史佳は足掻いた
「どうしたらいいんだろう?」
政志の住むアパートに向かう電車に乗る。
椅子にへたり込み、考えを整理しようとするが、頭がまわらない。
どうして政志が私の部屋に来たのか、昨日の電話で今日は夜までバイトって言っといたのに。
「...許せない」
あんな卑怯な真似をするなんて、挙げ句携帯を先輩に投げつける様な野蛮人だったとは。
『明日は彼氏君とよろしくやりな。
今日は誕生日プレゼントだ、夜まで可愛がってやる』
『...嬉しい』
せっかく先輩と明日の朝までヤりまくるつもりだったのに。
だけど、政志がお父さんから合鍵を借りて来るのは予想外だった。
『ふざけるな、てめえとは遊びじゃねえか!
なんで責任を取らなきゃいけねえんだ』
見られてしまったから、政志と別れて両親に先輩を紹介しようと言ったら怒られてしまった。
どうして先輩はあんなに怒ったのだろう?
あれだけ愛してくれたのに。
確かに先輩との出会いは遊びだった。
政志と会えない寂しさを紛らわす為の軽い遊び。
それは分かっていた。
でもあれだけ口説かれたら、誰でも悪い気はしないでしょ?
酒を飲まされ、数人に抱かれてしまった時はショックだったけど、みんな私の為に一生懸命愛してくれたんだ...
「先輩からだ!」
ラインの着信に胸が踊る。
やっぱり悪いと思ったんだね、良いよ許してあげるから、でも一杯愛してね。
[俺の事を一言でも言ってみろ、大変な事になるからな]
「はい?」
大変な事って何だろ?
「あれ?」
次々とラインが入る。
それはみんな私を愛してくれた先輩のお友達からで...
[ごちそうさま]
[彼氏君と仲良くね]
[楽しませて貰ったよ]
[今までありがとう写真や映像は大切にとっときますね]
「なにそれ...」
普段の口振りとは全く違う丁寧な言葉の文章に混乱がおさまらない。
それに写真って何の事?
慌てて返信をするが、全員から拒否されてしまう。
まさかどうしてなの?
「...え?」
脳裏に一つの光景が甦る。
あれは最初に抱いて貰った時、呆然とする私をみんなは撮影していたんだ。
「え?え?」
頭の靄が晴れて行く。
そうよ、私は消してくれってお願いしたんだ!
それなのに、また抱かせてくれたら考えてやると言われて。
それから私に対する行為はエスカレートして行った。
色々な道具や沢山のお薬を使って...
「ひょっとしたら騙されていた?」
だとしたら不味い。
もう私は一人ぼっちじゃない!
そのまま浮気してた事実がお父さんにバレたら叱られてしまう!!
「こうなったら、政志と別れる訳にいかない...」
大丈夫、政志は私の事が大好きの筈だ。
誕生日のプレゼントにイヤリングまで買って来てくれたんだ。
まあ安物だろうけど、持ってきてて良かった。
「これで良し」
突き返すつもりだったが、早速着けてみる。
なぜか耳に挟むタイプだ、私がピアスを開けてるのを知らないの?
「...あ」
ピアスを開けたのは2ヶ月前、この数ヶ月と会って無いから政志が知らなくて当然。
いやピアスは耳だけじゃない、先月ヘソやアソコにも開けたっけ、政志の誕生日をドタキャンした日に...
「見せる訳じゃないから大丈夫よね」
政志を抱かせてあげる頃には孔も埋まるだろう。
いざとなれば病院に行けば元通りだし。
「となれは、邪魔なのは栞よね」
栞は政志と同じ大学。
未だに諦めきれないくせに政志の周りを纏わり付いている。
その様子は政志が残して行った携帯のデーターから確認出来た。
ロックすらしてない政志の携帯、中は覗き放題だ。
通話履歴も私か家族で、たまに栞。
もっとも最近は政志の電話に出る事が殆ど無かった。
写真も私ばかりで、これも3ヶ月前から新しい物は無い、当たり前だ。
「ん?」
一枚の写真に目が止まる。
それは1ヶ月前の写真。
少し寂しそうな笑顔の政志と珍しく笑っている栞が写っていた。
場所はおそらくレストラン、きっと店の店員が撮った物。
「ああ、なるほど」
思い出した、これはきっと政志の誕生日に撮ったのね。
ちょっと政志をからかってやろうと先輩に言われて、レストランの予約をしたんだ。
ドタキャンしたら金の無い政志はどうするかって。
「栞にタカるなんて、本当惨めな男ね」
どうしたんだろ、なんで胸が疼くの?
あれだけみんなでセックスしながら大笑いしたのに...
