演習初日
4月14日 1001時 シンガポール チャンギ空軍基地
チャンギ空軍基地は、チャンギ空港と併設されている軍民共用基地だ。そして、そのすぐ西には、米軍施設があるパヤレバー基地があり、更に、すぐ東には海軍基地がある。
シンガポールは小さな都市国家ながら、F-16CとF-15SG、F-35Aを合わせた120機の戦闘機、15機を超える輸送機と空中給油機、80機ものヘリコプターとかなり大規模な空軍を保有している。
そして、基地では戦闘機のエンジンが始動する甲高い音が聞こえてきた。シンガポール空軍のF-16Cが8機と、"ウォーバーズ"の多種多様な戦闘機が離陸の準備をしているのだ。
今日は、軽い肩慣らしの編隊飛行や航法訓練だ。なので、激しい戦闘機動や空中給油は無し。訓練時間も1時間程度を予定している。
やがて、シンガポール空軍のF-16Cがタキシングを開始した。先導しているのは、ファティマ・ウォン大尉だ。その後ろから、佐藤勇とアイリス・バラクが乗るF-15EXが続く。どの戦闘機も、搭載しているのは増槽2つと短距離空対空ミサイルの模擬弾だけだ。そして、F-16CとF-15EXが滑走路の端に並ぶ。
『チャンギタワーより"イエローテイル1"、"ウォーバード1"、離陸を許可する。風は方位223から8ノット。離陸後は、方位166へ向かい、高度8000フィートまで上昇後、訓練空域まで入ってください。それでは、グッドラック!』
ウォン大尉のF-16が離陸した。そして、佐藤とバラクが乗るF-15EXが離陸する。続いて、シンガポール空軍と"ウォーバーズ"の戦闘機が訓練空域へ向かって飛び去って行った。
4月14日 1007時 シンガポール海峡上空
"ウォーバーズ"とシンガポール空軍の戦闘機が、ゆっくりと編隊を組んだ。下にはシンガポールの市街地と海が広がり、丁度、チャンギ・ベイから出航しつつあるシンガポール海軍とアメリカ海軍の駆逐艦の姿も見える。海軍の共同訓練も今日から本格的に始まるようだ。
この空域は、民間の旅客便も多く行き交っており、ブリーフィングでも訓練空域に向かう途中の回廊は、旅客便の航路と重なる箇所もあるため、高度に注意するように言われていた。
そして、これらの戦闘機の後ろからは、1機のM-346練習機が付いてきていた。M-346には2人のパイロットが乗っており、後席の一人はカメラを持っている。そして、4機のシンガポール空軍機を先頭に、8機の傭兵部隊の戦闘機が編隊を組む。M-346は上昇し、機体を傾けると後席に乗っているパイロットが写真を数枚撮った。
4月14日 1008時 シンガポール 南シナ海
南シナ海海上では、早速、アメリカ海軍と傭兵部隊"ブルーアングラーズ"との海戦演習が始まっていた。アメリカ海軍が3隻の駆逐艦を出しているのに対し、今回、"ブルーアングラーズ"はザクセン級フリゲート2隻と212A級潜水艦を1隻出している。
アメリカ海軍アーレイバーク級イージス・ミサイル駆逐艦マッキャンベルでは、戦闘服を着た水兵たちがCICや機関室、艦橋に集まり、レーダーやソナーに集中している。
「ようし、総員、戦闘配置に着け!対潜警戒を厳となせ!」
「総員、戦闘配置!」
艦長のジェームズ・ルーカス中佐の一声で、水兵たちは、走り回り、素早く自分たちがいるべき場所へと向かう。
「戦闘配置!」
緑色の迷彩服と、灰色の救命胴衣、灰色のヘルメットを身に着けた水兵たちが次々と叫び、火器管制システムを模擬戦闘モードに切り替えた。
一方、傭兵部隊の"ブルーアングラーズ"も模擬戦闘の用意を終了していた。ザクセン級フリゲートのCICで"ブルーアングラーズ"の司令官、アリステア・マクナイトは水上レーダーを睨んだ。
「よし、VLFで潜水艦と1回だけコンタクトしろ。それからは、VLFは無線封鎖だ」
「アイ・サー」
マクナイトの指示通り、通信係の太田義弘が答えた。太田は海上自衛隊出身で、現役の時はあきづき型護衛艦で通信員を務めていた。
"ブルーアングラーズ"の基本戦術は、駆逐艦と潜水艦、そして対潜ヘリを使った水上艦狩りや潜水艦狩りだ。フリゲートには、MH-60R対潜哨戒ヘリを2機ずつ乗せ、更に、パヤレバー基地にはP-8Aポセイドン哨戒機を3機、派遣している。
「向こうさんはやはり真剣ですね」
「ESMでターゲット探知!」
「NSM発射準備!攻撃5秒前・・・・4、3、2、1、発射!」
