政志は見た
テンプレ発動!
今日は史佳の誕生日。
会って直接お祝いをする為、俺は史佳の住むマンションに向かった。
史佳も大学から親元を離れて一人暮らし。
部屋の鍵は預かった、行くのは今日が初めて。
借りたスマホでナビを見ながら、二時間を掛け、ようやく到着した。
「ここか...」
そこには六階建ての思った以上に立派なマンションが建っていた。
大学生の下宿にしては贅沢過ぎないだろうか?
「家賃、高いだろうな」
俺の住む風呂無しの安アパートとえらい違いだが、それは仕方無い。
女の子が住むんだから、セキュリティは万全じゃないと心配だったんだろう。
奨学金も借りたっていってたな。
「俺も借りりゃよかったかな」
俺は奨学金を利用しなかった。
両親から最低限の仕送りとバイトでギリギリ生活を賄っている。
家にはまだ進学を控えた高三の妹が居るんだ、これ以上家族に甘えては負担になるからな。
『政志、無理しないで』
同じ大学に進学した栞が俺の住むアパートを見て、自分の住むマンションの空き室を安く貸してあげると言った。
でもそれは出来ない。
例え、そのマンションが栞の両親が所有する物だとしてもだ。
「さてと」
鍵を使い史佳の部屋に入る。
史佳はバイトで今日は遅くなると言っていたから留守だろう。
帰って来たらサプライズの誕生パーティー、きっとびっくりするだろう。
「ああ満夫...気持ちいい」
「俺もだ史佳」
「は?」
奥の部屋から聞こえる声。
いや声だけじゃない、激しく何かぶつかる音までするぞ。
「どうだ、彼氏とどっちが良い?」
「そんな事聞かないで...」
「なら止めるぞ」
「止めないで!
満夫よ、あなたが一番なの!
政志なんかデカイだけよ!満夫のミミズが一番なの!!」
「「ウゲ」」
思わず中の男と声が揃ってしまった。
デカイだけって、酷い言われ様じゃないか、いやミミズよりましか。
「帰ろう...」
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
部屋に怒鳴り込む気力も湧かない、ただただ虚しい。
「...これどうするかな」
玄関で靴を履く。
俺の手には紙袋、中には史佳の為に買ったプレゼントが入っている。
どうせ渡す事は無いだろう、後は別れ話をするだけだ。
「...さよならだ」
そっと床に紙袋を置く。
バイト代を工面して買った五万円のイヤリング。
一日一食で我慢して貯めたんだ。
もっとも大学でぶっ倒れて栞に叱られたが。
「リサイクルショップにでも売りに行けば...」
押し寄せる浅ましい気持ち。
返品は無理だけど、まだ未開封だから1万位になるかもしれない。
「惨めだな」
俺の胸に一層虚しさが襲う。
前兆はあった。
『最近電話が少し素っ気ないんだ』
『それってまさか?』
3ヶ月前、俺の愚痴に栞が眉をしかめた。
でも俺は史佳を信じていた。
大丈夫、何も無いさと。
『正月もバイトで帰って来れないって』
『史佳のバイトって?』
『百貨店でアパレルのショップ店員だ』
『百貨店は年末年始は休みでしょ?』
2ヶ月前、一人寂しく地元の神社で初詣している俺を見つけた栞との会話。
それでも俺は史佳を信じていた。
きっと年末年始に別のバイトを入れたんだと。
最後は1ヶ月前、俺の誕生日だった。
史佳が俺の下宿するアパート近くにあるレストランを予約してくれた。
史佳の奢りで、俺の誕生日を祝ってくれるという。
俺は精一杯のオシャレをして出掛けた。
しかし約束の時間になっても史佳は現れ無い。
焦った俺は史佳の携帯に連絡をしたが、電話は繋がらない。
ラインも既読が付かず、1時間の待ちぼうけ。
焦る俺に一通のラインが入った、それは史佳からだった。
[体調が悪くなったので行けません]
たったそれだけ。
慌てて史佳にラインを返すも、やはり既読が付く事は無かった。
レストランのスタッフから料理を始めたいと急かされる。
当たり前だが、無償キャンセルは出来ない、金の持ち合わせも足りない。
俺は栞に連絡を入れた。
恥を忍び金を借りるしか無かったのだ。
『キャンセルされた?』
幸いにも栞は直ぐに来てくれた。
『ああ、突然用事が出来たって』
『もう確定じゃない、まあせっかくだから食事を楽しみましょ』
呆れながら栞が笑った。
レストランの食事代は栞が支払ってくれて、俺は窮地を脱する事が出来たのだった。
その後、史佳の謝罪は一応あったが、もう俺は信用する事は...だからけりを着ける為に...これは最後の賭けだったんだ...
「うわああぁ!」
こみ上げる気持ちを堪えきれない!
俺は玄関で叫んだ!
心の底から感情を爆発させた!!
「な...なに?」
「だ、誰だ!」
部屋の扉が開く。
中から飛び出して来たのは素っ裸のミミズの飼い主と、
「...史佳」
「嘘...そんな、どうしてここに」
シーツを巻き付けた史佳。
汗が滲み上気した顔、それは扇情的で...
「わあああ!」
手にしていたスマホをミミズ君のミミズめがけ投げつける。
もちろん加減は忘れない、怪我でもされたらミミズがアナコンダになってしまう。
それは史佳に悪い気がした。
「ギャ!」
ミミズ君は短い悲鳴を上げて床に蹲る。
スマホは奴のラッキーボールに命中したのだ。
「なんで?鍵は?」
「うわわわあああ!」
ついでに娘の様子をと、史佳の父親に頼まれたのだ。
合鍵を史佳に投げつけ...いや男にしよう。
「てめえ!」
立ち上がろうとしていた男に鍵は再び命中した。
「ギャア!」
鍵に付いていた革の靴べらキーホルダーがミミズの横っ面を叩く。
これは痛いだろうな。
「そのキーホルダー...まさかお父さんの?」
どうやら気づいたか、ダサいから止めてって史佳は以前からおじさんに言ってたからな。
「あ、これは...誤解、そう誤解なのよ」
「ああああ!」
もうここに用は無い。
史佳の下手な言い訳を聞く前に俺はマンションを飛び出した。
「終わった?」
「ああああう!」
マンションの外に居たのはタクシーに乗っている桐生栞。
今日は一緒に史佳の確認をする予定だった。
でも我慢出来ず、俺は一足先に入ってしまった。
こんな事なら一緒に部屋へ行くべきだった。
「いつまで叫んでるの?」
「...すまん」
冷静な栞に少し落ち着きを取り戻す。
でも俺が見てしまった衝撃の場面を栞にどう説明したら良いんだ?
「やっぱり浮気してたでしょ?」
「ああ...」
結局は栞の予想通り、史佳は浮気をしていた。
あの史佳が浮気なんて...でもしていたんだ。
「スマホは?」
「あ...」
しまった!
さっき投げたのは栞から借りているスマホだった!
携帯を持ってない俺の為に栞が貸してくれたんだ。
「まあ良いわ、向こうにあるなら好都合よ」
「すまん」
良かった、ミミズに直撃したからな。
もう使えないのを説明する手間が省けた。
「さあ行きましょ」
「どこに?」
一体どこに行くんだ?
「政志のアパート」
「なんで?」
「そりゃ史佳を待つ為よ」
「へ?」
「良いから早く乗りなさい」
「分かったよ」
事態が飲み込めない俺を乗せ、タクシーは走り出した。