特典原稿『写りたがりの幽霊なんて、写真部員の敵でしかない! if』
本作品は、本篇とは別の平行世界で起きたかもしれない物語です。
何も決めずに、いきなりオープニングから書くのが好きなのですが、これは本作品を書き始めた頃のバージョンです。
どうも話が暗い方向に行きそうになってしまって、方向転換しました。
美里は男っぽい性格のセンパイ、みっこは可愛らしい後輩と、本篇とはだいぶ違った感じになっています。
いま読み返すと、カメラの描写が多すぎですね……。
書いた当時のままなので、少し荒削りではありますが、ifの世界を楽しんでいただけたら嬉しいです!
幽霊には二種類ある。
写真に写りたがる幽霊と、写りたがらない幽霊だ。
幽霊が映った写真のことを俗に“心霊写真”という。
どうやら私には、その心霊写真を撮ってしまう才能があるらしい――
「また写ってる~ッ!」
県立三街道高校写真部の暗室に、私――三代川美里の悲痛な叫び声が響き渡った。
落胆と苛立ちのあまり、髪の毛をかきむしる。
原因は、現像タンクから取り出したばかりのフィルム。
そのフィルムの36コマ全てに、幽霊らしきものがはっきりと写り込んでいるのだ!
なぜだ! なぜ私の写真に写るんだ! 私がなにか悪いことでもしたのか…………したのか?
いや、してないはずだ……幽霊に祟られることなんて、これまで何もしてこなかったはずだ。
何度も考えてみたが、やっぱり心当たりがない。
それなのに、私の撮る写真撮る写真、全てに幽霊が写り込んでしまうのだ!
「はぁ……ダルい」
がっくりと肩を落としながら、いちおうはフィルムを流水に晒して洗浄する。
腹立ちのあまり、幽霊が写り込んだフィルムをゴミ箱に放り込みたいところだが、乏しい小遣いをやりくりして買った高価なフィルムだ……あたら無下には扱えない。
「どうしました、センパイ!?」
後輩のみっこが、暗室のドアを勢いよく開けた。
こいつ……ドアを開ける前には必ずノックをするようにと、常日頃から言い聞かせてるのに——
みっこ、すなわち若城みつこは、私と同じ写真部員で、ひとつ下の後輩だ。
目がぱっちりと大きくて、長い髪は二つ結び。制服のスカートを裾上げベルトで目一杯短くしている。
大柄で地味〜ぃな顔立ちの私とは正反対な、小さくて誰からも愛される可愛い女の子。
そんな子が、どうして写真部にいるかというと——私にもわからない。
たぶん、家業が写真屋さんだからなんだろう。
「みっこ! 暗室に入るときはノックをしてからって言ってるだろ。印画紙とかフィルムが感光しちゃったらどうすんの」
「だって……センパイのピンチに駆けつけるのに、悠長にノックなんてしてらんないじゃないですか!」
「別にピンチじゃないし」
「でも悲鳴が――」
「ああ、さっきの…………みっこ、これ見なよ」
これまでは、撮ってしまった心霊写真を誰にも見せてなかったのだが、もうどうにでもなれ、だ。
現像したばかりのフィルムをみっこに手渡す。
「あっ、かわい~」
見かけ通りに可愛いもの好きなみっこが、フィルムを見て目を輝かせた。
幽霊が可愛いのかって?
可愛いんだな、これが――
幽霊と聞いて思い浮かべる姿と言えば――白装束で頭に三角の布を巻いた格好とか、ざんばらの長い黒髪でテレビから這い出てくる姿とか、あるいはゾンビみたいに血まみれで怖い姿とか……人によって様々だろう。
けど、私の撮ってしまった幽霊は、そうだな……ハロウィンのお菓子に描かれているような姿をしている。
白くて丸っこくて、足はなくて、体の前に手らしき二つの突起がちょこんと生えてる。
全体的にコミカルなかんじだ。
表情は……コマによっては、ウィンクしたり舌を出したり……ふざけてんのか!
