エピローグ 貴女がやってくれた事
史佳の一件は大事に発展して行き、被害者は10名を越える大事件となった。
ミミズを始めとする男達は逮捕され、当然全員が起訴された。
裁判はこれからだが、重い厳罰は避けられないだろう。
一層の事、一生塀の中に居ればいい、その方が社会の為だ。
被害者の中には精神を病んでしまった人もいるのだ、後少し遅ければ史佳もその中に入っていただろう。
「本当に行くのか?」
「ええ、ちゃんとケジメを着けないと」
事件から半年が経った。
出掛ける私に心配そうな政志。
これから私は史佳の自宅へと向かう。
史佳から手紙が届いたのだ、話があるから会って欲しいと。
「そうか...まあ栞はそうだよな」
「大丈夫、史佳もあのままじゃ先に進めない」
先に進まないといけないのは私も同じ。
精算しないと私も過去に囚われているのだから。
マンションの駐車場に待たせていたリムジンに乗り、史佳の実家へと向かった。
「お久し振りです、おじさん、おばさん」
「桐生さん...わざわざ今日は」
「ごめんなさい栞ちゃん、ありがとう...」
史佳の実家で向こうの両親と簡単な挨拶を済ませる。
すっかり窶れ果ててしまった二人の姿に娘が仕出かした気苦労がいかに大変な物だったが分かった。
「史佳?栞です」
「ごめんなさい...今日はありがとう」
部屋の扉をノックすると、中に居た史佳が顔を出した。
半年前に見た史佳と随分違う、すっかり毒気が抜けた様に見えた。
「体調はどう?」
懐かしい史佳の部屋、二年、いや三年ぶりか。
床に置かれていたクッションに腰を降ろした。
「うん...なんとかね。
中毒まではなってなかった」
「そう」
史佳の体内からは大麻や合成麻薬、他にも数種類の違法薬物が検出された。
全部クズ共から接種させられたのだ。
セックスの感度を高め、奴等に依存させる為に。
「来月には大学に戻るつもり」
「良かったわね」
数ヶ月の措置入院を経て、実家で療養していた史佳。
経過が順調なのは報告で聞いていた。
ようやく大学へ戻れるまでに回復したのは何より、留年は避けられなかったが。
これからマンションには母親と一緒に暮らすそうだ。
「ごめんなさい」
「何が?」
「わ...私の為に色々と動いてくれたんでしょ?
悪い噂が立たない様に身体を壊したって周りに」
「ああその事か」
史佳の言った通り、私は実家の力を使い事件に巻き込まれた史佳を周りの目から隠蔽した。
病院も、療養施設も、全部私が手配をお願いしたのだ。
「どうして?
私は政志を奪って一方的に傷つけたんだよ...憎くないの?」
「憎いわよ、殺したい位に憎くって仕方ないわ、決まってるじゃない」
何を当たり前の事を聞くの?
