新たな翼
3月22日 0841時 ディエゴガルシア島
佐藤勇は、真新しいF-15EXイーグルⅡをフライト訓練に備えて入念に点検していた。この戦闘機には、600ガロン増槽2つが翼の下に取り付けられ、更にはGBU-54 L-JDAMが4発、装備されている。
佐藤は、フライトスーツにGスーツとコンバットエッジ、サバイバルベスト、ストライカーHMDを身につけ、いつでも出撃準備完了といった様子だった。
しかし、黒淵眼鏡に170cmに満たない身長、細身の佐藤は、単純な見た目からは、どうも戦闘機パイロットには見えない。どちらかといったら、普通のサラリーマンか教師と言っても通る風貌だ。だが、佐藤は、航空自衛隊に所属していた頃は、飛行教導群という、空自の中でも最高の腕前を持つ猛者たちの集団にいたのだ。
そして、機体の右側を点検している佐藤の反対側を点検しているのが、佐藤のWSO兼副操縦士であるアイリス・バラクだ。バラクはイスラエル航空宇宙軍出身で、34歳の佐藤より6歳も年下だ。
バラクは、金髪、碧眼で透き通るような白い肌と、まるでモデルのような美貌の持ち主だ。彼女もまた、見た目からファイターパイロットだとわかる人間はほとんどいないだろう。
「隊長、どうですか?」
「大丈夫なようだけど、これについては君の方が詳しいだろ?」
「私が見たところ、問題は無いようです」
「ならば、信じるよ。さて、始めるとするか」
そう話しながらF-15EXを点検している二人をよそに、隣に駐機しているF-16Vファイティングファルコンのパイロットで、副隊長であり、佐藤の右腕とも言えるジェイソン・ヒラタは慣れた手つきで戦闘機の点検を終え、コックピットに収まった。F-16Vには、片翼につき、AMRAAMとサイドワインダーが1発ずつ、そして、3発のGBU-38を吊り下げたトリプルイジェクターラックに加え、600ガロン増槽が1つ、吊り下げられており、それらが左右対称に装備されている。
ジェイソン・ヒラタは、佐藤よりも年上の37歳。かつてはアメリカ空軍に所属していた、ハワイ出身の日系人だ。父親も空軍の戦闘機乗りで、F-4Gのパイロットだった。父親のフランクリン・ジェームズ・ヒラタは、湾岸戦争にも従軍していた。そして、祖父のジョージ・ヒラタは、海軍の戦闘機乗りで、ヴェトナムに出征し、F-8Eクルセイダーで3機のMiG-17と6機のMiG-21を撃墜したエースパイロットだった。
ジェイソン・ヒラタは、幼い頃、あと1機、あと1機、北ヴェトナム空軍のミグを撃墜したらダブルエースになれたのに、という話を祖父から散々聞かされて育ったのだった。
そして、ヒラタの更に隣、F/A-18Fスーパーホーネットの飛行準備をしているのは、パトリック・コガワ。コガワは、佐藤やヒラタよりも若い29歳。元アメリカ海兵隊のパイロットだ。そして、コガワのWSOを務めるのが、この"ウォーバーズ"の戦闘機乗りとしては最年長になる38歳のレイモンド・ギルダーだ。
ギルダーは、アメリカ海軍出身。かの有名な海軍航空戦開発センター・戦闘攻撃戦術教官養成学校、通称"トップガン"の教官だったエリートだ。
「レイ、こっちには慣れましたか?」
「ああ。それにしても、まさか、俺の話をみんなして聞きたがるとはな」
「そりゃ、トップガンの教官をやっていたとなれば、色々引き出そうとするのは当然ですよ」
「だが、お前さんたちの、隊長。日本の空自のアグレッサーだったって?」
「ええ、そうなんですよ」
「それじゃ、隊長がどれだけ強いか見ものだな」
「強いですよ」
「今日は爆撃の訓練だが、一度、手合わせ願いたいものだ」
「あなたに落とせますかね?」
「やれるさ。さて、今日の訓練に集中するぞ」
「喜んで」
ニコライ・コルチャックは、真新しいSu-30MK"フランカーH"のエンジンを始動させた。後ろに乗るWSOは、インド空軍出身のサリー・モラ。モラは、褐色の肌と黒い髪と瞳の持ち主で、大変な美人だ。
コルチャックとモラが乗るSu-30MKは、ガワはSu-30SM"フランカーH"だが、火器制御システムと通信システムはイスラエル製、自己防衛システムはフランス製のものに換装され、中身は完全な西側戦闘機となっており、ロシア製兵器の運用能力は喪失している。だが、そのおかげで、"ウォーバーズ"は、ミサイルや爆弾といった兵装の系統を西側兵器で統一できるというメリットが生まれた。
「よーし、サリー。準備はいいか?」
コルチャックがHMDを被ったまま後ろを見る。このHMDはロシア製のスーラだ。
「いつでもOKよ。行きましょう」
コルチャックのWSOをつとめるモラは、インドのカーストでは、所謂『バラモン(僧侶)』の家の出身だ。
モラの父親は、モラが普通の会社に勤め、後々家庭に入ることを望んでいたが、モラは幼い頃からパイロットに憧れていた。そして、モラは、高校を卒業すると、ほとんど家を飛び出すように空軍に入隊し、合格率が僅か数%のパイロット適性試験を一発合格し、Su-30MKIのパイロットになった。
