襲い掛かる射手
4月25日 0922時 南シナ海
一雨来そうだな、と、アメリカ海軍駆逐艦DDG-69ミリアスの艦長ウォルター•マンキューソ大佐は艦橋から空を見上げて思った。
今日の演習は、傭兵部隊"ブルーアングラーズ"のサンダウン級掃海艇を密輸船に見立て、アメリカ海軍とシンガポール海軍、シンガポール警察沿岸警備隊の立ち入り検査部隊が合同で、船舶の捜索と容疑者の拘束、不審物の差し押さえの訓練を行うことになっている。密輸船の容疑者は、'"ブルーアングラーズ"の隊員たちが演じる。
小さなRHIBに乗った立入検査隊の小隊が、"ブルーアングラーズ"の掃海艇へと向かった。あくまでも訓練のため、彼らが持つ"武器"は、青く塗装された訓練用の『ラバーガン』である。また、容疑者を演じる傭兵たちも、今回の訓練では同じ"武器"を使う。
マンキューソ大佐は、艦橋でコーヒーを一口啜りつつも、周囲の状況に注意を向けていた。
4月25日 0933時 南シナ海
マイケル・ジョンストン二等軍曹は、RHIBを操船し、サンダウン級掃海艇に近づいた。サンダウン級掃海艇は、全長が52m、排水量は基準で450t 、満載で484tと、アーレイバーク級イージス艦と比べたら比較にならないくらい小さい。
だが、艦首に搭載されている30mm機関砲は、機雷処分用としての装備だが、小型〜中型の船舶に対しては十分に強力な武装であり、対人用としてはオーバースペックだ。
だから、ジョンストンは、機関砲から死角となる掃海艇の後部からRHIBを接近させた。イージス艦に乗っていた時は、さほど波の強さを感じなかったが、イージス艦は8900トン近いが、RHIBはせいぜい数100キロ程度の重量しか無い。そのため、RHIBはかなり激しく揺さぶられる。
「よし、野郎ども!仕事の時間だ!準備しろ!」
RHIBが掃海艇に横付けすると、VBSSの隊員は素早く縄梯子を掃海艇に掛けた。そして、隊員たちは一人ずつ、それを使って掃海艇へ侵入していく。
やがて、聞き慣れたヘリのローター音が聞こえてきた。アメリカ海軍駆逐艦"マッキャンベル"から発艦したMH-60Rシーホーク対潜哨戒ヘリだ。
MH-60RにもVBSSの隊員が乗っており、彼らはファストロープで掃海艇へ突入する予定だ。
4月25日 0938時 南シナ海
アメリカ海軍のVBSSの隊員たちは、ファストロープで素早く掃海艇に乗り込んだ。やがて、密輸船の容疑者に扮した"ブルーアングラーズ"のメンバーたちを拘束した、RHIBで一足先に乗り込んだVBSSの隊員たちが、掃海艇のブリッジから出て来る。
「容疑者拘束完了。引き続き、船内を捜索する」
アメリカ海軍の水兵たちが、拘束した『容疑者』を見張り、シンガポール海軍の水兵たちが船内の捜索を続ける。
4月25日 0941時 南シナ海
シンガポール海軍のフリゲート艦、フォーミダブルが、訓練海域を見張るために航行していた。東南アジアは海運の要所であり、毎日、数えるのも困難なくらいの数のタンカーやRo-Ro船、貨物船が途切れることなく航行している。現在、軍事演習を行っていることもあり、フォーミダブルの水兵たちは神経を尖らせていた。今日の訓練は、順調に進めば午前中には終了し、フォーミダブルはアメリカ海軍駆逐艦ミリアスや傭兵部隊の掃海艇と共に、昼食はパヤレバーに帰港して基地で昼食を食べる予定だ。
「方位、088、7ノット。ヨーソロー」
操舵を担当している、航海長であるグラント・マーは計器に目をさっと走らせ、艦橋から周囲の状況を注意深く観察した。目視できるだけでも、2時方向にタンカーが1隻、11時方向に貨物船が2隻と客船が1隻、確認できる。
「マー大尉、そのままの進路と速度を維持せよ」
「イェッサー1」
フォーミダブルの艦長は、ウォルター・ガー大佐。46歳で、間もなく准将への昇進を控えている。
ガー大佐は、海軍きっての叩き上げの艦長で、高校卒業と共に、18歳で海軍に二等兵として入隊。その3年後、海軍から『士官としての適性が見込まれる』と評価を下され、すぐに海軍士官学校へ送り込まれた。ガーは、そこで類稀なる士官としての才能を発揮し、士官学校卒業後は、交換留学将校として、日本の防衛大学校で4年間、学んだ経験もある。
ガー大佐は、艦橋の窓から注意深く外の様子を見た。この海域は、世界的な海運交通の要所で、狭い割には毎日、多数の船舶が途切れることなく航行する。
