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実弾射撃訓練

 4月17日 0942時 南シナ海 シンガポールより東8マイルの海域上空


 4機のC-17Aが、ゆっくりと高度を下げた。そのすぐ200m下は海という、かなりの低空を飛んでいる。やがて、C-17のカーゴランプが開き、先端に三角錐状になった筒のようなものを等間隔に海に投下していく。やがて、それは着水すると、ガスボンベの力によって、黄色い三角形の巨大なテントのようなものを膨らませ、海上に漂い始める。これは、JAQ-1と呼ばれる水上標的で、日本がF-1やF-4EJ改、F-2といった戦闘機の対艦戦闘訓練標的として開発したものである。

「こちら"ロジ1"、標的設置完了。空域を離脱する」

『"ロジ1"、こちら"ゴッドアイ"だ。射撃訓練がそろそろ始まる。空域から離脱してくれ』

「"ロジ1"、了解」

 ハーバート・ボイドは、C-17Aのスロットルを軽く押し、やや機体を上昇させながら西に向かった。下を見ると、プカプカと黄色い標的が浮かんでいるのが良く見えた。この海域には無関係の船舶が入って来ないよう、シンガポール海軍と沿岸警備隊によって封鎖されている。もし、この海域に誤って進入してしまった船舶は、次々と水上標的に向けて飛んで来る対艦ミサイルの巻き添えを食らうだろう。


「さて、対艦攻撃は久々だが、みんなどうだろうか」

 E-7Aウェッジテイル早期警戒管制機のキャビンで、ゴードン・スタンリーはレーダー画面を眺めた。今日は、ほとんどの戦闘機が低空飛行をするはずなので、レーダーで機影を捉えつつ、訓練の安全管理を的確に行う必要がある。

「しかも、今日は実弾射撃ですからね。それに、新しく導入したミサイルを撃つことになりますから」

 リー・ミンはキーボードを叩き、訓練空域の戦術マップを画面に表示した。シンガポール海軍とのデータリンクによって、標的が漂っている海域の様子がよくわかる。また、別の飛行機が既に先行し、この海域の上空を警備しているはずだ。


 4月17日 0944時 南シナ海 


 モーガン・スレーターは、温かい波間を漂う黄色い標的を撃ちたくてしょうがなかった。だが、今回、このS-3Bには、AGM-84Dハープーンも、Mk50も搭載されていない。その代わり、左右の翼のパイロンには、航続距離を延長するための増槽が1つずつ搭載されている。

 今回、このS-3Bは、他の船舶が訓練海域に進入して来ないように見張ることだ。勿論、同じようにシンガポールの沿岸警備隊の巡視船も同様の任務を帯びている。

「"ジョーズ"より"ゴッドアイ"へ。こちらエリア・オスカー・エコーを警備中。今のところ、無関係の船舶が侵入してきている様子は無い」

『"ゴッドアイ"了解。引き続き、警備を頼む』


「おいおい、今日は随分と機嫌が悪そうだな、モーガン」

 アラン・マッキンリーは、窓から海の上を眺めながら言った。スレーターの方は、ガムを噛みつつ、ESMと対水上レーダーの画面に集中している。

「当然だ。今日は対艦攻撃、しかも、実弾射撃の訓練だと聞いたら、俺たちはハープーンも魚雷も撃たずに、海域に他の船が進入して来ないように、シンガポールの海軍や沿岸警備隊と一緒になって見張ってろ、だとよ。どういう扱いだよ、全く」

「ここの海域は狭いからな。これを見ろよ」

 マッキンリーはスレーターにスマホを見せた。それには、AIS Marine Trafficというアプリが表示されている。そして、そのアプリはマラッカ海峡を航行する船が所狭しと並んでいる様子が表示されている。

「訓練海域は、この東だ。間違って無関係の船に魚雷やミサイルが命中したら、それこそ大惨事だからな」


 4月17日 0951時 南シナ海


 F/A-18FとSu-30MKが高度を下げた。そして、エンジンをミリタリー推力まで上げる。スーパーホーネットにはAGM-158Cが、フランカーにはブラモスが、それぞれ2発ずつ搭載されている。


 佐藤勇は、F-15EXからスーパーホーネットとフランカーが標的に向かうのを眺めた。ややエメラルドグリーンの輝きを帯びた海面に、グレーとブルーの斑模様の戦闘機が見える。

