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現地入り

 4月15日 0011時 カンボジア 某所


 カンボジアのジャングル奥地に、誰にも気づかれないうちに巨大な滑走路が作られていた。ここには、移動式管制レーダーとモーボ、エプロンとシェルターまで設置されている。

 更に、周囲にはSA-11"ガドフライ"こと9K37ブークやHQ-9、HQ-16といった地対空ミサイルが並んでいる。


 この組織のボス、フー・ジャオシェンは、真夜中にも関わらず、客人を待っていた。そいつは、ロシアからパキスタンを経由して、ここに来るはずだ。

 ここには、J-15やJ-16を始め、中国がコピーしたフランカーシリーズや、イランがF-5を元に開発したサエゲ、コウサル、中国とパキスタンが共同開発したJF-17サンダーの姿も見える。


 やがて、フーの無線機から、航空機のパイロットからの通信が入った。間もなく、そいつが乗った飛行機がタイランド湾を超えて、カンボジア領空に入り、飛行場に着陸する頃だ。

「サンピル、フーだ。滑走路の誘導灯を点けろ」

『了解です』

 北朝鮮出身の男への指示と同時に、滑走路の誘導灯が点灯した。そして、移動式管制レーダーにも電源が入る。

『"スパローネスト"こちら"ペリカン1"、着陸許可を願う』

『"スパローネスト"より"ペリカン1"へ。ランウェイ02への着陸を許可する。風は方位010より2ノット。以後は、周波数122.24でGCAで誘導する』

『"ペリカン1"了解』


 暫くすると、滑走路の向こうの空に、飛行機の着陸灯が見えた。かなりゆっくりとした速度でこちらに向かって来ている。

 やがて、大きなターボプロップの音と共に、かなり巨大な飛行機が着陸した。旧ソ連製の輸送機のAn-12"カブ"だ。1957年に生産が開始された、かなり古い設計の輸送機だが、そのタフさと使い勝手の良さから、傭兵組織には非常に人気が高く、カザフスタンやインド、イランなどで未だに製造が続けられており、闇市にも大量に出回っている。

 着陸したAn-12は、滑走路の端で待っていたフォローミーカーのジープについて、エプロンに向かい、停止する。フーの部下たちが、すぐにその巨大な輸送機にタラップをかけると、飛行機のドアが開き、一人の男が現れた。


 4月15日 0016時 カンボジア 某所


 アレクセイ・カザコフは、この蒸し暑いカンボジアの気候に顔をしかめた。4月だというのに、8月の祖国ロシアよりも暑く、しかも、湿気まみれ。カザコフには、まるで、大気中が水滴だらけになっているようにも感じた。

 カンボジアは、現在、無政府状態では無いものの、軍や警察の力は、ある程度の規模の傭兵組織ならば、軽く一捻りできるくらい貧弱だ。

 フー・ジャオシェンがジャングルを切り開いて建設させたこの飛行場は、2本の3000mの滑走路が平行するように設置され、広いエプロンに大きな格納庫まで建設されている。航空管制レーダーと管制塔はまだ建設中だが、移動式航空管制システムがそれまでの間、代わりを努めている。


 カザコフは、背は高いが、体は細く、色白で丸い銀縁眼鏡をかけている。肩からドラムバッグを下げ、手にはタフブックが入った耐衝撃ケースを持っている。

 カザコフは、周囲にいる、AK-74Mを持つ屈強な男たちとは、まるで正反対の体格だ。だが、カザコフには、別の特技がある。カザコフは、かつて、FSBのサイバー攻撃部隊に所属していたのだ。


「おい、ジャオシェン。こんなクソ蒸し暑いところに、よく住もうと思ったな」

 カザコフは、フーと並んで歩きながら話した。

 基地は、灯火管制が行われ、視界を確保するための、最低限の赤いライトしか使われていないので、足元に注意する必要がある。

 カザコフは、事前に言われた通り、革製のコンバットブーツを履き、長いカーゴズボンとニーパッド、ブッシュハットと半袖のTシャツを着ている。

「なに、俺はシンガポールに煮え湯を散々飲まされたからな。その仕返しをしてやりたいだけさ」

「だが、わかっているのか?シンガポールにいるのは、傭兵部隊だけじゃない。アメリカ海軍がいるんだぞ。奴らに睨まれたら・・・・・」

「そのアメリカにも、俺は一泡吹かせてやりたいのさ。お前だってそうだろ?」

 確かに、カザコフはアメリカや日本、イギリスに対して強い恨みを持っていた。カザコフは、テロ組織と繋がっており、数々の、特に西側諸国と敵対している連中に資金を提供していた。

 ところが、カザコフのその行動は、CIAによって暴かれ、カザコフの海外の口座は凍結させられた。まず、やられたのは、東京の口座だ。カザコフが日本で開設していた口座70億ドルは、日本政府によって凍結させられた。何でも、カザコフが資金を融資していた連中が、パキスタンでの日本とアメリカ、イギリスの外交官暗殺事件に関わっていたという容疑からだという。

 その直後、ニューヨーク、ロンドン、シドニーと、他の海外口座も次々と凍結され、カザコフはあっという間に、西側諸国から370億ドルものカネを奪われた。

 そこで、カザコフは表舞台から姿を消すことにした。カザコフは、旧知の仲であるフー・ジャオシェンと連絡を取り、新たなカネ稼ぎのネタを探すことにした。

 そこで、カザコフは、カンボジアを拠点に、タイランド湾とマラッカ海峡を封鎖する作戦をフーから聞かされた。フーは、この世界の航空と海運の要所を封鎖し、ここを通る航空機や船舶に法外な交通料金をせしめ、従わない者は攻撃して見せしめにするという作戦を思い付いたのだ。

