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旅客機撃墜

 4月3日 0119時 アラビア海


 ヨルダンのアンマン空港発オーストラリア、キャンベラ国際空港行きのカンタス航空34便で運行されているエアバスA330-300は、295人の乗客、8人の客室乗務員、交代要員も含めた4人のパイロットを乗せ、順調に飛行していた。飛んでいる高度8800フィートの高さは、やや気流の乱れがあるものの、飛行機は安定して飛べる気候である。

 しかしながら、この先のインド洋上空は、ある意味、旅客機やプライベートジェットを飛ばすパイロットにとっては、神経を尖らせる空域となる。と、言うのも、この地域に点在する島々の多くは、傭兵組織の拠点となっており、時折、傭兵部隊の戦闘機が民間の旅客機を追いかけまわしてくることがあるのだ。


 機長のダニエル・シャウプは、GPSと計器に気を配りながら、慎重に飛行機を飛ばしていた。位置は、じき、インド南端の防空識別圏の外を飛び、スリランカの近くに差し掛かる頃だ。

 先月、オーストラリアからイタリアへ向かう時に、ディエゴガルシア島から僅か100km東の空域を通過した時には、2機のSu-27に追い回されるという生きた心地がしない経験をしたばかりだった。そのフランカーは、シャウプが操縦するA330を30分にわたって追跡したのち、ディエゴガルシア島方面に向かって帰って行った。だが、元空軍の輸送機のパイロットだったシャウプは、フランカーがR-73短射程空対空ミサイルとR-77中射程ミサイルを2発ずつ、翼の下に吊り下げていたのを見逃がさなかった。

「機長、この辺りで戦闘機に追いかけられたって本当ですか?」

 話しかけてきたのは、副操縦士のポール・レスターだ。レスターはシャウプより年下で、国際線の操縦免許を取得したばかりの新人だ。交代要員のパイロットである、レニー・クロードとフランク・ケリーは仮眠中で、あと1時間もすれば交代の時間になるはずだ。

「ああ。この辺りの島の幾つかは、傭兵部隊の拠点になっている。下手に接近して、撃たれそうになったという話も聞いたことがある」

「恐ろしいですね」

「だから、見ろ。チャートには、接近すべきで無い空域が、そこかしこに書かれているだろう?」

レスターは、南インド洋の航空路線図を確認した。確かに、ディエゴガルシア島を筆頭に、幾つかの島から半径300マイルの空域が赤い斜線で塗られている。

「こいつが、ICAOが出している、進入・接近禁止勧告空域だ。大抵は傭兵部隊の縄張りだ。まあ、わざわざそこに近づいて、トラブルを起こそうだなんて奴はほとんどいないし、いたとしても、そいつは余程のバカか、自殺志願者のどっちかだな」

「確かに、この辺りには近づかない方が良さそうですね」

「さて、あと1時間もすれば交代だな。レニーとフランクがちゃんと時間通りに起きてくれれば良いがな」

 この時間ならば、乗客のほとんどは仮眠中だろう。今は、モルディブの近くを飛んでいる。順調に飛行していれば、この様子ならば朝にはオーストラリアに辿り着くだろう。


 駐ヨルダンのオーストラリア大使、ヘンリー・ストーンはビジネスクラスの席でコーヒーを啜り、タブレットPCで資料を読んでいた。ここのところ、傭兵組織の活動が活発化し、アメリカやイスラエルが世界各地へ向けて警告を流したところだ。

 傭兵、と一口に言っても、テロリストまがいのならず者から、オーストラリアやアメリカのような西側自由主義国と協力関係にある連中まで様々だ。実際、オーストラリア政府には、ディエゴガルシア島を拠点に活動する"ウォーバーズ"やトルコに居を構える"アーセナル・ロジスティックス"など、複数の傭兵組織とパイプを持っている。

 そして、近々、シンガポールがそんな傭兵組織を招聘し、大規模な軍事演習を開催するのだという。それには、アメリカ海軍の駆逐艦隊が参加し、オーストラリア空軍もオブザーバー参加する予定だ。