「...栞なんかに渡さない」
そうよ、政志を栞に渡してなるもんか。
あんな鉄面皮の栞なんかにね。
元々栞が政志を好きなのは知っていた。
栞の家は大金持ち、更に容姿も優れ、私なんかじゃ太刀打ち出来ない程。
でも素直じゃない性格の栞は周囲から浮いた存在だった。
私が栞に近づいたのは単なる好奇心から、別に友達になりたいとかじゃ無かった。
そんな栞が好きになった男性は政志だ。
なんでも本当の栞を分かってくれたって。
素直になれない栞はいつも政志に素っ気ない態度でなかなか告白しない。
だから私は政志に告白した。
全てに優れている栞から好きな人を奪う。
栞に対する劣等感がみるみる消え、優越感に酔いしれた。
適当なところで政志と別れるつもりだったが、他の女子から人気も高く、性格も良い政志。
知らぬ間に私は本気で付き合う様になっていた。
私は中学時代にセックスを体験していたが、政志は初めてだった。
必死で頑張る姿に愛おしさも感じた。
その事を栞に話すと僅かに表情を曇らせるのが楽しかった。
「拗らせバージンなんかに政志は上げないよ」
やっぱり政志は私の物。
ちょっと抱かせてやれば大丈夫、色々としてやれば猿みたいにすがって来るだろう。
二時間を掛け電車が到着する、
駅から足取りも軽く、政志のアパートに向かった。
「久しぶりね」
政志のアパートに到着した、相変わらず汚い建物。
「...政志、居る?」
呼び鈴すら無いアパートの扉をノックする。
扉まで薄汚れていた。
「...入りなさい史佳」
「...え」
今の声...まさか?
「早く入りなさい」
「...お父さん」
扉が開き、中から現れたのはお父さん。
なぜ政志のアパートに居るの?
「...嘘」
室内に居たのは、お父さんと政志、栞と...そして、
「先輩...みんなも、どうして?」
御瑞野先輩とみんなは顔をボコボコに腫らしてうつ向いている。
いや顔だけじゃない、着ている服も無惨に破け、身体中傷だらけだった。
「早く座れば?」
「...栞」
冷たい笑みを浮かべる栞。
その表情に気を失いそうになる。
「ああ、みんなの怪我を気にしてるの?
気にしなくて良いわよ。
コイツらは勝手に仲間内で喧嘩しただけ。
私達は何もしてない」
「そうなの?」
本当にそうなんだろうか?
「そうよね?」
「...ファイ」
「ショノ...トオリデシュ...」
口から血を滴らせ先輩達が項垂れる。
絶対違う、きっと栞達が何かしたんだ。
「史佳、聞きたい事は山程あるが、お前大学の学費はどうした?」
「学費?」
何の事だ?
「学費未納で大学から連絡があった」
「へ?」
なんで?学費なら振り込んであるから引き落としされている筈。
奨学金も定期的に入金されてるし。
「使い込まれていたのよ、コイツらにね」
「まさか?」
そんな馬鹿な!!
「ほら見なさい」
「なんで?」
栞が私の通帳を投げる。
そこには次々と出金された記録が...
「お前はコイツ等のカモにされていたんだ」
「お父さん...そんな私は」
「遊び呆けて...政志君を裏切り、クズ共の捌け口に...お前は何を考えているんだ?」
「それは...」
ダメだ、何も言えない。
「何にも考えて無いんでしょ、有るのは快楽への欲求だけじゃない?」
「うるさい!栞に何が分かると言うの!」
「人間の皮を被った獣...か」
「...政志」
政志まで、そんな...
「おじさん、史佳とは別れます」
「当然だ、政志君はこんな人間と関わってはいけない」
「いやよ!」
どうしてお父さんは汚い物でも見る目で私を?
「諦めなさい、クズがあんたにはお似合いよ...まあコイツらはこれから警察のご厄介になるけど」
「...警察?」
「随分女を食い散らかした余罪がね、アンタもその一人。
良かったじゃない、まだ脅迫や写真をばら蒔かれたりされてなくって」
「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」
その一言を嘲る表情を止めろ!
「入ってきて」
「「「「はい」」」」
栞が呼び掛けると数人の屈強な男達が室内に入って来た。
その服には所々血が滲んでいる、
「コイツらを警察に、あとその女は病院へ連れて行け、ひょっとしたらクスリをヤられてるかもしれないわ」
「分かりました」
「離せ!」
男達に羽交い締めされ動けない!
「畜生!政志何とかしなさい!」
「どうして?」
「ヤらしてあげるから」
「遠慮します、俺デカイだけですし」
「こら政志」
なんでこんな時に冗談を言うの?
栞まで笑いやがって!!
「止めなさい史佳...頼む」
「...なぜ?」
どうして泣いてるの?
なんでお父さんが?
「行こう史佳...」
「はい」
もう何も考えたくない。
私は連れられるままアパートを後にする。
そのまま病院で検査され...
数種類の薬物が私の体内から検出されたのだった。
んでもってエピローグ!