 しかし、だ。カザコフはコンピューター技術者であり、軍人では無い。こんな蒸し暑いところで軍事作戦をするより、大都市のアパートの一室にサーバーとルーター、ノートパソコンがあれば、インターネットにつながっている組織や個人に対してならば、カザコフは世界中、どんなところにだって攻撃を行うことができる。それなのに、今回、フー・ジャオシェンがここに自分を呼び寄せた理由がわからなかった。

「それで、どうするんだ?カンボジアの当局は押さえてあるのか?」カザコフは、フーに訊く。

「カンボジアの当局の戦力など、たかが知れている。軍もはっきり言って、弱い。戦車は稼働しているかどうかわからないT-55や装甲車、まあ、自走砲や多連装ロケット砲に注意すれば問題無い。海軍は哨戒艇が少しある程度で、空軍なぞ、気を付けるのはL-39程度で、他には軽輸送機に武装できる汎用ヘリときたもんだ」

「それなら、俺たちの戦力ならば一捻りできるな」

「それに、軍や政府の高官の家族を人質に取っているからな。ちょっとでも俺たちに逆らう素振りを見せたら、一族郎党皆殺しって訳だ」

「それはいい。一つ、懸念材料があるとしたら、シンガポールか。知っているか?あいつら、傭兵部隊を2つも呼び寄せて演習をやっている上に、オブザーバーとしてアメリカ海軍やオーストラリア空軍の連中まで来ているらしい。アメリカ海軍は、アーレイバーク級イージス駆逐艦を3隻も派遣してきているときた」

「くそっ、厄介だな」

「ああ。だから、今パキスタンから、971型(NATO名アクラ級)攻撃型原潜と093A型(NATO名元型)潜水艦を2隻ずつ、こっちに航行させている。シンガポール空軍は、SH-60Bシーホーク対潜ヘリを持っているのが厄介だが、数は大したことは無いし、奴らは固定翼の哨戒機は持っていない。勿論、そのヘリを早いところ排除できるに越したことはないがな」

 凄まじい爆音が、真夜中の飛行場に響き渡った。上空を見ると、真っ暗な空に、僅かに赤と青のアンチコリジョンライトの光が見える。光の間隔を見るに、4機の戦闘機が編隊を組んでオーバーヘッドしている。どうやら、ここに着陸するらしい。先ほどまで灯火管制で消されていた滑走路の誘導灯がパッと灯り、真っ暗なジャングルが急に明るくなる。そして、すぐに滑走路の延長線上に、飛行機の着陸灯の輝きが見えた。


 滑走路に着陸したのは、J-16だった。J-16は、中国で生産されたフランカーシリーズで、J-11BSとSu-30MKKを元に設計されたマルチロール戦闘機だ。ぱっとした見た目は、Su-27UBやSu-30Mと変わらないようにも見えるが、エンジンとレーダー、自己防衛システムと火器管制システムは全て中国製のものになっている。

 J-16は、誘導路を滑走すると、すぐにジャングルの中に隠された掩体壕へと向かって行った。この基地は、シェルター、エプロン、ヘリパッド、弾薬庫などは一度の攻撃で全滅するのを防ぐため、ジャングルの中に分散させて設置されており、更に、滑走路と並行している誘導路は、緊急時には滑走路として機能するようにもなってる。

「おい、戦闘機は全部こっちに持ってくるのか?」カザコフがフーに訊く。

「まさか。カンボジア各所に、分散させて配置している。お前の方こそ、上手く行くんだろうな?」

「ああ、任せてくれ。先日、アメリカ海軍のNIFC-CAネットワークへの侵入を成功させた。勿論、二度目は同じ手口で侵入できないだろうが、別の手口はもう用意してある。アメリカ人は、自分たちの防衛ネットワークが簡単に破られないと、本気で思い込んでいるようだ。だが、どんなネットワークにも、必ず抜け穴はあるものだ」

「それは、お前の戦術にも言えるんじゃないのか?カザコフ」

「当然だ。俺だって、自分の攻撃手段や防御手段が完璧だなんて、ちっとも思っていない。俺のシステムのセキュリティなんて、どうせ誰かに破られる可能性は十分にある。だから、しっかり毎日、自分のシステムの穴を探すのに躍起になっている訳さ。ところで、フー、俺はどこで眠ればいいんだ?長距離移動で、いい加減、体がクタクタなんだ」

「ああ、じゃあ、ついてきてくれ。宿舎はもう完成している。冷房が効いて快適だぞ」

 カザコフは、フーの背中を追い、滑走路の向こうにある灯りが点いているバラックを目指した。時折、猿や虫、鳥の鳴き声がジャングルの向こう側から聞こえてくる。基地には二重にフェンスが張り巡らされ、もしかしたら地雷も設置されているかもしれない。宿舎まで行く途中、フーはカザコフに毒蛇と蠍、そして蚊に注意しろと警告した。カザコフは、これから色々とテストをしなければならない。シンガポール軍やアメリカ軍のネットワークを攻撃するにしても、ぶっつけ本番で上手くいくとは思っていない。だから、その前に入念に演習を行う必要がある。それは、兵器を使った物理的な攻撃も、ハッキングやコンピューターウィルスを使ったサイバー攻撃も同じ事なのだ。 

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