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対艦攻撃

 3月30日 0412時 インド洋


 1隻の貨物船がインド洋を航行していた。パナマ船籍のエル・カバロ号だ。この貨物船は、イランのチャー・バハールから出航後、ミャンマーのヤンゴンに入り、その後、セーシェルに船員の休養のために寄港、イスラエル領内ガザ地区のアル・マワシ港に入港する予定だ。その積み荷は、ミャンマーで積まれたアブラヤシやバナナ、米、衣類、医薬品、灯油とされていた。


 確かに、この貨物船にはそういった物資が積まれてはいた。これは、イランのとある宗教指導者が、パレスチナ自治区ガザへの支援物資として用意したものだ。しかしながら、エル・カバロ号には、目録に無いはずの積み荷があった。

 それは、イランで積まれたもので、AK-74自動小銃、PKM軽機関銃、RPG-7ロケット砲、2B11迫撃砲といった歩兵用の火器や2A65榴弾砲、SA-16携行地対空ミサイル、BM-27ウラガン自走多連装ロケット砲、BM-30スメーチ自走多連装ロケット砲、更にはSS-1BスカッドミサイルやMi-24D攻撃ヘリ、Mi-17汎用ヘリまで積まれていた。

 これらは、ガザの武装勢力が、イスラエルへの大規模攻撃のために調達したもので、当然ながら、闇市で買われたものだった。

 また、このエル・カバロ号の船主は、パレスチナ自治区の『外交部参事官』の身分を持っており、実際に乗船していた。だから、この参事官は、当局が船の積み荷を臨検しようとしても、外交官特権を使って拒否できたし、おまけに、兵器を運んでいるということなど、他の人間に知られるはずなど無かった。


 しかし、それは間違いだった。ガザに武器を運び込もうとしているのは、イスラエル情報局モサドのエージェントによって察知されていた。そして、イスラエル当局は、これらの武器がテロリストの手に渡り、自国の脅威となる前に阻止する計画を立てていた。


 船長のハッサン・アル・ハキム・ワンヘムは、海図を眺めながらコーヒーを啜った。GPSとAISの情報から、今はインド洋南部を航行していることがわかった。

 空は真っ暗ではなく、星明かりが一面に広がっている。GPSもAISも無い時代、人類は、この星や月、太陽の位置を観測することで、航海中に自分たちがいるおおよその位置や、船が向かっている方向を割り出す方法を編み出した。今は、技術が発達し、広大な海の上で迷子になることはほぼ無くなったが、それでも、コンパスや紙の海図、分度器などを使った昔ながらの航海技術も必須である。GPSやAIS受信機が、不具合を起こさないとも限らない。だから、このようなものが廃れることは無いだろう。

「方位、335」

「方位、335、ヨーソロー」

 そろそろ南インド洋のモルディブの南の海域に差し掛かる頃だ。この計画をイスラエルに悟られる訳にはいかない。もし、悟られたら、ガザ周辺の港に機雷を仕掛けて、妨害してくるかもしれない。だから、ワンヘムは、衛星電話を使い、ガザにいるエージェントと連絡を取っていた。そして、イスラエル海軍が潜水艦を出航させたり、機雷を仕掛けている様子は今のところは無いという知らせが入って、ワンヘムは安堵していた。


 3月30日 0433時 インド洋上空


 1機の巨大な航空機が、広大なインド洋の上空遥か5万フィートの高度を飛んでいた。40メートル近い長い主翼、機体には1機のターボファンエンジンを背負っている。その機体の下には、高性能カメラとAESAレーダーが搭載されている。機体は、半艶の藍色と水色に塗られており、エストニア籍を示す機体記号と脚でライフル銃を掴む鷲のマークが描かれている。ディエゴガルシア島を本拠地に活動する傭兵部隊"ウォーバーズ"が保有する機体だ。

 このMQ-4Cトライトンは、エル・カバロ号がディエゴガルシア島の接続水域に入って来てから、極めて執拗にこの船を追いかけまわしていた。だが、エル・カバロ号の船員たちは、そんなことなど知る由も無かった。そして"ウォーバーズ"が、自分たちを攻撃しに来るという事も。


 3月30日 0437時 ディエゴガルシア島


 3機の戦闘機が轟音を立てて離陸していく。F-16V、F/A-18FとSu-30MKだ。それぞれ増槽と対艦ミサイルを搭載している。F-16VとF/A-18Fが搭載しているのが、AGM-158C LRASM、Su-30MKが搭載しているのがブラモスだ。そして、その後からKC-10A空中給油機が離陸した。そして、S-3Bヴァイキング対潜哨戒機も続く。S-3Bのパイロンには増槽が搭載され、ウェポンベイにはMk50魚雷が収められていた。


 3月30日 0439時 インド洋上空


 ロイ・クーンツは、こんな早朝にも関わらず、上機嫌でS-3Bを飛ばしていた。この間のエジプトでは、自分たちは一旦は同行したものの、やはり全く仕事が無い状態となり、エジプト軍とスーダンにいた武装勢力との戦いのさなか、ディエゴガルシア島に帰ることになってしまったのだ。