コンバットシミュレーションモードになった戦術画面上で、発射された対 ミサイルの輝点が現れ、それが、『DDG-85』と表示されたアイコンに向かって行く。勿論、実際にミサイルが撃たれた訳では無いが、実際にはマッキャンベルのCICには、"敵艦"からミサイルが放たれたかのように見えるだろう。
「敵艦からミサイル飛来!数、2!」
「対空戦闘用意!ESSMスタンバイ!」
「回避機動!取り舵223!機関全速前進!ECM作動!」
アメリカ海軍、アーレイバーク級イージスミサイル駆逐艦、マッキャンベルはミサイルが"飛来"する方向に艦首を向け、可能な限り、対艦ミサイルのアクティブレーダーシーカーに映る見かけ上のレーダー断面積が最小になるようにした。
「ミサイル接近!方位010!」
「ESSM発射!」
シミュレーションモードで、4発のESSMが"発射"された。通常、1発の対艦ミサイルに対して、2発の迎撃ミサイルを撃つのがセオリーだ。
「迎撃まで20秒!」
レーダー画面の上では、4つの輝点と2つの輝点が交差するコースを飛ぶ。そして、対艦ミサイルを示す輝点のうち、1つが消えた。
「1発迎撃成功!もう片方が尚も接近中!」
「RAMスタンバイ!チャフ発射!」
艦内は緊張感に包まれた。ここで迎撃に失敗したら、ミサイルが着弾し、艦は大破して多くの水兵の命が奪われることになる。絶対に失敗は許されない。やがて、マッキャンベルから放たれた"3発目"のミサイルが、対艦ミサイルを"迎撃"した。
「ミサイル迎撃成功!」
「反撃だ!トマホーク発射用意!」
「トマホーク発射用意!方位008!ターゲット、ザクセン級フリゲート!」
シミュレーションモードになっている戦術画面に、"放たれた"トマホーク巡航ミサイルが表示される。それは、マッハ0.85という旅客機並みの低速でターゲットに向かう。このミサイルは、確かに低速であるが、それでも迎撃自体は簡単では無い。
そして、レーダー画面上で、"ブルーアングラーズ"のフリゲートが、トマホークを回避すべく艦首を"ミサイル"が飛んで来る方向に向けているのが表示される。
「向こうも必死だな」
そして、対艦ミサイルが"敵艦"から再び"発射"されたという警告が鳴った。戦術マップ上に現れた2つの小さな輝点がこちらに向かってくる。
「対艦ミサイル接近!方位014!敵艦の反撃!」
「ESSM用意!」
南シナ海の海面から90m下の深海で、”ブルーアングラーズ"の212A型潜水艦が、ゆっくりとターゲットに接近していた。
212A型は、パッシブソナーだけを使い、"ターゲット"であるアーレイバーク級イージス駆逐艦『ディケーター』に接近していた。この潜水艦は、Mk50魚雷を主武装に、機雷敷設能力も兼ね備えている。
そして、この潜水艦の乗員たちは、作戦行動や訓練中は、一切言葉を交わさない。その代わり、手話を使ってお互いにコミュニケーションを取る。ほんの微かな物音にすら敏感な潜水艦乗りにとって、うってつけのコミュニケーション方法だ。
(艦長、ターゲットを確認。方位011、音紋確認。アーレイバーク級です)
(了解、攻撃準備しろ。Mk50発射準備。数、2発。攻撃準備)
(了解、ターゲットを攻撃します)
パッシブソナー員は、耳にヘッドホンを当て、目を閉じて、聞こえてくるターゲットのスクリューの音に集中した。勿論、実際に魚雷を撃つ訳では無いが、コンピューターシミュレーション上では、射撃という入力をした途端、『ディケーター』の演習用ソフトウェアでは、潜水艦から魚雷が放たれ、こちらに接近しているという警告が出るだろう。
(航海長、射撃したら、深度150まで潜航方位245に向けて離脱する。準備しろ)
(アイアイサー)
212A型は、音も無くMk50魚雷の射程距離ギリギリまでディケーターに接近する。ソナー員は、目を閉じ、じっと『獲物』のスクリュー音に集中する。スクリューが止まったり、マスカーが投下された気配は無い。
(魚雷発射10秒前・・・・5、4、3、2、1、発射!)
砲雷長が手話で合図した後、キーボードを叩いた。演習ソフトウェアの電子画面上に、Mk50魚雷のアイコンが表示され、ディケーターへと向かう。
(航海長。方位245、深度150。離脱急げ)
212A型の艦長が、手話で大きく合図した。212A型潜水艦は、静かに深度を下げつつ、攻撃を避けるために、ターゲットからできる限り距離を取ろうとした。