スクランブル発進
4月27日 1228時 シンガポール チャンギ空軍基地
突如として、けたたましいサイレンが響き渡る。やがて、空軍の管制官により、先程まで行われていた旅客機の離発着が全て停止させられる。また、チャンギ空港へ向かっていた旅客機は、他の空港へ振り分けられるか、上空で待機を命じられる。
地上では、戦闘機がミサイルの搭載を受け、APUを回しながら給油を受ける。周りでは、トラクターやタンクローリー、整備兵たちが慌ただしく走っている。
このような事態になったのは2時間前に遡る。正体不明の航空機が、リアウ諸島の西側を航行していた客船を対艦ミサイルで攻撃したところから始まる。現在、マレーシア海軍やベトナム海軍が救援に向かっているようだが、状況が詳しく伝わってきていない。そして、マレーシア空軍機が迎撃に向かったが、3機のSu-30MKMを破壊されるという返り討ちに遭ってしまい、その航空機の集団をシンガポールの防空識別圏への侵入を許してしまったという訳だ。
佐藤勇は、F-15EXの周囲を歩き回り、整備兵らと共に機体を素早く点検した。この戦闘機には、AIM-9Xを4発、AIM-120Dを8発、更に600ガロンの増槽が3つ搭載されている。
「隊長、急ぎましょう!」
既にWSOのアイリス・バラクはコックピットの後部座席に乗っている。そして、隣に駐機してあるジェイソン・ヒラタのF-16VのAPUが唸りを上げ始めた。
佐藤はF-15EXのコックピットに座ると、すぐにJFSをスタートさせた。そして、HUDとHMD、MFDに電源が入り、表示が正常なのを確認する。
『チャンギタワーより"ウォーバード1"。準備ができ次第ランウェイ02Lへ向かえ。離陸後は周波数133.34で防空司令部とコンタクトし、指示に従ってくれ』
「了解だ」
シンガポール空軍のF-16Cがアフターバーナーに点火して、あっという間に離陸してった。翼の下にはそれぞれ増槽、サイドワインダーを2基ずつ、AMRAAMを4基、搭載している。典型的な要撃戦闘用の兵装コンフィギュレーションだ。
『タワーより"ウォーバード1"、"ウォーバード2"、離陸してくれ。離陸後は方位011へ向かい、周波数134.34で防空司令部とコンタクトしてくれ。防空司令部のコールサインは"バッテリー1"だ』
「了解だ」
佐藤はF-15EXのスロットルレバーを前に倒した。F110-GE-220エンジンのアフターバーナーに点火し、機体はあっという間に加速する。佐藤は計器表示を確認し、速度がVRになった直後、すぐに操縦桿を引いた。
F-15EXが地面から離れると、佐藤は無線の周波数を134.34に合わせた。かつて乗っていたF-15JやF-15Cは、アナログ式のダイヤルで無線の周波数を合わせていたが、F-15EXはタッチパネルとキーボードで操作する。
「"バッテリー1"、こちら"ウォーバード1"だ。敵機の位置を知らせてくれ」
『"ウォーバード1"、こちら"バッテリー1"だ。こちらで敵機を捉えている。方位012から4機。高度5500、距離530だ』
この方位だと、カンボジアかベトナム、もしくは中国から飛来したのだろう。しかし、これらの国が今のところ、シンガポールとの関係が悪化したという情報は無い。恐らくは、何らかの武装勢力の敵機だろう。
「ベトナム空軍が活動が活発化しているという情報は無かったわね。中国空軍もだけど・・・・・」
F-15EXの後席で、アイリス・バラクが言う。
「多分、何らかの武装勢力だろ。ベトナムも中国も、シンガポールを攻撃する理由が無い」
「一体、誰がシンガポールを攻撃して得をするのかしら?」
「さあな。当節では、誰が誰を攻撃して得をするのか、全くわからないからな」
4月27日 1234時 南シナ海上空
佐藤は空を見回した。白い雲がところどころに散らばっているのが見えるが、視界は極めて良好だ。やがて、西の方に機影が幾つか見えた。
「10時方向、戦闘機が4機だ」
バラクは目を凝らしてその編隊を見た。V字の2枚の尾翼に左右に突き出た、後退角がほとんど見られない主翼。F/A-18だ。恐らく、マレーシア空軍のF/A-18Dだろう。
『隊長、あれは多分、マレーシア空軍だな。連中の迎撃に上がったか』無線からハンス・シュナイダーの声が聞こえてくる。
だが、ここで問題が起きた。恐らく、マレーシア空軍の編隊は"ウォーバーズ"がシンガポール空軍の迎撃の支援のために活動していることを知らないだろう。そのため、最悪の場合、マレーシア空軍機が自分たちを攻撃してくる可能性があった。
佐藤がシンガポール空軍の要撃管制官に、マレーシア空軍の状況について訊こうとしたときだった。突如として、マレーシア空軍のF/A-18Dが1機、炎に包まれて落ちていく。敵の攻撃を受けたのだ。残念ながら、ホーネットのコックピットからパラシュートが飛び出したのは確認できなかった。
「くそっ!」
「12時方向!敵機、34マイル!」
佐藤が操縦するF-15EXの後席でアイリス・バラクが叫ぶ。佐藤は落ち着いてレーダー画面を確認した。敵機が4機、こちらに向かって来ている。佐藤は驚異的な速度でレーダーモードを切り替え、敵編隊の1番機にロックオンしてAIM-120Dを1発放った。
「Fox1!」
『"ウォーバード7"、Fox1!』
ハンス・シュナイダーが操縦するタイフーンFGR.4からもミサイルが飛び出す。中射程レーダー誘導ミサイルのミーティアだ。続いて、Su-30MKとF-16V、MiG-29UPGからI-ダービーERが放たれる。放たれたそれぞれのミサイルは標的を捉え、真っすぐ飛んで行った。