 しかし、今回の作戦の主役は自分たちだ。パレスチナへ違法に武器を移送している船を撃沈するのだ。スタンリー司令官は、恐らくは魚雷で沈むだろうと説明していたが、念のため、対艦ミサイルを搭載した戦闘機を出撃させるとのことだった。おまけに、AISには映っていないコルベットやフリゲートの護衛が付いているという想定だったが、追跡しているMQ-4Cトライトンが確認したところ、ターゲットの周囲に護衛艦はいないとのことだった。

「それにしても久々だな。俺たちが駆り出されるだなんて」

 クーンツは副操縦士のバリー・ベックウィズに話しかける。ベックウィズも、久々の実戦に上機嫌のようだ。

「ああ。船に魚雷をぶち込んでやるだけの簡単な仕事だな。でも、何で戦闘機も出撃させたんだ?俺たちとトライトンだけで十分だろ」

「それが、だな。調べたら、標的の船はかなりデカい船だからな。ブリーフィングをちゃんと聞いていたのか?」

「ああ、確かに、でかいな」

 ベックウィズはタブレットPCを見て、ブリーフィング資料を改めて確認した。ターゲットのエル・カバロ号は、全長187m、基準排水量8900トン、満載排水量で1万4000トンという巨大な貨物船だ。ちょっとした強襲揚陸艦くらいの大きさだ。

 クーンツは、操縦に集中した。攻撃ポイントまでは、もう少しだけ飛ばねばならない。

『ロイ、方位353に向かってくれ。攻撃ポイントまで、あと5分だ』

「353だな」

 機内無線で知らせてきたのは、戦術調整員のモーガン・スレーター。スレーターは、クーンツやベックウィズと同じくアメリカ海軍出身で、現役の海軍兵だった頃は、P-8Aポセイドン対潜哨戒機のTACCOを勤めていた。


 スレーターは、S-3B後部キャビンのコンソールのの前に座り、MQ-4Cから絶えず送られてくるデータを注視していた。ターゲットは、相変わらず西へと航行している。周囲半径1000km以内に、他の船舶はいないようだ。

 スレーターにとっては、好都合だ。目撃者がいないというのは、作戦にとって非常にプラスとなる。

『モーガン、そろそろ攻撃ポイントだ』

 ロイ・クーンツの声が機内無線から聞こえてくる。AISとMQ-4Cの画像データを使い、ターゲットの位置を割り出した。S-3Bは、ちょうど、エル・カバロ号の真後ろから迫る位置にいる。

「ウェポンベイオープン、魚雷投下準備」

 ウィーン、という音が聞こえる。S-3Bの爆弾倉が開いたのだ。そして、クーンツは、コンソールを操作し、魚雷を2発、投下する準備をする。

「攻撃ポイントまで30秒・・・・・10秒・・・5、4、3、2、1、投下!」


 3月30日 0445時 インド洋


 S-3Bから投下された2発のMk50魚雷は、ターゲットから42kmの位置でS-3Bから投下された。魚雷のパッシブソナーは、予めインストールされたプログラムにそって、エル・カバロ号のスクリュー音を正確に聞き分けた。そして、魚雷は閉サイクル蒸気タービンエンジンを回し、55ノットもの速さでエル・カバロ号に向かう。


 Mk50は、まるで特急列車のような音を海中に響かせながら標的を目指した。もし、狙われたのが、民間用の貨物船では無く、例えば、傭兵部隊が使うフリゲートや駆逐艦などであれば、船体下のパッシブソナーが、魚雷の接近を即座に探知し、ニクシーやマスカーといったデコイを海中に投下し、回避行動を取っただろう。


 だが『エル・カバロ号』は、そんな軍用の防御装置など一切持たない、民間用の貨物船だ。『エル・カバロ号』は、あっさりと追い付かれ、その船体にHEAT弾頭の直撃を受けた。


HEAT弾頭は、簡単に貨物船の喫水線の下の船体に巨体な穴を穿ち、そこから一気に海水が『エル・カバロ号』に雪崩れ込んだ。

 海軍や傭兵部隊の艦船と違い『エル・カバロ号』には、魚雷や対艦ミサイルによる損傷に対するダメコン機材は無い上に、当然ながら、船員たちは、そのようなダメコンの訓練を受けていなかった。

 パニックになった船員たちは、逃げ惑い、状況を知った船長は、船内放送で傾きつつある船から脱出するよう、指示を出す。しかし、全ては無駄に終わった。


 魚雷による攻撃で傾きつつある貨物船に、戦闘機から放たれた対艦ミサイルが一斉に襲いかかった。凄まじい爆発で、救命ボートに向かう船員たちが吹き飛ばされる。『エル・カバロ号』は、炎上しながら傾き、ガザへ向かうはずだった船員や支援物資、兵器もろともにインド洋の1500mもの深い海底へと沈んでいった。その様子は、15000m上空を飛ぶ"ウォーバーズ"のMQ-4Cトライトン無人洋上監視機だけが観測・撮影していた。

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