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アライバル

 4月12日 1511時 シンガポール チャンギ空軍基地


 先ほどまで激しく降っていた雨が、ピタッと止んだ。基地の滑走路やエプロンには大きな水溜まりができて、それが水鏡のように晴れ渡った空や、エプロンに並んでいるF-16CM戦闘機を地面に映している。


 やがて、空に爆音が轟いた。2機のシンガポール空軍のF-16に先導され、F-15EX、F-16V、F/A-18F、Su-30MKが、基地上空をゆっくりとフライバイする。その様子を、基地の格納庫前に集合し、整列しているシンガポール空軍兵たちが見守る。


 やがて、着陸し、誘導路をタキシーして、エプロンに向かうF-15EXが、2台の消防車による、歓迎を示す放水アーチをくぐる。他の戦闘機も続いた。これらは全て"ウォーバーズ"の戦闘機だ。


 同行していた"アーセナル・ロジスティクス"のC-17AやC-5Mは、支援機材や日用品、ヘリを下ろすために一足先に着陸していた。"アーセナル・ロジスティクス"の輸送機の一部は、支援物資をピストン輸送するため、明日の朝にはディエゴガルシア島やオーストラリアへ向かうことになる。


 F-15EXのキャノピーを開けた途端、佐藤勇とアイリス・バラクは、昨日、滞在したインドと変わらないくらいのむっとした、湿気まみれの蒸し暑い空気に曝された。その後ろで、E-7AやS-3Bが着陸した。


「うわっ、蒸し暑いわね。イスラエルとは大違いよ」

 バラクは、HMDを外し、"ウォーバーズ"のロゴが入ったOD色の野球帽を被った。この暑さで、フライトスーツにコンバットエッジ、Gスーツ、サバイバルベストを着続けるのは、非常に不快だ。

 エプロンに駐機したF-16Vから降り、水溜まりの上をびちゃびちゃと歩きながら、ジェイソン・ヒラタが歩いてきた。

「シンガポールか。俺は、空軍にいた頃は、三沢からタイのウタパオ基地にF-16で展開したことがあるが、シンガポールは初めてだな」

「おい、町歩きをする時は、間違っても道路に唾や痰を吐いたり、ゴミをポイ捨てしたりするなよ。とんでもない罰金を取られるからな」

 タイフーンFGR.4から降りてきたハンス・シュナイダーが、仲間たちに注意を促す。そんな無駄話をしていると、いつの間にか"ウォーバーズ"と"アーセナル・ロジスティクス"の飛行機は全て着陸していた。ゴードン・スタンリーとハーバート・ボイド両司令官に促され、傭兵たちが基地のエプロンに整列した。

「敬礼!」

 スタンリーの一声で、傭兵たちが一斉に敬礼し、SAR-21自動小銃を持つシンガポール空軍兵たちがそれに答礼する。やがて、スタンリーとボイドは、基地の司令官とおぼしき男と握手を交わす。その中に、アメリカ海軍の制服を着た、筋骨隆々とした40代くらいの将校も混ざっていた。

「"ウォーバーズ"司令官、ゴードン・スタンリーです。こちらが」

「"アーセナル・ロジスティクス"司令官、ハーバート・ボイドです」

「私は、チャンギ基地司令官、マームード・ローだ。こちらは、我が基地の戦闘機部隊の飛行隊長、ファティマ・ウォン大尉。そして、サイード・ビン・モハメド大尉だ」

「よろしくお願いします」

「早速だが、演習についてのブリーフィングを行いたい。君たちの戦闘機は、基地の南にある簡易シェルターで預かろう」

「わかりました。我々の警備隊もそちらへ向かわせます」

 "ウォーバーズ"の整備員たちが、輸送機のカーゴベイから引き出したトラクターを使い、"ウォーバーズ"の戦闘機やヘリを、シンガポール空軍兵の誘導に従い、軍から割り振られた簡易シェルター区画へと運んでいく。その整備兵たちに、FN-SCAR-LやSCAR-Hをスリングで肩から吊り、レッグホルスターにワルサーP99QA半自動拳銃を入れた"ウォーバーズ"の警備隊が同行する。

「決してあなた方を信用していない、という訳では無く、自分たちの飛行機は自分たちで管理する。それが我々のモットーでして」

 スタンリーの説明に、ローは頷く。今回の演習には、他に海上戦力を主体とする傭兵部隊"ブルーアングラーズ"が参加し、ザクセン級フリゲート、デ・ゼーウェン・プロヴィシェン級フリゲート、212A型潜水艦、サプライ級高速戦闘支援艦をトゥアス海軍基地に2隻ずつ持ち込んでいるが、海軍からの報告では、"ブルーアングラーズ"の傭兵たちは、シンガポール海軍兵たちに対して、フリゲートに関しては、甲板のみ見学を許可したものの、潜水艦に関しては、触れるどころか、接近することすら許さなかったそうだ。

 "ウォーバーズ"と"アーセナル・ロジスティクス"の警備隊は、自動小銃や拳銃のみならず、狙撃ライフル、分隊支援火器、更には重機関銃や歩兵携行式の対戦車兵器や防空ミサイルまで持ち込んでいた。