幽霊だったらもっと真面目に幽霊らしくだなぁ――
「センパイ、この子めちゃくちゃかわいくないですか!」
「そうだな……だからこそ、頭にくる」
「なんで怒ってるんですか? だってセンパイ、この子ばっか撮ってるし……これって、ぬいぐるみとかですか?」と、みっこは不思議そうな顔。
「べつに撮りたくて撮ってるわけじゃないし、そいつの正体はわからない」
「え……」
「マヌケな姿だけど、そいつは幽霊の一種――に見える……ってことは、私は心霊写真ってやつを撮っちゃったんだよ」
「……しんれい……写真?」
みっこはポカンとしている。どうやら、心霊写真を知らないようだ。
写真部員のくせに……。
「いいか、心霊写真ってのはだな――」
心霊写真というのは、幽霊の写った写真のことだ。
幽霊といっても、覚えのない光の筋が写真に写っていたり、木の影が人の顔にみえたり――そんなあやふやなものを、昔の人は幽霊が写った写真だといって怖がったり、おもしろがったりしていたらしい。
昔といっても、私たちの親の世代が子供の頃とかの話だ――まぁ、私は親の顔も知らないわけだが……。
まれに、はっきりと人間の姿が写った写真もあったようだが、それだって二重露光が原因だ。
二重露光というのは、フィルムの巻き上げ不良とかで同じコマが二回露光してしまう現象のことを言う。
たとえば、風景を撮ったコマに人物を重ねて撮ってしまう――その結果、風景のなかに存在しない人物が写り込んだ写真が出来るわけだ。
あるいは単純に人を欺そうとして作られた、ニセの心霊写真――いわゆる“合成写真”もあったようだ。
そういうニセモノを排除していって、どうしても説明が付かない不思議な写真――本物の心霊写真ってやつも、ごく少数ながらあったらしい。
しかし、写真を撮るデバイスがスマホ中心となった現在、心霊写真というものは存在しないも同然となってしまった。
デジタルと幽霊の相性が悪いのか、あるいは写真加工ソフトによって、誰でも手軽に昔で言うところの“合成写真”が作れるようになってしまったために、心霊写真の希少性みたいなものが薄れてしまったためなのか。
とにかく、フィルムカメラ時代に撮られていた心霊写真というものは姿を消してしまった。
それが再び現れたのだ――よりにもよって、私の撮った写真に!
「ほぇ~っ、これが心霊写真……どう見てもぬいぐるみを撮ったようにしか見えません」フィルムに目を凝らしながら、みっこが言う。
「そこが問題なんだよ」
「なぜです? すごいじゃないですか、本物の幽霊ですよ!」
「みっこは何の疑いもなく、私の言葉を信じてくれるけど、この写真を見たほかの人はどう思う?」
「それは……幽霊が写ってるなんて思わない……ですよね……やっぱり」
「だろ?」
「けど、ちゃんと説明すれば――」
「問題はそこじゃないんだ」
「え?」
「コンテストが近いんだよ!」
「おお! 〈全国高校生写真コンテスト〉ですね」
そう、この写真はコンテストのために撮った写真だ。
風景写真だが、撮影地を求めてあちこち出かけ、光線やら雲の具合やらをじっと待ち、構図をあーでもない、こーでもないと考えに考え、苦労に苦労を重ねて撮った写真なのだ。
「私、去年は佳作を取ったんだ」
「すごいですよね!」
「賞金ももらったし、今年はもっと上を狙ってる」
「センパイ、センスのかたまりみたいなヒトですもん。こんどはぜったい金賞取れますよ!」
「……悪気はないんだろうが……そう手放しで褒められても、脳がムズムズする」
「なんでですか! みっこはセンパイを尊敬してるんですよ!?」
「わかった、わかったよ……素直に褒め言葉として受け取っておく。ありがとう」
「えへへ……わかればいいんです、わかれば」
「はぁ……で、コンテストの話に戻るけど――出せないんだよ、今のままじゃ」
「?」
「幽霊だよ、幽霊。苦労して取った写真が、幽霊に汚染されてるんだ」
「あぁ! なるほどです……全部のコマにドアップで写っちゃってますもんね~、目立ちたがり屋さんなのかな?」
「あ~っ、ちくしょう! どうして私の写真なんだよぉ……」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! もう3本もフィルム無駄にしてるんだ!」
「ははぁ……」
「みっこだって、いまフィルム一本いくらするか知ってるだろ?」
「え〜と……100円くらいでしたっけ?」
こいつ……本気で言ってんのか?