モラ自身は、インド空軍に不満は無かったが、これは、彼女が傭兵パイロットになるための入り口に過ぎなかった。
モラは、7年間、インド空軍のパイロットとして優秀な成績を維持し続けていたが、つい、今年の1月に退役し、傭兵のリクルートサイトに登録した。そして、その1ヶ月後に、ゴードン・スタンリーに引き抜かれ"ウォーバーズ"にやって来たという訳だ。
「あいつ、また何か企んでやがるな」
コルチャックは、Su-30MKのキャノピー越しに、左隣に駐機するMiG-29UPGを見た。MiG-29UPGは、見た目はMiG-29SMTだが、Su-30MKと同様、兵器システム、通信システム、自己防衛システムなどがイスラエルやフランスといった西側製のものに換装されている。
そのMiG-29のパイロットは、ポーランド空軍出身のオレグ・カジンスキー。カジンスキーは、コルチャックとモラに向かって、おどけて見せる。MiG-29UPGには、GBU-12が4発と増槽が1つ、パイソン5AAMが2発、搭載されている。コルチャックとモラが乗るフランカーに近い兵装レギュレーションだ。
「オレグって、いつもあんな感じなの?」
「ああ。隊長ほどじゃないが、ふざけた奴だよ」
「よし、今のところ、ライトニングに異常は無いわ。行きましょう」
「それなら結構」
Su-30MKは、それぞれ2発ずつのパイソン5、ダービー空対空ミサイルの他、翼には4発のGBU-54とセンターパイロンにAN/AAQ-28ライトニングターゲティングポッドを搭載している。
『ディエゴガルシアタワーより"ウォーバード1"へ。ランウェイ13への進入を許可する。離陸後は、高度5000まで上昇後、方位176へ向かえ。エリア・ブラヴォー33に進入した後、高度制限を解除する』
マーシャラーが合図すると、まず、F-15EXが動き出した。続いて、F-16Vも動き出す。そして、戦闘機がいるエプロンから南東に離れた場所で、別の飛行機も離陸の準備をしていた。
3月22日 0847時 ディエゴガルシア島
KC-30A空中給油輸送機が、離陸に向けエンジンをスタートさせた。前任のKC-135Rが、流石に老朽化してきたため"ウォーバーズ"は別の空中給油機を導入する必要が出てきた。
そして、導入したのがKC-30Aだ。これは、A330旅客機を改造したもので、オーストラリア、イギリス、フランス、韓国などの空軍に採用されている。
「よーし、OKだ。こいつはいい子だな」
機長のドミンゴ・ヴェガが、機体のシステムをチェックしていた。少し前に導入したKC-46Aは、やはりと言うか、噂通り、問題が多い機体だった。日本やイタリアが導入したKC-767のエンジンを換装し、給油システムに幾つか変更を加えた機体だったが、KC-767では起きなかった問題が次々の噴出し、アメリカ空軍でも評判がそれほど良くないと言われていた。
"ウォーバーズ"が導入したKC-46Aも、ご多聞に漏れず、問題を起こしまくった。予備を含め、3機を導入したが、下ろしたブームが戻らなかったり、ブーマー用の遠隔カメラが突然ブラックアウトするなど、問題が絶えなかった。
ヴェガら、給油機のクルーたちがゴードン・スタンリー司令官にこれらの不具合を申告し、このままではこれからの仕事に支障が出ると訴えた。そこで、スタンリーは代わりの給油機を探すことにして、白羽の矢が立ったのが、このKC-30Aだったということだ。
「よーし、システムオールグリーン。いいぞ」
ヴェガと副操縦士のピーター・ギブソンはKC-30Aを誘導路に向けてタキシングさせた。その傍らで、2機のF-15EXがアフターバーナー全開で離陸していく。恐らく、飛行隊長の佐藤勇と相棒のアイリス・バラクが乗る機体だろう。そのイーグルを皮切りに、他の戦闘機が次々と離陸していく。今日の訓練は、空爆の訓練を終えた戦闘機に対する空中給油である。ブリーフィング通りならば、10時半前には訓練を終え、全機が基地に帰還する予定である。気象情報によれば、ディエゴガルシア島の周囲に雨雲が発生することは無く、今日は日を通して快晴。絶好の飛行訓練日和になるそうだ。
『バイソン1、滑走路へ進入次第、離陸を許可します。離陸後は、高度7000フィートを維持しつつ、エリア・エコー・デルタで待機してください』
「了解だ」
轟音と共にKC-30Aの巨体が滑走路を走る。そして、その長い滑走路のオーバーランギリギリまで滑走してから、ゆっくりと離陸していった。今日は、最大離陸重量ギリギリまで燃料を積んでいたため、かなり滑走距離を稼ぐ必要があったのだ。空中給油機は、ディエゴガルシア島の北方にある空域を目指し、その巨体をのろのろといった様子で上昇していった。