 全く、どうしてこんな時代になってしまったのだろう。ある意味、1941年よりも酷い状態だ、とストーンは思った。傭兵部隊に攻撃されるのは、何も国家に限ったことでは無い。個人や企業もまた、そんな連中の攻撃対象になるなんてザラだからだ。


 4月3日 0121時 アラビア海上空


 Il-78空中給油機が、真っ暗な空を飛んでいた。この飛行機は、スリランカのラトゥマラナ空港から飛び立った機体だ。そして、それに4機の流線形の飛行機が近づいてくる。

 その飛行機は、J-15だ。中国がウクライナから手に入れた、Su-33のプロトタイプT-10Kを元に、中国製のエンジンとレーダー、兵器システム、電子防御装置、通信装置を組み込んだ戦闘機だ。この戦闘機には、PL-8短射程空対空ミサイルとPL-11中射程空対空ミサイルが2発ずつ搭載されていた。


「ターゲットまであと5分。そろそろ無線封鎖を解除するぞ」

 J-15を操縦するフー・ジャオシェンは、僚機を操縦するハン・ミンジェに無線で呼びかけた。

『了解』ハンは、そう素っ気なく答えた。

 フー・ジャオシェンは41歳。元中国海軍空母『遼寧』の艦載機であるJ-15のパイロットだった。フーは海軍のパイロットとして15年飛んだ後、傭兵となった。先月までは、ウクライナで、ロシア側の義勇兵として飛び、ウクライナ空軍のMiG-29を1機、Su-24を2機撃墜する戦果を上げていた。しかしながら、西側諸国による経済制裁により、ロシア政府による傭兵への報酬の支払いが滞る事態になった。フーは、ロシア政府からこれ以上報酬を得られないと判断し、仲間を引き連れて新しい食い扶持を探しにスリランカと向かった。

 そこで、匿名の依頼主から、カンタス航空34便を撃墜する依頼が入った。依頼主によれば、その航空機に乗る予定のとある乗客が、その依頼主にとって目の上のたん瘤であるということだ。そして、フーに対して、多額の報酬と引き換えに、その飛行機を撃墜してくれとのことだった。

 フーにとっては、容易いことだった。旅客機1機を撃ち落とすなど、造作も無いことだ。それに、こんな簡単な依頼に対してあれだけの報酬を払うとなると、依頼主は、相当頭に来ているらしい。ターゲットは、アンマン発キャンベラ行き、カンタス航空34便。機体はエアバスA330-300。J-15からしてみたら、簡単な標的だ。ターゲットの位置は、フライトレーダー24で簡単に確認することができる。

『ボス、ところで、どうやって攻撃するんだ?』

 フーに訊いてきたのは、ロシア空軍出身のイワン・ガルーキン。この男は、かつて、Su-35Sから投下したFAB-1500でウクライナの市民病院を空爆したかどで国際司法裁判所に訴追されている身だ。

「まずは、ターゲットを目視で確認する。あとは、ミサイルを撃ってタンカーとランデブー。急いでラトゥマラナへ帰る」

『了解だ』

「いいか。ディエゴガルシア島にいる"ウォーバーズ"に気づかれるなよ。奴らに見つかったら面倒な事になる」

『了解』


 4機の中国製フランカーは、巡航速度でカンタス航空34便に迫った。そして、お互いの機体の間隔を徐々に左右に広げ、フィンガーチップ体型だった編隊を、アブレスト編隊へと組み替える。

 フー・ジャオシェンは、レーダーで空域をスキャンした。そして、ターゲットのカンタス航空34便のトランスポンダーが多機能ディスプレイ上に表示される。相手は、レーダー警報装置やミサイル警報装置はおろか、電子妨害装置(ECM)やチャフ・フレアディスペンサーすら持たない旅客機だ。撃墜するなど造作も無いことだ。唯一注意せねばならないことは、間違った飛行機を撃墜してはいけないことである。

 フーは、持ち込んだタブレット端末でフライトレーダー24を開く。そして、同じ空域を飛ぶ飛行機の位置を確認し、今から撃とうとしている飛行機が、間違いなくカンタス航空34便のA330-300であることを改めて確認する。やがて、ターゲットの姿が見えてきた。もう少し、ターゲットに後ろから近づき、赤い尾翼に白いカンガルーのマークが描かれた、A330であることを目視で最終確認する。