「随時と低く飛ぶわね」

 F-15EXの後席に座るアイリス・バラクが2機の編隊を眺めて言う。

「こんなの、序の口さ。空自のF-2乗りなら、文字通り海面スレスレを飛ぶからな」佐藤勇が返す。

「嘘でしょ?」

「いや、九州の築城基地で、訓練でF-2Bの後ろに乗った時、実際に見た。あいつら、F-15Jじゃ、絶対にあり得ないくらい低く飛ぶんだ。翼に波飛沫がかかると思えるレベルまでは」

「F-2・・・・?」

「ああ。アイリスは、F-2を知らなかったな。まあ、後でゆっくり教えてやるよ。それよりも・・・・」

 F/A-18FとSu-30MKが、それぞれ1発ずつ、対艦ミサイルを放った。そして、2機の戦闘機は、やや上昇しながらフレアを撒きつつ離脱していった。


 LRASMとブラモスは、横並びになるようにして標的を目指した。LRASMがターボジェットエンジンを使って、マッハ0.85程度と、旅客機並みの速度でゆっくりと飛んでいるのに対して、ブラモスはラムジェットエンジンが起動した途端、マッハ2.7もの速度で飛び始めた。

 そして、ブラモスはものの数秒で標的に到達した。ミサイルは標的の喫水線のやや上に命中し、成形炸薬弾が炸裂する。そして、それから3秒後にLRASMも標的に命中する。空気圧で膨らんだ訓練用の模擬標的は、あっさりと海に沈んでいった。


 対艦攻撃訓練を行うのは、"ウォーバーズ"だけでは無かった。別の海域に投下されたJAQ-1に、シンガポール空軍のF-16Cが2機、向かっていた。これらの機体には、AGM-84Fハープーン対艦ミサイルと600ガロン増槽が2つずつ搭載されている。

 やがて、F-16は高度を下げ、標的に向かう。ただ、ハープーンの最大射程はLRASMの三分の一程度に過ぎない。そのため、シンガポール空軍のF-16は、更に標的に近づく必要がある。


 サイード・ビン・モハメド大尉は、F-16のHUDに注意を向けた。対水上戦モードに切り替えたレーダーは標的を捉えているが、まだミサイルの射程内には入っていない。アメリカ空軍は、F-16による対水上戦は想定していないが、アメリカ以外の採用国の多くは対艦攻撃能力を持たせている。

 先ほど、"ウォーバーズ"のフランカーとスーパーホーネットが射撃するのを見たが、連中の低空飛行技術には舌を巻いた。と、言うのも、シンガポール空軍では、海上であのような低空飛行をするのは、緊急時を除いて安全上の理由から禁止されている。

『大尉、見ていますか?』

「ああ。信じられん」

 傭兵部隊の戦闘機の編隊は、とんでもない低さで数分間飛んだ後、ミサイルを放った。続いて、シンガポール空軍のF-16もハープーンを放つ。やがて、モハメド大尉の乗機も、レーダーがミサイルの射程圏内にターゲットを捉えたことを知らせる電子音を鳴らした。

「発射!」

『発射!』


 2発のハープーンは、一度、ロケットモーターで飛んだ後、ターボジェットエンジンを起動してターゲットに向かった。ハープーンの飛翔速度はマッハ0.85と旅客機並みの低速だが、海面スレスレの低空を飛ぶため、迎撃は決して簡単では無い。そして、ハープーンは暫く慣性・プログラミング誘導で飛んだ後、波間に漂う巨大な無人のボートを見つけた。対艦ミサイルはアクティブレーダーを作動させ、ターゲットに命中する。空気圧で膨らんでいた模擬標的は成形炸薬の餌食となり、海の藻屑と化した。


 4月17日 0951時 南シナ海上空


 ゴードン・スタンリーはレーダー画面を注意深く眺めていた。ここから北は、ベトナム、フィリピン、中国がお互いに自国の領海・領空であると牽制し合っているエリアとなる。当然ながら、今朝の訓練前ブリーフィングでは、この空域に入ってしまわぬよう、シンガポール空軍の訓練計画担当者から何度も釘を刺された。しかし、アメリカ海軍は、相変わらず、この海域に駆逐艦を派遣し、対潜哨戒機を飛ばしている。先ほども、嘉手納基地かパヤレバー基地から飛来したと思われる、アメリカ海軍のP-8Aポセイドン哨戒機をレーダーで見つけたところだ。それに、その南東では、パールハーバーからやって来たと思われる、アメリカ海軍の空母打撃群が活動しており、F/A-18やF-35、EA-18G、E-2Dなどがひっきりなしに離発着しているのを確認している。

