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ほんとの『好き』を教えて?  作者: 原田 楓香
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7.  舞台①


 晩ご飯は、想太の言うとおり、めちゃくちゃ美味しくて、今度また、家族で来ようと思ったほどだった。

 会場について、差し入れを届けるお母さんと想太にくっついて、私も楽屋に行かせてもらう。こんな経験は初めてだ。

 

 楽屋で、舞台前だけど、意外とくつろいだ表情で座っていた妹尾圭さん(想太のお父さんだ)が、私たちの姿に、めちゃくちゃ優しい笑顔になった。

 「佳也ちゃん、想ちゃん。ありがとう。みなみちゃんも、急なのに、来てくれて、ありがとう」

 

 想ちゃん、と呼ばれた想太は、

 「とうちゃん」

 そう言って、お父さんに抱きついている。そんな想太を、お父さんが抱きしめ返して、2人は、ぎゅうぎゅうと言いながら抱きしめ合っている。お母さんも横で、そんな2人をニコニコして見守っている。

 「あ。あかん。衣装、シワになったら……」

 我に返った想太が、あわてて言うと、

 「大丈夫。これ、そんなにシワにならないし。それより、想ちゃんのぎゅう~があると、元気出るからね」

 お父さんがそう言ってほほ笑む。 想太も、ほほ笑んでいる。

 ふと見ると、お父さんとお母さんが、そっと交わしている視線が、これまためちゃくちゃ甘い。見ているこっちまで、幸せな気持ちになるような空気が、3人の間に流れている。

(いいなあ。こんな家族って……)

  うちだって、仲いい家族だと思うけど、想太のところは、いっそう幸せ度が高そうで。

 

 「じゃあ、舞台、楽しんでね」

 お母さんが言った。

(あ、がんばって、じゃないんだ。楽しんでね、っていうのもいいなあ)

 そう思って見ていると、妹尾圭さんが、唇の両端をそっとあげて、

 「みんなもね。 それと、差し入れも、ありがとう」

 極上の笑顔で言った。至近距離で見て、思わずクラッとする。

 (うわ。やばい。まともに、見てしまった……)

 想太の笑顔の破壊力もハンパないけど、圭さんは、さすが現役アイドル。すごすぎ……。


 グッズ売り場で、公演のパンフレットや、HSTのCDやDVD・BDを眺める。

 お母さんが、パンフレットと、クリアフォルダーを買っている。想太も、隣でフォトカードを選んでいる。公演中のいくつかの名シーンや、稽古中のシーンの写真だ。

 いろんな表情がある。切ない顔、甘い顔、クールな顔、怒りに満ちた顔、驚いた顔。ほんとにどれも魅力的な表情だ。ただのアイドルじゃない、演技派だと言われるだけある。

 中でも、ピアノに向かっている写真は、うっとりするほど、きれいで嬉しそうで幸せそうで、(ああ、この人は、ほんとにピアノが好きなんだな)って伝わってくるような笑顔だ。

 私も欲しいと思う写真がいっぱいだけど、想太は家で見慣れている顔だろうに、一生懸命カードを見ている。

 少し、不思議な気もする。例えば、自分なら、お父さんの仕事中の写真を買うかと言われたら、う~ん。けっこうです、って言いそう。

 「いろんな表情の演技の勉強になるねん」

 想太がまじめな顔で言う。

 「そっか。そうなんだね」

 私が、感心したように言うと、想太は、ふふっと笑って、

 「……というのは、いいわけ。ほんまは、好きやから、ほしいだけ。だって、見てや、この写真とか、めっちゃカッコいいと思わん?」

 そう言って指さしたのは、私もうっとりした、ピアノに向かっている写真だった。

 「たしかに。いいよね。めっちゃうっとりする」 私も力一杯うなずく。

 「ほんとほんと」

 横からお母さんもそう言って、

 「よし。おみやげ、これに決まり」

 そう言って、パンフレットとピアノを弾いてる写真を、急用で来れなかったというひとの分と、私の分も買ってくれた。



 客席に行くと、会場は、あまり大きくはなくて、ステージがとても近い。声楽家の人が、マイクなしで演奏会をすることもある会場なんだそうだ。ステージ上には、大きなグランドピアノと、本を載せた小さなテーブル、それと椅子。

 私たちの席は、わりと後ろの方の端っこなのだけど、それでも、十分に、ステージ上にいる人の表情が見えそう。


 席についてしばらくして、着席を呼びかけるアナウンスがあって、圭さんが、舞台に出てきた。大きな拍手。熱い熱い拍手だ。この舞台に向けられた観客の期待が大きいことが伝わってくるようだ。

 圭さんは、にっこりほほ笑んで一礼すると、まず、ピアノの前に座って、演奏し始めた。

 そのピアノに向かう表情! まさに、さっきの写真を、今、生で見ているのだ。

 うわあ……。客席のあちこちから、ため息のような声が漏れる。もちろん、私もその中の1人だ。


 ピアノの演奏が終わると、静かに立ち上がって、圭さんが、テーブルの上の本を手に取り、静かに開く。

 そして、物語が始まった。

  







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