「写真部のくせにフィルムの値段も知らないのかよ」
「みっこ、お店の売れ残りをもらえますから」
「おまえんち写真屋だもんな……私にもその売れ残り、少し回してくれない?」
「それはだめです!」
「なんでよ」
「商売は商売——パパがいつもそう言っていますから。センパイと言えども、ちゃんとお金を出して買ってください」
「か~っ! 普段はほえ~っとしてるくせに、そういう所はしっかりしてるんだな」
「意外としっかりしてるんですよ、私だって」
「“意外と”ってのは自覚してるんだな。現像の設備とか薬品とかは写真部のものを使えるからいいんだけど、フィルムは自腹だもんな……一本千円近くするってのがまた――」
「ふえっ、そんなにするんですか! じゃぁ、心霊写真だけで三千円も……」
「無駄にしてる」
「それは痛いですねぇ」
「はぁ……これ以上撮ったって、どうせ幽霊が写り込むんじゃな……」
「センパイ、ヘコんでたって何にも解決しませんよ」
「んなこと言ったって写っちゃうものはどうしようもない……」
「幽霊が写って困るんだったら、退治すればいいんです!」
「ゴーストバスターズ?」
「です!」
◇
みっこの勢いに押されて、ともかく心霊写真が撮れてしまう原因を探ることにした。
こういうとき、みっこの前向きな性格は頼もしい。
「――じゃ、まずはカメラを疑ってみましょう」みっこが口火を切る。
「私、これ一台しか持ってないからな。レンズも50mmと28mmの二本だけ」
「おーえむでしたっけ……ぎゅっとつまった感じが可愛いです」
「OM-2nね。お父さんが使ってたカメラ」
「先輩のパパ、うちのお店にも来てくれてたみたいですよ」
「そっか……」
「レンズを変えても、幽霊さんは写っちゃうんですか?」
「うん」
「じゃ、カメラを変えてみましょう」
「といっても、部のカメラはずいぶん前に処分しちゃったみたいだし――」
「廃部の危機なんですよねぇ……今はセンパイとみっこしか部員がいないし、来年までにもう一人は増やさないとですね」
「ま、それはまた後で考えるとして」
「みっこのカメラを使ってください」
「おまえ、カメラ持ってたっけ?」
「バカにしないでください! これでもれっきとした写真部員で、写真屋さんの娘なんですよ?」
「ごめんごめん……だって、みっこが写真撮ってるとこ見たことないから」
「見ます?」
「何を」
「みっこの傑作アルバム」
「ほぅ……見せてもらおうじゃないの、写真屋の娘の作品とやらを」
みっこが鞄の中からアルバムを取り出した。
〈ワカギカメラ〉の印が押してある簡易アルバムだ。
そのアルバムが出てくる出てくる……全部で10冊はあるだろうか。
「おまえ……そのアルバム、いつも持ち歩いてるの?」
「はい! 休み時間とかに見てニヤニヤしてます」
「へぇ……では拝見」
「どうぞどうぞ!」
手渡されたアルバムを開く。
これは――
衝撃を受けつつ、どんどんページをめくってゆく。
「ちょ……おまっ……これ――」
「へへへ……照れちゃいますね」
アルバムの写真は、全て私を写したものだった。
それも隠し撮りのように……撮られていたことに、全く気づかなかった。
内容は……校内で私が写真を撮っているところ、図書館で調べ物をしているところ、廊下を歩いているところ、弁当を食べているところ、トイレに入ろうとしているところまで!