4月27日 同時刻 南シナ海上空
Su-35SKを操縦するキム・ウンジェは、レーダーで突如として新手が現れるのを確認した。南西の方から北上してくるのを見たところ、シンガポールかマレーシアからやって来たようだ。キムの編隊は、4機のSu-35SKと6機のSu-34から成っている。この編隊は、リアウ諸島の近くを航行していた客船を撃沈したところだった。
「新手だと?方位196から4、いや、8機だ。警戒しろ!」
恐らくシンガポール空軍だろう。シンガポール空軍はF-16を60機とF-15を40機、更にF-35AとF-35Bを10機ずつと、国土面積に比べてかなりの数の戦闘機を保有している。
やがて、突如としてミサイル警報装置が鳴り響いた。レーダー画面上にも、小さな輝点がこちらに向かって猛スピードで移動しているのが映っている。
「ミサイル!回避!回避!」
キムはチャフとフレアを撒き、スプリットSの機動でミサイルを回避しようとした。コックピットからちらりと周囲を見ると、編隊の他の僚機も攻撃されているのか、各々バラバラになって上昇したり、下降したりしながら急旋回しているのが見える。
凄まじいGがかかり、キムは操縦桿を目いっぱい引きながら歯を食いしばり、下半身に最大限に力を入れた。Gスーツとコンバットエッジが全身をきつく締め付け、脳へ血液を押し流そうとする。やがて、ミサイル警報と同時に、別の警報、コンピューター合成された『オーバーG、オーバーG』という音声も流れる。HUDに表示される加速重は10.1Gを表示していたが、生きるか死ぬかの瀬戸際の時に、そんなことを気にしているパイロットなどいない。
だが、そんなキムの必死の操縦は、全て徒労に終わった。AMRAAMがSu-35SKの真下数メートルの所まで接近し、アクティブレーダーが標的のすぐ近くに来たと判断した。ミサイルのCPUはその情報を受け取ると、弾頭の近接信管に電流を流す司令を出した。その直後、AMRAAMの弾頭が炸裂し、ミサイルは無数の金属の破片となってSu-35SKに襲い掛かった。
マッハ10以上もの速度で飛び散った金属片は、フランカーの左右の主翼、エンジンに繋がるエアダクト、そして、燃料タンク、コックピットを貫通した。キムの両方の脛と太腿は、足元から飛んできた金属片に原形がわからなくなるくらい切り裂かれ、コックピット内に血が溢れる。キムは瞬く間に失血性ショックを起こし、気絶した。そして、コントロールを失ったフランカーは、錐もみ状態になって落下していった。
4月27日 1345時 南シナ海
「やったわ!1機撃墜!」
F-15EXの後席でアイリス・バラクが叫ぶ。その直後、バラクは背後を確認した。敵機はこちらに向かって来ていない。レーダー画面上で、1機、また1機と敵機を表すアイコンが消えていくが、味方のマレーシア空軍機とシンガポール空軍機のアイコンが1機ずつ消えた。
ニコライ・コルチャックは、レーダーで正面にいる敵機との距離がかなり接近していることを確認した。この距離ならば、あと数秒ですれ違うことになるだろう。
「敵機、12時から1機!近いわ!」
サリー・モラがレーダーを操作し、空対空短距離交戦モードに切り替える。
「よし来た!」
コルチャックは兵装選択画面からパイソン5を選んだ。スーラHMD越しに、前方に見え始めた極めて小さな敵機の機影を捉える。やがて、HMDに表示されるピパーが敵機と重なり、ロックオンしたことを知らせる電子音が鳴る。
「Fox2!」
Su-30MKの翼端レールからパイソン5が飛び出した。ミサイルは敵機のJ-10Cのすぐ近くで炸裂し、コルチャックの戦果を1機増やした。
「クソッ、まただ!」
コルチャックはHUDの向こうに敵機を捉えた。機影から推測するに、フランカー系列のようだ。IFFに反応は無い。コルチャックはミサイルのロックが間に合わないと判断し、機関砲の引き金を引きしぼった。Gsh-30から30mmの劣化ウラン弾が飛び出し、正面の敵機のコックピットを直撃した。コルチャックは操縦桿を倒し、バレルロールをしながら左下の方へ逃れた。
「撃墜!撃墜!」
モラが後席で叫ぶ。彼女は敵機の様子を見る余裕があったらしい。コルチャックの視界には、空と海が目まぐるしく入れ替わり、機体が水平飛行になる。
「くそっ、敵はどこだ!」
コルチャックは、ぐるりと辺りを見回し、レーダー画面を見た。敵機と味方機が何機が減っていたが、幸いにも"ウォーバーズ"の機体は健在だということは確認できた。やがて、残った敵機が北の方へと向かって行くのがレーダーで確認できた。
「隊長、ニコライだ。敵機が撤退していく。追撃するか?」
やがて、背後から3機の機影がSu-30MKに近づいてきた。コルチャックが後ろを見て確認したが、それは、味方のF-16VとJAS-39E、F/A-18Fだった。
『ニコライ、大丈夫か?』無線からジェイソン・ヒラタの声が聞こえてきた。
「ああ、そっちは?」
『俺も大丈夫だ。残りの連中は、隊長とフォーメーションを組みなおしている』
『"バッテリー1"より、迎撃に上がった各機へ。不明機が撤退していく。方位は北だ』
「"バッテリー1"、こちら"ウォーバード4"だ。どうする?追撃するか?」
『"バッテリー1"より"ウォーバード4"へ。ネガティブ。基地へ帰還し、次の命令を待て』
「"ウォーバード4"了解。撤退する」




