水上戦演習
4月20日 0934時 シンガポール 南シナ海
「総員戦闘配置!」
「戦闘配置!」
アメリカ海軍駆逐艦マッキャンベルの艦内で、戦闘配置を知らせる独特な警報が鳴り響いた。水兵たちは、迷彩服に救命胴衣を兼ねたベストとヘルメットを身に着けている。
今日の演習は、アメリカ海軍と傭兵部隊"ブルーアングラーズ"の艦隊をシンガポール空軍と"ウォーバーズ"の航空部隊が襲撃するというシナリオで行われる。
「対空警戒を厳となせ!」
マッキャンベルの艦橋の外では、大きな双眼鏡を持った水兵が水平線の向こうを見た。勿論、人間の眼よりもイージス駆逐艦のSPY-1Dレーダーの方が遠く、そして広い範囲の複数の標的を同時に追尾、識別、捕捉することができるが、それでも人間の眼で確認することの重要さは今も昔も変わらない。
3時の方向には、僚艦を務める"ブルーアングラーズ"のザクセン級フリゲートの姿が見えた。ヨーロッパで開発された防空システムであるNAAWSを搭載している。これは、マッキャンベルの中核であるイージスシステムには及ばないものの、非常に高い防空性能を発揮する。
「レーダーに反応無し。引き続き警戒する」
マッキャンベルのCICには、ジェームズ・ルーカス中佐以下、将校たちが詰めていた。海図には、6隻の艦船の形をした駒が置かれている。それぞれ、アメリカ海軍の駆逐艦と僚艦である傭兵部隊のフリゲートの位置を示している。
「さて、やっこさんたち、どうやって仕掛けてくるか、見ものだな」
「ありえるのは、東側、または南側から大きく回り込むようにして、超低空飛行でやって来て、対艦ミサイルを撃つというやり方をするでしょう。セオリー通りならば」
砲雷長であるレニー・オザワ大尉が指摘する。
「言えている。だが、何処から何が飛んできてもおかしくない。連中は実戦経験豊富な傭兵部隊だ。空軍の統計にもあるように、実戦での出撃を10回以上経験し、生き延びたパイロットの生存率は激的に上昇する。奴らを絶対に甘く見るな」
「ええ。当然です」
4月20日 0936時 シンガポール 南シナ海上空
ジェイソン・ヒラタはヒヤヒヤしていた。と、言うのも、自分を引き連れている隊長である佐藤勇が操縦するF-15EXと、機体の間隔が1mあるかどうかの位置に接近しているからだ。
こんな曲芸飛行じみたことをするのは、サンダーバーズかブルーインパルスくらいのものだ。そして、自分の機体の後ろには、F/A-18FとSu-30MKが連なっている。しかし、佐藤勇以下、"ウォーバーズ"の戦闘機乗りたちは、時々、ボスに隠れてこのような曲技飛行じみたことをしていたが、まさかこんなところで役に立つとは誰も思わなかった。
これだけ接近して編隊を組んでいたら、レーダー画面上での見かけでは、恐らくは単機として表示されるだろう。今回は、そこが狙いだった。攻撃ポイントに進入するギリギリまで曲技飛行並みの密集編隊を組み、攻撃直前に編隊を解き、それぞれ別方向から連続して飽和攻撃を仕掛ける。
このやり方は、ディエゴガルシアの周辺海域で、何十回も練習してきた。勿論、現代の駆逐艦やフリゲートは、イージスシステムが無くとも、防空能力が各段に強化されているので、そう簡単な話ではない。
だが、今回、"ウォーバーズ"は秘策を用意していた。それは、BQM-74Eチャカ無人標的機だ。シンガポールのパヤレバー基地に、訓練支援班が展開し、チャカをアメリカ海軍艦船に向けて飛ばし、多くのミサイルが飛んでいるように見せかける、というものだ。勿論、その戦術がどこまでアメリカ海軍のイージス・ミサイル駆逐艦に通用するかは未知数だが、やってみる価値はあるとスタンリー司令官は言っていた。チャカは、戦闘機と動き方もレーダー断面積も違うので、注意深いレーダー管制官にはあっさりと見破られてしまうだろう。