「そうよね...」
「でも史佳の事は嫌いになれないの」
憎いが嫌いになれない、それが私にとって史佳という存在なのだ。
「...え?」
「史佳は私に居場所をくれた」
「居場所?」
「そうよ、孤独だった私にね」
初めて話す私の気持ち、上手く伝えられるか分からない。
「...それって?」
「高一の時、あなたは私の友達になってくれた」
「それは...」
「分かってる、単なる好奇心からだって。
でも嬉しかったの」
自分を変えたくて、私は知り合いの居ない高校を選んだ。
それまでの私立ではなく、普通の公立高校。
そこでならと意気込んだが、やはり染み付いた性格は簡単に変えられず、また私は孤立してしまった。
寂しかった。
毎日がつまらなくて、高校を辞めたいとまで。
そんな時、声を掛けて来たのがクラスメイトの史佳だった。
「あなたのお陰で友達も出来た。
そしてなにより政志とも知り合えたから」
社交的な史佳は友人も多く、彼女の周りにはいつも沢山の人が集まっていた。
その中心に居たもう一人の男性、それが政志だった。
政志は引っ込み思案の私を沢山の学校行事に参加させてくれた。
文化祭の実行委員、生徒会の役員、それは孤独だった私の人生を一変させた。
「でも...私は政志を貴女から」
「それは私が素直になれなかったから。
今になったら分かる、自分から動かないで、政志から告白が来るのを待ってるなんて都合が良すぎる考えだって」
長い時間を政志と過ごしておきながら、私はいつも素っ気ない態度だった。
それでも孤立しなかったのは政志と史佳のお陰、それなのに受け身な考えから私は抜け出せなかった。
「それでもよ、私は栞に酷い事を」
「確かにね」
わざわざ政志とキスしたとか、セックスの事まで。
どれだけ悔しかったか...ダメ、未だに許せそうにない。
「...栞が羨ましかったの」
「羨ましい?」
「だって栞は綺麗で、家がお金持ちだし、頭も良くって...それで、それで...」
「史佳...」
そんな事を考えていたのか。
「そんなの本当の私じゃないよ」
「本当の栞...」
「親がどうとか容姿なんて、単なる外面に過ぎない。
本当の私は嫉妬深くて臆病、そして好きな人の事を諦められなくて...
政志がどうしてるか全部を知りたい、知らないと狂ってしまいそうな人間なんだから」
一気に吐き出す、心に詰まっていた思いの丈を。
「嘘...そこまで...」
「そこまでなの」
自分でも病んでると思うな、うん。
「もう栞は...その彼と」
次はそこに行くか。
「政志と付き合ってるわ、今は一緒のマンションなの」
政志のアパートが余りにボロだからね。
政志と付き合うに当たり、私のお父さんから命令で、半ば無理やり引っ越しをさせた。
両親には政志の素晴らしさをずっとアピールし続けていたから、付き合うのに問題は無かった。
「そっか...」
「といっても、キスすらまだだけどね」
マンションの部屋も別、史佳には同棲だと思わせたい。
「へえ...まだなんだ」
「先に行きたいけど、政志がそれはこれからだって」
これからが大変よ、何しろお父さんからのプレッシャーが凄い。
気にしなくても良いのに。
「ごめんなさい!私が酷い事を」
「酷い事?」
史佳は一体何の話をしてるんだ?
「その...あんな事を言ったから」
ああ...デカイだけ発言か。
「バカにしてるの?」
「...う」
「そんな事じゃない、お互い焦らずゆっくり先に進む事にしたのよ、全く」
「やっぱり私は...」
史佳の頭はまだセックスに囚われてる。
確かに政志は気にしてるみたいだけど、そんなにデカイかな?21センチって。
政志の独り言だけで、実物は見た事無いし、
「落ち込まないの。
反省してるなら、これから直せばいいんだから」
史佳は中学時代にセックスを覚えたからね。
その事を非難はしないけど、自己肯定に使うのは間違ってる。
処女の私が言うのもアレだけど。
「直るかな...」
「さあ、貴女次第でしょ?
私はもう助けたりしないよ」
あれだけ憎かった史佳。
男共々破滅してしまえば良いと思った。
でも出来なかったのは私が史佳を友達だと認めていたからだろう。
それも今回で終わり、もう後はどうなろうと知らない。
「ありがとう栞...彼と幸せに」
「言われなくても...でもありがとう」
一応は感謝しよう。
ようやく政志と付き合う事が出来たのは史佳の自爆があったからなのだから。
部屋を出る私の視線にイヤリングが入る。
ちょっと複雑だが、奪うのは止めておこう。
「さて政志は何をしてるかな...」
史佳の自宅を出た私はスマホアプリを起動させる。
ワイヤレスホンから聞こえるのは政志の様子。
これだけは未だに止められない。
「ふふ...心配性ね」
政志は頻りに私を心配する独り言を呟いている。
まだまだ私も変われそうにない。
「まあ良いか、拗らせちゃったんだから」
大きく背伸びをすると見えるのは、どこまでも澄んだ青空。
その先に私達の幸せがあるような気がした。
ありがとうございました。