を整える。」
自分で思いついたこととはいえ、手間がどんどん増えている気がする。直角だけで作れる直方体とかでなく、なんで正十二面体なんか作ろうと思ったんだろう。柱の紋様か。何故五角形?。大体、「正五角形を貼り合わせる」イメージしかなかったのに、面をつないであの形を作るには、面と面の間を何度で削ればいいんだ?。
「一一六度三四秒よ。」
「あれ?声に出てた?。」
「インプラント経由でイメージが届いたわ。正十二面体の透視図に矢印付きで大きなクエスチョン・マコトが付いてた。あなたインプラントの使い方も慣れてきたわね。」
そんなことは意識していなかったのだが。
「考えてなかったよ。一一六度三四秒か。その角度で板を貼り合わせて、治具を作った方が良さそうな数字だな。」
「聖五角形教のシンボルたる聖五角形の集合体を作るための、『聖なる治具』ね。でもマコト、あなたの手でできるの?。一一六度三四秒で板を合わせた治具を作っても、それを使えるのは三面目を削る時よ。最初の面は今の切断面を使うとして、二面目を削るには別の治具が要るわ。どうしても自分でやりたいなら、九軸で粗加工してあげるから、仕上げの磨きだけにすれば?。」
色々手順を考える。準備、準備のための準備。手間が多い。昔読んだ魔女の物語を思い出した。その魔女は自分が欲しいもの、人に頼まれたもの、何でも作り、それを楽しんでもいたが、「何かを作ろうとするとそのための道具から作らねばならない。そうやって些細なはずの物事を大きくしてしまうのは自分の悪い癖だ。」と、自嘲していたという。今のオレもその轍を踏みかけている。
「磨きだけにするか。時間はまだ余ってるけど、そのための治具とか手落ち材料を無駄に使うだけかもしれない。」
「それなら、半日もあればできるわ。とにかくクランプで挟み込んで、今ある切断面を基準に角度を変えながら削ってゆくだけだもの。」
結局、思いつきはしたものの、自分ではなにもできずか。αの提案が時間と資源の両方の面から見て正しいのだが。
聖なる正十二面体は夕方に届いた。最初の石は削っているうちに割れてしまい、二個目も同様。三個目でやっと成功したという。各辺は幅一ミリ弱で面取りがされていて、既に鏡面仕上げでオレが磨く必要もなかった。茶色から濃灰のグラデーションがきれいな石だった。どういう状況で使おう?。イヤ、使う機会はあるだろうか?。
CL(墜落暦)八八日。文法、というか、話し方の習慣なのか、言語体系が複雑に思われていた理由がわかった。皆、物事を直接示すのではなく、遠回し、迂遠な言い方で表現しているという。例えば「火」と言わずに「触ると熱い」とか「寄ると暖かい」とか。同じ話者による一連の会話の中でも複数の表現で「火」を示している。
言いたいことは短くとも、文中の単語の多くを辞書の説明のような別の表現に置き換えていたのだ。何故そんな話し方になっているかは、わからない。
「火」を示す単語はある。しかし、「これは何?」君(ヨズ、という名前とわかっている)などは大人のような迂遠な話し方ができず、よく「『火』でなくて『触ると熱い』」などと矯正されている。物事を直接表現することに何かタブーでもあるのだろうか。
「遠くないうちに彼等と交渉する機会があるだろうけど、毎回そんな迂遠な表現を考えながら話すのは大変だな。伝えたい内容よりも表現の方に思考を割かれてしまいそう。」
「話すときはあなたが考えた内容をインプラント経由で私が翻訳して、発声は私が喉や声帯を動かすから大丈夫よ。『触ると熱い』と『寄ると暖かい』の別の言い方とか、それぞれの使い分けについてもパターンが見えてきてる。あなたが単純に『ハロー、お元気?。』としか言おうとしてなくても、私がその挨拶を彼等流の長々しい言葉に置き換えてしゃべらせてあげる。」
「一言で済むような内容が、途中で息継ぎするほど長くなったら、途中でつっかえそうだ。」
「練習して慣れて貰う必要はあるけど、会話の時は息を吸うタイミングもインプラントで指定するわ。唾を飲み込むタイミングとかも含めてね。」
「頼むよ。練習もするし。」
「あと、彼等の言葉の翻訳をあなたのインプラントに送るときは、できるだけ私達流の短い言い方に置き換えるつもりよ。」
「その方が助かる。『高温で揮発した成分が連続して酸化を継続している』とか、毎回定義から答えを探す謎々みたいな会話はしたくないからな。でも、なんでそんな話し方なのか、理由の推察も頼むよ。」
「文化的背景も、情報蓄積中よ。」