8機のチャカが"ウォーバーズ"の訓練支援班によって放たれ、マッキャンベルがいる海域に向かっていた。大切なのはタイミングだ。戦闘機がイージス艦のレーダーに映るタイミングと同じタイミングに、SPY-1Dレーダーの覆域に突入させなければならない。なので、訓練支援班と技術班は、作戦前にしっかりと時計合わせを行い、数秒のズレも起こさぬようにしていた。
4月20日 0941時 シンガポール 南シナ海
「レーダーコンタクト!方位266!数、30 !」
マッキャンベルのCICで、レーダー画面を見張っていたアンナ・オークリー大尉が声を上げた。
「奴さんたち、仕掛けてきたな!対空戦闘用意!」
「対空戦闘用意!」
イージス駆逐艦の艦内でけたたましいサイレンが鳴り響き、全ての水兵たちに戦闘が始まったことを知らせる。
「操舵手、方位266へ回頭!戦闘速度でそのまま前進!」
マッキャンベルは、見かけ上のレーダー断面積を最小限にするために"敵機"の機種に艦首を向ける姿勢を取った。
だが、マッキャンベルのレーダーに映ったのはBQM-74Eチャカだった。オレンジ色の巡航ミサイルのような無人標的機は、プログラムにそって、マッキャンベルが航行している海域を目指している。
チャカ無人標的機は、マッキャンベルの上を通過してから海の中に飛び込むようプログラムされているが、万が一に備え、チャンギ空軍基地に設置しているコンソール施設で衛星通信によって操作し、海に沈没させたり、自爆させたりできるようになっている。
その無人標的機の後ろからは、"ウォーバーズ"の戦闘機8機がマッキャンベルに迫っていた。それぞれの機体が、翼同士を擦りそうなくらい近く編隊を組みながら、波飛沫が機体にかかるのではないかと思えるくらい低く飛んでいる。
「"ウォーバード1"より全機へ。攻撃まで3分!」
ブチッ、ブチッという音が無線を通して佐藤勇に聞こえてきた。全員、準備完了のようだ。
やがて、対水上戦モードに切り替えたレーダー画面にマッキャンベルが映った。戦闘機とは違い、大きく、低速で動いている。
「隊長、LRASM発射準備完了!」
アイリス・バラクが後席から佐藤に話しかける。
「攻撃まで30秒・・・20秒・・・10秒・・・5、4、3、2、1、発射!」
4月20日 0943時 マッキャンベルCIC
マッキャンベルのSPY-1Dレーダーに多数の標的が表示された。
「対艦ミサイル接近!ECM作動!SM-6発射準備!」
「くそっ!奴ら、どこから!?」
マッキャンベルのレーダー画面には、360度全ての方向から標的が接近していることを示していた。だが、その大半は、陸上から放たれたBQM-74Eチャカだ。
「レーダーに更に多数の標的!」
「くそっ!多すぎる!」
マッキャンベルの演習プログラムがSM-6を"発射"した。しかし、自動迎撃モードになっているSPY-1Dが狙ったのは艦に最も接近しているチャカからだった。
対空ミサイル士官たちは、直ちにイージスシステムを自動迎撃モードに切り替えた。これにより、マッキャンベルは、近い標的から順番に目標を『撃ち落とす』はずだ。
しかしながら、イージスシステムは、最初に飛んできたチャカをより大きな脅威だと判断し、それらを優先的に『迎撃』した。そのため、『LRASM』や『ブラモス』への対処が遅れてしまった。よって、マッキャンベルは、8発の対艦ミサイルによる攻撃を受け『撃沈』されたと、演習管理システムは判定した。
4月20日 0944時 シンガポール 南シナ海
8機の戦闘機が編隊を組み、マッキャンベルの上を悠然と飛び去り、シンガポールのパヤレバー基地へ機首を向ける。その様子を見張り役を担当させられた19歳の二等水兵が見上げている。当然ながら、その若者は、これが実戦であったならば、自分がLRASMの弾頭の爆風で海に放り出されてしまっていたなど、知る由も無かった。