また、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイの海軍の艦船がこの海域を共用して訓練航海をするので、この海の船舶密度は非常に高く、事故を起こさぬよう、シンガポール、アメリカ両海軍と傭兵たちは、極めて神経を尖らせていた。
4月25日 0955時 南シナ海
訓練は滞り無く進んだ。アメリカ海軍とシンガポール海軍のVBSS部隊が、密輸組織を演じる傭兵たちを拘束してサンダウン級掃海艇の甲板に出てくきた。
4月25日 0956時 南シナ海
アメリカ海軍駆逐艦ミリアスのCICで対空レーダーを眺めていたメアリー・フレイザー中尉は、レーダー画面上に映る4つの輝点が、極めて速い速度で訓練海域の上空に向かっているのを確認した。フレイザー中尉は、それを『注意すべき目標』に指定し、艦橋にいる艦長に繋いだ。
「艦長、フレイザーです。対空レーダーで、不審な航空機がこちらに向かっています。高度7800フィート、方位077、速度はマッハ0.9で4つです。今からIFFの質問信号を送信します」
フレイザーは、不審な目標をピックアップした。それらは、全く進路を変える様子は無く、まっすぐ傭兵部隊の掃海艇とシンガポール海軍のフリゲートがいる海域に向かっている。やがて、その4つの目標が、徐々に高度を下げているのを確認した。
「これは何だ?中尉、我々のIFFには反応しないようだが」
異変に気づいた砲雷長のフィリップ・ベックラー少佐が尋ねる。
「わかりません、少佐。しかし、IFFには反応しないどころか、まっすぐこちらに向かってきます」
やがて、けたたましいサイレンが艦内に響き渡り、全員に緊張が走った。
『艦長より通達!対空戦闘用意!対空戦闘用意!総員、戦闘配置!総員戦闘配置!これは訓練では無い!繰り返す!訓練では無い!総員対空戦闘配置!対空戦闘!総員対空戦闘配置!これは訓練では無い!繰り返す!訓練では無い!』
4月25日 0959時 南シナ海
4機のTu-22M2が飛行している。これらの機体の胴体の下と両翼には1発ずつ、計3発のKh-22M(NATOコードネームAS-4"キッチン")対艦ミサイルが搭載されていた。このミサイルは、制式採用が1962年と古いが、改良を加えられ、今でもロシア軍で運用中の他、闇市場にも大量に出回っている。
このTu-22M2には、ザンビア籍であることを示す機体番号以外には、一切のマーキングがあしらわれていない。
爆撃機は、シンガポール海軍と傭兵部隊が訓練している海域を目指していた。やがて、Tu-22M2から対艦ミサイルが連続して発射された。
4月25日 同時刻 南シナ海
「対艦ミサイル!方位004!真っ直ぐこちらに向かってきます!」
「対空戦闘!SM-6発射!」
凄まじいサイレンが鳴り響いた直後、ミリアスの前部甲板に埋め込まれているMk41VLSの蓋が開く。そして、矢継ぎ早に4発の対空ミサイルが放たれた。シンガポール海軍フリゲート、フォーミダブルは回避機動を取るが、このフリゲートには、SM-6のような射程が長い防空ミサイルが無く、敵の対艦ミサイルや戦闘機がある程度接近してくるまで待つ必要があった。
4月25日 1000時 南シナ海
傭兵部隊"ブルーアングラーズ"の隊員たちも、正体不明の敵からの攻撃に気づいた。
「対空戦闘用意!対空戦闘用意!」
ザクセン級フリゲートのCIC中で、"ブルーアングラーズ"の隊員たちが急ぐ。
「ターゲットロック!SM-2発射用意・・・・・発射!」
「艦長!敵機よりミサイル!迎撃します!」
ザクセン級フリゲートからSM-2ERが4発放たれた。これらのミサイルは、フリゲートのイルミネーターによってターゲットまで中間誘導された。
4月25日 1003時 南シナ海
SM-6とSM-2ERは、ほんの数十秒飛んだ後、見事にKh-22Mを撃ち落とした。そして、暫くの間、対空ミサイルと対艦ミサイルの空中衝突が続く。
そんな中、3発のKh-22Mが、対空ミサイルの防御網をすり抜けてしまった。うち、1発はブルーアングラーズのザクセン級フリゲートへ、2発がシンガポール沿岸警備隊の巡視船へと向かった。
傭兵部隊のフリゲートからは、SM-6が放たれた。そのうち、1発が対艦ミサイルを直撃し、迎撃に成功した。しかし、防空兵器を持たないシンガポール沿岸警備隊の巡視船は、回避機動を取る余裕も無く、2発の対艦ミサイルの直撃を食らい、またたく間に撃沈されてしまった。