 それに、過去にも、シンガポール軍は、傭兵部隊を味方につけるべく、他の傭兵部隊を何度となく演習に招いているが、傭兵たちは、いずれも、自分たちの装備を、遠目から見るのは気にしなかったが、ひとたびシンガポール兵が触ろうとすると、まるでパラノイア患者のようにそれを拒否した。だから、ローも経験から"ウォーバーズ"と"アーセナル・ロジスティクス"は、自分たちの飛行機に空軍関係者であっても接近させないだろうとは予想していた。


 4月12日 1713時 シンガポール チャンギ空軍基地


 佐藤勇は、空軍の軍曹から宿舎に案内された。将校用の宿舎だが、二人一部屋となっている。相部屋になったのは、ジェイソン・ヒラタだ。

「いやぁ。相部屋は久しぶりだな。航空学生だった頃を思い出すよ」

 佐藤は、ダッフルバッグから、自分の荷物を取り出し、私物をクローゼットにしまい込みながら言う。

「明日は休養。明後日からは早速、訓練か。初日は航法訓練。そして、二日目からは、対艦攻撃・艦隊防空訓練だと?」

 ヒラタは、シンガポール空軍の少尉から渡された資料を眺めた。と、言うのも、ヒラタは、明日からの訓練は、てっきりシンガポール空軍のF-16CかF-15SG、またはF-35Aを相手に空戦の訓練をするものと考えていたからだ。

「空戦の訓練かと思いきや、意外だな。だけど、まあ、色々、至れり尽くせりのプログラムだな、これ」

 佐藤も、今回の訓練のプログラム内容をまとめた冊子を眺めた。シンガポールは国土面積が狭く、領空も防空識別圏も、当然広くない。しかも、インドネシア、マレーシアと、隣国との距離が近いために、シンガポールは軍の訓練空域をこの二ヵ国と共同利用している。

 今回の訓練では、訓練空域は、シンガポールの東側に設定されている。チャンギ基地から離陸したら、北風ならば、基地のすぐ北東にあるテコン島の上空を通りつつ、東へ旋回。そして、南に向かいつつ、インドネシア、ビンタン島北東の海域上空で訓練を行う。南風ならば、シンガポール海峡に向かうように南東に向けて飛びつつ、同じくビンタン島北東の空域を訓練に利用する。

「さて、と。こんか感じか。さて」

 ジェイソン・ヒラタは、チャートとグーグルマップを使い、空域へ向かうためのイメージトレーニングを始めた。明日は休養日。そして、明後日から始まる訓練では、ファティマ・ウォン大尉とサイード・ビン・モハメド大尉が乗るF-16Cが先導し、編隊飛行や航法訓練を行うという。その次の訓練では、パヤレバー基地から離陸するF-15SGを相手に空戦訓練を行う予定になっている。 

「離陸したら、すぐに東へ急カーブしないといけないのか。確かに、すぐそこがマレーシアの領空だから、シンガポールとマレーシアとの領空の境界ギリギリを旋回しながら通る感じになるな」ヒラタが佐藤にチャートを差し出した。

「これは・・・・・小松基地のアグレッサーにいた時に、北風や東風だった時にやった上がり方に近いな。小松基地は、北東から南西に向かって滑走路が1本走っていて、滑走路の北東エンドの延長線上がすぐ市街地の上空で、訓練空域は、基地から北にある日本海の上空だから、市街地の上空を避けるために北西へ急旋回をするんだ」

「三沢の部隊に所属していた時に小松には行ったことが無いが、そんな飛び方をしないとダメな基地があるのか」

「ああ。離陸と同時に、結構エグいカーブを要求されるからな。他の基地から小松へ移動訓練をしたり、小松の部隊に異動になったりしたら、まずは、その飛び方から教え込まれる」

「なるほど。三沢やルークなんかではやったことが無い離陸だな。覚えておこう」

 佐藤は、ペットボトルの蓋を開け、水をごくごくと飲んだ。この蒸し暑い国では、あっという間に身体の水分が奪われてしまうため、水と食塩の錠剤か、電解質を含んだスポーツドリンクを頻繁に摂取しなければならない。

「明後日は、ウォン大尉やモハメド大尉たちが先導すると言っていたな。まあ、大尉たちについて行けば問題ないだろう」

「そういうことだ。さてと、今日は飯を食って、シャワーを浴びる。そして、明日はじっくりと訓練のブリーフィングをして、注意事項をしっかり確認する。以上だ」

 ヒラタは、ぴしゃりと資料を閉じた。あと1時間もすれば、食堂が開いて夕食を食べられるようになるだろう。ヒラタ曰く、シンガポール軍の飯は極上らしいという。

「そうだな。僕はもう、腹が減って死にそうなところだぜ。もう飛びっぱなしで、そろそろしっかり休みたいんだ」

 佐藤は、やや疲れた様子だった。戦闘機での長距離飛行は、実際、かなり体力を奪うため、戦闘機パイロットにはかなりの体力が求められる。

 その後"ウォーバーズ"の隊員たちは、夜から翌日一杯まで、滞在三日目から始まる訓練に備え、休養したのだった。

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