「ターゲット確認。俺とイワンが撃つ。ミンジェとダニールは周辺を警戒しろ」

『了解』

『了解』


 フーはJ-15のレーダーをスキャンモードからターゲット追尾モードに切り替えた。そして、PL-8をスレーブモードに切り替える。これで、PL-8の赤外線シーカーはJ-15のレーダーと連動してターゲットに向かうことになる。やがて、J-15のコックピットで、ミサイルがターゲットにロックオンしたことを知らせる電子音が聞こえてくる。

「ターゲットロック・・・・・・Fox2!」

 J-15から2発のミサイルが放たれた。PL-8は、A330の右エンジンへ真っすぐ向かい、弾頭を炸裂させた。ミサイルの爆発で真っ赤に焼けたフラグメントが、A330の燃料タンクに飛び込み、Jet-A1航空燃料を引火させた。A330はあっという間に炎に包まれ、乗員乗客は全員死亡した。そして、撃墜したテロリストが乗った戦闘機は、北に向かって行った。


 4月3日 0129時 ディエゴガルシア島


 深夜の管制塔で監視をしていた管制官、マリア・ドラクロワはコーヒーを啜り、レーダー画面を眺めていた。最初は半ば流し見していたが、やがて先ほどまでインド洋を飛んでいたはずのQF34のトランスポンダーを発信していた飛行機が画面に映っていないことに気づいた。

「エンリケ、エンリケ」

 ドラクロワが、同じく管制をしていたスペイン空軍出身のエンリケ・グティエレスに呼び掛ける。

「どうしたんだ?」

「ね、これを見て。カンタス航空34便なんだけど、これが2分前、で、これが今」

 ドラクロワが管制レーダーのログを表示させる。カンタス航空34便が、インド洋上空で姿を消している。

「おい!これは、まさか」

「ね!多分、これは事故か何かが起きたんだわ!急いでボスに知らせないと!」


 4月3日 0256時 ディエゴガルシア島


 F/A-18FスーパーホーネットとSu-30MK、そしてKC-130Rが次々と離陸した、F/A-18Fには、サイドワインダーとAMRAAM、増槽とAN/ASD-12偵察ポッド、Su-30MKにはパイソン5とダービー、EL/M-2060P偵察ポッドが搭載されている。


「全く、夜中にいきなり起こされたと思ったらこれだよ。一体、何事なんだ?」パトリック・コガワは、F/A-18Fの前席でぼやいた。

「自分も知りませんよ。タワーに訊いてみましょう」レイモンド・ギルダーが後席から答える。

『"ウォーバード3"、"ウォーバード4"。こちらディエゴガルシアタワー。エリア・アルファ・キロを飛行中のカンタス航空34便が、レーダー画面上から消えた。エリア・アルファ・キロを偵察し、状況を報告せよ。繰り返す。エリア・アルファ・キロを偵察し、状況を報告せよ』

「マジかよ・・・・・」

 パトリック・コガワは絶句した。この辺りでレーダー上から航空機が消えたとなると、海上に着水か墜落したことを意味する。

『パット、"ウォーバード4"、ニコライだ。こいつは・・・・・』

「ああ、こいつはまずい。だが、こんな真っ暗じゃ何も見えないぞ」

『パット、ニコライ。エリ―よ。墜落した飛行機を探すにしても、こんなに真っ暗じゃ、かなり難しいわよ。二人とも、真夜中に空中給油をする・・・・にしても、ちょっと無理よね。いきなり叩き起こされたんだから。とにかく、できるだけ捜索して、無理だと感じたらすぐに帰りましょう。無理して空中給油をして、事故を起こしたら元も子もないわ』

 KC-130の機長、エリー・マッコールの言い分はもっともだ。みんな、不意打ち的に出撃させられ、カフェインの錠剤で無理やり頭を覚醒させているので、活動できる限界は短い。

「わかった。最長1時間を限度として、周辺を捜索しよう。いいか、みんな、"最長で1時間だ"。もし、体力的にきつくなったら、絶対に申告してくれ。いいか、どんなに頑張っても1時間で捜索打ち切りだ。いいな」

『了解』

『了解』

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