「どうですか、私のスナップ写真」
「どうですかって……」
衝撃で言葉が出てこない。
「何気ない日常のセンパイを撮りたかったんですけど、気づいたらこんなにたまっちゃって」
「……スナップ写真……なのか、これ……もはやこれは、とうさ――」
「スナップ写真です!」
かぶせ気味に畳みかけてくる。
「ま、まぁ……スナップ、なのか……な……撮られてたのに全く気づかなかったけど、機材は何を使った?」
「これです」
みっこが制服のポケットから取り出したのは、手のひらにおさまりそうな小型のカメラ。
「ミノックスか!」
「パパにもらったんです」
「ミノックス——別名〈スパイカメラ〉なんだから盗撮写真だろ、これは」
「スナップ写真です! ぜったいひえんしゅつのぜったいすなっぷ、なのです!」
「ぐっ……土門拳を引き合いに――」
「あとはこんなのも持ってます……」
別のポケットから、オリンパスのXA2が出てくる。
コンパクトで速写性に優れたカメラばっか……しかも写りは良い……さすがは写真屋の娘。
とはいっても、父親に用途を伝えて選んでもらったのだろう。
みっこ自身はカメラに興味はなくて、撮れる写真が重要なんだと思う。
そこが、カメラ好きな私とは違うところだ。
「ミノックスの方はフィルムが手に入りづらいので、実験にはオリンパスを使って下さい」
「お、おう……」
「フィルムの残りは……あと10枚くらいですね。ぜんぶ使っちゃっていいですよ」
「ありがとう」
オリンパスXA2……中古カメラ屋で見たことはあるけど、触るのは初めてだ。
樹脂製の外装だが、手に取るとそれなりに重さを感じる。
中身が“詰まっている”感じ……いいね。
カシャッと小気味好い音を立ててカバーを開くと、メカメカしいレンズ部分が顔を出す……気に入った。
レンズは〈D.ZUIKO 35mm f3.5〉で、使い勝手がよさそう。
初代XAは絞り優先AEのレンジファインダー機で、カメラ好きの身としては初代のほうに惹かれてしまう。
ただ、二代目は〈カバーを開けてシャッターボタンを押すだけ〉という簡単操作で、みっこの用途である盗撮——いや、スナップにはピッタリだ。
XA2を構えてファインダーを覗く。
みっこが自分を写せとしきりにアピールしてくるが、それは無視して部室の様子を撮ることにした。
チャッ
レンズシャッターの軽快な音。
シャッターの感触は、ヌモっとした感じでちょっと頼りない。
巻き上げダイヤルをチリチリと巻き上げ、もう1枚。
ベランダに出て、距離計を遠景に合わせて風景を数枚。
まとわりついてくるみっこを仕方なしに何枚か撮ったところで、フィルムが終わった。
「可愛く撮ってくれました?」
「……知らん」
祈るような気持ちで、巻き戻しレバーを回す。
◇ ◇ ◇
「――どうでした?」
心配顔のみっこが、現像作業を終えた私の手許をのぞき込む。
「……これではっきりした」
私がシャッターを押したコマにだけ、例の幽霊が写っていた。
「ですね……みっこが撮ったコマには幽霊さん、写ってませんもん」
「なんだろう……私、呪われてるのかな……」
「でも幽霊さん、笑ってますよ?」
みっこの言うとおり、ハロウィンのお化けみたいな幽霊は、カメラ目線で大口を開けて笑っている。
「う~ん……でもなぁ……」
「きっと、センパイに撮ってもらって嬉しいんですよ! みっこだってセンパイに撮ってもらうの嬉しいですもん」
「困るんだよ、こっちは!」
「……ですよねぇ」
「はぁ……コンテストの締め切りが迫ってるのに……」
「パパに相談してみます?」
「カメラの不調ならともかく、ワカギのおじさんに相談したところで、どうにもならないだろ」
「そっかぁ……困りましたね」
「だな……ただ原因がカメラじゃなくて私自身にあることがはっきりしたから、もうちょっと検証してみよう」
「はい!」
「――あれ、まだいたんだ?」
部室のドアが開いて、顧問の久保村先生が顔を出す。
背が高くて、綺麗な白髪はオールバック。担当する物理の授業は壊滅的につまらないが、それさえなければ優しくて上品な良い先生だ。
廃部寸前だった写真部の顧問を引き受けてはくれたが、写真のことは全然わからないし、部にも滅多に顔を出さない。
だけど好きなように活動できるので、私たちにとっては好都合ではある。
「君たち、熱心なのはいいけど、もう下校時間だよ。気をつけて帰りなさい」
「はぁい」
窓の外の空が、紺色からオレンジへと綺麗にグラデーションしている。シルエットになった校舎がいい感じ。
シャッターを切りたいのに、切れないのがもどかしかった。
『写りたがりの幽霊なんて、写真部員の敵でしかない! if』 終