 E-7Aがゆっくりと左に向かって旋回を始めた。スタンリーはレーダー画面とGPSで現在位置を確認した。すぐ北には南沙諸島が見えており、そろそろ離れなければ、中国人民解放軍のフランカーが飛んで来るだろう。幸いにも、レーダーにそのような機体は映っていないが、用心に越したことは無い。スタンリーは再びレーダー画面に集中し、部下たちに訓練を見守り始めた。


 4月17日 0956時 南シナ海上空


 AGM-158C LRASMが海上に浮かぶ2つの標的を粉砕した。発射したのはジェイソン・ヒラタが乗る"ウォーバーズ"のF-16Vだ。LRASMは最大射程の3分の1の飛距離で放たれた。もし、最大射程での射撃訓練を行うならば、それこそベトナムやタイの近海辺りにまで届いてしまう。このミサイルは、それだけ射程が長いのだ。

『ナイスショット!』

 無線からオレグ・カジンスキーの声が聞こえてきた。カジンスキーは、MiG-29UPGに乗り、LRASMを追いかけて戦果を確認していたのだ。

「さて、次は隊長たちの出番だな。確か、新しいブツを試すとか」

『ああ。技術班も興味深々だったからな。隊長には、きっちりデータを持って帰れと釘を刺していたらしいぜ』


 4月17日 同時刻 南シナ海上空


 2機のF-15EXイーグルⅡは、それぞれダッシュ4コンフォーマルタンクに2つのGBU-31/Bを搭載していた。だが、このGBU-31/Bの先端に光学式シーカーが、弾体には、滑空用の拡張翼が追加されている。これはクイックシンクと呼ばれる対艦兵器で、GBU-31/Bの射程を延長し、対艦兵器に転用したものだ。

 既存のJDAMを小改修するだけで、破壊力の強い対艦兵器に換装できるので、費用対効果は極めて高い。"ウォーバーズ"は、この兵器を導入して間もないため、この演習で実弾射撃試験をすることにしたのだ。

「なあ、アイリス。こいつを船に直撃させるだなんて、かなり難しいと思うが、どうなんだ?」

『隊長、こいつは別に直撃させる必要は無いぜ。船のすぐ近くに着弾させるだけでいい。そうすれば、爆発で起きた衝撃波の水圧だけで、船は真っ二つになるし、そうはならずとも、致命的な損傷は免れないぜ』

 佐藤のこの疑問に答えたのは、僚機を操縦するウェイン・ラッセルだ。

「なるほど。水圧だけで船を沈めるのが目的か」

『水の密度は、空気の830倍だ。それが、JDAMが爆発した時に発生する圧力で外に向けて飛び出す運動をしたらどうなる?』

「船は戦車と違って、装甲が無い。だから、真っ二つになるか、少なくとも、船体に穴が空く、か」

『ご名答。それに、折角の新しいおもちゃなんだから、楽しく遊ばないとな』

 確かに、航空自衛隊にいた頃は、こんなに実弾射撃をする機会は多く無かった。

「隊長、そろそろターゲットが射程内に近づきます。今日は、最大射程での投下ですよ」

 後席からアイリス・バラクが注意を促した。

「よしきた。やるぞ」


 2機のF-15EXからクイックシンクがそれぞれ1発ずつ投下された。標的になったのは、廃船となったシンガポール沿岸警備隊の大型巡視船だ。2発の2000ポンド爆弾の直撃を受けた1000トン級の巡視船は、あっさり真っ二つにへし折れ、海中へと沈んでいった。


「ブルズアイ!直撃だ!帰還する」

 ウェイン・ラッセルは、F-15EXの機体を傾け、戦果を確認した。ターゲットは海中に消えていき、小さな破片が海面に幾つか浮かんでいるのが見える。

 2機のF-15EXは編隊を組み、西を目指した。射撃訓練を終えたシンガポール空軍と"ウォーバーズ"の戦闘機が基地を目指す。この日の午後、同じ海域ではシンガポール海軍と傭兵部隊"ブルーアングラーズ"との共同訓練が行われる予定だ。    

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