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2-4 サンプルの分析

 次の日。墜落から四日目。


 朝のβとの交信では、今未明〇二〇〇Mにγ宛で送信した内容について了解の返答を受けた。続いては、できる範囲での日常だ。やりかたを忘れないように、小ニムエ達と一緒に定期点検のチェックリストを埋める作業も久しぶりにやって、まだ一一三〇M。私室のルームAにに戻って体操器具を引っ張り出してしばらく運動。γが報告に来る少し前に操縦室へ入り、しばし待つ。報告を受ける。


「今朝β姉さんが撮った写真では、大穴近辺もマーリン谷方面も追加調査の痕跡はないようです。ちょっと雲が多いので、見えていない可能性もあります。赤外線でも見てますが、雲もあるせいか熱源は見つかっていません。波長三十センチ以上でレーダー観測すれば雲は透過できそうですが、この周波数帯だと解像度が粗くなってしまって自然地形と人為的な何かの区別がやりにくいんです。」


 監視強化はしたいけれど、雲が問題か。手段も、意外に限られているもんだな。


「OK。工夫しながら、引き続き、頼む。」


 そろそろ、ダストサンプラーの回収時刻だ。


「α、ダストサンプラーの回収まであとどのくらい?。」

「ここの誰かに探されている可能性だけじゃなくて、やっぱりそれも気になってたのね。これからしばらく、モニターを幾つかダストサンプラーと関連作業専用にするわ。今一四二〇Mで、回収予定時刻まで三分ほどあるけど、このくらいなら許容誤差内だから今すぐ回収してもいいわよ。」

「三分なら待つよ。その間に、この関係のログを見たい。」

「昨日からのログを三番に出すわ。」


 それほどの量はなかった。時間帯によって気圧と気温は変わっているものの、予想できる範囲だ。大気成分の分析結果も時間経過による変動なし。近くに火山でもあったら、風向によっては硫黄を含む何かが検出されたりもするのだが、それも今のところ気配なし。ベータとガンマが集めている写真群でこの周辺の地形もわかりつつある。カルデラやコニーデのような火山に由来しそうな形状の地域は確認されていないので予想の範疇だったが。


 一四二三M。


「規定の時刻よ。ダストサンプラーを回収するわ。まず、エアロックの外扉を閉じて……。」


 エアロック内のカメラ画像は暗くなってゆき、真っ暗になる直前に内部照明が点灯してカメラ画像は復帰する。


「サンプラーを閉鎖……密閉を確認。滅菌。」


 サンプラーの閉鎖は機械の中での弁の操作なのでエアロック内カメラでは動きがわからなかったが、酸化メチレンが放出された瞬間、画像にも一瞬白い筋が入った。酸化メチレン放出以後、内扉を開くまでは、外部に生物学的な汚染源がある可能性を考慮すべき状況での標準手順だ。


「床に雪が貯まってるわね。ちょっと加温して融かすわ。」


 数十秒を経て次のアナウンス。


「融解確認。エアロック内の気体を攪拌中。フラッシュ。」


 画像内で滅菌用フラッシュが、方向を変えて三回光った。


「酸化メチレン回収。」


 外気と酸化メチレンと雪から変化した水蒸気の混合物となっていたエアロック内の気体は真空ポンプで抜き取られ、気圧が一万分の一Bにまで下がった後、αが告げた。


「これから内扉を開いてサンプラーAの回収とBの設置をするわ。予定よりも早いけど雪の採取もやる?。どうせ外扉もまた開くし。」

「雪の採取は小ニムエを一体外に下ろすんだろ。ダストからの情報を見てからにしよう。」


 サンプル回収の順序は、これもまた標準手順に示された例に従って組み立てたものだが、状況に応じて多少の変更は支障ない。αはそれを提案してきたのだが、「休暇」も取って物事を少しゆっくり考えたくなったオレは、水分析を始めるのは最初のダスト分析の結果を待ってから、と答えた。


 一四三五M。内扉が開かれ、小ニムエ一体が試料が入っているサンプラーAを回収し、次いで、別の一体が新しいサンプラーBをエアロック内に置いた。内扉が閉じられ、外扉が再度開放される。


 回収されたサンプラーAは分析室に運ばれ、この映像は……。


「α、『虫』を使えるようにした?」

「あなた昨日『虫』の説明書見ていたでしょ。重力と気圧の数字もわかったから、一匹使えるようにしてみたわ。船内の重力と気圧も、夕べあなたが寝た後で外と合わせてある。船体が水平じゃないから鉛直は外と違ってるけど。」

「わかった。一匹様子を見て、不具合がなくて必要が出てきたら二匹目や三匹目も使おう。」

「そのつもりよ。水の採取で一回目の分析結果が出たら、もっと飛ばしたくなるでしょ。」

「そうだな。」


 サンプラーAは分析室に運ばれ、隔離シリンダーの中に置かれた。シリンダーの蓋が閉じられ、密閉される。ポンプが働き、シリンダー内の気体が吸い出され、ほぼ真空になったところで、遠隔操作でサンプラー内に圧縮蓄積されていた外の空気を、気圧が地表面と同じレベルになるまで放出。シリンダー内がヤーラ359-1の疑似環境になったところでマニピュレータがサンプラーに近づき、サンプル取り出し口を開いて数枚の培地を取り出した。培地はそれぞれ異なる養分を含んでいる。可視光以外のカメラでは斑点が幾つか見えた。付着した何かが溶け出しているか、増殖しているようだ。気温も低かったはずなのに


「ブドウ糖は、最強ね。」

「エサになってしまうんだから、最弱じゃないのか?」

「生きるための資源を握っているということは、支配者になれるということでもあるわ。」

「なるほどね。ところで、培地の八番は……」

「マコト、あなたの細胞から作ったヤツよ。」

「人気ない感じにみえるな。さっきの理論だと支配者になれない最弱だとも言える。」

「まだサンプルが揃っているとはとても言えないけど、ヤーラ359-1でのあなたは病気になりにくい体質である可能性がありそうね。これもある意味最強ね。まあ、明日回収するBもあるし、しばらく観察を続けるわ。」


 一五〇〇M。培地は湿度九十パーセント、摂氏三六度に保たれた培養器に移された。これからしばらく経過を観察し、増殖率の測定や、生物学的に生成された化学物質の毒性検査などが行われる。


 さっき回収したサンプラーAで特別に毒性の強い物質が出て来なければ、明日はサンプラーB回収とあわせて、地表の氷も採集するか。今日、最低限、やっておきたかったことは、終わった。



 それにしても思うが、自分の手を動かしたい仕事のほとんどが隔離区画の小ニムエ達に独占されている状況は、改善が必要だ。軌道にいた頃は、新しい写真のチェックだけでも飽きずに数時間も続けられていたのに。気づけば、この数日は新しい写真チェックもおろそかになっていて、オレが見る写真はマーリン谷近辺のものばかりになっている。天候次第で新しい情報が届かない時もあるから更にオレが新しい写真を見る機会が減っている。この地域はそういう季節なのか、快晴という状況は少ない。おかげで、「大穴」探索者の探索、も進展がない。


 本来オレも参加すべき惑星全周分の写真確認は、オレがこんな状況でも、ニムエ達三人娘がちゃんと進めていてくれるだろうが。イヤ、集中しにくい状況ではあるが、空いた時間はそこに充てるべきだろうか?。少しやってみたが、集中できない。環境が変わったことへの戸惑いか。αが評した「真面目な自分、というものを演技し続けている」オレは、どこへ消えたんだろう。


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