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第24話 商会にて

……とはいえ、レイヴンへの想いを自覚しても、小説への疑念が芽生えても、シルクの日常が急に変わる訳はなく。


「平和ね……」


シルクは陽光を浴びながら朝食のサラダに手を伸ばした。

あの日以降伯爵と顔を合わせることはなかった。シルクは用事がない限り自室にこもり、以前のように配信活動に打ち込む日々を送っていた。


「ほんといい天気」


外からは小鳥のさえずりが聞こえる。

何の根拠もないのに、ずっとこんな日常が続いていくような気がする。戦いとか、恐怖や脅威とは無縁な毎日が――……。


次の瞬間、パンパンパン!と耳元で発砲音が鳴り響いた。


「ギャッ!?」


カトラリーが手から滑り落ちる。シルクは目を瞑った。


(敵襲!?)


音は絶えず鳴り続けている。銃撃戦でも始まったのかとしばらく震えていると、突然嘘のように音がやんだ。


「……?」


そろりと瞼を開く。すると大量のクラッカーを手に満面の笑みを浮かべるポプリの姿が目に入った。


「お嬢様。登録者五万人突破おめでとうございます!」

「……えッ? あ……。知らなかったわ。ありがとう」

「はい!」


ポプリすぐさま床に散らばったクラッカーの掃除を始めた。なんという切り替えの速さ。

何はともあれ、五万人を達成していたとは感慨深い。最近は色んなことに気を取られていたが、配信活動も順調のようだ。


(そういえばそろそろ契約の更新日よね)


元々外出の予定もあったし、ちょうどいい機会だ。シルクはパチン、と格好付けて指を鳴らす。


「マリー、変身の時間よ」


掃除に加勢していたマリーは、頭にクラッカーの飾りを山ほど乗せたままウインクで応えた。


「お任せを!」


***


「……では、こちらにサインを」


シルクは垂れてきた黒髪を耳にかけると、差し出された書類に羽根ペンで署名した。やり取りはものの数分で終わった。


「キヌカさん、最近好調ですね」

「おかげさまで」


ダレルはいつにも増して上機嫌だった。肌ツヤもいい。懐が潤っているのだろう。

ついでに口座の残高を確認させて貰うと、そのゼロの連なりに眩暈がした。


(すごい額だわ。桁が……)


既に目標の八割に達している。これは本当に喜ばしいことだ。でも……。

シルクが浮かない顔をしていることに気付いて、ダレルは不思議そうに首を傾げた。


「おや、あまり嬉しそうじゃないですね。ボーナスが足りませんでしたか?」

「いえ! そんなことはないです。十分すぎるくらいです」


そう答えてから再び手元に視線を落とした。


(……このお金も無駄になりそうね)


これは逃亡資金のつもりだった。だけど今は逃げ出すことなど考えていない。だって、レイヴンのことが好きだから……。

意識すると急に恥ずかしくなって顔が火照る。


「何かいい事でもありました?」

「えっ」


机の向こう側では頬杖をついたダレルがにまにまと笑っている。観察されていることに気が付いて、シルクは慌てて違う話題を探した。


「あ、えと。……そうだ。前から気になってたんですけど、一階の部屋の端に置いてあるやつって何なんですか?」


広々とした部屋の一角には雑多な物が飾られ、博物館のような様相を呈している。毎回二階に直行していたからよく見たことはないが、異様な存在感のある物品が並んでいるのだ。


「あー、あれは全部魔法道具です。インテリアも兼ねてますけど、元々は顧客から担保として巻き上げたものですね。一応買うこともできますよ」


ダレルは一階に降りると、ついでにあれこれ見せて説明してくれた。奇怪な仮面や禍々しい雰囲気の剣、やたら大きな漆黒の馬車などなど。こんなもの誰が買うのだろうか。

ダレルはガラスケースの鍵を開けて中の物を取り出した。


「これとか面白いですよ。ワープブレスレット。連続して何度もは使えませんけど、願った場所に念じるだけで移動出来る優れものです」

「へえ!」

「ちなみに値段はこのくらいで」


ダレルは笑顔で値札を見せてくれた。シルクは顔を引き攣らせる。


「たっか……」

「魔法道具ですからね」


ダレルはシルクの素直な反応が気に入ったようだった。何かを思いついたように部屋の奥に引っ込むと、ガラスボトルを手に戻ってきた。


「ところでこれ、最近我が商会で売り出した美容液なんですけどー。本当にオススメなんですよねー」

「はい?」


どうしてそんなに棒読みなのだろう。急にヘタクソな営業が始まってシルクは怪訝な顔をした。


「実際に使って頂いて配信で紹介してくださるなら、お礼としてあの魔法道具を差し上げますよ」

「!?」


それはつまり、宣伝料ということか。インフルエンサーがよくやっているやつだ。だが、みだりに引き受けるとリスナーからの信頼を損ねるのではないか。

うんうん唸っているとダレルがまたあの値札を見せてきた。シルクは即決した。


「やります」

「助かります」

「ただし、良くなかったら正直にそう言いますからね!」

「それはもちろん」


交渉成立だ。ダレルはブレスレットをシルクの左手首に付けてくれた。

小ぶりな宝石とチェーンから成るシンプルな作りをしている。あまり目立たないから付けっぱなしにしていても良さそうだ。


「ちなみに、一度も行ったことのない場所にはワープできないので注意してください。リアルに思い浮かべることが出来ないと魔法は発動しないんです」

「そうなんですね」


ダレルはブレスレットに気を取られるシルクをにこにこと見守った。


「欲しいものは何でもうちで手配できますよ。大切な契約者様の相談ならいつでも受け付けておりますので」


ダレルが開けてくれたドアをくぐりながら、シルクは苦笑いを返す。この国随一の商会の主が言うのだから間違いはないだろう。だが、かなり高くつきそうだ。


「考えておきます……」


そう答え、シルクは商会を後にした。


***


「お嬢様、おかえりなさいませ」


マリーとポプリに迎えられ馬車に乗り込む。カーテンを閉じると、シルクはウィッグを外した。着替えを済ませメイクを直して貰い、『キヌカ』から『シルク』へと戻っていく。


「この後って何かあるんですかー?」

「何言ってるのよマリー。ものすごーく大事な予定があるじゃない」

「何でしたっけ」

「本気で言ってるの? 結婚式ももうすぐなんだから。花嫁に欠かせないアレよ、アレ」


シルクは勢いよくカーテンを開く。見上げた空は青く、雲一つない。


早いもので結婚式まで一ヶ月。長いようであっという間だった。このままいけば無事に当日を迎えられるかもしれない。

生き残りたいから。だけど今はそれだけではない。いつからか、純粋にレイヴンとの結婚式を心待ちにする自分がいた。


「着きましたよー」


馬車は大きな建物の前で止まった。

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